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そしてはたちになる。

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去年の失敗を繰り返してはならないから
今年は何週間も前から本人にお伺いを立てており。

「日曜日だから昼間にみんなでイタリアとか、行くー?」
とか言い出すから、
「日曜にやってるレストランってろくなところないよ」
「ほんとうに行くならリサーチして予約しないと。六人なんだから!」

とこちらはあせってせっつくも
何日たっても「いま考えているからちょっと待って」の一点張り。

友人たちとは前日の土曜日にレストランに行くことが早々に決まっており、
まあ、ねえ、重要度としては「友人たちと」が「家族と」よりも何十倍も高いのはこちらも重々承知の上。

子どもがはたち、という年齢はわたしにとってはやはり
大きな仕事をひとつやり遂げたような達成感や充実感を感じずにはいられない。

長女にしてみたら大切なのは「ボーイフレンド」と「友人たち」なのは百も承知で
それでも彼女の家族は家族として、精一杯のお祝いをしたいと思ってしまう。

家族でイタリアに出かけてレストランで食事
というのも、最近はてんでばらばらのわたしたちには
いいイベントになるかも、という思いがなかったわけではない。

ただかなりの出費をしたところで食べるものの中身はなんとなく想像できるし
無理をしてレストランへ行くことはないのじゃない?
という気持ちのほうが大きかった。

むかしはこんなこと思わなかったのだが、
最近はレストランで見も知らぬ人の作るものを無邪気に食べることができなくなってきている。
「どんな環境で作られたものか」「厨房の衛生面はどうなっているのか」
テーブルについているわたしたちには知る由はないのだ。

おいしいものを食べたいなら家で食べるのがいちばんまちがいがない。

金曜日になってもはっきりとした答えの出ない長女に
「日曜日のお昼、ウチでお祝い。そうしよ。それでいい?」

そう言うと
何も言わずに素直に首をたてにおろした。









当日は朝起きてすぐにお米を洗い、
まず取りかかったのがチョコレート・ケーキ。

お米をしこんだら、海老の皮むき、衣づけ。
ごはんが炊き上がり、酢飯作り。

魚をスライスしてにぎりに。

冷蔵庫にあったゆで卵できゅうりのタルタル風サラダもできた。












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ケーキにろうそくを立てるのは次女。

「十一本?じゃあ、六と三を足して二十、これでぱっちりじゃん?」

てこのいいかげんさは誰に似たの?












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家族六人に長女のボーイフレンドを入れて総勢七人、
にぎやかで楽しい食卓だった。

いつの間にか長女の耳にはピアスの穴だらけになっている。
聞いてみれば右に五つ、左に四つ、あいているらしい。
若い頃のオレにそっくりじゃないか!

両親からはピアスを、友人たちからは数えきれないほどのプレゼントを。

夕飯はスパゲティ・ボロネーズ。
ボーイフレンドも一緒に。

食事が終わって彼が帰ると、今度はふたりの友人が現れた。

翌日朝五時出発で、空港へ。
イタリアのサルデーヌへバカンスだって!

いい旅になりますように、そして
いい二十代を過ごしますようにとただただ祈りつつ。

長女はたち、おめでとう!
母業はたち、ありがとう!


















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by kyotachan | 2018-06-25 19:55 | 六 人 家 族 | Comments(10)

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三女が十四歳になった。
長女が十四歳になったのは六年前だった。

わたしにとってはどこの子がかわいいとかこの子をひいき目に見ているな
という気持ちはさいわいなことにこれっぽっちもないのだけれど

年齢に関しては長女がひとつ年をとると
わたしが母親になってからの年齢を思ってしみじみするし

三女がひとつ年をとるとこれまた
末っ子がもうこんな年にと思ってしみじみすることはるものの、

二番目と三番目に生まれた
長男と次女にはあまりその感慨はわかない。

ま、そんなもんなんですよね、まん中っつーのは。










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三女がここのところ熱を上げているコレアンアイドル(という呼び方が正しいかどうかはおいといて)。
なんで隣の国の?
という親の思いとは裏腹に部屋の中のあちこちには
かわいらしい男の子の写真がべたべたと貼り付けてある。

今回もそのグループのアルバムとポスターがプレゼントのリクエスト。

三女がインターネットで探して、「これ、おねがいしまーす」。
父親が登場して「ポチ」してはい、おしまい。

三女は三女なりのルールがあるらしく、
数日前に届いたプレゼントを今日までがまんして開封しないでおいた。

そしてイベント好きの長女がそれらをきれいに包装しておいてくれた。

夫は一週間の出張を終えて、日曜日には再び一週間の出張に出かける。
その合間のつかの間の週末だった。

土曜日の夜がいちばんいいよ、ゆっくりできるから、と主張する親側に対して
次女は友人の誕生日会に呼ばれているからその日はできないと言い張る。

長女も週末はほとんど家にいないことが多いから、
昼間にするのか夜にするのか、家族間での調整もだんだんと面倒くさくなってきた。

今回の主役は三女だから、ひとつひとつの変更事項を
まずは三女におうかがいを立てながらすすめていく。

「言わんでもわかろーが、こんくらい!」
というのは家族間でも最高の危険行為なのだ。

面倒だなあと思いながらも誰ひとりとして「勝手にやってよ」とは言ってこないあたり
子どもたちもそれぞれ家族の誕生日は楽しみにしているのかなと思い当たり
それはそれでなんともかわいらしいじゃないの!と笑ってしまう。

なんだかんだとお互いのエゴをぶつけ合いながらも
六人そろって誕生日のお祝いをするのは
朝から焼いたチョコレートケーキの味もよろしく、
しみじみとしあわせな日曜日の午後になった。

ソラちゃん、十四歳、おめでとう!!!

















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by kyotachan | 2018-04-22 21:38 | 六 人 家 族 | Comments(2)

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ここのところの家族の様子など。

長女(六月でハタチ!)は大学二年生。
専攻はコミュニケーション。

学校のほうは早々と終わってしまい(こちらはそろそろ学年末)、
今週から二ヶ月、近所の劇場で研修。

わたしのハタチのころに比べると彼女はもうすっかり大人で
最近はなんだかわたしのほうが子どものように感じることがある。

夫やきょうだいたちも長女を頼っているなと思う場面多し。
わたしもけっこう頼りにしている。

長男(八月で十八歳)は今年はバカロレア。
数年前から勉強することからさっぱり遠ざかり
父親にどやされ、叱咤激励を受けるたびに
ますます勉強からは遠ざかってきた。

わたしはわたしの親がしてくれたように
勉強に関しては放任主義に徹してきた。

夫はそれを苦々しく思っているらしいが
ふたりでどやしてもどうなるものでもなかろう。

バカロレアが来月にせまった今ごろになって
どういう心境の変化か図書館通いがはじまった。

勉強、してるんだろうか。
わたしだって本音をいえばしっかりと勉学に励んでほしいとこころの底から願っている。

知識とか思考能力とか、目に見えないものこそが
ほんとうの自分を作ってくれるものなのだから。

次女(十二月に十六歳)は最近どきっとするほど長女に似てきた。
化粧をしているせいかな。
「この子、変わってる?」と思うことがあり、
長女に言わせると、わたしによく似ているらしい。

そう言われてみるとなんだか愛おしく思えたりして。
あんた、変わってるね、と次女に言い放つのが快感。

当人は「変わってるっていえばみーんな変わってる!」
とまったく意に介さない様子。

十六歳になるとちょっとしたアルバイトをしてもいい年齢になるので
今からあれこれと物色中らしい。

「ママ、ベビーシッターの仕事を探してる人、いない?」

と聞かれた。いや……知らんけど、でもあんたに預けたいと思う人、おるかいな。
というこころのつぶやきは黙っておいた。

三女(来週、十四歳)はわたしにとっては今も天使さの残る末っ子。
出かけるときのビズとハグも欠かせないのだけど、
そうこころがけているのはわたしだけのようで
最近はもうめちゃくちゃ面倒くさいんだけど?という態度をとられている。

頼むよーもうキミだけなんだからさー、さ、さ、ビズビズ、ハグハグ。
やわらかくていいにおいで、いつまでもさわっていたい。
三女の前では変態ママに変身してしまう。

いつの間にか、四人が四人ともわたしの背を追い越してしまい、
今ではわたしが家族でいちばんのちびになってしまった。

「ママ、縮んだ?」

と言われるのがショックで最近は背筋をのばすように努力している。

さらに四人が四人とも母親をからかってくることが増えた。
いまだにフランス語の発音ができない。
常識だってまったく身についていない。
わたし自身がそれでよしとしているからしょうがないのだけど。

自分でもおかしいのが、
そんな子どもたちがかわいくてかわいくてしょうがないこと。

ひとりひとり、どの子もほんとうにかわいい。愛おしい。

ひとりで道を歩いていて、
子どもたちのことを思ってひとりで笑ってしまうことがよくある。

そして子どもたちの未来をあまり心配していない。
わたしにしてやれることはいままでだってたいしてなかったし、
これからだってもっとないだろうなと思う。

子どもたちはもう子どもたちの人生を生きていて
わたしは子どもたちに助けを求められたときに
わたしにできることを精一杯してやるだけだ。

はたから見たらきっともっと心配しなくちゃいけないと
思われているかもしれない。

なんたってわたしの子どもたちだもの。
けっこう世間知らずけっこう常識なしけっこう……。

わたしのところに生まれてきた子どもたちだもの。
それがキミたちの運命ってやつなのさ。

最後に
むかーし、ゴキブリほいほいのコマーシャルだったか、
いや、なにかもっと別のコマーシャルだったか、
「亭主元気で留守がいい」
というのがあった。

夫を思うにつけ、あれはなかなかいいコピーだったなと思う。
愛してはいるんですけどね、ええええ。

















写真は去年の夏休み。家族でくだらなーいことで笑っている時間が好き。
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by kyotachan | 2018-04-18 00:33 | 六 人 家 族 | Comments(2)

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ウチの家族はみんな、りんごはしゃきしゃき派。

この季節は Fuji フジ がいちばんのお気に入り。
日本のフジりんごが入ってきたのはここ数年のことだと思う。

Pink Lady という皮がピンク色のりんごもおいしい。
フジがあま~いりんごなら、こちらは酸っぱいりんご。

どちらもしゃきしゃきしておいしい。

(写真のりんごはこのどちらでもない。すみませーん。)

どちらも皮をむいたほうがおいしいので
三女が「むいて~」と言ってくる。

「自分でもやってみる?」

四分の一の皮をむいたところで三女にとナイフを渡したら、皮をむく、というより実ばかりをむくことになってしまった。

「ママのやり方、全然よくないよ!」

だんだんと機嫌の悪くなる三女。

うわー。わたしもそうだったなあ。
母親みたいにりんごの皮がうまくむけなくて自分に腹を立てたことがあった。

「母ちゃんだって最初からうまかったわけやないよ。しょっちゅうむきよったらいつの間にか上手になるったい」。

ほんとうだった。
わたしはいつの間にこんな風に上手にりんごの皮がむけるようになったんだろう。

思いにふけっていたのは一瞬のことだったのに、
同じことを言ってあげようとおう、と顔をあげたら、三女はもうどこかへ行ってしまっていた。
自分でむいたぶかっこうなりんごを入れたお皿を持って。


















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by kyotachan | 2018-01-06 00:56 | お い し い | Comments(0)

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毎週水曜日は長女と次女がダンス教室で帰りが遅くて
そして夫の帰りも遅いことが多い。

食事の時間にはだからわたしと長男と三女の三人だけ、なことが多くなる。

そんな水曜日の夜の食事中に長男がぽつりと言った。
「クリスマスのプレゼント、ボクは何にもほしくない。かわりに、シャルロットに会いに行きたい」。

シャルロットは長男がコレージュに通っていたとき、一年間だけクラスメートだった子。
何度か、下校時間に見かけたことがあるのだけど、まっすぐの髪の毛がみごとなブロンドで肌もまーっ白のかわいい子だ。

両親が Lille リル 出身の人たちらしく、今はそちらに引っ越してしまった。

Lille リル といえばフランス最北端の街。

シャルロットにはバカンスのたびにコレージュのクラスメートだった子のところに一週間、二週間と滞在することがあるらしい。

そんなときには長男はまめに出かけてはシャルロットに会っている。

ただ、長男が言うには、

Je sors avec Charlotte, mais je sors pas avec elle.
「シャルロットと出かけることはあるけど、付き合っているわけではない」。

それでもスペインに旅行中に
「シャルロットにメールしたけど返信がない」
とさみしそうに言ったりするところを見ると、友情以上の感情があるようにも思える。

母の胸は、きゅーん、としてしまう。

わたしの時代には、というか、わたしの育った家では、この手の話題はタブーだった。
わたしは好きな子の話を両親にしたことはないし、両親も「どうなのよ、そこのところは」と聞いてくることはなかった。

ただ、バレンタインデーに粉まみれになりながらシュークリームを焼く、という経験をしたことはある。
昭和ひとけた生まれの親だって、それがどういうことなのかは察しがついていたはず。

そんな時でも母親は「誰にあげるの」とは聞いてこなかったし、
わたしも自分から「これはねえ、ダレダレくんにあげるとよ~」
と言ったこともなかった。

母親は粉だらけの台所に入ってきて、
「あら。シュークリーム?じゃあさ、お父さんにも作ってよ。お父さん、シュークリーム、好いとうしゃーけん」
と言ったりした。

自分自身が五十歳を過ぎて思うのは、
十代のころの、ひとりの人を思って胸がきゅーん!としめつけられた気持ちとか、
もう好きで好きで相手が死んでしまったらどうしよう!と思って泣いちゃうような気持ちって、
割と覚えているのだなあということ。

ということは、わたしが十代のころ、そんなわたしを見て、
当時の親は、昔の自分を思い出したりしていたかもしれない。

十代の頃は親とそんな気持ちを共有するなんて、思いつきもしなかった。
わたしはもっと、親と、色んなことを話せばよかったのかもしれない。










その夜、わたしは即座に長男の考えに賛成した。
「いいねえいいねえ、それはいいねえ」。

「シャルロットのご両親はキミが来ることに賛成なの?」
「ウン……」。

「じゃあ、パパには成績表と Lettre de motivation (履歴書に添付する動機理由を述べた書類)とリルへの交通費等々、ばしっと書類にして提出するように」

わたしはそう長男をはげまし、三女とも笑いあって食事を終えたのだけど、
問題は長男は学校の勉強にまるで熱心ではなく、成績表の結果にまるで無頓着なことだった。

父親はそれに熱心でなくはいられないし、無頓着になることもできないのだ。
ばかだねー長男。楽してほしいものだけ手に入れようとしてるだろ。

さてこのお話、どういう結末を迎えますやら。



















写真はこれまた五年前のクリスマス風景。
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この彼がプレゼントはいらない、という時が来るとは!








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by kyotachan | 2017-12-23 05:13 | Comments(2)








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若いママが言った。
エミーちゃん、シノワ(中国人)、て言われちゃうんですよ。もう、ものすごーく腹が立つんですよねっ」

わたしもそうだった。
三女を幼稚園に連れて行くと、
「あのちっこいシノワ、かわいーじゃん」
という言い方をされて、むかっとした。

「腹、立つよね~。言われたら、訂正、するの?」
「しますします」

若い女性だったユリコちゃんが、今では若いママ。

「わたしはもう、訂正しなくなっちゃった」
「あ、そうなんですか」
「うんまあ、だいたいその辺り、て言う」

腹を立てたその腹で、自分の腹の中をのぞいてみると、自分だって似たようなものだと思うから。
フランス人とイタリア人とスペイン人なんてだいたい似たようなものだと思っている節があるし。
デンマーク人とフィンランド人とノルウェー人を区別するなんてできないし。

小学生のころはガイジンといえば百パーセント、アメリカ人だった。
地球人、て言い方がもっと広まればこんな面倒はなくなるな。
○○人、というエゴはかなり大きい。

















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by kyotachan | 2016-05-13 16:00 | お い の り | Comments(5)

bébé ベベ/ 赤ちゃん


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わたしは小さいころ母によく、
あんたは恭太ちゃんが死んだから生まれたんよ
といわれた。

恭太ちゃん、というのはわたしより二年前に生まれた、両親にとっては三人目の子どもで、
未熟児だったために生後一日で死んでしまったのだった。

その頃のわたしは、「赤ちゃんは神さまがつれてくるものだ」と信じこまされていた。
年のころは幼稚園生か、小学校の一年生か。

「恭太兄ちゃんが死んだからわたしが生まれた」のであれば、
「神さまはどうやって恭太兄ちゃんが死んだのを知ったのだろうか」、
というのが当時のわたしの大いなる疑問だった。

なんでだろうなんでだろう、とずっと疑問だったのだが、
それは聞いてはいけないことのような気がして、どうしても聞くことができなかった。

ある日、母親が例のごとく「恭太ちゃんが…」と話をはじめたので、
思い切って聞いてみた。

恭太兄ちゃんが死んだけん、うちが生まれたとやろう?
でも赤ちゃんは神さまがつれてこらすとやろう?
じゃあどげんして神さまは恭太兄ちゃんが死んだってわからしたと?

一瞬、か、二瞬、くらいの間があり、
となりで聞いていた父親の、

お、キョータのむずかしかことばいいよるばい。

で一座は笑いに包まれ、それでおしまいになってしまった。

わたしは、ああ、やっぱりこれは聞いてはいけないことだったのだ、
と、父のいうところの「むずかしい」質問をしてしまった自分を恥じた。

思えばわたしが小さいころはたくさんの「タブー」があり、
わたしの両親はなんとかそれらをごまかして子どもに伝えていた。

確かにわたしは、そのようにしてうまくごまかされていたのだけれど、
あとになって真実を知ったときも、
やはりこれはごまかすしかなかったのだろうなと妙に納得もした。

わたしはどうだろうか。

少なくとも赤ちゃんの問題については、
わたしたち両親が愛し合い
その結果赤ちゃんがわたしのお腹に宿り
子どもたちはわたしの足の間から出てきたことになっている。

長女が、長男の出産に立ち会ったことも大きい。

愛し合う、がどういう行為なのかも、
おそらくこどもたちはあらゆるところで映像を目にしているはずだ。

正しい性教育を、などという高尚な気持ちからではなく、
神さまだのという単語を持ち出すのが面倒くさいから、というのが正直なところだ。

神さま、の話はわたしにはとてもむずかしい。































友人とビーチでピクニック。寿司になる具がなく、おにぎり。のり、うけたよ。ありがとう!
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酢飯だったのでしょうゆも持参。こちらではおにぎりも「寿司」扱い。



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by kyotachan | 2011-08-29 21:49 | kyotachan 名前の由来 | Comments(13)







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暑さが戻り連日ビーチ。
ニースのビーチはコンドルよー。















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それでもビーチを見たとたん走りだす。

そうよねえ。
海はやっぱ、うれしいもんねえ。
お母ちゃんの血、ひいとるねえ。




















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やたらお腹がすくビーチ。

とけないチョコに、カットしたメロン、オレンジ、りんご、レモン。
ポテトチップッスも欠かせませんて。
なーんにもない時は塩おにぎり握るまででさ。



















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今日は長女も一緒。

・ニースは波が高いからやだ。わたしは行かないよ。
・オッケーよ。ぜんっぜん、問題なしよ。

・ベッド、片付けといてよ。悪いけど。
・お鍋、さっき火いれたばかりだから、時計の針が四十分になったら止めてくれる?悪いけど。
・あ、もしさ、パパから電話入ったら、ネグレスコの前あたりにいるって言ってくれる?悪いけど。仕事、はやく終わったら、よってくれるかもしれないし。


平気な顔しているくせに、やっぱりひとり家に残していくのはちょっと心配、という気持ちがある。
ひとり、ウチに閉じこもってるより、一緒に来ればいいのに、という思いもある。
そんなことをすべて飲み込みやたら「悪いけど」を連発し、家の中の用事を頼みまくる青い母。
どっちでもいいよほんとにそんなこと、と思いながら、長女が一緒に来ることを切に願っていた。

四人の支度が終わって、まさにでかけー!という時。

・ママ、わたし、行くことにしたわ。五分、待ってくれる?




















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長女の今日の爪は黄色ベースに先っぽがグレー(今や日替わり)。

あと五年もしたら、飛び立つだろう長女。
今は、どんだけ家族と同じ空間を過ごさせるか。
母は知恵をしぼってがんばっちゃうもんね。

えーなんでー一緒に行こうよーねーねー行こうよー

というせりふは避ける。

とりあえず、親の言うことに逆らう。
ティーン時代はそういう時代だもの。
わたしだってそうだったのだから。

あ、一緒に来ない?もーぜーんぜん、平気ー!
ひとりの時間を楽しんでねー!

そう言いつつ、長女が来ることを必死で念じる。

こんなこともあと数年。

長女が、長女自身の人生を生きていくまで、もう少しの時間を存分に楽しむことにしよう。






































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by kyotachan | 2011-08-14 05:36 | 六 人 家 族 | Comments(5)




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なんだかいつまでも風が冷たい気がしてビーチへ出る気にならず、
この時期にはめずらしく自転車をもって公園へ。ガラガラ!






















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長女が少し前から見つけたいといっていた四葉のクローバーを発見。
手前のものは、四葉を通り越して葉っぱが五枚もある。

数ヶ月前にレディになった長女は今日はお腹が痛くて自宅待機。
わたしも中学生、高校生のころは学校を休むほど月のものが重たかった。
就職してからも、それを理由に会社を休むことがあった。
正直にいうと二日酔いで休むときにもこの理由を使った。

いつから楽になったのだろう?
出産を繰り返すうちに、いつの間にか気にならない痛みになってしまった。
気持ち同様からだの方も、だんだんと横着になっているのかもしれない。

近い将来、三人のレディがあれやこれやとぐちをこぼすようになるのかと思うと
ちょっとぞぞぞ、としてしまった。











四葉と五葉のクローバーは、水でぬらしたティッシュに包んで持ち帰った。
長女のもつしあわせの種が、四倍、五倍になって咲きほこりますように。




























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by kyotachan | 2011-07-23 00:13 | 六 人 家 族 | Comments(4)





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今日子ども部屋のそうじをしたら、
三女の小物入れの中から
むき出しの生理用タンポンが出てきた。

一瞬、それが何かわからず、わかった瞬間にゴミ箱行き。
ったくもーこんなもん、いつから持ってたの?

そうじを続けながら思う。
そういえば、久しくこういうこともなかったな。
子どもの行動なんて「なんでそーゆーことするの!」が基本形な時代もそろそろ終わりかなあ。

思えば長男が赤ちゃんの頃、
自分がたった今「排出」した自分のウンチを
味見しようとしたときの衝撃といったら!

ちょちょちょちょちょ!
これ、ウンチだよ?
ばっちーんだよ?
なんでそれを口にいれるよー!

公園で先輩ママに相談。

「だってさ!ウンチを汚い、て思うの、本能じゃないの?」
「違うんだよ~。これは汚いもものだからさわっちゃダメ!てそりゃーもう何回も何回もそれこそ百万回くらい教えないとダメなんだよー!」

マ、、、、マジッ?!

少し大きくなって、
長男がまだ幼稚園に通っていたころ。
トイレから呼ぶ声がするので行ってみると、
ウンチをしている途中らしく便器に座っている。
手にタンポンをにぎりしめて、「これな~に」と無邪気に問う。

あまりにもとっさのことでことばが出ず、
しょうがないので頭をひっぱたいて、言った。

「よけいなことすんじゃないの!」

















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長男はビックリして目をしばたいていた。
わたしは一瞬後には後悔していた。
たたくのは「緊急な危険が迫っていときに限る」のはずだったのに。

きれいな、手にすっぽり入るものが、トイレの引き出しに入っていて、
ウンチをしている間にそれを見つけたからといって、
なんで頭をたたかれなくちゃいけないのさ。

わたしは長男のこころの中を想像し、
それでも、タンポンを何に使うのか、説明する勇気も気力も能力もなくて、
とうとうそのままにしてしまった。

子育ては「わかっちゃいるけどできない」ことが多い。

いやほんとに。
わかっちゃいんるんだけどさあ。

「よく育っている」「よく育ってない」という言い方があるが、
わたしの子どもたちがはたしてどちらなのかはわからない。

わたしの子どもたちにしちゃあ、上等上等。
そう自分を甘やかして感情にまかせてどなりまくる日々。

















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日曜日は fête des maman フェッデマモン だった。
一般に「母の日」と訳されると思うのだが、直訳すると「お母さんたちのお祭り」だ。

金曜日の夜に友人と別れるとき、
「bonne fête des maman pour dimanche ! ボンフェッデマモンプーディモンシュ/ 日曜日にはいい ‘お母さんたちのお祭り’ をね!といわれた。
そういう彼女も、四人の子どもたちのお母さんだ。

下三人から学校の工作で作った色んなプレゼントをもらった。

ハート型にボタンを縫い付けたのは長男から。
「あら!これでもう、ボタン付けは自分でできるね」
といったら、頭をぶるんぶるん、左右にふっていた。
クラス中でいちばんおそく仕上がったらしい。

次女はハート型の小物入れ。














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カードの中にはたくさんのハートと
たくさんの je t'aime maman ジュテームマモン/ お母さん好き。

つづり方にまちがいだらけの三女のカード。
去年までは絵だけのカードだったのにね。
もうこんなに書けるようになったんだね。

長女からは「世界でいちばんいいお母さん」の称号と
お小遣いで買ったらしい、ブレスレット。

きみたちにとったらわたしが世界でいちばんいいお母さん。

いやあもうほんとに。
もっとやさしくなろう。
なるべく、どならないようにしよう。
なーんてことを思う日なのだった。















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長男のカードには感動。
わたしたち六人家族がきのこになっている。

かんむりをつけたお父さんきのことお母さんきのこ。
その下にはよっつのきのこたち。
女の子にはちゃんとまつ毛げ描かれている。

長男たらきのこ、きらいなはずなのに!





























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by kyotachan | 2011-05-30 22:53 | 六 人 家 族 | Comments(15)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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