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未来にふく風 <19>

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わたしは自分の中にためていられなくて
手当たりしだい、友人たちに状況を話した。

フランス人日本人女性男性、いろんな人たちに。

風はそのとき、クスリを服用して三週間がたち、
その効果がまったく見られないから精神科医からは入院をすすめられているところだった。

なんだかあわただしいわね、という意見が多い中、
救急車の運転をしていて、医療関係の知識のあるフランス人の友人が言った。

「三週間自宅治療ののち、入院というケースはきわめて正常」。

そういうものらしい。

わたしたちはとにかく風の抱えている問題を知ることができず、
成人してしまった風の気持ち、というか意思に逆らうことができないのだ。

わたしにには「精神科医教」という宗教に入信した風が
その医者のいうことしか聞きたくない、という風に見えた。

風とおない年の息子のいるドミニクが言ったことばがわたしにすとんと落ちた。

「たいていの人は自分の中に問題を抱えていてもそのまま放置してしまう。
そして三十歳、あるいは五十歳になって自死してしまったりする。
風の場合は違う。風は自分で、自分の中にある問題をどうにかしようとした。
自分から医者に出向いた。風にはその勇気があったのだ。
風には勇気がある。だからだいじょうぶ」。

















写真は2013年12月シミエ。
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by kyotachan | 2019-03-29 16:29 | なげーやつ | Comments(5)

未来にふく風 <18>

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夫がまずしたことは当然、風に問いただすことだった。
「なぜこんなクスリを飲んでいるんだ」

「心理療法士の診察を受けたら、精神科医を紹介された。
そこで診察を受けてクスリを処方された。三週間前から服用している」

との説明。
なんのことだかさっぱりわからない。

夫は処方箋にあった医者のところへ電話をかけて事情を聞こうとした。

医者いわく
「風くんは十八歳。成人しているのでたとえ親であっても彼の情報を話すことはできません。
風くんはフランスの法律によって守られているのです」

この頃、長女の海は、見ていてかわいそうなくらいに動揺していた。
風のことを話すとき、ほとんど泣き顔になってしまうくらいだった。

わたしはといえば、それこそいつも夫に言われているように
「わたしってほんとうに無関心なのかしら」と自問してしまうくらいにまったく動揺しなかった。

長女の海が、インターネットでクスリの名前から検索して、それが何の病気に処方されるものなのかを教えてくれた。

schizophrène スキゾフレン

長女はちょっと待ってね、日本語の訳語を出すから。
そう言って画面のあちこちをクリックした。そしてそこに現れた文字。

統合失調症。















写真は2013年7月 Antibes Salis アンチーブ・サリス。
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by kyotachan | 2019-03-28 16:19 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <17>

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風が留年の危機をこえてバカロレアを通過し大学に入った。
選んだのは意外や意外、文学部。

理由が好きな科目が唯一、英語であることらしい。
大学の授業はほとんどが英語、とはいっても授業のスケジュール表を見ると
授業があるのは週の何日かだけ。

最初のバカンス、クリスマス休暇まではまじめに行きなさいね。
そんなことを言った覚えがある。

大学は出席の確認もとらないし
学校に来ませんでしたよ、とリセみたいに親に連絡が来ることもないんだから。

学業を途中で投げ出す学生は少なくないし、
でも風は文学部に行くと決めたんだからきちんと学校へは行きなさい。

そんなことわかってる。

奨学金をもらえることになり、それまで興味を示さなかった洋服をたくさん買った。
そんなに靴、いるわけ?と思うほど靴も買った。

あたらしい環境や人間関係を楽しんでいるように見えた。
残念なことに学校の授業はつまらないらしかった。

そして後から思い出すと、その頃からヘンだなと思うことは時々あった。
たとえば夕飯の準備ができて部屋へ呼びに行くとベッドの中にいた。

風、ごはんだよ。
いらない。疲れているから。

疲れているって、ごはん、食べないの。
お腹すいてないから食べない。

雨戸を開けない部屋にいることが増えた。
風にビズしようとすると「オレにさわるな!」とどなられたりした。

わたしはまったく気にしていなかった。
日本文化を思えばだいたい十八の男の子がママにさわるのだっておかしいくらいだもの。

ある日、時々風の部屋をひっかきまわしている夫が顔を青くしてわたしのところに来た。

「風の部屋にクスリが三種類、かくすように置いてあった。
どうみてもこれ、精神科からもらうクスリなんだけど」

夫に比べてわたしはそれほどまでには驚かなかった。
















写真は2013年7月 St Tropez サントロペ。
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by kyotachan | 2019-03-27 16:22 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <16>

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リセ時代の三年間は思い出すだけで胸が痛む。

夫はとにもかくにも風と関わりたい、
風はとにもかくにもそれに反抗したい。

夫に立場に立っても長男の側に立ってもどちらもつらいという状況。

夫は「勉強しろ」とどなり「部屋を片付けろ」とどなり「本を読め」とどなった。
結果的に風は「勉強せず」「部屋を片付けず」「本を読まない」。

当たり前じゃん?
十五だよ?
親のいうことだけには従いたくない、それが普通じゃん?

はたで見ているわたしにも夫はどなりちらす。
「キミはったく、どこまで息子のことに無関心でいられるんだ!」

いやいや、ちゃいますやん。
無関心でなんかないですやん。
ただ、そんなことしても風が言うこと聞くとは思わないだけで。

自分の十五のときを思い出してみ?

そういうと必ず返ってくるお決まりのセリフ。
「キミの話は知りたくもない」。

風の部屋からタバコのすいがらが見つかったといっては大騒ぎし、
風の部屋の引き出しからウォッカの空き瓶が見つかったといっては大騒ぎした。

わたしだって父親のたばこ盗んで吸ったの、十五だったよ。
そう言ってみても夫の耳にはかすりもしない。

フランスでは十四のときにキャナビスをすすめられるって文化、知らないの?
その時代をアメリカで過ごした夫には知るよしもなし。

夫のいないすきに風に言ったことがある。

「風、パパはね、風のことが好きで好きでたまらないんだよ。
だから少しのことでも激昂して興奮してしまうんだよ。
パパは自分のパパとの関係をまったく生きてこなかったのもあるし。
パパが風のことを愛しているってことだけはわかってあげてね」

「うんうん、わかってる。そんなことはわかってるから」

風はうなずきながら答えた。

















写真は2013年7月 Juan les pins。三人姉妹とならぶ風。
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by kyotachan | 2019-03-26 16:26 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <15>



父親⇔ひとり息子 という蜜月関係はとてもうまくいっていた。

長男がはっきりと父親に対して反抗的になったのは十四か十五歳、くらいだ。

わたしはわたしの十四、十五の姿を見る思いでそれを見ていた。
わたしだって父親とは何年間も口を聞かなかった。

なぜと問われても、だって口ききたくないもーん、と言うしかなかった。
それにわたしにはそんなことを聞いてくる人はいなかった。幸いにも。

夫は違った。

夫はわたしに「なぜぶすっとしているの」としつこく尋ねてその答えを待ったように
風にも「なぜぼくとしゃべりたくないの」としつこく尋ねた。

うわーやめてよー。最悪。

夫の行動を見て何度も思った。

夫は風の部屋をノックして部屋に入ったかと思うと風に向かってどなりちらす、
ということを何度も何度も繰り返したのだ。

そしてわたしに向かって言い放った。
「キミは風がこんな風になってしまったのが心配じゃないの?
どうしてそんな風に自分の息子に対して無関心でいられるわけ?」

えええええーーーー!!!そうきたか!

いやあ、けして無関心ではないのだけどね。
わたしにはあなたのやっている方法がいいとは思わないだけで。
人ってさあ、そっとしておいてほしいときってあるもんなんだよ。

「わたしには今の風はわたしの十四歳のころを見ているみたいだから。わたしだって風の年齢には
親とはひと言も話したくなかったし事実、父親とは何年も口を聞かなかった」

そう言ってみても

「キミの話なんて興味はない。ボクはどうして風がボクと話したがらないか知りたいだけなんだ!」

ああああ、そうですかそうですか、わたしには興味ゼロですか。
わたしはもう、どうにでもなれ、という心境に達するしかなかった。

夫は風のその年齢のとき、アメリカの学校に留学していたのだ。
父親はもとからいないし、母親は仕事にかかりきり。
家族はひとりもいないアメリカで寮生活をしていた。

親に反抗する、という時期がすっぱりと抜けている彼の人生観では
自分の息子がこんなにも変わり果ててしまったことがどうしても理解できないらしい。

「なんでもいいからことばを発してくれ」

こう父親にせまられた風がついに口を開いた。

「パパのこと嫌いだ」

……、て言うしかないよね。うん。
わたしだって父親のこと嫌いだったもん。

夫の落ち込みようは半端ではない。

キックボクシングのリングの上にまるはだかのまま試合に臨んで
ものすごくいいグローブをはめた最強の選手にこてんぱんにやられてしまったみたいだ。




















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by kyotachan | 2019-03-21 16:33 | なげーやつ | Comments(4)

未来にふく風 <14>



我が家の子どもたちは女男女女の四人きょうだい。

もう何度も書いているけれど、夫は一生の間に自分の父親に一度も会うことがなかった。
ニースへ来て調べてみることを思いついて調べると2011年に亡くなっていた。

だから夫は、父親を知らない自分に息子ができたときには泣いてしまうくらいに感動していた。

子どもたちはみんな平等だよと口では言いながらどうしても風のことを手厚くしてしまう。
女子組三人はもうそれに慣れてしまって「風だから」で片付けられる。

子育てに関して夫といちばん意見の食い違うのはゲームに関してだ。
それはDSからはじまって今に至るまで、追突事故を起こしたまま放置してある。

ゲームに関する情報は次から次へと進歩し、あたらし好きの夫はそのたびにあたらしいゲームを与え続けた。
途中からは、わたしはもう疲れ果ててしまい、何も言わなくなってしまった。

わたしが子どもたちのことを思うのと同じように
夫だって子どもたちのことを思っているのには間違いないのだから。
そう思って妥協してきた。

フランスへ来たすぐの頃、公園で出会ったフランス人のママに
「わたしは妥協するのが嫌だったから子どもたちのパパと離婚した」
と言われたことがある。

何度も何度も「妥協するくらいなら離婚したほうがましでしょう?」
とそのママは繰り返した。

わたしの結婚生活は妥協することばかりだ。
自分の言い分など通らないことばかりだと思う。

そして夫もわたしと同じように感じているのだろう。
妥協のないカップルなど存在しないと思うのだが、どうなのだろう。

話がそれた。

DSのことを書いたよなあと探した記事にはわたしが覚えているよりもずっと
DSと戦っている自分が書かれていた。

そうかあ。わたし、このくらいには頑張っていたんだなと今の自分を恥じた。

ゲームはDSからはじまってどんどん複雑なものへと移り変わり、
DSなんてかわいいものだったなと思うほどにまでなった。

いつしかわたしはゲームに関しては何も口をはさまなくなってしまった。

末っ子がコレージュに入ると同時に六人家族が六人とも
携帯電話を持つようになり、それはつまり、ひとりひとりが四六時中、
ネットでつながっているという状態になったということでもある。

もう、なんかね、どうしようもないよねこれは。

ゲームやインターネットが子どもたちをよりしあわせにする道具でありますように。
わたしはもはやこう祈ることしかできない。

















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by kyotachan | 2019-03-21 00:39 | なげーやつ | Comments(2)

未来にふく風 <13>




健一、という名前で登場する本名は圭一くん、に出会ったことはわたしの人生では大きな財産になっている。

彼と出会っていなかったらわたしのゲイの人たちにたいする偏見は強かっただろうなとも思う。

そしてブログ仲間の文太さんとの出会い(会ったことはないけど)。
夫(といってしまっていいのだろうか)がフランス人、という共通点もあって勝手に親しみを持ち続けている。

そして去年の夏にトレッツでマリさんという女性にあった。
わたしよりずいぶん若い日本人女性でパリでフォトグラファーをされているらしい。

彼女はトランスジェンダー。中身は男の子。
この方がもうこれ以上はシンプルにはなれないなというくらいシンプルな方で
「あの、えーと、前に会ったことありましたっけ」
とお互いに言ってしまうくらい、一瞬で意気投合してしまった。

LGBT、ということばが便利に横行していて、それはそんな人たちの存在が認められてきたこと
なーんて言い方をされているけど
でもほんとうにその人たちの存在が認められるなら
そんなことばでくくる必要だってない、のがほんとうなのだろうなとも思う。

わたしたちは車の中にいた。
風をコレージュに迎えに行った帰りだった。

後に妹たちが乗っていたのか、わたしたちふたりだけだったのか、覚えていない。

「わたしは風が好きになるのが女の子でも男の子でも一向にかまわないよ。
わたしにとって大事なのは風がしあわせでいることだからね」。

どうしてそんな話をしたのかわからない。
風はそれを聞いてただ笑っていた。

















話は急展開。ついてきているかな。あは。
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by kyotachan | 2019-03-19 16:33 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <12>

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前のアパートにいた頃、だから時期的には<11>と同じ頃。

わたしたち夫婦は知り合ったばかりのころからずっとけんかが絶えない。
カランの問題にしてもなんにしても、とにかく育った環境や文化がまるで違うのだからしょうがないとは思う。

夫と知り合った頃、その頃はまだボーイフレンドだったわけだが、
「なんでぶすっとしてるの」
とよく聞かれた。

わたしはこれを聞かれるのがものすごくいやだった。
自分でもなんでぶすっとしているかわからなかったからだ。

なんでぶすっとしてるかなんか聞かないでほしい。ただそっとしておいてほしい。
聞かれるたびにそう思った。

夫はしつこい。
何度も同じことを繰り返し聞いてくる。
そうなると面倒くさいのだけど、わたしってなんでぶすっとしてるんだっけ、と考えるはめになる。

えーと、えーと、えーと。

自分がぶすっとしている状況にいたるまでの自分のことを振り返ることになる。
まあこれの面倒くさいことといったらなかった。

しかしこうして鍛えられて、なんでぶすっとしているかの自分を説明できるようになったのも事実。

わたしはことばにならない感情をだまってやり過ごしたい。
夫はこどばにならない感情だってどうにかしてことばで表現してほしい。

けんかはだいたいこのヘンからはじまって、
そしてその度にお互いに妥協点を見つけてなんとなくおさまりをつける。

そんなことを繰り返していたら、今年は結婚二十周年だ。
最近はそういえばけんか、減ったかも。亀の甲より年の功ってやつかしら。

その頃は、かなりけんかが派手な時期ではあった。

夫が台所でわたしの横にあった壁に向けてコップを投げつけたことがある。
おそらくは本音ではわたしに向けて投げつけたかったのだろう。

そこを百歩どころか千歩くらいゆずってわたしの横をねらったのだろう。

火のついた頭のどこかで冷静に計算する余裕があったらしく
その割れたコップの破片はきれいに流しの中に落ちた。

別の日には、あ、そのアパートには和室があったのだ。
夫がニースのお店で見つけてきて、確か六枚だか八枚だかの畳をひとつの部屋に敷いた。

フランスは武道が盛んだから畳の需要もある。

買ったばかりの畳の部屋はいぐさの香りがプン、としてとてもよかった。
そして日本人の友人が来るとそこでお茶を飲んだりしていた。

なぜ夫が畳を敷いたかというと我が家には日本から運んできた仏壇があるからだ。
仏壇を畳の上に置きたい、というなんともフランス人らしい発想じゃないの。
いやこれは日本人らしい発想なのかしら。まあどうでもいいか。

別の日にはそのいわゆる仏間で、仏具のひとつである花瓶を
畳に向けて投げたことがあった。もちろん夫が。

この時もたぶん、ほんとうにねらいたかったのはわたしなのだよね。
そこをぐっとこらえて畳に投げつけたんだろうと思う。

毎回不思議で毎回おかしいのが、けんかの原因、というのははかない夢と同じように
すぐに忘れてしまうというところ。

三日ほどだって大笑いしながらわたしは夫に言ってやったのだ。

「あれは絶対にバチがあたるよ。だってさ、仏具、投げたんだから」。

果たして夫にバチはあたったのだろうか。
それにしてもこの時のけんかの原因もさっぱりと思い出せない。


















写真は2013年7月家族で行ったクスクスやさんで。風と次女の結。
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なにが言いたいのかさっぱりわかんないって?そうだろうねえ。ごめんねえ。








by kyotachan | 2019-03-18 23:52 | なげーやつ | Comments(2)

未来にふく風 <11>


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キミはカランをしないキミはカランをしない、と夫に言われ続けていた。

カラン、とは câlin と書く。訳せば愛撫とでも言うしかないが、
つまりはべたべたとすることだ。

日本人だから、日本にはそういう習慣がないから、日本の家庭では……、
そのたびにわたしは自分がカランをしない理由を並べ立てた。

それはけしてうそではなく、わたしはほんとうに親からカランしてもらった記憶はない。

あれはカランだったかなという思い出はひとつだけ。

小学生だか中学生だったころに部屋で電気を消して寝たのだが、まだ寝入ってはいなかった。
そこへ母親が入ってきた。わたしは寝たふりをした。
「あら。きょうたちゃん、もう寝とらすばい」
そう声に出して言うとわたしのほっぺたにちゅ!としたのだ。

お母さんが?というオドロキ。そしてウレシサ。
カランのない文化の中にも愛はきちんと存在している。

ひるがえってフランスという国はそれはもうカランのお国ではあるのだった。
子どもが生まれたときからカランは日常生活の中にあふれかえっている。

ビズ(ほっぺたとほっぺたをあわせる)もカランのひとつだろう。
起きたといってはカラン、出かけるといってはカラン、ありがとうといってはカラン。

キミはカランをしないキミはカランをしないと夫に言われ続けて
わたしはわたしなりに努力をしようとはしているのだ。

<10>の時代より少しさかのぼるのだけど、
前のアパートに住んでいた頃、四人の子どもたちはひとつの部屋で寝ていた。

子どもたちにおやすみを言うとき、ひとりひとりのベッドに入って背後からぎゅうっと抱きしめる、
というようなことをやっていた。わたしのカランだ。

後々、この時のことを思い出そうとすることになるのだが、
わたしにはどうしてもわからない、覚えていない、という事態になるのだ。


















写真は2013年5月、お友だちと行った Beaulieu の海。グレーだ。
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本日はちょとサスペンス風。……でもないか。








by kyotachan | 2019-03-15 16:31 | なげーやつ | Comments(2)

未来にふく風 <10>



あんなに公園公園とうるさかった子どもたちが
ついに公園公園といわなくなって久しくなっていた。

子どもたちが公園へ行きたがらなくともわたしはちょっと外の空気を吸いたいなと思う。
わたしが誘ってその話に乗る子と一緒に出かけるというパターンが増えた。

つまりもう四人一緒にぞろぞろお出かけ、がなくなってしまったのだ。

下ふたりがつきあってくれることもあれば(そう、これはもう仕方がなく母親につきあう、という感じ)
下ふたりのうちの一人が、という場合もあった。

その日はめずらしく、風が一緒に行く、と言ってくれた。

ふたりでリュックサックをしょって、いやたぶん風にリュックサックを背負わせて
そこに水やらおやつやらを入れてでかけたのではなかったか。

シミエの行きなれた大きな公園ではなくて
その隣にある小さな公園にした。

風はもうその頃、遊具で遊ぶという年齢でもなくなっていて
だからふたりでベンチに座って公園で遊ぶ小さな子どもたちをぼんやりと眺めていた。

年のころ、四つか五つか、ブロンドの女の子が遊んでいて
かわいいな、とふと思った。子どもってなんてかわいいんだろう。

その時、風に聞いたのだ。
ねえ風、将来子どもができるとしたら男の子がいい?女の子がいい?

風は少し考えてから「女の子がいい」と答えた。

この答えには素直に驚いた。
わたしは勝手に風は男の子だと答えるだろうなと決めつけていたのだ。

えっ?女の子?なんで?わたしはてっきり男の子だと答えるとばかり思っていたよ。

風は苦笑いをして「女の子がいいな。それもひとりだけ」
そう繰り返し答えた。

「ママ、もういい?そろそろ帰ろうよ」
むかしはあんなに帰りたがらなかったくせに、この頃にはわたしが帰りをうながされるほうになっていた。




















その話を書いた記憶があったので探したらありました。
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つーか、今書いてること、ほとんどどこかで書いてるかも。 








by kyotachan | 2019-03-14 16:28 | なげーやつ | Comments(2)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族