2017年 03月 05日
s'enlever ソンルヴェ/ はがれる

東京の会社で働いていたとき、Bさんという先輩がいた。
一見、ものすごく派手。
実際、ものすごく派手好き。
化粧が、けばい。
ヘビースモーカー。
当時のわたしと言えばまるこちゃんカットに生まれたままのまゆ毛。
ファンデーションのファの字も知らないいなかっぺ丸出しの女の子。
わたしとは正反対な人だったけれど
話をするのは楽しい人ではあった。
社員旅行があって、はじめて彼女のスッピンを見たときには、どきん、とするほど驚いた。
まゆ毛はほとんどなし。
肌はニコチンに焼けてくすんでいる。
目はほとんど一重で白目さえにごって見える。
口紅をぬらないくちびはどす黒く、同じくちびるとは思えない。
一瞬にして色んな情報が脳を刺激してきた。
本人にしてみたら年に一度、自分のスッピンを披露することを楽しみにしていのか、あっけらかんと笑っている。
わたしは同一人物とは思えないほどの彼女の豹変ぶりが恐ろしかった。
ほんとうの顔が、これっ?
まじでっ?まじでっ?まじでっ???
うっぞ======!!!!!
翌朝、いつもの厚化粧Bさんを再発見したときには心底ほっとしたのを覚えている。
ああ、よかったあ。
ほんとうにそう思った。
彼女のスッピンを見るのはわたしにはあまりにも辛すぎた。
あれからもう、三十年ほどが経とうとしている。
時々、Bさんのことを思い出す。
どうされているのかなあと。
不倫のはてに結婚されたと風のうわさに聞いた。
相手はわたしも知っている会社の設計部にいた人だ。
いや、わたしの気になるのはそんなことじゃなく、
Bさんは今もあの厚い化粧を自分にほどこしているのだろうか、ということなのだ。
当時はずいぶんと年上に感じたけれど今思えば年の差は数年だったはず。
つまり彼女は今、わたしと同じ五十代を生きているはず。
はがれる、ということがわたしはものすごく苦手なのだと最近気づいた。
化粧がはがれるのが苦手だから最初からそんなものはしないほうがいい。
口紅さえも、ぬれば少しは明るい顔になると思いながら
それのはがれたときのことを想像して、それさえも面倒くさい。
髪の毛を染めるのをやめてしまったのだって、それがはがれるときのみにくさに耐えられなくなったからだ。
髪の毛さえ白くなければもっと若く見えるのに、
長女にそういわれてどきん、とした。
そうなんだよね。
でもいつかははがれてしまうものだから。
わたしはこのままがいいの。
言い方を変えれば美に対する努力をまったくしない人だとも言えるかもしれない。
いや、きれいでありたいとは思うけど、はがれてしまうものを塗りたくるのは苦手なだけ。
ストッキングをはこうとしてささくれだった指に引っかかり電線させたことがある。
新品だったけれど、すでにやぶれてしまったそれをはく気にはなれず当惑した。
ストッキングが苦手なのも、同じような理由かもしれない。
若い人に圧倒的に多いのだけど電線したストッキングを平気ではいていたり
はげた口紅をさらして明るい笑顔をふりまいている人を見ると
こんな感じでいいんじゃないのお、という思いになることがある。
その一瞬先に、いや、わたしには無理、とも思う。
母親の生前、母親とBさんのことが話題になったことがある。
母親の友人にもBさんタイプがいるらしく、
「そん人、化粧しちょったら、びっくいするくらい美人やろもん」
と言う。
「そうそう、もうね、めちゃくちゃ美人なんよ。髪の毛も長くてさらさらで」
母親が即、共感してくれたのがうれしい。
「化粧、ったあ、言うたもんよね。化ける道具やもん」。
いやほんと、その道具を駆使できないわたしはある意味、人生の中でものすごく損をしているのかもしれない。




久しぶりに記事を書いたら、すっかり環境が変わってしまっている。
テンプレートの変更さえままならない。
使いにくい。慣れることはできるのか?