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一月にしてはあたたかい日が続いている。

今日は最低が三度。最高が十三度。
明日の予報は最低七度、最高十五度。

昨日はというと、それよりももっと暖かくて、そして何より風が風がものすごーく強かった。

そうです。
そうなると飛ぶのです。花粉が!

目はしょぼしょぼ、鼻はじゅるじゅる、カラダのあちこちがかゆい。
季節はずれにどこかで目にした「花粉症には鼻の中にワセリンをぬるとよい」。

覚えていましたよ、ええええ、覚えていましたとも。

さっそく小指の先にワセリンをつけて鼻の中にひとぬり。
うん、いいような気がします。お試しあれ。



















写真は五年前の長男。飛んでる?
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by kyotachan | 2018-01-19 01:05 | 日 常 空 間 | Comments(3)

優子ちゃんのお母さん


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小学校・中学校で仲良しだった優子ちゃん。
小学生時代には優子ちゃんの家によく遊びに行った。

お父さんはタクシードライバーでお母さんは専業主婦。お姉ちゃんがひとりいた。

優子ちゃんのお母さんはよくクッキーを焼いてくれた。
マヨネーズも手作りだった。
お裁縫や編物が得意でスカートや手袋を作ってもらったこともある。

顔の造作もモダンでちょっと外国人風だった。
そして授業参観には着物で現れたりした。

わたしの母親は働いていていつもばたばたしていたのに対して
優子ちゃんのお母さんはいつもゆったりとしていた。

おやつにりんごをむいてくれた。
わたしと優子ちゃんの目の前で、とてもゆっくり(に見えた)、
りんごの皮をまあるく、つなげてむいた。

わたしはそれを手品でも見る気持ちで見入った。
わたしの母親はいつもりんごをまず四等分に切ってから皮をむいたからだ。

「すごかねー。おばちゃん、つなげてむっきっと。うちのお母さん、しいきらっさんと思う」
わたしは感嘆の声をあげ、おばさんはゆっくりと笑った。

「そげんことなかよ。きょうたちゃんのお母さんもしいきらすって」。

わたしは優子ちゃんのお母さんが母親を傷つけまいとしていると思った。

家に帰ってから、興奮気味に母に言った。
「優子ちゃんのお母さん、りんごの皮ばつなげてむかすとよ」

母はきょとんとして、「母ちゃんもできるばい。そがんむずかしかことやなかもん」。
母が平然とそういうのでこちらはまたまたびっくりだった。

「うそっ。いつも四つに切ってから皮ばむくやん」
「そりゃあ、そっちのほうがしやすかもん」
「じゃあ、つなげてむいてっ」

母はしゃーないなー、という感じで、その場ですぐにりんごの皮をまあるくむいてくれた。

母親の言ったとおり、母はそれを難なくこなした。
なんとなくほっとして、なんとなくがっかりした。

そして優子ちゃんのお母さんのほうが上手にもっと上手にむいていたように感じた。
あれはどういうことだったんだろう?
















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by kyotachan | 2018-01-17 01:23 | お は な し | Comments(0)

rêve ヘーヴ/ 夢

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場所はスリランカ。

ことばの通じない国の子どもばかりが収容されている病院。
わたしは看護婦の手伝いをしている。

狭い畳の上に何人もの子どもたちが寝かせられている。
わたしは看護婦の真似をして毛布の中に手を入れ子ども、というより赤ちゃんのお腹をさする。

場面が変わって夜。

大きな部屋に並んで眠る子どもたち。
わたしもその中に混じって寝ている。

十二、三歳のきれいな子がむっくりと起き上がり吐きたいというジェスチャーをする。
ふたりの看護婦はあわてて部屋から出て行く。

三つ重ねてある洗面器(家にあるのと一緒)が部屋の片すみにあるのに気づき、
それを少女の前にさし出すとその瞬間少女は吐く。
ソーセージがそのままだったり、かなり固めの吐しゃ物だった。

そこへ看護婦が戻り、「ああ、よかったわ」というようなことを言う。

汚物の始末はしてくれるだろうとその洗面器をさし出すと、
「それはあなたが……」と言われ、向かいにある便所へと捨てに行く。

割のあわない話だなと思う。

スリランカ?と思ったのは人の肌が一様に真っ黒だったから。(了)2016.1.28








ときどき、夢を見る。
たいていはカラーで鮮明に画像が頭の片すみに残っている。

ストーリーは「一体どゆうこと?」なものばかり。
知っている人がありえない設定の役で登場することも多い。

ああ、見たな夢、と思うとメモするようにしている。
どんなに鮮明に記憶に残っている夢でも一時間もしないうちに忘れてしまうから。

今朝、夢を見て、それをメモしたときに目に入った二年ほどの前に見た夢。
いやあ、なにこれ。笑える。すっかり忘れてしまっている。

わたしがいちばん見たい夢は母親の夢。
だけどなかなか出てきてくれない。
もう二十年近くもずっと待っているのに。

















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by kyotachan | 2018-01-16 00:03 | ゆ め ? | Comments(2)

Laëtitia レチシア

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バイト先で十一時半近くになると近所のパン屋さんへバゲットを調達しに行く。
レジにいるのがレチシア。

その界隈ではかなりの人気店らしくレジの前に十人ほどの列ができていることはめずらしくない。

パンを予約する人も多くて、
「明日のこの時間に塩抜きのバゲットを二本お願いね」
「この日に孫たちが来るのよ。ピザを注文しておきたいんだけど」
などと客に注文され、それをノートに書きつけたりしている。

わたしはその列の間をぬうようにして進み、レチシアにひと言かけてから半地下の工場をのぞく。

向かいには大きな冷蔵庫、右手にはバゲットが何本入るのだろう?大きなオーブン。
左手にはお菓子作りの職人さんが小麦粉を計量している。

短い階段の下にはたいていバゲットが二十本ほど入るプラスティックの箱が一個か二個、スタンバイしている。
わたしは下に降りてご主人のステファンにあいさつ。

夫はパンを焼き妻はそのパンを売る。
このパターンのパン屋さんはけっこうある。

箱を持って店のほうへ上がり、そこからバゲット数本を取り出して大きな紙袋に入れてお礼を言うとすぐに退散する。
支払いは二週間に一度、まとめてすることになっている。

いつだったか、バイトの帰り道にお腹がすいてパイ生地の中にお砂糖で煮たりんごが入っている菓子パン
(chausson aux pommes ショッソン・オ・ポム、直訳するとりんごのスリッパ!)を買いにレチシアの店に寄った。

きっちりと勘定して小銭を受け皿に載せると、レチシアがあわてて
「あら、これはもらえないわ。いつもパンを取りに下まで降りてくれるから」
と言ってお金を返してきた。

そんなこと言われてもわたしもただでもらうわけにもいかないから菓子パンをつかんでお店を脱出したら、
レチシアが走ってわたしを追いかけてきた。

逃げ続けるのも大人げないかと思いなおし、ありがたくごちそうになることにした。

正直にいうと、とってもうれしかったのだけど、
レチシアがレジにいるときにはもう、立ち寄れなくなってしまった。



















写真は数年前に焼いたガレットデロワ。
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ショッソンオポムもたいていこんな三日月形。







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by kyotachan | 2018-01-12 02:07 | お は な し | Comments(2)

pluie プリュイ/ 雨

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三女が生まれたとき、次女はまだ十六ヶ月で歩くことができなかった。
夫がダブルのベビーカーを買ってくれて、それを押してどこへでも行った。

後の椅子がベッドになる形だったからたいていは三女が後で次女が前。
思い返せばほんの三年間くらいのものだったのだろうがこのベビーカーは本当に重宝した。

当然のことだけれどベビーカーを押すときは傘がさせない。

わたしは雨にぬれるのが苦手だから防水加工のコートをしっかり着こんでフードもきちんとかぶる。
一度、次女と三女が幼稚園に通っているころ、大雨が降って、
わたしはコートの上にさらにポンチョ型のレインコートを羽織ってお迎えに行ったことがある。

幼稚園の先生たちになんとなく冷笑されたように感じた。
あらためておのれの姿を見てみると、いやほんとこれはやりすぎたかなと反省した。

雨にぬれるのが苦手だからしょうがない。

ひるがえってフランス人たちはおおむね、雨にぬれることに頓着しない人が多い。
かなりの雨でも傘を差していない人はごろごろ歩いている。

傘を買う余裕がなくて、という人ももちろんいるとは思うのだが、
傘をさすなんてばからしいと思っている人が多いような気がする。

ぬれたところで、それがなにか?
みなさん、そう思っていらっしゃるようようだ。

きれいにセットされた髪、きちんとお化粧した顔、
身なりも平均的な人よりもいいものをお召しになっている、
というマダムが雨にぬれて歩いている、という風景もめずらしくない。

フランスの幼稚園と小学校では傘が禁止されている。
小学校までは親の送り迎えが義務づけられているから、傘は門のところまで、ということになる。

課外授業の日に雨が降ると、児童たちは傘なしで出かけることになる。
子どもたちが小さいころ、この課外授業に付き添ったことが何度かある。

雨が降って、大人たちはみな当然のように傘をさすのだが、
子どもたちはみんな雨にぬれそぼりながら歩いた。

わたしは申し訳なくて胸が痛むほどだったのだが
子どもたちはみな、平気な顔をしていた。

こんな風にして雨にぬれることに慣れてしまうのかもね。

















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by kyotachan | 2018-01-10 01:52 | 日 常 空 間 | Comments(2)

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「勝ち組」「負け組」ということばをはじめて聞いたとき、
ものすごーくいやな気がした。

わたしは負け組だろうなととっさに思った。








気がついた。
「勝ち」「負け」の相手は自分なんだなって。

自分に勝つか負けるか。
そう思ったら自分には勝とうと強気になった。

今年をいい一年にしようね、と友人に言われて、
今年じゃない、今日をいい一日にしようと思いなおした。

今日一日、わたしは自分に勝った?

















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by kyotachan | 2018-01-09 01:51 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(4)

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ウチの家族はみんな、りんごはしゃきしゃき派。

この季節は Fuji フジ がいちばんのお気に入り。
日本のフジりんごが入ってきたのはここ数年のことだと思う。

Pink Lady という皮がピンク色のりんごもおいしい。
フジがあま~いりんごなら、こちらは酸っぱいりんご。

どちらもしゃきしゃきしておいしい。

(写真のりんごはこのどちらでもない。すみませーん。)

どちらも皮をむいたほうがおいしいので
三女が「むいて~」と言ってくる。

「自分でもやってみる?」

四分の一の皮をむいたところで三女にとナイフを渡したら、皮をむく、というより実ばかりをむくことになってしまった。

「ママのやり方、全然よくないよ!」

だんだんと機嫌の悪くなる三女。

うわー。わたしもそうだったなあ。
母親みたいにりんごの皮がうまくむけなくて自分に腹を立てたことがあった。

「母ちゃんだって最初からうまかったわけやないよ。しょっちゅうむきよったらいつの間にか上手になるったい」。

ほんとうだった。
わたしはいつの間にこんな風に上手にりんごの皮がむけるようになったんだろう。

思いにふけっていたのは一瞬のことだったのに、
同じことを言ってあげようとおう、と顔をあげたら、三女はもうどこかへ行ってしまっていた。
自分でむいたぶかっこうなりんごを入れたお皿を持って。


















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by kyotachan | 2018-01-06 00:56 | お い し い | Comments(0)

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わたしは今年五十二になるのだけど、
この年になるとさすがに、
自分の好き・嫌いくらいははっきりとわかるようになる。

なにをいまさら
とお思いかしら。

わたしはほんとうにお恥ずかしいことなのだけれど
この年になるまで「自分がほんとうに好きなこと」がはっきりしていなかった。

いつも「今は好きじゃないけど、この先好きになるかもしれない」という気持ち、
「今は興味が持てないけど、いつかはきっと興味が持てるんだろうな」という気持ち。

そんな気持ちを宙ぶらりんに抱えていて、だから、
自分がほんとうに好きなことってずっとわからないままだったような気がする。

十代の頃、母親や友人から、「スカートをはきなよ。きょうたにはスカートのほうが似合うよ」
とよく言われた。

短足なわたしがしょっちゅうGパンでいる姿を見て気の毒がり、
ほんとうにわたしのためを思ってのアドバイスだったのだろう。

はいてはみるのだ。
はいてはみるしそれを鏡に映して悪くないとは思うのに
出かける段階になっていつものGパンに着替えてしまう。

そしてわたしは思う。
今はスカートって気分じゃない。
でもきっとそのうちスカートな気分になるはず。
スカートを嫌いなわけじゃないもの。

大学生になった春休み、わたしは母親に頼んで化粧品一式を買ってもらった。

実家の近所にあったSフィーナの専門店で、基礎化粧品一式と、口紅、頬紅、アイシャドー。
お店のおばさんに化粧の仕方を教えてもらい、こてこての化粧顔で帰宅した記憶がある。

東京の大学生になるのだし、化粧くらいはしなくては。

そういう気持ちはあったのだわたしにも。
ただ、肌がそれを許さなかった。

三日後、大荒れの肌を発見。

そこからは、Kネボウ、S生堂、Kセー。
大手のものはほとんど試して、決まった法則があるかのように三日めに肌が荒れた。

あれれ。
お化粧、あわないの?わたし?

たいした後悔もなくわたしは化粧というものから遠ざかった。

それでも帰省のときに母親が周りの大人たちに「きょうたはお化粧とか興味のなかごたっとですよね」
などと言うのを聞くたびに

「いやいや、それは違うから。興味はあるから。ただ今は肌荒れしちゃうからしたくないだけで」
と思っていた。

東京で就職した。

ジュリアナ東京、と聞いてどのくらいの人がわかるだろう。
記録をたどってみたらそれは1991年から1994年までのたった三年間しか存在しなかったらしい。

ディスコ。
いま現在、この単語が生きているかどうかさえ自信がない。

その当時、あまりにも有名だったジュリアナ東京というディスコにはついに、一度も足を運ばずに終わってしまった。
いま思えば、東京というあの小さな空間に、あの時代にせっかく居合わせたのだから、一度くらいは行ってみてもよかったなと思う。

お立ち台、と呼ばれる場所に派手なセンスを振り回す、ボディコンドレス着こんだ女性たち。
何度もテレビや雑誌で見たあの光景。
全く、ほんとうに全く、そこへ行きたいという気持ちはわかなかった。

楽しかったディスコの思い出はある。
博多で過ごした浪人生時代に女子寮を抜け出して行ったディスコだ。

確か入り口で二千円だかを払うと飲み放題、食べ放題だった。

十種類以上のカクテルが並んでいた。
わたしははしから順番に飲んでいって、そして途中で気持ちが悪くなった。

博多で専門学校へ通っていた友人宅のトイレではいた。

大学時代に行ったディスコの思い出はまったくない。
行ったのに覚えていないのか本当に行かなかったのかさえわからない。

就職してからも相変わらずで、仲のいい友人とはバーで待ち合わせ。
そのあと居酒屋かすし屋、たまにフレンチかイタリアン、が定番だった。

でもこころのどこかでは思っていたのだ。
いまはこのスタイルが好きだけどそのうちにわたしにもディスコの時代が来るかもしれない、と。

結婚して子どもができた。

同時期に子どもを生んだ大学時代の友人が、
「最近はスカートをはく機会が増えてきてそれがうれしい」
というようなことを言った。

ああ、そうなんだあ。スカートねえ。ふんふん。

説明のできない不可解さがそこにはあったのだけど、
それが何なのか、わたしにはまるでわかっていなかった。

ずっと後になって、ああ、そうかあと気がついた。

わたしのその友人は確かに大学時代からスカートをよくはいていた。
下北沢に実家があって、高校は六本木。

絵に描いたようなお嬢さまだった。
ひらひらっとしたスカートがよく似合うのだ。

わたしは大学時代からずっとTシャツあるいはトレーナー、下はGパンに足元はバスケット。
一年を通じてそれがユニフォームのようなものだった。

就職してからもそのスタイルは維持したまま。
制服のある会社だったのから、通勤時の服装は自由だった。
あるいは自由だ、と思い込んでいただけのことかもしれない。

いい先輩に恵まれて「制服があるんだからどんな格好で出勤してきてもいいよ」と言われた。

夏など、会社に入る前にビルの入り口で部長にばったり会って
「きょうたさん、ビーチにでも行くんですか」
と言われたことがある。

いま思えば部長さんは最大級の皮肉をわたしに投げかけていたのだ。
それを「え、やだあ。ビーチなんて行かないですよお」と笑って返していた。
……もうしわけないです。あまりにもおそすぎる気づきですが。

いま思い返すと、わたしのスタイルは十代の頃から一貫していて、
それはつまり、子育てにものすごく適した格好をしていたことになる。

十代のわたしに「あんた、五十になっても今と同じ格好しちょるよ」と教えたら
きっとどんびきしよるやろな。

わたしはけっきょく、顔に色々と塗るのは性にあわず、
スカートをひらひらさせることも何か面倒で、
大音響の音楽の鳴る場所がついには好きにはなれなかったらしい。

あーあ。っもー、なんだかなー。

わたしって自分の好きなこと、十代ですでに知ってしまっていたんだなあ、ということを五十を過ぎて気づいた。

いやいや待てよ、
今後、びっくりメークにスカートが定番アイテムのディスコ好きのマダムに変身するかもよ。>まだあがく?



















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by kyotachan | 2018-01-05 05:28 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

vent ヴォン/ 風



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写真は去年の五月。椅子が風におされて傾いたわけではありません。


今日はお昼ごろから強風が吹いている。
嵐かとも思うほどの強い風。

気温は二十一度まで上昇したそうで
なんだかもわん、としたこの季節らしからぬあたたかさ。

通りを歩いていたら道の真ん中に大きなベット用のマットレスが落ちていた。
おそらくどこかに捨ててあったものが飛んで来たのだろう。

外で生活している人が見つけてよろこんで持って行くかな。
それともこれはあまりにも大きすぎてもてあますかしら。

一瞬でそんなことを思い、ひとりでくすりと笑ったら
自転車に乗ったふたりの子どもたちがマットレスの前で止まった。

母親に向かって何かを叫んだが
その声は風に飛ばされて聞こえなかった。

















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by kyotachan | 2018-01-04 01:14 | 日 常 空 間 | Comments(0)


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こんなに遠目からでも「あ、いた!」てわかった。

エキサイト時代に仲良しになって、今はノートに引っ越しちゃった。
知る人ぞ知る、シノブワダ。基、ワダシノブ。イタリアのトリノ在住。

「明日、ニースに行くんだけど、会えるかな」
そんなメッセージが入ったのが去年の五月。

ニースの五月といえば写真を見てもわかるとおり、ほとんどの人ははだかで街を歩いている。
それくらい暑い、五月のある日だった。

ニースのホテルに着いたワダシノブとはじめて電話で話した。
顔も知らない相手だし、声を聞くのだってもちろんはじめて。
それなのになんなの?この、旧友と話しているような感覚は。

「だんなが、今日はかんべんしてくれって言ってるから~明日にしよっかな~」

イタリア人のご主人、超のつく、人見知りらしい。
なんとなく知っていたけど、まじでそうなのかよ!

「よしよしじゃあ、そうしよう」

翌日の日曜日に会うことになった。
電話が使えないから、メッセンジャーで、とぎれとぎれに連絡しあいつつ、海沿いで待ち合わせ。

こちら側はフランス人の夫がついてきた。
どうなるよ、会話に使う言語は?














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ワダシノブ、想像していた顔とは違ったけど、でも旧友に再会したような感覚はずっと続いている。

午前中にシャトーには登っちゃった~、というので、ヴューニースの中をぶらぶら。
時間はちょうどお昼時で、でも日曜日のお昼は知っているよさげなお店はどこもやってない!

歩きながらわたしとワダシシノブ、ふたりの天使たちとは日本語で、夫同士は英語で会話。
なんとかなっとるやないけ。

ワダシノブが描くご主人を見て、もっとひげもじゃらのじじいを想像していたのだけど、
実際は若くてかっちょいーやんけー。おいこら。ワダシノブ!










そして画面にう~っすらと登場するふたりの天使たちは
画面で見るよりも数倍天使度が高い。

姉天使の髪型にモエ~。
わたしはこのふたつに結えた髪型がどうしても好きなのだ。
五十を超えてもしたいくらい。

「きょうたさん、きょうたさん」って、姉天使、かわいすぎ!

弟天使がこれまた絵に描いたようなオトコノコ~。
海沿いの広い歩道を、あっちゅーまに見えなくなるまで走り去ってしまった。

「ワダワダ、人さらいは普通にいるっちゅー話だよ。見えなくなるのはまずいよ」

あわてるわたしに、余裕の笑いを見せるワダシノブ。

「姉天使、ほら、弟天使を連れてきておくれ」

わたしのあわてように走る姉天使。

ふたりして全速力でわたしたちのところへ戻って来る。
きゅん!

ほっとしているわたしの隣でワダシノブが言い放つ。
「いいもーん。さらわれちゃったらお母さん、またスーパーに子どもを買いにいくもーん」

!!!!!
なんてことを言うんだ、ワダシノブ!!!









ぷらぷら歩いた先にある、ニース料理のファーストフード店、みたいなお店でお昼を取った。
弟天使がいち早くいちばんおいしいお皿を自分のほうにひきよせた。
いいぞいいぞ。それこそ天使。

わたしは「トリノには無印があっていいなあ」みたいなことを言ったことがあるのだが、それを覚えていてくれたワダシノブから、なんと!
無印のノートとペンをもらった。涙。










そしてやはりワダシノブが行きたいのは美術館なのだった。

マティス美術館へ案内するも、その日は五月の日曜日。
あいにく五月祭りの真っ最中で、車を駐車するスペースがどこにも、ない!

すばやくあきらめてシャガール美術館へ。
わたしとはここでお別れ。

あ!今思い出したけど、シャガール美術館の庭で、
女優のTきわTかこさんがロケしていた。
写真を撮ろうとしたら、スタッフさんに止められてしまった(どうでもいい情報)。




白状すると、ワダシノブがノートへ引っ越してしまってからは
彼女のサイトをあまりのぞかなくなってしまっていた。

ノートってなんだか敷居が高くて、見方がよくわからない。
おまけにセミプロの集団サイトみたいで一歩引いてしまう。

今になって意を決してワダシノブのサイトを、それも「文章」というところを
できるだけたくさんクリックして読んでみた。

イタリアの日常生活、広島の生活、ヒロシマ、過去の自分、今、そして未来のこと。
けっこう色んなことを書いていた。
イラストだけが武器じゃなかったのね?

子どもの目の前で「お母さん、また子どもをスーパーに買いにいくもーん」と言えちゃうのも、
子どもを愛している土台がしっかりしているからなのかしら。

ワダシノブは感じている愛情をほらこれがワタシの愛情よ、という見せ方をかっこ悪いと思っているのじゃない?
あるいは逆に、ものすごく辛いことをわたしってもう辛くて辛くて、とことばにしてしまうのも嫌いなのだ。違うかな。

だけど行間から、イラストのはしっこから、そのワダシノブのからだの奥底~にある感情が、じわじわっとにじみ出ている。

人ってさあ!ねえ!こんなもんだよ、ねえ!

そうそうそう、きっと、ね。

読みながら思ったのがだから、
……、えー!なんだかめちゃくちゃおもいしろいじゃないのワダシノブ!

キミねえ、イラストレーターなんだからね、あんまりおもしろい文章を書くのはやめてよね(本音)。

また近いうちに会おう!
マティス美術館にも行かなくちゃいけないし!

















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あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくおねがいいたします。












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by kyotachan | 2018-01-02 00:08 | ひのえうまの会 | Comments(9)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族