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カテゴリ:喜 怒 哀 楽( 251 )

原因のあるところに結果あり。

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太った。

原因はわかっている。
ここのところ毎日食べているアイスクリームのせいだ。

よく熟れたバナナを凍らせておき、それをスライスしたものに
アイスクリームをそえる。暑い季節の最高級のおやつ。

アイスクリームはなんでも。
バニラ、ピスタッシュ、マンゴー。

食べても食べても体重が増えないのをいい気になって食べ続けていた。

太るときは、いつも同じことを思う。
やっぱね。そりゃあ太るに決まっているよね。

これを毎日食べれば太る、とわかっているのに
結果が出ないうちは「大丈夫、今日も体重は増えていない」と思う。

体質が変わってアイスクリームを食べても太らなくなったのかも。
ありえない仮定を思いつき、それを真剣に信じようとさえする。

結果は少し遅れて、でもちゃあんとやってくることは経験でわかっているのに。

ちゃあんと原因を作っておけば、結果は出る。
さあて新学期。あたらしい一年のはじまり。

















写真は2013年、サントロペ。
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by kyotachan | 2018-09-03 21:47 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(8)

夏になると思い出す。

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時々、ふと思い出す事件がある。
わたしは日本にいて母親になって間もないころだった。

ふたりの子どものお母さんが、子どもたちを二時間、車の中に置き去りにして、
そしてふたりとも熱中症で亡くなってしまうという事件だった。

そのお母さんは最初「家のそうじをするために子どもたちを家から追い出したかった」と言い訳をした。

それをニュースで見たか新聞で読んだかしたわたしは、
「二時間もかけて家のそうじをしただなんて、よっぽどきれい好きなお母さんなのだな」
と思った。

子どもが小さいころは今よりも一生懸命そうじをしていた気がする。

子どもはどこへでも四つんばいではいずりまわり、なんでも口に放り込む。
一度食事をすればテーブルの周りは食べ物のくずで汚れしてしまう。

そうじをすることは当時は日々のたたかいのようなものだった。

水周りからはじまって掃除機をかけ、そして水拭き。
丹念にそうじをしても、それでも一時間あれば充分できるのにと思ったのだ。

そして翌日かにその事件の追記があり、そのお母さんは実は二時間、パチンコ店で過ごしていたことが判明したのだった。

「ああ、そうかあ。そうだよねえ。二時間パチンコだったらよくわかる」

わたしはそう腑に落ちた。

二時間そうじをするために、よりも二時間パチンコするために子どもたちを車に置き去りにした、というほうがよっぽど納得がいく。

家の中は危険がいっぱいだし、公園はもっと危ない。
車の中だったら安全だ、と思ったのだろう。

夏の車の中がどんなに熱くなるかは考えなかった。
それとも十分で戻るつもりが、つい二時間になってしまったか。

と、ここまで思い出して、対になって思い出すもうひとつの話。
はじめて赤ちゃんを生んだときに母親が言ったのだ。

「扇風機は赤ちゃんを脱水症状にしやすいからクーラーを使いなさい」。

母親がいう「むかしの話、でも実際にあった話」として

「若い母親が赤ちゃんに直接扇風機を当てて寝かしつけたところ、赤ちゃんが脱水症状を起こして死亡した」、ということがあったらしい。

その他にも
「泣き止まない四ヶ月の赤ちゃんを母親が殺してしまった」という事件もあった。

色んな理由で子どもを殺してしまう母親の話は、
わたしに同情の気持ちは起こさせることはあっても責めたてる気持ちが起こることはない。

このお母さん、つらかっただろうなと思うだけだ。

















写真は2013年、三女。
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by kyotachan | 2018-08-31 00:53 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

règles へーグル/ 生理

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毎度びろうな話ばかりでおはずかしいのだけれど、
このブログには最初からずっと、好きなことを書き散らしてきたのだ。
こうなったらもうとことん、書きたいことを書いちゃうもんね。

生理である。

十二のときに初潮をむかえたから今年でちょうど四十年になる。

とはいっても妊娠中と授乳中は生理は来ないから
二年くらいは生理の空白期間ができる。

次女と三女のあいだには生理がなかった。
生理を待っていたら妊娠していた。

いまから思うとそれは、生理から開放されたすてきな数年間だったのだ。

長女の卒乳のあとか、あるいは長男のそれだったか、
久しぶりに生理があり、生理ナプキンを買いに行ってびっくりしてしまった。

それまでは生理ナプキンといえばロリエと決まっていた。
それが突然、といっても実際には二年くらいの開きがあったのだろうが、
なん十種類ものナプキンが売られていて、売り場でほんとうに困惑した。

けっきょくほんとうに頭が痛くなって、その足でママ友に相談した。
「高いけど絶対にいい」というナプキンにした。
ウィスパーだったかな?

ニースに来てからは Always を愛用。

フランス語で生理は règles へーグル という。
語尾の s をとると発音はそのままで定規という意味になる。
きちりきちりと測ったようにやって来る、からそう呼ばれるのか
語源のゆえんはわからないけれど、
わたしの生理は最初からいままでずっと、基本的に不規則なままだ。

最初のころ、何度パジャマ、およびシーツを赤色によごしてしまったことか。
それも一度として自分で洗濯したという記憶がない。

母親に報告しさえすれば、それはいつの間にかきれいにされていた。
なんということ!

お母さんありがとう。
とお礼をいった記憶さえない。

いやほんとうになんということ。

生理痛は激しいほうで、学校を、中学校のころだと思うが、生理を理由に休むことがあった。
下腹に来る、なんともいえない重たい痛みで、母親もそうだったらしく、「しょうがなかね」と休ませてくれた。

その頃よく言われたのが「結婚すれば少しは楽になるよ」だった。
結婚すれば、というのはつまりはあれをすれば、ということなのだな、
と思ったのだけど、つまりはこの場合の結婚、というのは出産をさしていたらしい。

経産婦になって確かに、生理痛は軽くなったかもしれない。
そして何度かは、比較的規則的に生理が来たことがあったかもしれない。

それでもわたしの生理は一日目の出血がいちばん激しくて、
だから相変わらず下着をよごしてしまうことは多かった。

そして最近、ここ三年くらいだろうか。
出血量がそれまでのものより増えた。

痛みもしばらくは軽くなっていたのだけれど
ここへきて再び重くなった気がする。

それも不思議なことに生理のはじまる前々日か前日に痛みがはじまって、
「お、これはいらっしゃいますね」と生理の到来が予期できるようになったのだ。
いままではそんなこと、これっぽっちもなかったのに。

そしてなんだかこんなこといままであったっけ?
と思うほどに、トイレで血まみれになってしまう、という場面が増えた。

量が多いからタンポンを使用することも多いのだけど、
そのタンポンを引き出すときに血の重みでタンポンがたわんで
便器から床から下着からGパンまで血にまみれてしまったことがある。

なななな、なにこれはっ???

一瞬にして血の海と化した小さな個室で
情けないやら悲しいやら途方にくれる五十をすぎたオレひとり、いま、ここ。な状態。

タンポンで血を食い止め、便器と床の血をトイレットペーパーでぬぐい、
Gパンを脱ぎ、下着を脱ぎ、そろりと廊下をのぞいてから、
そのままの格好で風呂場で衣服を水洗いする。

誰か殺したみたいやん。

いやもう、ほんと、なんでこんなことになってるのん。

さらに信じられないことに、こんな悲惨な目には一度あえば充分なのに
トイレ中が血に染まる、ということがこれ以降何度もある。
まじでなにやっとるの、という感じ。

さらに気がつけば、生理の間隔がひと月に一回どころじゃなくなっている。
いつも二十五日くらいで次の生理がやってくる。

間隔が広くなるならまだわかるが、狭まるってこれは。

最後のあがき?

毎月カレンダーをにらみつけて先月は十日にはじまったから今月は、
などと日数の計算をおこたらず、かばんの中には常にかえのパンティ一枚、ナプキン。

準備万端ととのえていたら、今月はひと月を一週間こえてもまだ来ない。
おおっ。ついにオレにも閉経というものがやって来たか。

と身構えていたら下腹部にどどどどーん、と鈍痛。

お、来るか、来るか、と待つこと二日。
今月もまた、やってきた。

血が流れ出す前の痛みが激しい。
流れ出すと痛みも和らぐ。

や、すみません。
ほんとうにびろうとしかいいようのない話。

という、おちなし、徳なし、得はもっとなし、の話でごめんあそばせ。


















写真は2013年の公園。ぼんやりと見えるのは我が家の三人のレディーたち。
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by kyotachan | 2018-05-17 01:32 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(6)

gain ou défaite ガン ウ デフェット/ 勝ち負け

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「勝ち組」「負け組」ということばをはじめて聞いたとき、
ものすごーくいやな気がした。

わたしは負け組だろうなととっさに思った。








気がついた。
「勝ち」「負け」の相手は自分なんだなって。

自分に勝つか負けるか。
そう思ったら自分には勝とうと強気になった。

今年をいい一年にしようね、と友人に言われて、
今年じゃない、今日をいい一日にしようと思いなおした。

今日一日、わたしは自分に勝った?

















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by kyotachan | 2018-01-09 01:51 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(4)

ce que j'aime スクジェイム/ 好きなこと

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わたしは今年五十二になるのだけど、
この年になるとさすがに、
自分の好き・嫌いくらいははっきりとわかるようになる。

なにをいまさら
とお思いかしら。

わたしはほんとうにお恥ずかしいことなのだけれど
この年になるまで「自分がほんとうに好きなこと」がはっきりしていなかった。

いつも「今は好きじゃないけど、この先好きになるかもしれない」という気持ち、
「今は興味が持てないけど、いつかはきっと興味が持てるんだろうな」という気持ち。

そんな気持ちを宙ぶらりんに抱えていて、だから、
自分がほんとうに好きなことってずっとわからないままだったような気がする。

十代の頃、母親や友人から、「スカートをはきなよ。きょうたにはスカートのほうが似合うよ」
とよく言われた。

短足なわたしがしょっちゅうGパンでいる姿を見て気の毒がり、
ほんとうにわたしのためを思ってのアドバイスだったのだろう。

はいてはみるのだ。
はいてはみるしそれを鏡に映して悪くないとは思うのに
出かける段階になっていつものGパンに着替えてしまう。

そしてわたしは思う。
今はスカートって気分じゃない。
でもきっとそのうちスカートな気分になるはず。
スカートを嫌いなわけじゃないもの。

大学生になった春休み、わたしは母親に頼んで化粧品一式を買ってもらった。

実家の近所にあったSフィーナの専門店で、基礎化粧品一式と、口紅、頬紅、アイシャドー。
お店のおばさんに化粧の仕方を教えてもらい、こてこての化粧顔で帰宅した記憶がある。

東京の大学生になるのだし、化粧くらいはしなくては。

そういう気持ちはあったのだわたしにも。
ただ、肌がそれを許さなかった。

三日後、大荒れの肌を発見。

そこからは、Kネボウ、S生堂、Kセー。
大手のものはほとんど試して、決まった法則があるかのように三日めに肌が荒れた。

あれれ。
お化粧、あわないの?わたし?

たいした後悔もなくわたしは化粧というものから遠ざかった。

それでも帰省のときに母親が周りの大人たちに「きょうたはお化粧とか興味のなかごたっとですよね」
などと言うのを聞くたびに

「いやいや、それは違うから。興味はあるから。ただ今は肌荒れしちゃうからしたくないだけで」
と思っていた。

東京で就職した。

ジュリアナ東京、と聞いてどのくらいの人がわかるだろう。
記録をたどってみたらそれは1991年から1994年までのたった三年間しか存在しなかったらしい。

ディスコ。
いま現在、この単語が生きているかどうかさえ自信がない。

その当時、あまりにも有名だったジュリアナ東京というディスコにはついに、一度も足を運ばずに終わってしまった。
いま思えば、東京というあの小さな空間に、あの時代にせっかく居合わせたのだから、一度くらいは行ってみてもよかったなと思う。

お立ち台、と呼ばれる場所に派手なセンスを振り回す、ボディコンドレス着こんだ女性たち。
何度もテレビや雑誌で見たあの光景。
全く、ほんとうに全く、そこへ行きたいという気持ちはわかなかった。

楽しかったディスコの思い出はある。
博多で過ごした浪人生時代に女子寮を抜け出して行ったディスコだ。

確か入り口で二千円だかを払うと飲み放題、食べ放題だった。

十種類以上のカクテルが並んでいた。
わたしははしから順番に飲んでいって、そして途中で気持ちが悪くなった。

博多で専門学校へ通っていた友人宅のトイレではいた。

大学時代に行ったディスコの思い出はまったくない。
行ったのに覚えていないのか本当に行かなかったのかさえわからない。

就職してからも相変わらずで、仲のいい友人とはバーで待ち合わせ。
そのあと居酒屋かすし屋、たまにフレンチかイタリアン、が定番だった。

でもこころのどこかでは思っていたのだ。
いまはこのスタイルが好きだけどそのうちにわたしにもディスコの時代が来るかもしれない、と。

結婚して子どもができた。

同時期に子どもを生んだ大学時代の友人が、
「最近はスカートをはく機会が増えてきてそれがうれしい」
というようなことを言った。

ああ、そうなんだあ。スカートねえ。ふんふん。

説明のできない不可解さがそこにはあったのだけど、
それが何なのか、わたしにはまるでわかっていなかった。

ずっと後になって、ああ、そうかあと気がついた。

わたしのその友人は確かに大学時代からスカートをよくはいていた。
下北沢に実家があって、高校は六本木。

絵に描いたようなお嬢さまだった。
ひらひらっとしたスカートがよく似合うのだ。

わたしは大学時代からずっとTシャツあるいはトレーナー、下はGパンに足元はバスケット。
一年を通じてそれがユニフォームのようなものだった。

就職してからもそのスタイルは維持したまま。
制服のある会社だったのから、通勤時の服装は自由だった。
あるいは自由だ、と思い込んでいただけのことかもしれない。

いい先輩に恵まれて「制服があるんだからどんな格好で出勤してきてもいいよ」と言われた。

夏など、会社に入る前にビルの入り口で部長にばったり会って
「きょうたさん、ビーチにでも行くんですか」
と言われたことがある。

いま思えば部長さんは最大級の皮肉をわたしに投げかけていたのだ。
それを「え、やだあ。ビーチなんて行かないですよお」と笑って返していた。
……もうしわけないです。あまりにもおそすぎる気づきですが。

いま思い返すと、わたしのスタイルは十代の頃から一貫していて、
それはつまり、子育てにものすごく適した格好をしていたことになる。

十代のわたしに「あんた、五十になっても今と同じ格好しちょるよ」と教えたら
きっとどんびきしよるやろな。

わたしはけっきょく、顔に色々と塗るのは性にあわず、
スカートをひらひらさせることも何か面倒で、
大音響の音楽の鳴る場所がついには好きにはなれなかったらしい。

あーあ。っもー、なんだかなー。

わたしって自分の好きなこと、十代ですでに知ってしまっていたんだなあ、ということを五十を過ぎて気づいた。

いやいや待てよ、
今後、びっくりメークにスカートが定番アイテムのディスコ好きのマダムに変身するかもよ。>まだあがく?



















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by kyotachan | 2018-01-05 05:28 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

bottes de pluie ボットドゥプリュイ/ 雨靴

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昨日の夜から降り出した雨。
今朝になっても降りやまず、午後からは雨足が強くなった。

十一月から十二月のクリスマス辺りまでは雨なことも多いのだが、今年は晴れの天気が続いた。

雨よりも晴れているほうが気分的には楽だ。

ただ、どこかで読んだ一節、
「雨が降ると『天気が悪い』というのはおかしい。ただ、雨が降っている天気というだけのこと」
という一文(うろ覚え)が、頭のどこかにひっかかって妙に納得させられしまった。

雨だからって悪いことは何もない。
雨が降るのは、特に雨量の少ないこの辺りでは、ありがたいことなのだ。

足先が冷えるたちで、だから雨の日には雨靴が欠かせない。
数年前にひざ下までもある雨靴を買ってからは雨の日の外出ががぜん、気楽になった。
靴底にはぽわぽわの温かいソールを入れて快適快適。

普通の靴をはいているときには気がつかなかったことなのだが、
雨靴をはいていると、ひざの辺りまで水しぶきがかかってくるのがよくわかるようになった。
ビニールだと雨粒がよく見えるのだ。

そうなると、上着とひざまでの部分、つまり太ももの部分がぬれてしまうのが気になってくる。
丈の長い上着を着ればいいのだが、あいにく雨の日に着たくなる上着を持ち合わせていない。

雨しぶきを受ける太ももを見つつ、こりゃあ次は漁師用のつなぎでも買うしかないな、とひとりで笑った。

















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by kyotachan | 2017-12-27 03:00 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(0)

s'excuser セクスキュゼ/ あやまる

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「きょうたちゃん、あんた、すぐにあやまってしまうけん、お父さんのしかりにくかーっていいよらしたよ」
母親にこう言われたのはわたしが中学生くらいの頃か。

何かにつけ、わたしがすぐにあやまってしまうから、父親がわたしのことを叱りにくい、
と父親が母親にぐちったらしい。

「え!なんね。じゃあ、あやまらんほうがよかとやろか」
わたしが言うと、
「母ちゃんはよかと思うけどね。すぐにあやまるほうが」。

というわけで、わたしは何かにつけてすぐにあやまる。
あやまる、という行為に対して抵抗がない。

あら、ごめんなさい。あ、どうもすみません。たいへんに申し訳ありません。
色んな場面で深く考えることをせず、ただただあやまってきた。

場所が日本からフランスに移ってもその習慣はずっと同じ。
わたしは簡単に「ごめんなさい、すみません」を口にしてしまう。

ただ、フランスに来てから気をつけていることはある。
まったくわたしのせいではない、という状況でひとりで興奮してそれがわたしのせいかのように罵声を飛ばすひとがいるのだ。
いわゆる、逆切れ?

これ、ことばがわからないうちは本当にやっかいだった。
あれ?わたし、何かしたわけ?とかん違いしてあやまってしまいたくなる。

だって、相手がなんでこんなに怒っているのか、わかんないもの!
習慣でつい、あやまってしまいたくなるの!

でもことばがわかってくると、あらまあ、なんなのこの人?
ひとりで興奮してひとりでどなってひとりで激昂してらっしゃるの?

なんだか知らないけど、わたしはにこやかにやり過ごすわよ。
しかし、ここまで怒りのエネルギーが爆発するってすごくね?
と冷静に相手を観察することになる。








フランス人日本人どちらにも、世の中にはわたしとは逆で、なかなかあやまらない人、という方もいらっしゃる。
わたしの友人にもいて「ったくもー、なんでひと言、あやまらんかなー」と思うことがまま、あった。

ただ、こういう人があやまるときには「お!あいつがあやまりよったぞ!」とひどく感激するのも事実。

思い返せばわたしの方は、何の考慮も哲学もはたまた信念のかけらもなく、
ただただ、そうしとけばよかっちゃろもん、の精神で簡単にあやまってきたなと思うことがある。

今になってみて、時々、自問してしまうのだ。
わたしはほんとうに、心からあやまっているのだろうか。
ただその場をとりつくろうための方便になっているのじゃないだろうか。









こんなことを考えているのはただいまフーフゲンカの真っ最中でして。
もう、簡単にあやまるのは、まっぴらだもんね、と思っているわけである。
わたしには謝罪する理由はないし、そんな気持ちはまったくわいてこないのだ。

いやあ、こんなときこそ、簡単にあやまっちゃうほうがいいんだよ~。
ココロの奥底から聞こえてくる声は今回はぜったいに聞こえないの!

















写真は五月後半のニースの海。
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今のビーチはもっと混み混み……。








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by kyotachan | 2017-07-25 01:54 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(7)

guerre tâches ゲータッシュ/ シミ戦争

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若い頃から日焼けに関しては完全に無頓着に徹してきた。
食用のオリーブオイルを塗りたくって実家のベランダに寝っころがっているときには
母親に「それだけはやめた方がいいのではないか」と心配された。

顔中、そばかすだらけだったのだが、いつしかそれはシミとなり、老斑と呼ばれるものになり、
まあそれでもそれを気にするわけでもなく今まで生きてきた。

たまに見かける日本人観光客の、その肌の白さに心底びーっくりし、
なになに、日本人の肌って、あれが普通なわけなの?とひとりごちる。

あるいはある女優さんのブログ記事に載ったお出かけ写真、
黒い幅広帽子にひじまである黒い手袋、もちろん全身どこも空気に触れてません!
キャプションは「あまりにも暑いからアイス~」
みたいのを見ては、
まじっまじっまじっまじっまじっ
とおののいていたんである。
もしこれが日本人の夏のお出かけスタンダード姿だとしたらすごすぎる。

この人ってさ、この人ってさ、死ぬときに、「ああ、わたしは顔にひとつもシミを作らなかったわ……」て
喜びに包まれて死んでいくんだろうか。
って、つまりはわたしはそういう人たちをばかにしていたのだ正直。

わたしの使っている化粧品は、といっても化粧品と呼ぶのはおこがましいほどのもので、
医者でくれる乾燥肌用のクリームをとても気に入って顔から全身まで塗りたくり、
それで充分に事足りていると満足していたのだった。

そんなある日、ひやかしで入ったはちみつ専門店で、キャンペーン中だという「しみ用のクリーム」をすすめられた。
「だってマダム、ここに、シミ、ありますよね」
若い店員の指差す先はわたしのみぎほっぺのちょうどまん中あたり。

ええええ、ありますともありますとも、そのへんにねえ、大きいのがべったりと。
それはほら、若い女優さんが老け役をやるときに、顔にシミをほどこして老け感を出す、
という手法があるでしょう?
あんな感じのシミなのよ。いや、もう、ほんとうに。
老け顔をつくりたいなら、シミ、ここ!な位置。

今だけキャンペーン中でほんとうの値段から二十ユーロも安いんだって!

あらやだ。じゃあ、試してみようかしら。

だってここ数年、クリーム代はほとんどゼロで来ているんだもの。
五十オンナがシミに効くらしいクリーム買ったって罰はあたんないよ。

若い店員さんは
「お使いになったあとの感想を、ぜひお聞かせくださいね。
だってこのクリームは発売されたばかりで、マダムが最初のお客さまなんですから」
などとのたまう。

これはもう、塗った瞬間にシミが消えてもおかしくないような言い草ではないか!

期待感に包まれつつ使い始めて、およそひと月半で使い切った。
結果は……、全くの変化なし。

なーんだよー。
あの言い方はないよなー。
ったくよー。

そう思いつつ、まあこんなものかと思ったのだが、
それがきっかけで、それまでなんともなかった顔のシミがにわかに気になりだした。
どうにか、消す、ことはできぬとも、薄くできぬものか。

そんな時、今度は日曜日の新聞におまけで付いてくる女性誌の中にこんな記事を見つけた。
ロングセラー商品をいくつかピックアップしてそれらを紹介してある。

「ほかの製品は肌を乾燥させることに重点をおいているのに対して、これは bouton ブトン を成熟させて速攻にはぎとることができる。
衝撃的、しかしおそろしいまでによく効く」

これは写真右の PAYOT という製品。
わたしはこの紹介文を読んで、わたしの右ほほにあるシミがとたんに吸い取られてなくなってしまうところを想像した。

そして間髪をいれずインターネットで探してその場で注文。

三日くらいで到着したそれは、まず、おそろしく小さな瓶に入っていた。
中はクリームというよりも、むかーし遊んだ、粘土、あの粘土にそっくり。
手ざわりといい、匂いといい、あの粘土を入れたのでは?と思うほど。

寝る前にシミの上にのせるように塗る。
粘土状だから、ふとんに付いたらふとんが汚れてししまう。

数回使ってみたものの、
シミには何の変化も見られない。

そこではじめて家族に相談するばか(ここにひとり)。
そして bouton ブトン とは「吹き出物、にきび」であって「シミ」ではないことが発覚するのだった。

えーっ!

驚くわたしに、いっそう驚く家族の顔。
長女にいたっては「ママ、ばかすぎ」と言ってはならないことまで言う始末。

これはにきびで悩む長女と次女へ払下げ。

おまけにずっと前に試供品でもらった
「ROLL ON COLLAGENE REGARD Anti-Poches Anti-Cernes」
というのを「これはシミ用だな」とシミのところに塗りこんでいた。
これは下に英語で
「Anti-Puffiness Anti-Dark Circles 」
とあって、Dark がわたしの頭の中では「シミ」に自動変換されたと思われる。

おわかりだとは思うがこれは「目の下のクマ消し」。










家族に散々にばかにされ、オレは人生五十にしてなにをやっちょるんじゃったく、
とちょこっとだけ落ち込み。

そんな折、夫が薬草やさんに用事があるというので付いて行った。
そこで「キミは?何か必要なもの、ある?」と聞いてくれたやさしい夫。

ここのところ、頭の中はシミのことに占領されているからもちろん、
「あの、シミに効く何か、あります?」
と聞いてみた。

そしてすすめられたのが写真左のオイル。
使いはじめて今日で一週間。
なーんの変化もありません。

シミ戦争、まだまだ続く模様。
















guerre ゲー が戦争、tâches タッシュ がシミ。造語です。
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by kyotachan | 2017-05-22 23:30 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

un dimanche アン ディモーンシュ/ 日曜日



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三女が十三歳になった翌日の日曜日は大統領選挙の投票日。
今年は長女にも選挙権があり、父親とふたりで出かけた。

出かける直前まで候補者たちの写真を居間のテーブルに並べて誰に投票するか迷っている様子。

なによ、まだ決まらないわけ?
パパの投票する人にすれば?

ちゃちゃを入れつつ、自分で決めたいらしい姿に笑ってしまう。










次女は早朝からダンスのコンクールへ出かけた。
通っているダンススクールが毎年挑戦しているコンクール。
いつも遠隔地であるのに今年は幸運なことにニース市内。

今年は次女がソロと団体のふたつに、長女は団体ひとつに参加。
二週間のバカンス中はほとんど毎日(!)練習だった。










長女はバカンス中に自動車教習所のコード試験に受かり、
それも間違いゼロという、快挙で受かり、運転教習をはじめた。

不幸なことに運動神経はわたしの血を引いてほどんどゼロに近いから
どうなることかと思っていたけど、今ののところ順調に進んでいるらしい。
なんとなんと、モナコまで運転したのだって!

まじでっ?あんたの後、渋滞してなかった?

……、さすがにちょっとね。

はははっ。









もうひとつ、笑えるところでは
長男が偏平足なことが発覚した。

まじっ???

かっちょわるー笑
















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by kyotachan | 2017-04-23 22:23 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(3)

bises (bisous, biz) ビズ

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子どもたちが出かけるときにはビズがお決まりのごあいさつ。




うえの三人は省略して口頭で「ビズ、マモーン!」と言ってでかけてしまうことも多い。
そんな中、三女だけは今も律儀にわたしのところへ来てくれてビズしてくれる。

くちびる、鼻、おでこ、と三段階方式も相変わらず。
ちょっと老婆心が働いて「くちびるに、五回して」と言ってみたら
これもまた素直に「チュ・チュ・チュ・チュ・チュ」とやってくれた。

そのくちびるのやわらかさに知らずうちに顔がゆるんでしまったらしい。

「ママったらなんて顔しているの!」

そう言いながら、三女もなんだかうれしそう。




















三年前の(多いな三年前)次女(手前)と三女。
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双子に間違われることがあるらしく、「ええーっ!」と思っていたけど似ているかも。






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by kyotachan | 2017-03-29 16:19 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(0)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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