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最近やたらと耳にする Burn out ということば。

最初は夫が使ったのだ。
「○○(共通のフランス人の友人)は Burn out だったんだよ」と。

「はっ?!なんすかそれ?」
と問うわたしに夫は言った。

「うつの激しいやつ」

それを聞いて、ああ、Burn out ! 燃え尽きちゃった人ってことね、と理解した。

それを皮切りに、というわけでもなかろうが、
それ以来、何度も何度も耳に入ってくる。

それも「わたし Burn out だったのよね」
と自己申告する人たち。

その度に、「うわ!おまえもか!」と思う。
だって目の前にいる人、全然そんな風には見えない!

わたしにとっての「うつ」は長兄のかかったうつが基本になっている。

当時大学生だった長兄は実家を出て長崎市内で一人暮らしをしていた。
医学部の何年生だったか、失念してしまったが、三年生?四年生?

「死ぬことばかりを考えてしまって自制心がきかない」
ということだった。

医学生だからもちろん、うつがどんな病気かの知識もあり
それでも自分がそれに罹患してしまった。

がんの知識があってもがんにかかる医者はいるのだから
なにも不思議なことはないのだが、
当時中学生だか高校生だったかのわたしは、「ええっ!なんでそんなことが!」とかなり驚いた。

長兄の友人が元気付けようとドライブに誘ってくれ、
車の助手席に座っていた長兄は車の走行中に無意識にドアを開けて外に飛び出しそうになったそうだ。

「こりゃもうあかん。医者に連れてって」
ということになり、医者のすすめで長兄は帰省してきた。

別人だった。
頬が漫画で描いたように三角にこけていた。
目が漫画で描いたようにくぼんでいた。
もともとやせ型体形なのだが、その時はもう、ガリガリだった。

「いやあ、あんた、えろうやせとるやんね~」。
長兄を見たとたん、事態の深刻さを察しただろう母が
その深刻さを払拭したいかのように明るく言った。

「まじね。そぎゃんやせとるやろか。そいぎん写真でも一枚、とっとこーか」。
長兄は長兄で、やせていることくらいとっくに気がついているだろうに
そんなことにはたった今いわれるまで気がつかなかった、というふりをした。

父親は何も言わず、うっすらと笑っていたような気がする。

そして本当に、カメラにフイルムが残っていたことを確認した長兄は
父親だか母親だかに頼んで写真を一枚撮った。

次兄のほうもすでに実家を出てしまっていたから
実家には両親とわたしだけだった。

しばらく長兄はうちで療養することになった。
確か数ヶ月、半年くらいはいたのじゃなかったかと思う。

長兄はほとんどの時間を自室で過ごしてたのだけど、
たまに話すこともあった。

長兄が死んでしまうことだけはいやだった。
かといって、わたしたち家族にできることはそんなになかった。

ただただ静かに長兄の回復を見守るしかなかったのだ。
長崎のアパートに戻ってもしばらくは薬を飲んでいると聞いた。

うつってなんてやっかいな病気なんだと思った。

そんなやっかいな病気にあいつもこいつもかかっているのか?
それはほんとうなのか?ほんとうにそうなのか?

というつまらない疑問。どうでもよかったね。

蛇足。
日本人では考えられないサイズの肥満体の人、
を見かけることがある。

よくもまあ、からだのどこも悪くせずにそこまで食べることができましたね、
とわたしなんかは感心して尊敬の念さえわくほどだったのだけど、

このくらい太った人は antidépresseur アンチデプレッサー/ 抗うつ剤の副作用なんだと友人が教えてくれた。

ということはけっこうなうつ患者がいるってことなのか?
あ、そもそもうつと Burn out は一緒にしちゃあいけなかった?

というつまらない疑問。すみません。













写真は去年の夏に訪れた小さな村。
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by kyotachan | 2018-04-30 19:51 | 五 人 家 族 | Comments(2)

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三女が十四歳になった。
長女が十四歳になったのは六年前だった。

わたしにとってはどこの子がかわいいとかこの子をひいき目に見ているな
という気持ちはさいわいなことにこれっぽっちもないのだけれど

年齢に関しては長女がひとつ年をとると
わたしが母親になってからの年齢を思ってしみじみするし

三女がひとつ年をとるとこれまた
末っ子がもうこんな年にと思ってしみじみすることはるものの、

二番目と三番目に生まれた
長男と次女にはあまりその感慨はわかない。

ま、そんなもんなんですよね、まん中っつーのは。










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三女がここのところ熱を上げているコレアンアイドル(という呼び方が正しいかどうかはおいといて)。
なんで隣の国の?
という親の思いとは裏腹に部屋の中のあちこちには
かわいらしい男の子の写真がべたべたと貼り付けてある。

今回もそのグループのアルバムとポスターがプレゼントのリクエスト。

三女がインターネットで探して、「これ、おねがいしまーす」。
父親が登場して「ポチ」してはい、おしまい。

三女は三女なりのルールがあるらしく、
数日前に届いたプレゼントを今日までがまんして開封しないでおいた。

そしてイベント好きの長女がそれらをきれいに包装しておいてくれた。

夫は一週間の出張を終えて、日曜日には再び一週間の出張に出かける。
その合間のつかの間の週末だった。

土曜日の夜がいちばんいいよ、ゆっくりできるから、と主張する親側に対して
次女は友人の誕生日会に呼ばれているからその日はできないと言い張る。

長女も週末はほとんど家にいないことが多いから、
昼間にするのか夜にするのか、家族間での調整もだんだんと面倒くさくなってきた。

今回の主役は三女だから、ひとつひとつの変更事項を
まずは三女におうかがいを立てながらすすめていく。

「言わんでもわかろーが、こんくらい!」
というのは家族間でも最高の危険行為なのだ。

面倒だなあと思いながらも誰ひとりとして「勝手にやってよ」とは言ってこないあたり
子どもたちもそれぞれ家族の誕生日は楽しみにしているのかなと思い当たり
それはそれでなんともかわいらしいじゃないの!と笑ってしまう。

なんだかんだとお互いのエゴをぶつけ合いながらも
六人そろって誕生日のお祝いをするのは
朝から焼いたチョコレートケーキの味もよろしく、
しみじみとしあわせな日曜日の午後になった。

ソラちゃん、十四歳、おめでとう!!!

















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by kyotachan | 2018-04-22 21:38 | 六 人 家 族 | Comments(2)

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自分のことを忘れていた。
最近のわたし。

一年以上前に発症(というのだろうか)した高血圧。
ゴーヤ茶を飲んだりして落ち着いていたのだけど、
そのうちお茶を飲むのも疎遠になってしまっていた。

というところに、またまた高血圧発症。
というか、その時点では耐え難いほどの頭痛。

バイト中で、もう、頭ががんがんがんがんがんがんがんがん、
それが叶うなら今すぐにでも床にうっつぷしてしまいたいくらいの頭痛。

何食わぬ顔をして仕事したけどね。

常備している頭痛薬、普段はよく効く、を飲むとこれが悪化。

がんがんがんがんがんがんがんがん、だった頭痛が
ぐわんぐわんぐわんぐわんぐわんぐわん、に。

……、ま、まじっ。

くも膜下?ついにここで切れるかオレ?
不安におそわれつつ帰宅して血圧を測ると
上が140だの150だのある(携帯の計測器を持っている)。

一年も前にもらった降圧剤、
そしてその当時は一度だけ服用しただけだったのだけど、
この薬が薬箱にあったので、これを服用。

ああ。
なんだかなあ。
そういえばゴーヤ茶、最近飲んでないなあ。

しつこい頭痛に悩まされつつ、これは高血圧から来るものらしいと見当をつけ
とにもかくにも血圧を下げることに専念。

そんな折、東京時代にたいへんお世話になった方からコメントが。
「高血圧にはお酢がいい」と。

初耳だったものの、ものは試しと飲んでみた。
これがあーた、けっこう、いいみたい。

検索してみると、医者がすすめている、という情報もある。

最初のころはわらをもつかむ思いで一回100ccほどを死ぬ気で飲んでいたのだけど、
最近はせいぜい50ccを朝晩、食後に。

バルサミコ酢、りんご酢、ワインヴィネガー。
色々試したけど、いちばん飲みやすいのはバルサミコ酢の白。

不思議なことに浴びるほど飲んでいたワインの量が格段に減った。
そしてワインは赤、だったのに最近はもっぱら白派になってしまった。

赤ワインとチョコレートの組み合わせが大好きでこれを毎日毎日摂取していたのに。

二週間後、血圧を二十四時間測定する装置を装着予定。
これがもう、毎分ごとにあの血圧を測るときの圧力が腕にかかるというシロモノ。
「どうしても痛かったらとっていいよー」
と医者がいうから、相当つらそうではある。

でも自分の血圧が一日のうちでどのくらい上下するのか知ることができるのは
興味深くてたのしみでもある。

どんなに痛くてもわたしがパイオニアなわけではないのだから。
たくさんの人たちが耐えたシロモノならわたしにだってできるはず。

あ、でもねでもね、お酢を飲み始めてから調子がものすごーくよくて、
頭痛薬もずっと飲んでいないし、血圧も安定している。

血圧が高いときに頭痛薬を飲んでも効かないこともわかった。

これからはこの高血圧ちゃんとちゃんとつきあっていかないと。
コーケツアツちゃん?コーケツ?コーケッ?あ、もういい?

という、なんかもっと楽しい話題はなかったの?
という最近のオレ。二十四時間高血圧と戦いますか的な。
















写真は大好きなクーネルの並ぶ本棚。いらないクーネルあったらください。
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by kyotachan | 2018-04-19 05:13 | 六 人 家 族 | Comments(10)

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ここのところの家族の様子など。

長女(六月でハタチ!)は大学二年生。
専攻はコミュニケーション。

学校のほうは早々と終わってしまい(こちらはそろそろ学年末)、
今週から二ヶ月、近所の劇場で研修。

わたしのハタチのころに比べると彼女はもうすっかり大人で
最近はなんだかわたしのほうが子どものように感じることがある。

夫やきょうだいたちも長女を頼っているなと思う場面多し。
わたしもけっこう頼りにしている。

長男(八月で十八歳)は今年はバカロレア。
数年前から勉強することからさっぱり遠ざかり
父親にどやされ、叱咤激励を受けるたびに
ますます勉強からは遠ざかってきた。

わたしはわたしの親がしてくれたように
勉強に関しては放任主義に徹してきた。

夫はそれを苦々しく思っているらしいが
ふたりでどやしてもどうなるものでもなかろう。

バカロレアが来月にせまった今ごろになって
どういう心境の変化か図書館通いがはじまった。

勉強、してるんだろうか。
わたしだって本音をいえばしっかりと勉学に励んでほしいとこころの底から願っている。

知識とか思考能力とか、目に見えないものこそが
ほんとうの自分を作ってくれるものなのだから。

次女(十二月に十六歳)は最近どきっとするほど長女に似てきた。
化粧をしているせいかな。
「この子、変わってる?」と思うことがあり、
長女に言わせると、わたしによく似ているらしい。

そう言われてみるとなんだか愛おしく思えたりして。
あんた、変わってるね、と次女に言い放つのが快感。

当人は「変わってるっていえばみーんな変わってる!」
とまったく意に介さない様子。

十六歳になるとちょっとしたアルバイトをしてもいい年齢になるので
今からあれこれと物色中らしい。

「ママ、ベビーシッターの仕事を探してる人、いない?」

と聞かれた。いや……知らんけど、でもあんたに預けたいと思う人、おるかいな。
というこころのつぶやきは黙っておいた。

三女(来週、十四歳)はわたしにとっては今も天使さの残る末っ子。
出かけるときのビズとハグも欠かせないのだけど、
そうこころがけているのはわたしだけのようで
最近はもうめちゃくちゃ面倒くさいんだけど?という態度をとられている。

頼むよーもうキミだけなんだからさー、さ、さ、ビズビズ、ハグハグ。
やわらかくていいにおいで、いつまでもさわっていたい。
三女の前では変態ママに変身してしまう。

いつの間にか、四人が四人ともわたしの背を追い越してしまい、
今ではわたしが家族でいちばんのちびになってしまった。

「ママ、縮んだ?」

と言われるのがショックで最近は背筋をのばすように努力している。

さらに四人が四人とも母親をからかってくることが増えた。
いまだにフランス語の発音ができない。
常識だってまったく身についていない。
わたし自身がそれでよしとしているからしょうがないのだけど。

自分でもおかしいのが、
そんな子どもたちがかわいくてかわいくてしょうがないこと。

ひとりひとり、どの子もほんとうにかわいい。愛おしい。

ひとりで道を歩いていて、
子どもたちのことを思ってひとりで笑ってしまうことがよくある。

そして子どもたちの未来をあまり心配していない。
わたしにしてやれることはいままでだってたいしてなかったし、
これからだってもっとないだろうなと思う。

子どもたちはもう子どもたちの人生を生きていて
わたしは子どもたちに助けを求められたときに
わたしにできることを精一杯してやるだけだ。

はたから見たらきっともっと心配しなくちゃいけないと
思われているかもしれない。

なんたってわたしの子どもたちだもの。
けっこう世間知らずけっこう常識なしけっこう……。

わたしのところに生まれてきた子どもたちだもの。
それがキミたちの運命ってやつなのさ。

最後に
むかーし、ゴキブリほいほいのコマーシャルだったか、
いや、なにかもっと別のコマーシャルだったか、
「亭主元気で留守がいい」
というのがあった。

夫を思うにつけ、あれはなかなかいいコピーだったなと思う。
愛してはいるんですけどね、ええええ。

















写真は去年の夏休み。家族でくだらなーいことで笑っている時間が好き。
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by kyotachan | 2018-04-18 00:33 | 六 人 家 族 | Comments(2)


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朝、六時四十五分、雨戸を開けたら青空!
「来たーッ!」

昨晩ふたたび降ったあられのせいか、
空気はひんやりと冷たい。
















写真は五年前の今ごろ。今年は花、雨で散ってしまった。
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by kyotachan | 2018-04-13 16:02 | Comments(2)

grêlon グレロン/ あられ

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雨なんである。雨雨。
降るはずのないコートダジュールに。

もはやいつ降り始めたのかさえ、わからなくなっている。
今日ふれば、明日は晴れるね、と言われるコートダジュールで。

最初の三日くらいは「ここまで降ってくれると気持ちいいよね」
なんて気楽なことをほざいていたのだ。

今日なんかはもう、「いや、もうさ、そろそろよくね?」
誰に向かってかは不明だが、ちょっとぼやきたくもなる。

今朝は八時前くらいに、かみなりとあられが!
三女がバスで学校に到着するくらいの時間で思わず電話をしてしまった。

「だいじょうぶっ?」

叫びたくなるくらいのおおきなかみなりと大粒のあられだったのだ。

「ああ、鳴ったよね。もう着くから。バイ」

とあっさり切られてしまった。
あれ?オレってけっこううざったい母親?

「ママ、こわいー!」と泣きつかれなくてよかった。
と思うことにしよう。

なにはともあれ、子どもたちはどんどこ成長中。

















雪の話題の次は雨、あられですかい。次は晴れの話題で!
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by kyotachan | 2018-04-12 23:49 | 非 日 常 事 | Comments(0)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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