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2019年 04月 05日 ( 1 )

未来にふく風 <23>

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電気が切れたのはちょうど学校のバカンス中のことだった。
その日アルバイトから帰ると、子どもたちが所在なげにいる。

夫がキャンプ用のランプを四つ、どこかで調達してきたのを見て、ああこれは長期戦になるのだなと思った。

わたしはどこかでわかっていたのだ。
電気代の一部だけを支払ってなんとかつないでいてもらっていたことを。

数年間のつけがたまって今度の今度は全額支払わないと電気の復旧はありません
と言われたようだった。

夫を責めることはしまいと決めた。

お金がある時にそれを請求書のほうへ回すかわりに
わたしたちを旅行へ連れて行きたいと思う人なのだ。

何を言っても「家族のためにそうした」と言うに決まっている。
実際に夫は自分のために使うことはなく、家族のために使ってきた。

ギャンブルですったわけでも酒代やタバコ代に使ってしまったわけではない。

その使い方は時にわたしの意志にものすごく反していて腹の立つことも多かったが
何を言っても馬耳東風。そうやってここまで来たのだ。

夫の経済力のなさを責めるより自分の経済力を見直さなくてはならないのはこのわたしの方だと思った。

不思議なことにわたしはこころの中でほっとしていた。

こんな時期をわたしたちはとおの昔に経験していなくてはならなかったのだ。
人生のどこかで、こんな時間を過ごさなくては割が合わないはずなのだ。

それが今、ということにものすごく感謝している自分がいた。
十月中旬でちょうど暑さがひいたころで、本格的な寒さはまだやってきていなかった。
ありがとございますありがとうございますとお題目のようにこころで唱えた。

電気がなくて何がいちばん困ったかというと、電話機の充電だった。
いまや我が家でも家族全員が携帯している。

長女は停電してからこちら、できるだけボーイフレンドの家に行くようにしていた。
そして長女は毎日夫に電話をして「電気はいつもどるのか」とつっていていたらしい。
大学の授業はほとんどがPCを使うから電気がないとやっていけないのだ。

わたしはアルバイト先で充電。

夫はした二人の電話機を持って図書館へ行き、そこで充電した。
これがけっこうやっかいな仕事だった。

洗濯はコインランドリーへ、食事は食べるたびに買い物へ行く。
忙しいことこの上ない。ただ、普通の生活を続ける方法はあった。

風はクリニックに入院中で不在だし、長女の海もほとんど家にいない。
わたしは下ふたり、結と空の三人でよくお腹を抱えて笑ったものだ。

オセロをしては大笑いし、今日はこんなことがあったといっては大笑いした。
笑わずにはいられなかった。

そして時々発狂しそうになるふたりを背中からさすってやった。
すごいね。わたしたち。二十一世紀のど真ん中で、電気なしで生きてるなんて。それにまだ、気が狂ってもいない。
この先、どんなことがあってもたいていのことは乗り越えられるよ。

おもしろいことに三人の娘たちはみんな、
「風がもし家にいたら、パパは風のためにすぐに電気がつくようにしたはず」
と思っていることだ。

そう言われて、あ、そうなの?いやそうかもね、とわたしも思った。
夫にとって風はそのくらいの存在なのかもしれないね。

わたしは十年日記にふたつの線を引いた。
一本には「風の入院」。
もう一本には「停電」。

このふたつの線はどこまでもどこまでものびて行った。

















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by kyotachan | 2019-04-05 15:33 | なげーやつ | Comments(6)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族