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カテゴリ:なげーやつ( 98 )

未来にふく風 <31>

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風は入院中に大学を辞めることを決めていた。

風とおない年の男の子が今年は何もしない一年と決めていることもあって
わたしたちも特別それに反対はしなかった。

大量のクスリを服用しながら普通の学生生活が送れるとも思えなかった。

風はよく外出する。
友人とお茶しに、友人宅へ遊びに、時には夜、食事を終えてから出かけるときもある。

夜出かけるときには何を飲むわけ、と聞いたことがある。
「ビール。味つきの」らしい。

医者もたまのアルコールは問題ないというのだとか。

両耳にピアスをあけて、時には首にネックレスをかけたり指輪をしていることもある。
それをして気持ちが軽くなるなら気分がよくなるならおおいにすればいいと思う。

部屋に引きこもってしまうことだけはしてほしくないから
風が出かけるときはほっとする気持ちがある。どんどん出かけなさいと思う。

落ち込むときもあるらしく「何もしていない自分をものすごい怠けものだと感じる」と言ったことがある。
風、風は怠け者じゃないよ。今は治療に専念していると思えばいいよ。

九月にはまた大学へ戻るつもりにしているらしいが、
それまでは特にやることもない。

職安へ通ったり、フォーマッションが受けられると聞けば出かけて行く。
何もしない自分をはがゆく思うらしい。

風は色んなところへ自分の履歴書を配って歩くようになった。
アルバイトをするというのはわたしもおおいに賛成だった。

やはり十八の大の男が日がな一日中家でごろごろ、というのはどうもいただけない。
ただ、仕事を求めている人たちは大勢いるのだから結果はどうかなとも思っていた。

三月に入ったある日風が言う。
「ママ決まったよ。マクドナルド」。

退院してから三ヶ月半ほどがたっていた。
風の顔が昨日とは違って見えた。


















写真は2014年2月。姉の海、妹の結。Vaugrenier。
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by kyotachan | 2019-04-19 16:37 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <30>

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風が退院したのは十一月十六日だった。
ちょうど一ヶ月と一日、入院していたことになる。

入院も後半にはかなり退屈していて、それはいい兆候だと受け止めた。

退院する前に二回ほどお試し外出というのがあった。
その時風はほとんど家にはおらず、友人たちと会うことを優先した。

「何か食べたいものある」と聞けば「ケバブ」だという。
ああああそうですかそうですかケバブなら外で食べるということだった。

風が家に帰ってくる、という小さな出来事は
家族全員がひとつの大きな山を一緒に越えたようなよろこびがあった。

そしてその時、電気はまだ戻ってきていなかった。

わたしの日記帳に引かれた二本の線のうち、「風」のほうがはやく止まったことになる。

その線に「退院」と書きつけながら、でも「病気」という線を引くなら
それは「停電」よりももっともっと長く続く線なのだろうなとふと思う。

ぐちはこぼさない、夫を責めない、と決めてはいたものの
こころの中までは自分の気持ちを説得しきれていたわけではなかった。

口を開けばぐちが出てしまいそうな恐怖があり、わたしは夫に対してだんだんと口数が少なくなっていた。

子どもたちも父親を責めることはいけないとでも思っているのだろうか
夫がいるときには不平不満を言わないのは見ていて不思議なくらいだった。

そして夫が不在の時にはわたしにその不平不満をぶつけてくる。
ああ、この子たちはこの子たちなりに夫に気を使っているのだと思うとなんだかおかしかった。

風が家に戻ってきて十日ほどして電気が復旧した。
電気の線は「四十二日間」までのびた。

















北の方にたつ山の名前がわかりました。モン・ショーヴ。Mt.Chauve てはげ山ってこと。
え!はげてませんよね?笑えるー。
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by kyotachan | 2019-04-17 15:26 | なげーやつ | Comments(2)

未来にふく風 <29>

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クリニックへ入院してから、両手首に包帯をぐるぐる巻きにしていることがあった。

寝ている間にかきむしった、と風は言ったが
夫が看護婦さんに確かめるとプラスティックのナイフで切った、らしい。

自傷行為にはほとほと驚いた。

入院する前、自宅でのことが思い出された。

風の後に風呂場を使ったとき、足ふきマットに血こんがついていることがあった。
バスタブの中にもいくつかある。

その少し前に痔を発症したことがあったから、それが再発したのだなと思った。
そして夫に聞いてもらったのだ。ここは男同士がいいのかもと思って。

夫の答えはこうだった。
「痔はもうすっかり回復して、その後の再発はないって」

その言い方があまりにもあっけらかんとしていて、なんだかそのままになっていた。

そして、ベッドのシーツにもよく血こんを見つけた。
風は鼻血をよく出すから鼻血とばかり思い込んでいた。

この頃から自分で自分を傷つけることがあったらししい。
足の根元辺りを切ってみたりとか。

風はこのまま家にいたままではもっと自分を傷つけてしまうと思ったのだろうか。
クリニックに入ればきっと安全に違いないと思ったのだろうか。

自分で自分を傷つけたい、自分で自分を死なせたい、という気持ちはどうして、そしてどこから来るのだろう。















ニースの北へ向かう道。この山の名前なんていうのだろう?
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by kyotachan | 2019-04-16 15:24 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <28>

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人はなんて簡単に死んでしまうのだろう。

バイト先の向かい側にケバブ屋さんがあった。
わたしくらいの年齢の男性がひとりでやっている店で
すれ違えばあいさつをするくらいの関係だった。

病気らしい、とうわさで聞いて、そうかあ、と思っていた。
時々、お店が閉まるようになった。

その人が死んだ。

えっ?!
先週くらいにはだって、お店にいたでしょう!

聞けばすい臓がんだったらしい。
それにしたって人ってそんなに簡単に死んでしまうもの?

もう一人、この人はもう八十歳くらいだったと思うけど
いつもにこにこしているマダムで、バイト先にお直しの用聞きで来ていた。

パンツの裾上げなど、品物を引き取りに来て
また持って来てくれる、ということをしていた。

その人も死んだ。
やはり何か病気を抱えていたらしい。

わたしも死ぬんだなとなんだかしみじみ思った。
もちろんわたしたちは生まれた瞬間から死に向かって歩きはじめるのはわかっている。

だけど今、実感としてほんとうに死が近づいているのだなと感じた。
わたしはもうすぐ死ぬ。

不思議なことに死を強く意識したとたん、
精一杯生きてやろうじゃないかという勇気としか呼べない感情がわきあがってきた。

わたしはどうせ死んでしまうんだ。
じゃあ今のこの時を必死で生きてやる。

宿業ということも考えた。
わたしは自分の宿業がなんなのかいまだにわかっていないのだけど
宿業っていまの、わたしの言動や思ったことが、未来の宿業を作るらしい。

え?!

じゃあわたしは未来の宿業をいま、たった今、作っている最中ってこと?
よし、いいぞいいぞ、いまからわたしは徹底気的にいいことしか考えない。

なぜわたしが?という犠牲者にはならない。
いまの状況はむかしの自分が作った宿業なんだと思い知る。

そしてたったいまから未来をあかるいほうへ持って行くと決める。

わたしの未来と風の未来をあかるいほうへ導いてみせる。
わたしはそう信じることによって絶対にあかるい未来を勝ち取ってみせる。

そう思えたときに何もかもを書いておこうと決めた。
















写真は2014年1月リベラッション。ニースは鳩天国。
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まだ終わりじゃないよ。もうちょっとだけ続くよ。読んでくれてどうもありがとう。








by kyotachan | 2019-04-15 16:27 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <27>

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バイセクシャル、と聞いてまず思ったことが、それずるくない?ということだった。

L レズなら女性同士。
G ゲイなら男性同士。
B は男性と女性両方。
T はカラダとココロの性の不一致。

と解釈しているのだけど、つまり風は男性に恋することもあれば女性に恋することもある、ということなのだ。
現在の恋人は女性。

わたしだって女性に、きゅーん!とした恋心を感じることはある。
なんとなくだけど恋に似た感情を抱くことはある、ような気がする。

実際に「ああこれは恋だ」と認識するにはいたらずとも。
これってもうすでにバイセクシャルなんじゃないの?

いや、違うか。
わたしはそれを苦しみと思ったことはない。

風は苦しんでいるのだ。それを。

そして今度は夫が苦しむ番だった。

夫は顔を両手でおおって泣いた。
自分の息子が、自分のひとり息子がバイセクシャルということをどうしても受け入れたくないのだ。

「なんでボクの息子がバイセクシャルなんかになっちゃったんだ。そんな不自然なものに」
「違うよ。なったんじゃないよ。風はバイセクシャルとして生まれたんだよ。自然なことなんだよ」
「キミは母親だから簡単に受け入れられるのさ。ボクとは違う」

ガールフレンドがチュニジア人、というのもどうしても気に入らないらしい。
フランスとアフリカの国々との間にはあまりにも深い歴史がありすぎてわたしには理解できないところがある。

夫がチュニジア人を気にいらない、ということを単に「差別」とは言い切れないところがあるのだ。
わたしはその歴史の中にいないせいで、かえって簡単に受け入れることができるのだと思う。

何度話しても議論の交わることはなく、どこまでいっても平行線のまま。
苦しむ夫の姿を見るのは悲しいがわたしにはどうしてやることもできない。

した二人を連れて風のお見舞いに行ったとき、風はそうすることを決めていたように
妹たちにも自分がバイセクシャルであると告白した。

その隣に立つ苦渋の表情の夫。

風は自分の苦しみを開放しはじめた。


















写真は2014年1月。昔ニース鉄道の駅だったところが図書館に改装された。リベラッション広場。
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by kyotachan | 2019-04-13 15:25 | なげーやつ | Comments(2)

未来にふく風 <26>

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風から電話がかかってきた。クリニックから。
正確にいえば、夫の電話にかかってきて、「風からだよ」とその電話を渡された。

夫と風は時々電話で話していたけど、
わたしと話したい、ということはそれまで一度もなかったからちょっとびっくりした。

「どうしたの。風。もしもし?」
「ああ、ママ?」
「うん、そうだよ。どうしたの?」
「あのね、ぼく、ママがボクにしたことを許すことはできない。
だけど、これから先もママと一緒に生きていくことにしたから」




それはこのことを言っているのだなとすぐにわかった。
「そう。それはよかった。うれしいよ」

わたしはほんとうにうれしかった。
許さなくてもわたしと一緒に生きる。
なんて正直でうそのないことばだろう。

「それとね、もうひとつ、言っておきたいことがあるんだけど」
「うん、なあに?」
「ボク、バイセクシャルなんだ」
「……、ああ、そう。うん、わかった。ちゃんとわかったよ。電話、どうもありがとう」

今思えばこれは、治療の一環だったのかもしれない。

許せない相手に自分の気持ちをきちんと伝える、とか。
自分の抱えている苦しみを打ち明ける、とか。

風が自分でかけてきているというよりは
そうしなさい、と言われたからかけてきている、という感じだった。
確かめてはいないのだけど。

夫はおそらく、わたしの前に同じことを言われたのだろう。
顔を青くしてぽつんと言った。

「このことはできるだけ秘密にしておこう」
「え、このことって?」
「風がバイだってことだよ。ああなんてことだ」

















写真は2014年1月の市場。焼く用のりんごってけっこう痛んでいる。そのほうがおいしいのかも?
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by kyotachan | 2019-04-12 15:23 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <25>


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クリニックには連日のように風の友人たちがお見舞いに来てくれた。
風のゾンビのような状態を思うとにわかには信じられないことだった。

お見舞い時間は夕方の四時から三時間、と決められていたから
わたしたちが友人たちとかちあうことも多かった。

男の子、女の子、みんな風と普通にじゃれあって冗談を言い合っている。
それを見るのはやっぱりうれしかった。

その中にアンチーブからほとんど毎日のように来てくれていたのがマネールという女の子。
アンチーブ、て、けっこう遠いよ?マジ?

夫と長女が最初にかち合ったらしく、ふたりのマネールに対する評価は厳しかった。
長女など「風を悪いほうへと引っぱっていくタイプの人」と表現した。

長女の評価が厳しいのは、夫とふたりで風の部屋に到着したときマネールはもう先に来ていて、
そこで常識のある人ならば「家族同士でどうぞ」と言って部屋をいったん出て行くべきだから、なのだと言う。

これには参った。
え、そうなの?と思ってしまった。

日本では常識がないと言われ続けたわたし。
フランスではそんなこと関係ないもんねーと思っていたのだが
わたしはフランスでもやっぱり常識のない人間なのかしら。
わたしがマネールだったら、部屋を出たかしら。

風が首に赤いマークをつけていた、というから、これはもうガールフレンドに間違いないなと思った。
そしてわたしは徹底的にマネールと風の関係を応援しようと決めた。

わたしが三人の娘たちと一緒にお見舞いに行ったときのこと。
一時間ほど風の部屋で過ごしたころ、マネールが来た。

風は「ちゃんと紹介したかったんだよ。ボクのガールフレンド。それがさあ、海よりも年上なんだよ。二十二歳」とわたしたちに紹介した。

マネールは二十二歳のチュニジア人だった。
大学で知り合ったらしい。

わたしは言おうと思っていたことをまず伝えた。
「アンチーブから毎日のように来てくれているんだって?遠いのに。ほんとうにどうもありがとう。こころから、お礼をいいます」

マネールは、いえいえそんな、という風にはにかんだ。


















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by kyotachan | 2019-04-11 15:29 | なげーやつ | Comments(0)

未来にふく風 <24>

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風のクリニックへは夫がかいがいしく通った。
可能な限り、毎日、通ったのじゃなかったか。

大量の洗濯物を持ち帰ってはコインランドリーへと行く。
入院してるのになんでこんなに?と思うほどの洗濯物だった。

夫とふたりでクリニックへ行ったときのこと。
わたしの気分は訳知らずどんよりと落ち込んでいた。

そして風のその姿を見た瞬間、自分のカラダが固まってしまうのがはっきりとわかった。

「クスリ漬け」ということばが浮かぶ。
クスリを大量に服用していることは明らかだった。

風は治療をしているのだ、とはどうしても思えない。
風はクスリ漬けにされている、と思ってしまう。

わたしはそそくさと電話を充電させてもらい
(この頃、出かける先で電話の充電をするのが習慣になっていた)、
夫が洗濯物の取替えをするのをぼんやりと眺めた。

携帯電話は基本的に禁止で週に二回、二時間ずつだけ使用が許可されている。
WiFi はもちろんなし。

音を小さくしたテレビが壁の上のほうに付いていた。

ここへ来たかったのか、という事実がわたしを傷つけていた。
風はここへ、入りたかったのだということが信じられなかった。

風、どう?ここへ来てよかった?

わたしは何かわたしを裏切るようなことを言ってくれることを期待して聞いた。
風はゆっくりとわたしを見て言った。

うん、よかった。家にいるよりクリニックのほうがずっといいよ。

















写真は2014年に焼いたガレット。フェーブのことでけんかになるからこんな形。
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by kyotachan | 2019-04-08 21:50 | なげーやつ | Comments(6)

未来にふく風 <23>

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電気が切れたのはちょうど学校のバカンス中のことだった。
その日アルバイトから帰ると、子どもたちが所在なげにいる。

夫がキャンプ用のランプを四つ、どこかで調達してきたのを見て、ああこれは長期戦になるのだなと思った。

わたしはどこかでわかっていたのだ。
電気代の一部だけを支払ってなんとかつないでいてもらっていたことを。

数年間のつけがたまって今度の今度は全額支払わないと電気の復旧はありません
と言われたようだった。

夫を責めることはしまいと決めた。

お金がある時にそれを請求書のほうへ回すかわりに
わたしたちを旅行へ連れて行きたいと思う人なのだ。

何を言っても「家族のためにそうした」と言うに決まっている。
実際に夫は自分のために使うことはなく、家族のために使ってきた。

ギャンブルですったわけでも酒代やタバコ代に使ってしまったわけではない。

その使い方は時にわたしの意志にものすごく反していて腹の立つことも多かったが
何を言っても馬耳東風。そうやってここまで来たのだ。

夫の経済力のなさを責めるより自分の経済力を見直さなくてはならないのはこのわたしの方だと思った。

不思議なことにわたしはこころの中でほっとしていた。

こんな時期をわたしたちはとおの昔に経験していなくてはならなかったのだ。
人生のどこかで、こんな時間を過ごさなくては割が合わないはずなのだ。

それが今、ということにものすごく感謝している自分がいた。
十月中旬でちょうど暑さがひいたころで、本格的な寒さはまだやってきていなかった。
ありがとございますありがとうございますとお題目のようにこころで唱えた。

電気がなくて何がいちばん困ったかというと、電話機の充電だった。
いまや我が家でも家族全員が携帯している。

長女は停電してからこちら、できるだけボーイフレンドの家に行くようにしていた。
そして長女は毎日夫に電話をして「電気はいつもどるのか」とつっていていたらしい。
大学の授業はほとんどがPCを使うから電気がないとやっていけないのだ。

わたしはアルバイト先で充電。

夫はした二人の電話機を持って図書館へ行き、そこで充電した。
これがけっこうやっかいな仕事だった。

洗濯はコインランドリーへ、食事は食べるたびに買い物へ行く。
忙しいことこの上ない。ただ、普通の生活を続ける方法はあった。

風はクリニックに入院中で不在だし、長女の海もほとんど家にいない。
わたしは下ふたり、結と空の三人でよくお腹を抱えて笑ったものだ。

オセロをしては大笑いし、今日はこんなことがあったといっては大笑いした。
笑わずにはいられなかった。

そして時々発狂しそうになるふたりを背中からさすってやった。
すごいね。わたしたち。二十一世紀のど真ん中で、電気なしで生きてるなんて。それにまだ、気が狂ってもいない。
この先、どんなことがあってもたいていのことは乗り越えられるよ。

おもしろいことに三人の娘たちはみんな、
「風がもし家にいたら、パパは風のためにすぐに電気がつくようにしたはず」
と思っていることだ。

そう言われて、あ、そうなの?いやそうかもね、とわたしも思った。
夫にとって風はそのくらいの存在なのかもしれないね。

わたしは十年日記にふたつの線を引いた。
一本には「風の入院」。
もう一本には「停電」。

このふたつの線はどこまでもどこまでものびて行った。

















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by kyotachan | 2019-04-05 15:33 | なげーやつ | Comments(6)

未来にふく風 <22>

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風の話とは関係ないといえば関係のないことだけれど
やっぱりこのことも書いておこうと思う。

風が入院した二日後の朝、電気が止まった。

いつのもの習慣で朝、PCをつけようとしたらつかなくて、台所へ行ったら冷蔵庫や冷凍庫の光も消えている。
我が家ではそう珍しいことではないので、まだ家にいた子どもたちに
「できるだけ冷蔵庫のを開けないように」と言って出かけた。

夫もその時、まだ家にいて、わたしより先にばたばたと出て行ったから
ああ、電気の支払いに走ったなとぼんやりと思った、ような気がする。

夕方、バイトが終わって帰途に着くとき、
家の電気が復活していることを露のほどにも疑ってはいなかった。

ところが、電気はまだ、来ていなかった。




















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by kyotachan | 2019-04-04 15:27 | なげーやつ | Comments(0)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族