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<   2010年 10月 ( 26 )   > この月の画像一覧

fumiko 史子。<17>







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「わたしは
この寮を手に入れた日のことを
忘れることができません」

昭彦さんは続けた。

「ああ、ついに由美子は
勝ちやがった。
しみじみ、そう思いました。
これはまさに由美子の勝利だ、てね」

昭彦さんは
照れくさそうに
由美子さんを見た。

由美子さんはこれ以上はない、
というほどの顔で、
にっこりと笑っていた。

「決めて行動することは
人をこんなにも強くするのか。
わたしはその時の由美子のことを
思い出すと、そんな風に思うんです」

まるで由美子は、
結果を知っているようだった。

まるで「寮はかならず手に入る」と
未来のことを確信しているように。

ふぬけのようになった自分の目には、
由美子のあちらこちらと動き回る様子は
まるでコメディ映画でも見ているようだった。

由美子は、
医師会の会員には片端から電話をかけて寄付を募り
役所に通っては助成金の可能性を探り
ついには寮の持ち主だった企業の社長にまで会いに出かけた。

ある日由美子は
ある医者には心にもないことを
今さらのように言われひどく泣いた。

役所の職員にはほとんど相手にされずに
その態度の高飛車なことに腹を立てた。

最初の頃、
由美子のすることなすことは、
はたで見ていても気の毒なくらい、
それはもう、何もかもが八方ふさがりで、
そして、あまりにも現実とはかけ離れた話に思えた。

由美子は息子を亡くしたときのように
再びよく泣くようになった。

そして腹を立ててはぐちをこぼすことが
とても増えた。

毎日がそんなことの連続で、
昭彦さんは、これはいつか
あきらめるに違いないと思った。

小言をいいたくてうずうずしたが、
これは放っておいた方が話は早いと
好きなようにさせることにした。

由美子は泣きながらも、
すぐに立ち直った。

ぐちをこぼすくせに、
あきらめなかった。

企業の社長には最初
「その問題は総務の課長へ」
とすげなく言われた。

由美子は、
総務でこの話を止められちゃかなわんと
しつこく社長に、としつこく食い下がった。

おそらく社長の気まぐれだったのだろう、
どこの主婦がまたなんの話を、
と話を聞いてくれる気になったのには
昭彦さんの方が驚いた。

その社長は由美子のいう、

二十一世紀、
有能な人材、
尊い仕事、

というあの文句にひどく感心したらしかった。

それだったら寮の売り出し価格を検討しましょう、
という話になった。

その日、由美子が大よろこびで
まるで踊りながら家に戻ったのを
今でもよく覚えている。

その頃から風向きが変わってきたのを
昭彦さんも感じ始めた。

おそらくは、
「あの」佐々木夫妻が、
なにかとち狂ったことをやりだすらしい、
という、単なる野次馬根性であったかもしれないが、
「うわさ」を聞いて、そんなことならぜひ、と
いくばくかの金額で貢献させてもらいたい
といってくる人が出てきたのだった。

ああ、なんとも奇特な人がいるものよ、
と自分が思っている間に
由美子の方では
ひとつひとつのチャンスをけして逃さず、
あいも変わらず今日は北に、明日は南に、
と飛び回っていた。

今思い返してもあの頃由美子は、
自分に「あれをしてほしい」とか
「こうしてほしい」とか
一言もいわなかった。

由美子はひとりで何もかもを
やりとげたくせに、
それをあたかも自分が
やりとげたことのように
いつもこの自分を立ててくれた。

それもおそらく、
由美子なりの作戦だったのだろう。

「まったくね、
医者だったわたしに
今度は寮のおやじさんになれという。
わたしの奥さんが、どれほど人を
けしかけるのがうまいか、これで
おわかりになったでしょう?」

そういった昭彦さんの顔は
おそらく窓からさしこんで来る
太陽の光のせいだけではなく、
自分自身の中からわきでる喜びのために
きらきらと、輝いていた。



























人間、詰まっても、焦げ付いても、真っ黒になっても、書いて書いて書きまくりゃあならんときがある。>んだんだ。
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っもーだんだんつまらんごとなってきとーろーもんがー!>とかいうコメントとか?ついでにポチ、とか?

いやはや、恐れ入ります。しつこく、続くわよ。ついてらっしゃい。>て高飛車な感じで。
by kyotachan | 2010-10-31 03:50 | なげーやつ | Comments(10)

fumiko 史子。<16>







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「はじまった、なんて由美子はいうけど、
わたしにとっちゃあ、なんにもはじまってなんか、
いやしなかったんだ」

ふと昭彦さんが口を開いた。

「わたしは外科医であることに誇りを持ってた。
仕事が好きだったし、人を蘇生させる、
ということに、生きがいさえ感じていた。
それなのに、わたしはあっさりと、
仕事を辞めてしまった。
あれは、一体どういうんでしょうなあ。
大きく振れていた針が、びゅん、と大きく、
反対側に振れたような、そんな感じでした。
とにかく、ふぬけのように、
なっちまってたんだから」

昭彦さんは苦笑いした。

「でもまあ、なんていうか、
世間知らずだったなあ。
わたしはほんとうに、
はずかしいほどの、
世間知らずだった。
そんなことは
ちいとも思ったことがなかったけれど」

昭彦さんはつぶやくように続けた。

学校ではいつもいちばんだった。
父親が医者だったせいで、
医者になることになんの疑問も持たなかった。
医者になったことを両親も喜んでくれたし、
自分自身も誇らしかった。
どんなむずかしい手術も自分が率先して執刀した。

いってみれば自分は、
世の中のことに通じるより
人の腹の中に通じている方が
よっぽどましだとさえ思っていたのだ。

腹の中を切ったりはったりすることを
上手にこなすことができるというだけで
自分は一介の常識人であると勘違いしていた。

薬もできるだけたくさん使った。
ストマイという薬で、
ばたばたと死んでいった結核患者が
次々に退院していくのをこの目で見たからだと思う。

自分も風邪をひけば薬を五種類も六種類も飲んだ。
患者にも多すぎるくらいの薬を出した。

製薬会社からは重宝がられていたのだろう。
年に何度も「こころづけ」が届いた。

息子が高校生三年の時だった。
由美子が息子の部屋をそうじしたら、
タンスの中から、一升瓶がごろごろ、
十本以上も出てきたことがあった。

見つけた由美子はただおろおろするばかりで
どうしましょうどうしましょう、とあわてていた。

おそらく受験勉強のストレスで、
それを発散するのに
酒を飲むことを覚えたのだろうと
あえて何も言わずに放っておいた。

ただ、由美子には小言を言った。
納戸から一升瓶が十本以上なくなって、
何も気がつかないとはどういうことだと。

由美子は困惑顔で、
ほんとうにすみません、
でもほんとうにまさか、
一升瓶の数が減っているとは
思いもしなかった、
を繰り返すだけだった。

それほど、
一升瓶が十本以上なくなっても
それに気がつかないほど、
次から次に家の中には酒が、
持ち込まれていたのだった。

「ああ、なんでこんな話をするんだ、
とお思いでしょう?
いやね、医者の世界、てのは結局、
世間からちょっとずれたところにある、
そんなことを言いたかったんです」

昭彦さんと由美子さんは、
ふたりで売り出し中の寮を訪問し、
そして由美子さんは「ここで学生寮をしたい」
といった。

寝耳に水、でびっくりしたのだが
不動産やで売り出し価格を聞いてほっとした。

法人向けに売り出されたその寮の価格は、
まるで手の届かないものだったからだ。

「不動産やで、売り出し価格を聞いたとき、
ああ、これで由美子のばかな夢は終わったな、
わたしはそう胸をなでおろしたんです」

ところが、由美子さんは家に帰りつくなり
医師会名簿を引っ張り出してきて
ひとりひとりに連絡を取り始めた。

「佐々木の妻です。
風呂桶の中で息子を死なせてしまった
あの、佐々木の妻です」

由美子さんが電話で自分をそう呼んでいるのを聞いて
一体なにがどうなったのかと自分の耳を疑った。
由美子さんは医者の一人一人に電話をかけて

「このたび学生寮を営むことにしたのだが、
どうしても資金が足りないので寄付を募りたい」

そう言っているのだった。
昭彦さんは怒った。
なにを物乞いみたいなことをしているのだ、
そう言って怒鳴った。
由美子さんは動じずに答えた。

「お父さん、これは物乞いではないですよ。
わたしたちは、学生寮を経営するんです。
でも、資金が足りないから、
お金のあまっている人たちに寄付をお願いしているだけです。
大学生、といえば、この先、この二十一世紀を
しょって立つ、つまり、担っていく、
有能な人材じゃないですか。
その人たちのお世話をするなんて、
尊い仕事じゃないですか。
協力してくれる人はきっとたくさんいます」

昭彦さんはその答えに面食らった。

二十一世紀?
有能な人材?
尊い仕事?

まるではとが豆鉄砲を食らったような気分だった。

由美子さんはそれで終わらなかった。
なんと売りに出している企業の社長へ
じきじきに話をしに言ったのだ。

「コメディ、うん、あれはなんていうか、
コメディそのもの、でしたなあ」

昭彦さんは、楽しそうに笑った。

「それにしても強かったなあ、由美子は。
いやあ、自分の奥さんのことを
はじめてそう知ったのもあの頃でした。
由美子はほんとうに強かった。
もう、自分の中で、
決めていたからなんでしょう。
学生寮の経営をする、てね」



























短めなのはおそらく「週末バージョン」のためです。>汗。
汗かきつつ、書きよっとばい。えらそーに。ポチ、てしとって。>日本語、みだれちょるー!
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あら、気がつけば、十月も限りなく最終日。>ああ、一生に一度しかない2010年が残り二ヶ月だなんて。

ぽちっと、恐れ入ります。
by kyotachan | 2010-10-30 01:05 | なげーやつ | Comments(16)

fumiko 史子。<15>







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ござに転がると
視界いっぱいに、
十月の青い空が広がった。

色の薄い雲が、
ぽかりぽかりと浮かんでいる。

夫は恭太とキャッチボールをはじめた。
夫にとって「息子とキャッチボールをする時間」は
なにものにもかえがたい時間らしい。

ゆで卵をむきはじめた純一が、
「お塩、ある?」
と聞いてきた。

小さい携帯用の塩を渡してあげながら聞いた。

「純、さっき、言ったでしょう?
地球号寮に入ってよかったと思ってるって。
あれ、どうして?」

「ああ、うん、
話そうとしてやめたのは
人のうわさ話することになるかも、
て思ったからなんだ」

「あ、やっぱり?
それで口をつぐんだのかなって
お母さんも思ってたんだ」

「ほんとに?」

「うん、何かを話そうとするとき、
それが〝人のうわさ話〟になってしまってることって
めちゃくちゃ多いよね。
今まではお母さん、それに気づきもしないで
ぺちゃらくちゃらやってたんだけど」

「そうだよね。おれだってそうだよ。
あいつさーって、、、友だちのこと、
ついうわさしちゃってた」

「だけど知ってる?
その決まりの但し書きのこと」

「ああ、うん、なんだっけ、
その話の中にうそがなければいい、
とかいうやつ?」

「そう、うそがなくて、
聞いてる人に勇気と希望を与える話だったらいい」

「勇気と、希望、ねえ」

「それさ、純の、体験談として聞くから。
どうして寮にはいってよかったなあって
思うのか、教えてよ」

「おれの、体験談、ねえ、、、」

純一はゆで卵をたて続けにふたつ食べて、
ゆっくりと口を開いた。

「なんていうかさ、
おれって、すっげー簡単な家族
で育ったんだなあって、思った」

「簡単?」

「うん、簡単、ていうのか、
単純、ていうのか。
お父さんがいて、お母さんがいて、
おれがいて、恭太がいて」

「ああ、うん」

「お父さんとお母さん、
仲、いいでしょ」

「いい、かな」

「いいと思うよ」

「けんかも、するけどね」

「でもそれだって、仲がいいから、
けんかもする、てことでしょ」

「なのかな」

「おれだってさ、
自分ちの親は仲いい、
とかって、いっぺんも
思ったことなかった。
でもいいよ。ウチの親の仲、
すげーいいと思う」

「なんか照れるな。
純にそんなこと言われると」

「おれと同じ年に入ったやつでさ、
クラスも同じで、結構仲のいいやつがいるんだけど」

「うん、篠原くん、だったよね」

「うわ、よく覚えてるね」

純一が入寮する日、
家族で地球号寮まで出かけたのだが、
たまたま同じ日に入ってきた篠原くんを
昭彦さんがわたしたちに紹介してくれたのだった。

ああ、この子も純一くんと同じ、
今年から一年生なんですよ、と言って。

「えへへ、なんか、
ちょっとかっこよくない?あの子」

「あ、それ、お父さんに言っちゃおう」

「いーよー。
お父さんも、同じこと言ってたから」

「あ、そ。
でさ、そいつん家のお父さんとお母さん、
一言も、話さないんだって」

「えっ?」

「びっくりでしょう?
おれも驚いて、聞いたの。
そんなこと、できるの、って。
そしたら篠原さ、
できるかできないか知らないけど、
とにかくおれんちの親が
ふたりでしゃべってるとこ、
見たことない、て、そういうの」

「きょうだいは?」

「あいつ、一人っ子」

「ひゃ~なんか、
冷え冷えするなあ。
でも、どうしてなんだろう」

「高校生になるまでそれがなんでか、
まるでわかんなかったらしいんだけど
ある時お父さんに聞かされたんだって。
お父さんのほうには他に、
結婚したかった人がいるらしくて、
でもなぜか今のお母さんと結婚した。
ちょっとしたタイミングの狂い、
ていったらしいよ。
お父さんは今でもその人と会ってて、
ずっと離婚を申し立てているんだけど、
でもお母さんが頑としてそれを
認めないらしい」

「ふ~ん、、、、
でも、お父さん、
家を出てったりはしないんだ」

「そこが、わかんないところだって」

「外に女の人がいて、
でもちゃんと家には帰ってくる。
ひとことも奥さんとは話さない」

「うん、てか、会話を拒否しているのは、
むしろお母さんのほうらしいけど。
小さい頃は、篠原、
自分がいい子になれば
きっとお父さんもお母さんも
仲良くなる、てそればっかり考えてたって。
自分のせいで、親がひとことも話さない、
て思い込んでたんだって」

「切ないなあ」

「高校ん時さ、
その反動で、荒れに荒れたらしいよ。
バイク、買ってもらって、
ちょとあぶないグループに入ってた、て」

「そっかあ。
あんだけかっこよくて、悪グループ、
つったらもうぶいぶい鳴らして
女の子なんか周りにはべらせて、、、」

「お母さん!
なんかいやらしいおばちゃんになってる!」

純一がふいに赤らむのを見て、
つい思ってもないことを聞いてしまった。

「純、もう知ってるの?女の子」

「え?」

「ん?」

「えーっ えーっ えーっ
聞くかなあ、母親が、そんなことー!」

純一が赤面して、叫んだ。

その赤い顔を見た瞬間、
遠い昔の記憶がふと頭によぎった。

純一は、小学校三年生の時、
かぶと虫に夢中になったことがある。

親の方があきれるくらい、
それはそれはかいがいしく世話を焼いたのだが、
ある日、純一はかぶと虫の交尾現場を見たのだった。

それは、純一にとって、なにかを理解した日だったらしい。

そのあと、わたしにまとわりついて、
それはもう、へきえきするくらい、しつこく聞いてきたのだった。

「お父さんと、お母さんも、してるの?」

わたしは最初、

「さあ、どうかな」

とごまかすようにしか答えられなかった。

わたしは二人目を流産したばかりで、
気持ちがうんとふさいでいる時だった。

純一が、かぶと虫の交尾にこだわるのが、
妙に腹立たしかった。

今思えば、それをはっきりと肯定し、
純一だって、そうやって生まれてきたのよ
と一言、言ってあげればよかったのだ。

「知らないってば」
「お母さんにはわからないよ」
「しつこいなあ、純一は」

どうわたしが追い払おうとしても、
純一は、おそらく、彼自身、どこかで確信している答えを
母親のわたしの口から聞くまで、納得しようとはしなかった。

「そうだよっ。
お父さんとお母さんも、してるんだよっ」

純一のあまりのしつこさに
堪忍袋のひもがプツンと切れ
わたしが吐き捨てるようにそういうと
一瞬、空気がしんとした。

しまった、と後悔し、急いで付け加えた。

「純一、でも覚えておかないといけないよ。
純一が、それをするのは、この世界中に、
たったひとりの、女の人、なんだからね」

「わかってる!」

何がわかってるのやら、
と思いながら、今までしつこく
まとわりついていた純一が、
一瞬で納得して去っていったことに
なんだか呆然としてしまった。

自分のした答えに、自信がもてるわけではなかったが、
でも今の自分にはそう答えるしかなかったと自分で自分を
なぐさめたのをよく覚えている。

その二年後、わたしは恭太を妊娠し、
そして自宅で出産した。

純一を出産したのは、
実家そばの「有名な」クリニックで、
「理想的な出産ができる」
といわれていたにもかかわらず、
わたしにとっては不本意な出産に終わった。

それを繰り返したくない、
という単なるわがままな思いつきの
自宅出産だった。

ひとりの自宅出産専門の助産婦さんに
介助されてのお産は快適そのもので、
夫が備えつけたビデオには
わたしの足の間から出てくる恭太の姿、
そしてそれを見て目を赤くして
「かわいい」とつぶやく純一の姿が映っている。

夫はこのビデオをいたく気に入っていて、
もう何度も家族四人で、このビデオを見た。

純一はあの、かぶと虫の話を覚えているのかしら?
わたしはそんなことをぼんやりと考えてしまっていた。

答えを期待していたわけじゃないのに、
純一はあらたまった感じでわたしに答えた。

「おれって、おくてなのかも。
だって、篠原の話とか聞くと、
そういうことって、なんか、
フツーにこなしてる、て感じなんだけどさ、
おれ、そういう気持ちになる子、
いないんだよなあ、なんでか」

「あ、そうなんだ」

「それに、お母さん、言ったでしょ。
〝それはもうひとつの命を誕生させること〟
なんだからね、って。
その命に責任もつ自信がないうちは、
ほんとうだったらそんなこと、できないよねって」

ああ、そうだった。
そんなことを、言ったことがあった。

確か、テレビドラマで、中学生が出産する、
という話を家族で見たときだった。

「あーあー。
とかなんとか言っちゃって、
おれって、ただもてないだけ、
っつー話もあるんだよなあ」

「そっか。
純はもてないのか」

ちょっと間があったあと、
話題をかえるように純一が言った。

「お母さん、覚えてる?
トゥ、てほら、おれたちがはじめて
地球号寮へ行った日に、
お母さんに話しかけた女の子」

「うん、覚えてるよー。
もう、帰っちゃったんだよね」

「うん、留学期間、一年だったから、
八月の終わりに帰った」

「ラオス、だったよね。
あとでさ、あの子のこと、
たまに思い出すのよ。
なんていうのかな、
ラオス人、て、実際には
はじめて会ったんだけど、
お母さんのイメージしていたラオス人とは
なんだかまるで違ったな、ていうか」

「やっぱり?」

「あれ、純も、そう?」

「うん、トゥってさ、
めちゃくちゃ金持ちなんだよ」

「あ、そうなんだ。
うん、色が白くて、なんだか
いいところのおじょうさん、
みたいな雰囲気、持ってたな確かに」

「おれなんかさ、ラオスなんて
年がら年中戦争やってて、
ハダカのこどもが、
それも真っ黒な子どもが、
やっぱりハダカのお母さんに抱っこされて、
必死で逃げ回ってる、
みたいなイメージしかなかったから、
やっぱり、トゥに会ったのは、衝撃的だった」

「衝撃的」

「うん、だって、おれ、イメージ、
でその国を知ってるつもりになってたから」

「ああ、うん」

「もちろん、トゥがラオスの多数派かどうかは
わからないんだけど、でも、
なんていうのかな、
こんな風に、日本に留学してくるラオス人がいる
てことがわかってよかったな、ていうか」

純一の話を聞きながら、
そうだ、純一は、十八から二十二までの四年間、
一体何カ国の学生と知り合うことになるのかな、
と考えてみた。

おそらくそれは、純一の人生の、
かけがえのない栄養となってくれるに違いなかった。

わたしたちは、イメージで
その国を判断しがちだ。

それは、「日本は金持ち」と
よくいわれることでもわかる。

日本はほんとうに金持ちなのだろうか。
日本という国は、日本人、のわたしたちで
できている。

わたしたち日本人は、ほんとうに金持ちなのだろうか。

世界の人たちもまた、イメージで日本を評価しているに過ぎない。

わたしは、純一が
いい環境で大学の四年間を過ごせることに
ほんとうによかった、と思った。

そしてあの日、昭彦さんが話してくれた、
地球号寮のはじまりについて、
思い出していた。


























あら?ちょっとブレイク?うふふ。まあまあ、息抜きもたまには。>ぶい~、、、っ 
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お帰りの祭には、ぜひ、こちら↓↓↓への寄り道を、おすすめいたします。
ブログ数の多さに、びっくり仰天してみるのも、いいかもしれないよ、てことで。>ペコリ。


恐れ入ります。

by kyotachan | 2010-10-29 00:45 | なげーやつ | Comments(12)

fumiko 史子。<14>







f0136579_20175358.jpg


「お母さん、お母さん、見て見てー!」

という恭太の甲高い声ではっとした。

純一が、食パンに、ハムとゆで卵をのせ、
さらにそこにバナナを薄切りをのせて
マヨネーズをぬっている。

「うわっ。なにこれ」

思わず出たわたしの
すっとんきょうな声に
四人で大笑いになった。

「これ、すごいでしょ。
でもね、これが結構いけるんだよ。
ほんとうは、
ジャムがあればもっといいんだけど」

わたしはその奇抜なサンドイッチの味を想像してみた。

「ハムのちょっと塩辛いのと、
バナナの甘さと、、、マヨネーズの、、、」

わたしがつぶやくように言うと純一が、

「ね、なんか悪くなさそうでしょ。
これね、あきおじのサンドイッチなんだよ」

「昭彦さん?」

「そう。まあ正確には、
こんな風なサンドイッチ、てことだけど」

純一はサンドイッチを二つ折りにしてほおばった。

「朝はね、セルフサービスなんだ。
パンは、食パンとバターロールが多いかな。
ごくたまーに、
クロワッサンが出るときもある。
たまごを自分でやけるように、
小さなコンロとフライパンを
自由に使えるようにしてあるんだ」

わたしはあの食堂にたまごの匂いの
立ち込めるのを想像した。

「マーガリンとか、ジャムとか、
そんなものが、ごちゃごちゃ、
と置いてあってさ、
好きなものを好きなだけ
とって食べるんだけど」

「なんか、楽しそうだなあ」

夫が口をはさむ。

「うん、朝ごはん、いいよお。
色んなやつの個性が出るし。
特に朝、配達に出たあとに食べる
朝ごはん、これ、最高」

四人で笑った。

「それでさ、あきおじが
出てきて、色々と言うんだよ。
ハムがあるとさ、それと食パンで
サンドイッチ作るやつなんかが
いるじゃん?」

「ウチみたいだね」

恭太が言う。

「そう、そんでさ、
その時に、いちごジャム、
一緒にはさむといいぞう、
とかって、いうのよ、あきおじが」

「ハムと、いちごジャム」

「最初はさ、冗談かと思ってたの」

「うん、冗談かと思った」

「でしょ?だけどね、
これがうまいんだな」

「マジで」

「マジマジ。
それでね、あきおじが言うにはね、
ピーナツバターと干しぶどうがあれば、
これはもっとうまくなるぞ、て言うんだ。
〝おまえたちは知らないだろうなあ。
昔、刑事コロンボ、ていう、
アメリカのテレビ番組があってね。
そのコロンボて刑事が、好きだったんだよ。
ピーナツバターと干しぶどうのサンドイッチ。
確か、あいつ、
犯人の家でこれ作って食べたんじゃあ
なかったかなあ〟って」

「なんか、胸焼けしそうだな」

夫が顔をしかめている。

「でしょう?だけどさ、
いけるのよ、これが。
翌朝、ちゃんと
ピーナツバターと干しぶどうが出ててさ。
おれ、やってみたの。
なんていうか、驚きの名コンビ、
て感じの味だったな。
だけどさ、
その刑事コロンボ、てテレビ、知ってる?
お父さんとお母さん」

「うん、知ってるよ。
お母さん、小学生だったかなあ。
当時ではおもしろい番組のひとつだったな。
家族みんなで見てたもん」

「おれも見てたなあ。
あれって、最初に犯人を明かして、
それでコロンボがあれやこれやと
捜査してくんだよね。
だけどピーナツバターと干しぶどう、
てのは初耳だなあ」

なんだか、昭彦さんらしいなあ、
わたしはふっと笑いながら、
あの時、質問したことを思い出した。

わたしは地球号寮のきまり、
〝人のうわさをしない〟
ということばが、ずっとひっかかっていたのだ。

由美子さんはずっと、
〝美代子さん〟という〝その場にいない人〟
の話を、えんえんとしていたのだ。

それも、地球号寮の、食堂で。

わたしは、由美子さんの話しに感動しながらも、
その矛盾した行為にちょっとした違和感を感じていた。

そしてわたしは、
こんなもやもやした気持ちのまま、
話を聞き続けるのはよくないと意を決して、
その場で質問したのだった。

「あの、話の腰を折るようで、
とっても言いにくいんですが、
わたしたちは今、
その、美代子さん、のうわさ話を
しているんじゃないんでしょうか」

空気が一瞬、止まったようだった。

ああしまった、やっぱりこんなこと、
言うべきではなかったのだ、
わたしが猛烈に後悔しはじめたとき、
昭彦さんが言った。

「そう、ここは、地球号寮の食堂ですから、
うわさ話はしちゃいけないことになってます。
ただし、この決まりには、但し書きがありましてね」

昭彦さんは、にっこり笑った。

「その話にウソがひとつもなく、
またその話が、
人に勇気と希望をあたえるものであればいい、
そういう但し書きです」

あっはっはっはっは、
と今度は高笑いした昭彦さんは、

「わたしもなかなかにずるいでしょう?」

そう言った。

この、美代子さんの話は、長いこと、
つまり、美代子さんが地球号寮へ遊びに来るまで、
昭彦さんの耳にははいらなかった。

由美子さんが、美代子さんと会ったあと、
確かに何かが変わった、と昭彦さんは思ったらしい。

なにか、ふっきれたような、
それでいて、明るくなった。

かと思えば、ふと何事かを
考え込んだようにもなる。

美代子さんと何を話したか、
聞いてみたかったが、
そのころ昭彦さんと由美子さんは
「その場にいない人の話をふたりでする」
ということにとても敏感になっていて、
自分から問いただすのは気が引けたのだと。

そしてはじめて美代子さんの訪問を受けて、
昭彦さんははじめて、
美代子さんがご主人を亡くした時の話を
聞くことになる。
そして昭彦さんは、それに至極、感動したのだと。
もっと早くこの話を聞いていれば、と後悔したくらいだと。

何ですぐに話してくれなかったのか、
と由美子さんに言うと
あら、自分だけは人のうわさ話はしたくない、
あなたはそういうのが口癖みたいになっていたから、
あえてしなかったのだ、という返事が帰って来た。

だから寮の決まりである〝ひとのうわさをしない〟
にも但し書きをつけたのだと。

「だって史子さん、この美代子さんの話、
なんだか勇気をもらったような気になりませんか」

昭彦さんにそういわれて、

「ええ、ほんとに。
さっきから背筋がぞくぞくするくらい、
感動してしまってます」

「そうでしょう?
わたしはね、もう、由美子がこの話をするのを、
何度となく、聞いているんだけど、
何度聞いても、感動しちまうんですよ。
これはね、うわさとは呼ばないんです。
これは、由美子の体験談なんです。
人に勇気と希望をあたえてくれる体験談は
できるだけみんなと共有したほうがいいんです。
そう思いませんか」

「ええ、ほんとうに。
いいお話を聞かせていただいて、
とても感謝しています。
これは、うわさ話ではなくて、体験談。
うふふ、よかった、
思い切って聞いてみて。
これでわたし、
安心して話の続きが聞けます」

わたしがそういうと、由美子さんはにっこりと笑った。
そして話を続けた。

由美子さんは美代子さんの話を聞いて、
自分の息子はもしかしたら、
自分の命を使って
わたしに何かを教えてくれようとしたのではないか、
そう思いはじめた。

息子は使命があって、
そのために、死んだのではないか。

その考えにとりつかれながらも、それと同時に、

自分を正当化しているだけかもしれない。
息子はやはり、わたしの落ち度で、
死にたくもないのに、死んでいったのかもしれない。

という思いも断ち切ることはできなかった。

いや、息子は死んでしまった。
それはもう、はっきりと、死んでしまったのだ。
そして、わたしは生きている。

ならば、わたしは、
わたしの、
生きやすい方を信じたらいいのではないか。

息子は、わたしに何かを教えるために、
自分の命を使ったのだ、
わたしに何かを教えるために死んでくれたのだ、
そう思うことの、なにが悪いだろう。

美代子さんは、ご主人がドイツに戻って亡くなった、
ということに答えを見つけようとして、
そして自分自身もドイツで生きることを決めたじゃないか。

わたしも息子の死に、
わたしなりの答えを
見つけよう。

息子が自分の命を使って、
わたしに教えようとしてくれたことが
なんなのか、自分で答えを見つけよう。

美代子さんと会ったことで、
こころが軽くなったのを
はっきりと感じていた。

そんな日々を送っているときに見たのが、
不動産やの店先に置いてあった
売りに出た寮のチラシだった。

今まで考えてみたこともなかったが、
ここを学生寮にして、
息子の年齢の人たちのお世話をしている自分と夫の姿が
そのちらしの写真の中にはっきりと見えた。

わたしは、この寮で、学生たちのお世話をするのだ。

それは単なる思いつきともいえたから、
自分ではどうすればいいのか、
皆目、見当もつかなかった。

ただ、その時から、その考えは自分の中で
どんどんと大きくなり、
知らぬ間に、まるで念じるように、
そのことを息子に語りかけているのだった。

お父さんは仕事を辞めてすぐに、
他の病院からいくつも仕事の打診が来ている。

外科医という職業に誇りをもっているお父さんだから、
そのうち、その中のひとつを引き受けてしまうに違いない。

お母さんは、学生寮をやってみたいと思っている。
不動産やの店頭で、ちらしを見ただけだけれど、
どうしてもやってみたいという気持ちが消えない。

ひとりではとても無理だから、お父さんに手伝ってもらうしかない。
お父さんも男だから、女のわたしがこんな話を持っていっても
いい顔をしないに決まっている。
それはあくまで、お父さんが、その気になった、
という話でなければならないのだ。

頼む。お母さんを助けてくれ。

こうやって、日に何度も何度も、
息子に向かって話しかけたのだという。

ばかでしょう?
由美子さんは笑った。
こころの中で、息子に念じるように
問いかけるなんて。
でもほんとに、もう、しょっちゅう、
息子に、話しかけてたんです。

そして数日たったある日、
何気なく、そのちらしを夫に見せた。

夫は、たいして興味もなさそうなのに、
温泉町の近くなら、温泉に入りつつ
見に行ってみようか、と言う。

それが、すべての、はじまりだった。



























すみません、すみません、すみません。
全く関係ないカテゴリー「フランス語」で、上位につけております、詐欺師、キョータです。
もうこうなったら、詐欺師は詐欺師らしく、だまくらかして、逃げ切るぞ。おい、押しとけよ。>いや、あの、その。
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「フランス語・一位」からきてくださった方々。迷子にさせてすみません。
フランス語の勉強に疲れたら、こんなお話を読んでみるのも、悪くない、かも、知れないです。>おい!
フランス語の話、をするときもあるんです。ほんとです。信じてください。そいけん、押しとけよ。>え、ばってん、うれしかもん。


ああ、人って高台に立つと横柄になるものなのね。>え、わたしだけ?恐れ入ります。

by kyotachan | 2010-10-27 20:40 | なげーやつ | Comments(10)

fumiko 史子。<13>







f0136579_23544366.jpg


「美代子さんってね、
ほんとうに小さい人なんです。
小さくて、やせっぽちで、
少女のようにかわいい人なの。
年はわたしより、ふたつ上なのに」

ね?という風に由美子さんは
昭彦さんの方を見た。

「その美代子さんがね、
〝自分はくだりのエスカレーター〟
に乗っているようなものなのよ。
常に、必死で登ろうとしていないと、
いつの間にか
どん底に落ちてしまっている、って」

美代子さんと昭彦さんがふと
ほほえみあった。

「今でもやっぱり生活が、
ものすごくたいへんらしくて。
日本語教師、といっても、
常にその需要がある、
という職業ではないし、
人間が相手のお仕事だから
ストレスも色々とあるらしくって。
でも、会うたびに、
顔が、だんだんと、
生き生きしてきているのが
はっきりとわかるんです」

美代子さんは、
由美子さんと昭彦さんが寮を開いてから、
日本へ一時帰国するたびに地球号寮へ寄って、
そして泊まっていくのだという。

「いつ会っても
〝もうめちゃくちゃたいへんでー〟って
ぐちをこぼしているくせに、
ちいともたいへんそうに見えないの。
なんていうか、すごく、楽しそうなんです。
いや、ほんとうにたいへんなんだろうな、
とは思うんだけど、でも、
それさえも楽しんでる、ていうのかな。
いろんな人が遊びに来てくれて、
仲のいい子とは夜通し飲んでおしゃべり、
なんてこともあるんですって。
それでね、みんな、
色んなものを置いてってくれるんだって。
友だちが帰ったあとに買い物の袋が目に付いて、
あわてて電話で忘れ物してるよ、て言うと、
それはおみやげよ、ていう人もいるし、
お茶の葉を入れてる缶から
お金が出てきたこともあるんですって」

由美子さんのことばに
わたしたちはふっと笑った。

美代子さんは、
ご主人のいった「使命」を
自分の人生にもあてはめてみた。

自分の使命はなんだろう、
それはどうやって、いつ、どこで、
そしてどんな風に、自分にやってくるのだろう、
そんな気持ちで、毎日毎日過ごしていた。

使命とは、どこからかやってきて、
わたしがあなたの使命ですよ、
そう言ってくれるものだと思っていた。

ある日、美代子さんは気がついた。

違う。

使命は向こうからやってくるのではない。
自分が、何を使命にするか、決めるのだ、と。

わたしはドイツで、
主人がわざわざ、
わたしを連れ戻ってくれた
ここ、ドイツで、
子どもたちふたりと生きていこう、
ここで日本語教師をしながら生きていこう、
それがわたしの使命だ、
そう決めて、ここで生きていこう、
そう思ったのだと。

「わたしね、もう、なんていうか、
感動、しちゃったんですよ、
美代子さんのこの話に」

由美子さんは顔を赤らめていった。

「なんて、強い人なんだろうって、
そう思ってね。
だって、わたし、想像してみたんです。
亡くなったのが、息子じゃなくて、
主人だったらわたし、どうしただろうって」

由美子さんは昭彦さんを見た。

「それを美代子さんに言ったんです。
だって、夫を亡くす、てことは
生活が、ひっくりかえってしまうわけでしょう?
わたしにはそんな想像、とてもできない、って。
わたしは息子を亡くしたけど、
でも夫とふたり、でしたもの。
夫とふたりで、なんとか、やってこれましたもの。
そういうとね、美代子さん、」

うっふっふっふっふ、
という風に笑って、

「美代子さんも上が男の子、で下が女の子、
なんですけどね、
美代子さんったら、
あら!そんなことないわ、って。
夫はしょせん、他人だもの、って。
わたしの息子が死んだらわたし、
きっと気が狂ってしまいます、って」

美代子さんが、あまりに楽しそうに笑うので、
わたしたちもつられて笑ってしまった。

「なんだかね、わたし、
ものすごく、すっきりしちゃって。
美代子さんと話しができてよかったなあって
こころの底から、思ったんです」

由美子さんは、昭彦さんを見た。

「そしてね、わたしは、」

と言ってから一息ついた。

「わたしは、使命、
ということばについて、
はじめて、
ええ、それはもう、生まれてはじめて、
考えるようになったんです」

由美子さんが使命をシメイビールと勘違いしたせいで、
美代子さんはそれは「命を使うこと」だと言い直してくれた。

つまり、命を使う、とはどういうことか、
を考え始めたのだ、と。

息子が死んでから、
自分を責めて責めて責め続けた。

周りからもほとんど「人殺し」同様の扱いを受けた。
昭彦さんさえ、最初は由美子さんをなじり続けたのだった。

いっそのこと、自分も死んでしまうことができたら、
どんなにいいだろう、と何度も何度も思った。

周りの人のいうように、
おそらく息子は自分が殺したようなものなのだろう、
そう自分に言い聞かせるのだが、
どうしても納得いかないののもまた正直な気持ちだった。

はじめての子どもで男の子、
といえばたいていの母親は
それこそ「一瞬も目が離せない」
という思いで子育てをするはずだ。

自分だってそうだった。
一瞬も目が離せない、
危険のないように、
転ばないように、
飛び出さないように、
ひと一倍、自分だってこころをくだいて、
息子のことを育てたつもりだった。

大学に入ったときには、
よくもここまで無事に、
死なずに育ってくれたものだと
ほんとうにほっとした。

息子は本来きれい好きで、
どんなに遅く帰っても、
必ずお風呂に入って寝る子だった。
「おふとんを汚すのがいやだ」
というような子だったのだ。

その日も、いつものように、
無事に帰って来た息子にほっとしたのを覚えている。
お風呂に入るといったことに、
自分は何の疑問も、違和感も抱かなかった。
それは日常の、当たり前すぎるくらい当たり前の
一こまだったにすぎない。

それなのに息子は死んでしまった。
なぜ死んだのだろう、
なぜ、息子は、死ななければならなかったのだろう。
そんな風に考え続けていた。

そして、使命、ということばを知ったとき、
はっとしたのだ。

息子は
自分の命を使って
わたしに何かを教えてくれようとしたのではないか。

はじめてそう考えられるようになった。

自分が死ぬことによって、
息子はわたしに何かを
伝えたかったに違いない。

そうだ、きっとそうだ、
そうでなければ、
息子の死の説明がつかない。

由美子さんはその考えにとりつかれた。






















階段を、かけあがっております、心臓が、どきどきとしております。ただただ、感謝です。
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こちらの方も、超特急の、エレベーター並みの速度で、上昇中です。ただだた、サンクスです。

あの、ほんとに、恐れ入ります。
by kyotachan | 2010-10-27 00:00 | なげーやつ | Comments(10)

fumiko 史子。<12>







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奈落の底に落ちる
とはあの時のことをいうのだろう、
美代子さんはそう言った。

ドイツ人の医者は
なぜこんなにガンが進むまで放っておいたのか
と美代子さんのご主人にどなりつけた。

相当痛かったはずだ。
腰痛のほかにも
腹痛や吐き気や色んな症状が
出ていたはずなのだ、
どうしてこんなになるまで放っておいたのか。
日本人は我慢強いと聞いてはいたけれど
こんなに我慢強いとはあきれるしかない。

美代子さんのご主人は何も言わず、
ただ日本へ帰るといった。

美代子さん家族はとるものもとりあえず、
おさないふたりの子どもを連れて日本へ帰った。

その足で大学病院で受診し、
ドイツから持ち帰ったカルテを見せると
即刻入院を言い渡された。

再度検査。

誤診であってほしい、
という美代子さんの願いもむなしく、
検査結果は、ドイツで得られたものと全く同じだった。
いやむしろ、その数日間で、
がんはさらに広がってもいるようだった。

治療、といっても
この状態で手術をすることのメリットを訴える医者はいなかった。

ご主人はその時三十九歳で、
その若さゆえにガンの進行は早く、
がんはもう手のつけようもないほどに
広がっているのが検査ではっきりと
わかってしまったからだった。

ご主人は毅然としていた。
そして、美代子さんに言ったのだった。

「ぼくは、シメイのあるドイツへ戻る」と。

由美子さんはそこまで話して、
わたしたちをぐるりと見回した。

「シメイ、ておわかりになります?」

「え、えーと、使う、命、ですか」

夫が答える。

「ああ、そう、やっぱり。
シメイ、といえば、使命、ですわよね」

由美子さんはそう言って、
もうおかしくておかしくて仕方がない、
といった風に笑った。

「わたしね、シメイがあるドイツに、
て聞いたときに、あら、シメイって
ドイツのビールだったかしら、
て思ってしまったんですよ」

「えっ?」

わたしたちは同時に声が出てしまった。

「っもう、ばかでしょう?
わたし、シメイ、ていうビール、
好きなんですよ。
めったには飲めませんけど。
丸くて大きなグラスについで、
香りがふわ~んとのぼってきて。
わたし、それがベルギー・ビールだってことは
知ってたんですけどね。
美代子さんのご主人たら、シメイビールが好きで、
それでドイツに戻りたいっておっしゃったのかなあって」

昭彦さんがひっそりと苦笑いをしている。

「それで、聞いたんです、美代子さんに。
シメイ、ですか?って」

ふいに由美子さんの顔が厳しくなった。

「そして美代子さんが、おっしゃったんですよ。
ええ、そうです、命を使う、の使命です、って」

その使命、ということばは、
由美子さんにとってはビールの名まえにしか
聞こえないほど、なじみのないことばだった。

それだけに、そのとき美代子さんがいった

「命を使う」

ということばに、電気の走るほどの衝撃を受けたのだという。

「それはまた後で話すとして、
まずは美代子さんの話を終わらせますね」

そう言って由美子さんは、話を続けた。

美代子さんは、言った。
あとになって考えると、
どうしてそんなことが可能だったのか、
まったくもってわからないのだ、と。

美代子さんのご主人はそのあと、
希望通りに、ドイツに戻ることになる。

タンカーに乗せられたまま、
点滴をうけたまま、
ひとりの医者をわきに付き添わせたまま、
美代子さんのご主人は飛行機に乗り、
ベッドに横になったまま、ドイツに戻ってきたのだと。

ありえないでしょう?そんなこと、と
美代子さんは言ったそうだ。

何も世界の要人、でもないひとりの民間人が、
そんな扱いを受けてドイツに戻ったなんてこと、と。

間もなく、ドイツの病院でご主人は亡くなった。
覚悟していたこととはいえ、
ご主人の死で、再び美代子さんは、
奈落の底へ、落とされた。

学生時代にプロポーズされて、
卒業と同時に結婚をしたから、
美代子さんは働いた経験がなかった。

ふたりのこどもたちは、
小学校の中学年、低学年だった。

もちろん日本へ帰るのが当然だと思っていたし、
そうするつもりだった。

ドイツ語だって、おぼつかない自分が、
ドイツで生きていくことはできないと。

ご主人が働いていた領事館から、
ドイツ人職員に、日本語のレッスンをしてくれないか、
と話がきたのはそんなある日だった。

日本語教師、にはもともと興味があったから
なんとなく、引き受けた。

これが、思いのほか、評判がよかった。
美代子さんにも欲が出て、
ある大学の通信教育で、
日本語教師の資格をとることにした。

領事館からは領事館の職員のほかにも、
日本語教育をしてほしいという企業を
紹介されるようにもなった。

そのころから美代子さんは、
なぜご主人はわざわざ
ドイツに戻ってから死んだのだろう
ということを考えるようになった。

どう考えても、日本で死んでいたほうが
自然で、また納得もいくではないか。
なぜドイツに戻ってきたのか。
そして思い返してもなぜあんなことが可能だったのか
まるで理解できないほどの方法で。

その不思議な思いはやがて、
美代子さんに
「自分の使命もドイツにあるのかもしれない」
という思いを抱かせるようになる。

「夫はわたしのために、ドイツに戻ったのではないか」

その思いはほんの思いつきだったけれど、
いつのまにか確信に近いものとなった。

子どもたちは現地校に通っていたから
今さら日本の学校へ、というのもどうか、
という思いもあった。

収入は微々たるもので、
日本語教師ではたして
ふたりの子どもたちを養っていけるのか、
という不安ももちろんあった。

しかし、自分の使命がここにあるのだったら、
ドイツで生きてみようか、本気でそう考え始めたのだと。























目に見えて、順位があがっちょりました。ほんとに?えーの?えーの?この話、みんな、好きなのかい?
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えーよーえーよーこういうの好きよーってひとこと残してみるかい?
>いや、ふたつも押すのはやっぱ、面倒よ、、、ねえ?、、、ねえ?


いや、ほんとに。毎度毎度、恐れ入ります。
by kyotachan | 2010-10-25 23:40 | なげーやつ | Comments(10)

fumiko 史子。<11>







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温泉町のはずれに、
独身寮が売りに出ている、
という不動産やの広告を持ってきたのは、
由美子さんだった。

特に由美子さんが何かを言ったわけではなかったが
昭彦さんはその広告を見て、
温泉につかりつつ、その寮を見てみようかな、
と思ったらしい。

別に何をしようと思ったわけではない。
ただ、「ほんの好奇心が動いて」、
見に行ったのだ、と。

そこはある企業の独身寮だったのだが、
企業の緊縮行政で閉められていた。

バブル期に建てられたらしく、
素材ひとつひとつがぜいたくなのが見て取れた。
個人の部屋もしっかりと造られていて、
女子寮、男子寮とふたつに分かれて建っていた。

中央にある食堂棟は、
台所が広々と使いやすそうで、
食堂の明るさが印象的だった。

「ここで、学生たちの寮をやってみるのはどうか、
突然、由美子がそういうんですよ」

昭彦さんは、話しを続けた。

「いやあ、そんなつもりで、
来たわけじゃなかったから、わたしは。
だけどね、そんな寮なんかを、
なんとなく見に来る、てこと自体、
なんかおかしくないですか」

わたしたちは、「はあ」、と相づちをうった。

「そこではた、と思いましてね。
わたしはなんでこんな、寮なんてところに
来ちゃったのかなあってね」

由美子さんがとなりで
おかしくてたまらない、
という風に笑った。

「アッキー、その前にわたし、
美千代さんの話をしなくちゃいけないわ」

由美子さんは昭彦さんのことを、
今ではアッキーと呼んでいる。

最初は学生たちにそう呼ばれる昭彦さんを
からかって、そう呼んだりすることがあったらしいのだが、
今ではそれがすっかり定着してしまったらしい。

「ああ、そうだそうだ、
美代ちゃんの話をしなくちゃあ、
いけないな」

昭彦さんはそう言って、
由美子さんに話すようにうながした。

由美子さんの話はこうだった。

高校の同級生で、友子さんという友人がいる。
高校時代はそう仲がよかったわけではない。

大学時代はほとんど会わなかったくらいだ。
息子を亡くしたあと、家に何度か来てくれた。
友子さんは何も言わず、何も聞かず、
ただ、自分の背中をさすってくれた。

その友子さんがある日、
美代子さんという、大学の先輩を紹介したいと言った。

美代子さんという先輩は今
ドイツで、ドイツ人を相手に日本語を教える仕事をしているのだが、
彼女はご主人を病気で亡くしたのだと。

ずっと誰にも会いたくない日々を送っていたのだが、
友子さんの提案にはなぜかすぐに首をたてにふってしまった。
ご主人を亡くした、ということがはやりこころに響いたのかもしれない。

東京のホテルのロビーで、ふたりだけで会った。
向こうはご主人を亡くしたと聞いていたので
夫を伴うより、ひとりのほうがいいと思ったからだ。

そして、初対面の由美子さんに、
美代子さんは自分の体験したことを、
すべて語ってくれた。

亡くなった美代子さんのご主人は、
ドイツで日本食レストランを経営していた。
経営は順調で、子どもふたりにも恵まれて
何不自由なく暮らしていた。

そしてご主人は、ドイツの日本領事館の専属シェフに
抜擢されることになった。

これは料理人としては願ってもない出世なのだ。

なぜなら、レストランの経営といっても
やはりそれは「みずもの」の商売で
いい時もあればよくない時もあるからだ。

しかし領事館つきのシェフになれば、
収入の面ではそれまでよりぐっと安定する。
料理人としても、よけいな雑事に追われることなく、
その腕を思いっきりふるうことができるようになるのだ。

基本的には領事館職員の毎日のメニューをこなすこと。
頻繁に催される食事会についても、
あからじめ案を練っておくことができる。

ご主人はその仕事に生きがいを感じ、
美代子さん自身も、こうやって人生の階段を
ひとつひとつ上がっていくのだろう、
ということに何一つ疑問を抱いたことはなかった。

ご主人はもともと、腰痛もちだったのだが、
それは料理人としての職業病とでもいえるものだったし、
それを気にしては仕事もできないと
ずっと不満を訴えながらも長い間ほうっておいた。

美代子さんが一度医者に行くようにすすめても
大丈夫だからの一言で一蹴された。

実際、ご主人の仕事に打ち込むあまり
そのほかのすべてのことをあとまわしにする
という傾向が強くなっていた。

ある日、この痛みはちょっと尋常ではないと
やっとご主人が病院に行く気になってくれ、
診察を受けてくれた。

検査の結果、

ご主人は、

すい臓がんと

診断された。

それも末期がんで、
余命三ヶ月だと宣告されたのだと。

腰が痛むと思い込んでいたのは実は
すい臓が痛んでいたのだった。























日曜日ですが。子どもたちはバカンスに入りましたが。キョータは今日も書いてます。
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とりあえず、読んでくれてる人が、いればいいな、と。読んでるぜ、とポチ、といってみるとか。

恐れ入ります。
by kyotachan | 2010-10-24 23:52 | なげーやつ | Comments(8)

fumiko 史子。<10>







f0136579_21314994.jpg


恭太は三年生になってから
少年野球チームに入った。

その練習は日曜日の午前中、
と決まっている。

「今日はおれが連れてくよ」

という純一に恭太のお供をお願いして、
お昼は近所の公園でお弁当を食べることにした。

お弁当、といっても
ウチのお弁当はいつも簡単。

塩おにぎりとのりを別々に。
食パンとハムを別々に。
ゆで卵。
ポテトチップス。
忘れてならないのは、
マヨネーズと塩。
タッパーに入れた夕べの残りもの。
あとはくだものとナイフ、
お水をバスケットに放り込む。

この街には大きな川が流れていて、
その川の両側は空き地になっている。
わたしたちはそこでお弁当を食べるのが好きだ。
年がら年中、
お天気がいい日にはここでお弁当を食べている。

そしてそこは、
どうしてだろうねといぶかるくらい、
人がいなくて、ガラガラなのだ。
こんなに気持ちのいい空間なのに。

野球の練習を終えた恭太と、
それを見ていた純一が、
ふたり並んで歩いてくる。

純一は誰の血を引いたのか、
ひょろりと背が高い。
わたしのことはもちろんのこと、
夫のこともとうに追い越してしまった。

恭太は、成長期に入る前の、
あどけない体型をしている。

ござの上に持ってきたものを並べると
おのおの食べたいものを手に取る。

おにぎりにのりを巻いて食べるもの、
食ぱんにハムとマヨネーズをはさむもの、
まずりんごからかじるもの。

わたしはとりあえず、
夕べの残りから手をつける。

「おれさあ、すんげーよかったなあ、て思ってるんだ」

純一が唐突に口を開いた。

「地球号寮に、入って」

わたしたちは、ああ、という風にうなずいた。
それはわたしたちも思っていたことだった。
純一が、地球号寮に入ってよかったなあ、ということは。

恭太が三年生になって野球をはじめたから、
日曜日に行くことができなくなった。

寮の経営者である佐々木さんご夫妻が
「日曜日は夕食のしたくがいらないからゆっくりできる」
とおっしゃって、行くのはいつも日曜日だったから、
純一が大学生になってからは一度も行ってないが、
わたしたちは家族四人で結局、十回近く、
地球号寮へお邪魔している。

昭彦さんがわたしたちにピザを焼いてくださるために
釜にピザ生地をいれたあたりで、
いつも学生たちが集まってくるのは恒例になっていた。

わたしたちのために焼いてくださったピザを
思い思いに学生たちがつまんでいくのを見ても
昭彦さんも奥さんの由美子さんも何も言わないで
好きにさせておくのも毎度のことだった。

「若いってことは、常に腹が減ってる、
てことでもありますから。
ピザくらい、好きに食べていいんです。
これは冷蔵庫のそうじにちょうどいいんです。
しなびた野菜をのっけてチーズでかくして焼いてしまえば、
どんな野菜もどんどこ食べてくれます」

昭彦さんはそういって笑った。

なぜ昭彦さんが外科医をやめて、寮を経営することにしたのか、
そしてなぜ外国人留学生を受け入れるようになったのかは、
昭彦さんが言ったように、「おいおい」わたしたちに「直接」
話してくれた。

息子さんを不慮の事故で亡くした佐々木さんご夫妻は、
自分たちの抱える悲しみに耐えると同時に、
それとは全く別のベクトル、
すなわち「街のうわさのタネ」にされたことに
耐えなければならなかった。

そのうわさが、せめて事実ならよかった。
しかし、それはいつの間にか、
真実とは全くことなる「別の話」と姿を変えていた。

昭彦さんは言った。

「わたしたちは、勝たなくてはならなかったのです。
その、わたしたちが主役の、全く知らない話に、です」

昭彦さんは、当時の職場でも、
遠巻きにされて、とてもまともに働ける状態ではなかったという。

「不思議、なんですよねえ。
誰ひとりとして、わたしに、
わたしに直接、話を聞きにきたものは
いなかったんです」

昭彦さんは苦しそうに顔をゆがめた。

「家の近所でも、職場でも、
友人だと思っていた連中も、
ひとりも、です」

昭彦さんはしばらく自分の手の甲をじっと見つめた。

「わたしが、その中へ入って、
そしてわたしが、話すべきだっんですよ。
とても簡単なことだったんだ。
でも、わたしには、それができなかった。
なんでおれが出ていかなきゃならない、
犠牲者はおれなんだ、てね。
息子を死なせて、うわさのタネにされて、
犠牲者になりきっていた」

長いためいきがあった。

「ごうまん、てやつですなあ」

昭彦さんは顔をあげて、
そしてにっこりと笑った。

そして、息子さんが亡くなった翌年、
昭彦さんのお父さまが亡くなった。

開業医だったお父さまから、
「それはもう、思いがけないほどの」
財産を受け継いだ昭彦さんは、
仕事を辞めることを考えはじめたという。

「外科医、なんてね、しょせんは
体力勝負、てことろがありますから。
目のほうも、だんだんとね、めがねが
必要になってきて。
ああ、そろそろ、いいかなあと、
思い始めたんです」

そして、「自分の人生」を、
はじめて、考える時間を持つようになったと。
























つじつまはあとからつける。今は書いて書いて書きまくれ。もうひらすらそれだけ。
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そしてあなたは読んで読んで読みまくる。ついでにポチッとやっておく、と。

恐れ入ります。
by kyotachan | 2010-10-23 22:12 | なげーやつ | Comments(6)

fumiko 史子。<9>







f0136579_20285176.jpg


純一の買ってきたケーキをお皿にとりわけながら、
補導された純一が、いまや大学生となり、
すでに家を出てしまっているのだ、
という至極当たり前の事実に、
今さらながら胸の熱くなるのを感じた。

「お父さん、ケーキだけど、
何か飲む?」

「そうだなあ。
コーヒーって時間じゃないし、
チョコレートにはやっぱ、
赤ワイン、ですかね」

わたしが飲んでいるグラスをちらりと見て笑った。

夫はわたしより容量は大きいくせに
普段はそれほど飲まない。
特に、わたしのように、
食事のあともだらだら飲み続ける、
ということはしない。

純一が、自分と恭太の分の牛乳を
なべで温めながら言った。

「オレさ、この前帰省するとき、
あきおじに、〝おみやげ買って帰るんだぞ〟
て言われたんだけどさ」

「あら、そうだったの?」

「うん、でも、何買って帰ればいいのか、
全然、わかんなくて。
リュックしょってて、どうせ電車混んでると思ったから、
結局何も買わずに飛び乗っちゃって。
そんでそのまま、駅に着いちゃってさ」

「ああ、それで、ドゥ・フレールに寄ったんだ」

「そう。駅から商店街の方に回ると、
家に帰ってくる途中にあるし」

純一が地球号寮に入ってから約半年が過ぎた。
帰省するのは今日が二回目だ。

今日も、前回の帰省のときと同じように
おみやげに、ケーキを買ってきてくれた。

ドゥ・フレールは商店街にあるケーキやさん。
フランスで修行してきたというご主人と、
その奥さんとふたりで経営している。
こんな小さな街にあるとは思えないほど、
そこのケーキはものすごく、おいしい。

「そっかあ。ずいぶん、
気のきいたことするなあ、て
感心してたんだよね。
昭彦さんが言ってくれたからだったんだ」

「、、、、うん、言われなかったら、
おみやげなんて、思いつかなかったと思う」

「お母さんだって、
大学生のころ実家に帰るのに、
おみやげなんて買ったこと、
いっぺんもないと思うなあ」

「ほんとに?」

「うん、たぶん」

「くー!やっぱここのガトーショコラは最高だなあ」

夫は二杯目のワインをついでいる。

「で?どうよ。
生活の方は、もう、慣れた?」

夫がケーキをワインで流しながら聞いた。

「慣れた、か、なあ」

純一の好物はタルトタタンといって、
りんごを、バターとお砂糖でくたくたに煮て
それをタルト生地にのせて焼いたもの。

「純一兄ちゃん、ありがとう!」

恭太が、
いきなり叫ぶように言った。

恭太は季節のフルーツを挟んだ
ロールケーキだ。
すでにお皿はきれいになめまわされて
きれいになっている。

「どういたしまして」

純一も大声でそれに答える。

このふたりは年がちょうど十歳違うから、
「ひとりっこ」がふたりいるようなもので、
あまり接点がなくて、それが残念だなあ
と思っていたのだが、

純一が寮に入ってから、
どういう風の吹き回しか
純一の恭太に対する態度が
がらりと変わった。

恭太、恭太と恭太を追い回すようにして、
純一が家にいる間はふたりべったりなのだ。

今まではずっと
恭太の方が「純一にいちゃん、純一にいちゃん」
と追い回していて、それをすげなくあしらわれていたから、
恭太のよろこびようったら、そりゃあもう、すごいのなんの。

お風呂も一緒に入れば、
夜も恭太のベッドのわきにふとんを敷いて
同じ部屋で寝ている。

今までそんなこと全くなかっただけに
こちらはなんだかきつねにつままれた気分。

でもふたりがつるんでいるのを見るのは
とてもほっとした気分になるのもほんとうだった。

もっと後になったら「十」くらいの年齢差は、
今よりもぐんと縮まるに違いない。

わたしのケーキは、
マカロンをみっつ、串にさして、
それをビスケットの上においたもの。
味の異なるマカロンがとても大きくて、
そして最後に食べるビスケットが
これまたおいしくて、
わたしの最近のお気に入りだ。

ああ、そういえば、純一はこの前もちゃんと、
それぞれの好みのケーキを買ってきてたな。
わたしはそんなことを思いながらワインを飲んだ。

その時ふと、高校のクラスメートで、
キリスト教に熱を入れあげ、
ついに家族の反対を押し切って
キリスト教に改宗した友人のことが
頭によぎった。

彼女は高校時代、
聖書を読むことに熱中していて、
わたしに言ったことがあるのだ。

「史子、知ってた?結婚、てさ、
〝親を捨てて〟するもんなんだって」

「え?親を、捨てる、の?」

「そう。
聖書にね、そう書いてあるのよ」

その時は、何のことだか、さっぱり
わからなかった。
なぜ結婚するのに、親を捨てなければならないのか。
わたしには〝結婚〟ということがまるで別世界のことに思えたし、
「そう書いてあるのよ」としたり顔でいう友人に、
さらにつっこんで話を聞きたいとも思わなかった。
ただ、そのことばだけが、ずっとわたしの中に残っていた。

今は、わかるような気がする。

純一の結婚はまだ先の話だろうけれど、
純一は、もう家を出てしまった。
わたしは純一がもう、わたしたち家族と一緒に暮らす、
ということはないのだろうな、という予感がする。

大学を出て働き出しても、
家には戻ってこないだろうなと。

それはわたしの中では〝親を捨てる〟
ということばにつながっていく。

嘆く、や、悲しい、のとは違う、
ああ純一がここまで育ってくれた、
という思いだけがある。

「新聞配達がやっぱりいちばんたいへんなんだよ。
でもウチはペア制だから、そんなことも言ってられないけどね」

地球号寮では、留学生以外の学生で、
希望すれば新聞配達の仕事をすることができる。

すぐ近所に新聞配達をしながら大学へ通う、
それこそ専門の寮があって、そこと提携しているのだ。

昭彦さんは、学生ふたり、あるいは三人をペアにして、
シフトを組ませている。

学生が自分たちでスケジュールを組むのだ。
きまりは

「新聞を購読しているお宅にけして〝無配・誤配〟などという
迷惑をかけないこと」

それだけ。

純一は前回の帰省も今回も、
土曜日の朝の配達をすませて向こうを出発し、
日曜日の朝をペアの子にまかせ、
日曜日の夜に戻っていく。
日曜日の夜は新聞がないからだ。

バイクの免許は、
大学に合格した年の春休みに秋田へ行き、
一週間の短期合宿で取った。

これには一悶着あった。

夫の母親は今から六年前に引退したのだが、
それまでずっと救急病院の看護婦をしていた。

「史子さん、バイクはね、ハダカで車の間を走っているようなものよ。
事故を起こしたら死んでしまう確率がものすごく高いんだから」

結婚して以来、義母がこういうのを、
わたしは何べん聞いただろう。

わたしはけして義母が嫌いではなかった。
子どもが生まれても、一度も退職せず、
引退まで働き続けた女性の、厳しいけれど、
いさぎよい、いつ会ってもはつらつとした姿は
見ていてとても気持ちがいい。

夫にはおそらく、
おれはとうとうバイクに乗らない青春を送ったんだ、
というような嫉妬、があったのだと思うのだが、
そんなことはおくびにも出さず、
おばあちゃんが、おばあちゃんが、
と例の義母のことばを出してきて、
純一がバイクの免許を取ることに
なかなかオッケーサインを出さなかった。

結局、
ようやくバイクの免許を取ることを
認めたのは、
純一が無事に大学に合格して、
地球号寮へ行くことが決定したあとだった。






















<8>、いつもよりたくさん押してくださった方が、、、、涙涙。面倒なのに、どうもありがとうございます。
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どうかな?みんなちょっと中だるみ気味かな?>あ、自分のことでした。ひきしめます、、、

学校が、十日間のバカンス突入、、、?>マ、マジッ?恐れ入ります。

by kyotachan | 2010-10-22 20:59 | なげーやつ | Comments(4)

fumiko 史子。<8>







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「家はおやじの代から医者でね、
わたしも外科医をやっていました。
自分で言うのもなんだけど、
かなり腕のいい医者だったんです、これでも」

わたしたちを笑わそうとしているのか、
昭彦さんはちょっと笑った。

「ひとり息子がやっと医大に入って、
自分も仕事にのりにのってるときだった。
人を手術する、てのは、そりゃあもう、
気力・体力・はったり・エネルギー、
自分の持ってる能力すべてを出し切る、
そのくらいの仕事ですからね。
そしてそれで人の命を少しばかり延ばすことが、
まあ、わたしの仕事だったわけです」

明彦さんはふと由美子さんを見て、
「何か間違ったことを言ったら
訂正してくれよ」
と言った。

「いい気になってたんでしょうなあ。
わたしはずいぶんと、ごうまんだったなあ、
最近になってね、やっと自分のことを、
冷静に見れるようになったんです。
わたしはほんとうに、ずいぶんとごうまんな人間でした」

昭彦さんは下を向いて、
ほんとうにおかしい、
という風に笑った。

「今もね、充分ごうまんですよ。
〝人のうわさ話をするな〟なんて、
寮に入る連中に言うくらいですから。
でも今は自分がごうまんだ、てことを
知りましたから。それだけでも
ちょっとはましになったのかなあ、てね」

由美子さんが、
とても静かに、にっこりと微笑まれた。

「そんなことがありましたから」

明彦さんの表情が、
とたんに厳しくなった。

「そんなことがありましたから、
そりゃあもう、わたしたちの家は、
街中のうわさのタネになったわけです。
文字どおり、かっこうの、うわさのタネ、です」

「医者の息子が、
酒飲んで帰って来て、
風呂桶で死んだんですから。
こんなにおもしろい話はとんと聞いたことがない、
てなくらいでね」

そうでしょう?とでも言うように
昭彦さんはわたしたちの方へ
首を向けた。

「うわさばなし、てのはね、
膨張するんですよ。
最初は小さな球なんだけど、
転がっていくうちにね、
色んなものがくっついて、
どんどんどんどん、大きな球になっていく」

「そして、それは、ウソになる」

突然、由美子さんが口を開いたので
わたしはちょっとびっくりした。

「そう、まるで違う話になっちまう。
それがまた、くやしいやら、情けないやら」

昭彦さんはそこまで言うと、
ついに口をつぐんでしまった。

そして、言った。

「そういうわけでね、
ウチでは、まあ、正確には
この〝地球号寮〟内では、
うわさ話はしない、というきまりを
作りました」

わたしたちはただ、
大きくうなづくことしかできなかった。

「〝地球号寮〟の名まえの由来、
あと外国人学生たちを受け入れるようになった理由、
お知りになりたいことはまだまだおありになるでしょうが、
それらはおいおい、てことでいいですかな?」

昭彦さんは立ち上がりながら言った。

「今日はちょっとしゃべりすぎたようです」

わたしたちは申し訳ない気持ちになって、
ただ、昭彦さんを見つめることしかできなかった。

「先日、はじめて来ていただいた日、
とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
何か、こう、長いお付き合いになるような予感がして、
今度来てくださったら、この話をしようと決めておりました」

立ち上がった昭彦さんを、わたしたちは見上げていた。

「話す、ということはいいリハビリにになるんです。
今日は久しぶりに息子の話をしました。
まだ、胸が痛むんだなあって思いましたよ。
でも、話を、この話を人に、
することができるようにまでなったんです」

「話してくださって」

夫が口を開いた。

「話してくださって、どうも
ありがとうございました」

「いやあ、こちらこそ、
こっちのリハビリに付き合ってもらって」

昭彦さんはにっこりと笑って、
そして中庭に出て行こうとされて、
ふと、わたしたちの方に顔を向けた。

中庭と食堂の間を
出たり入ったりしていた恭太が、
いつの間にかわたしと夫の間に入って
ちょこん、と座っていたのだった。

恭太は、泣いていた。
そして昭彦さんに見つめられていることに気づくと、
ふと顔をあげて言った。

「おじさん、いもうとは?
いもうとが、いるんでしょう?
その、おじさんの」

「ああ!うん、いるよ。
いもうとの方はね、
誰に似たのか、絵心のあるやつでね、
美大を出たあと、まだ勉強したい、ていうから、
イタリアに行かせたんだ」

昭彦さんはしゃがんで、
恭太と同じ目線にくるようにした。

「そしてね、イタリア人と結婚しちまった。
子どもがふたりいるよ。
おじさんの孫とは思えないくらい、
とびきりかわいい子どもたちだよ」

わたしたちはそこで笑った。
なんだか、ほっとするような笑いだった。

「今年は帰ってこなかった。
来年の夏にはきっと会えると思う。
恭太くんは二年生だから、
そのふたりよりもお兄さんだな」

昭彦さんはそう言って、
今度はほんとうに立ち上がり、中庭へ出て行った。


























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じゃあさ、じゃあさ、ひとこと、残してく、てのはどう?コメント欄で、待ってるぜベイベー>清志郎なのかおまえは?

いいんです、いいんです、読んでくださるだけでオッケーなんです。恐れ入ります。

by kyotachan | 2010-10-21 23:35 | なげーやつ | Comments(10)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族