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九年という時間


『長女の誕生』 は、『母親の死』 と抱き合わせの関係にある。 母親が、肺がんの末期と診断された時、わたしは長女を妊娠中で、里帰りするのを心待ちにしている時だった。 あと二ヶ月もすれば、佐世保に帰る。 思いっきりおかあさんに甘えよう。 そう思っていた。 

そんなある日、父親からの電話。
「おかあさんが、『肺がんの末期』 で、余命三ヶ月と診断されたから、明日にでも帰ってきなさい。」
元外科医の父親の、あまりにも直接的なことば。
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わたしは、床にうっつぷして、泣いた。 



翌日、父親に言われたとおり、帰省。 ふたりの兄たち、長兄の奥さんも帰ってきていた。 母親は、その前日まで、毎朝一時間のウォーキングをしていた。 しばらく前から、咳が出ていて、気になるなあ、と思ってはいたらしい。 肺の半分が真っ白。 こんなになるまでなぜ放っておいたのか、と医者に叱られた、と困惑ぎみに言う。 わたしの目は真っ赤にはれ上がっていた。 みんなでお寿司をつまんだ。 
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看護婦だった母親は、大きい病院に行って、検査漬けになるよりも、近所の個人病院にお世話になることを選んだ。 母親は、がらっぱちの、正直だけれど、繊細さに欠ける、この医者を気に入っているらしかった。 医者は言った。 
「赤ちゃんが、先か。 おかあさんが、先か。」
余命三ヶ月と言われていたから、わたしの出産予定日とちょうど重なるのだった。 不謹慎な医者、そう毒つきながらも、あまり腹は立たなかった。 母が死ぬ予感など、まるでなかった。
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母親は、とても元気だった。 わたしが無事長女を出産し、その一ヶ月後、ダーリンのもとに戻るまでは。 数ヵ月後、母親に呼ばれて、再度佐世保に帰ったときには、まったく違う母親がいた。 すっかりやせ細ってしまっていた。 ついこの前まで、太りすぎを気にしてウォーキングをしていた母親が。
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その病院は、わたしに言わせると、清潔とは言いがたく、また過ごしやすいところでもなかった。 ここで死なせたくない、そう思った。 家に連れて帰りたい。 大学病院で婦人科系のがん患者と向き合っている長兄は大反対。 なんば考えとっとやおまえは。 あほとちゃうか。 死とは、そう甘いもんじゃない。 おまえは死をなんだと思っているのか。 おまえに看きれるか。 どなられた。 それでも、引き下がらなかった。 看る。 看るから。 おねがい。 おかあさんを家に連れて帰ってきて。 それが、どんなに悲惨な結果になろうと、病院で死なせるよりはましだと思った。

長兄は母親にどうしたいか、聞いた。 
「そりゃあ、家で死ねるのなら、家で死にたい。」
長兄はなにも言わず、母親を連れて帰ってきた。
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朝。 起きると、母がいる。 ああ、いた。 おかあさん、おはよう。 ほら、おばあちゃんだよ。 おはようございます。 今日もまた、痛みとたたかうおかあさんを見なくてはならない。 おかあさんはもう一日、苦しむんだ。 そう思って泣いた。 

夜。 ああ、今夜こそ、今日の夜こそ、おかあさんは死んでしまうかもしれない。 とうとうこれで、お別れだ。 でも、もういいよね。 いっぱい苦しんだもの。 おかあさんが、これで痛みから解放されるのなら、それはそれでいい。 そう思って泣いた。 それの繰り返しだ。 

一日。 もう一日。 さあ、もう一日。 朝。 夜。 朝。 夜。 わたしたちは、ともに、『死への道』 を歩いていた。 

おかあさんはわたしの親だ。 わたしはおかあさんの子どもだ。 わたしがおかあさんの死を看取るのは、至極自然で、当然のこと。 もしわたしがおかあさんより先に死ぬようなことがあったら、それは大惨事。 これはわたしの人生の中に起こる、普通の出来事なのだ。 母を失おうとしている自分に、何度も何度も言い聞かせた。 自分をなぐさめるために。 自分を奮い起こすために。 

ガン宣告を受けてから、十ヵ月後に、母は逝った。 あまりにも短いと言えるかもしれない。 しかし、痛みとたたかう母の姿を思い出すと、それは、とてつもなく長い時間でもあった。
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そんな生活の中、長女はすくすくと大きくなった。 暗くて、沈みがちな家の中に、いつも笑いがあった。 笑わずにはいられない要因が、いつもあった。 ほんとうに、どうもありがとう。 長女がいてくれたおかげで、わたしたちが、どれほど救われたか。 
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わたしはお祈りを始めたばかりだった。 命とは連続してそこに存在するのだということをあとから知った。 わたしたちは生と死を繰り返す。 それは決して 『生まれ変わる』 のではなく、『連続としてその命が存在する』。 母の命はこのとき、『死』 という状態になったけれども、それは 『生』 という命と同じように、この宇宙に溶け込んでいるだけのことだ。 
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九年たつと、赤ちゃんだったニンゲンは、このくらいに成長するのだね。 近頃は、ユーゴという男の子の名まえが会話の中によく出てくるようになった。 カラッと遊んでいる様子がとてもほほ笑ましい。
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たくさんの友人たちに、長女の九歳の誕生日を祝っていただいた。 
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長女はすばらしい、とたくさんの方々に言っていただく。 ほんとうに、すばらしい人が、我が家にやってきてくれたものだと思う。 生まれたときから、こんなにもわたしたちを助けてくれている。 これからも、もっともっとわたしたちに、希望の光をふりそそいでくれることだろう。
生まれてきてくれて、どうもありがとう。 これからも、どうぞよろしくね。
Commented by bebecat at 2007-06-19 18:54
泣いちゃった。
お母さんすっごい幸せだったね、じゃあ。
死にたい場所で死なせてもらって
娘に見取ってもらって。
なんて幸せな死に方させてあげたんだろうって
思うよ。
よかったね。
Commented at 2007-06-20 02:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nami at 2007-06-20 05:27 x
ウチの父の闘病は、もう三年目。去年の秋までと言われた命も、ちゃんと冬も春も越して、もう夏だよ。
カンカンの誕生日まで。甥っ子の誕生日まで。姪っ子の誕生日まで・・と日々願っている。
Commented by amazing-charko at 2007-06-20 09:39
わしもここ数年で、親が確実に歳をとってきて、死に近づいてきてるな、と思う年頃になってきて、親の事をよく思うようになってきた。覚悟しなければいけないのだけど、受け入れられない、けど、その日は必ずやってくる。最後まで心配じゃなく、あ〜幸せだった、て思って死んでいってくれたなら、残された私たちの悲しみも救われるのだろうか?
Commented by kyotachan at 2007-06-20 18:10
bebecat さま
母と一緒に過ごした この 短い 時間のこと を 思うとね ほんとうに わたしは 運がよかったのだなあ と 思う
夫を放ったらかしにして 母についていられたんだもの 新聞も読まなかったの 新聞 読む時間あったら からだ さすってあげよう と 思って うふふ 死んだ時の顔 おだやか~で ほっとしたよ ず~っと 痛がって 苦しい顔 していたから
Commented by kyotachan at 2007-06-20 18:17
みぃ さん
みぃさん みぃさんは 佐世保市にしかおらんて! いんやあ このPCの画面の向こうにみぃさんがおるて思うと 感激通り越してなんかもう涙でそう ただ見で帰ってくれんでよかった! どうもありがとう! まさよ? そうかーまさよは暇そうやったから時々連絡しよったかもしれんねー 彼女は相変わらず? みぃさんの子どもはウチの子達よりずいぶん年上やろ? 妊娠中に見せてくれたまっしろーくてぱんぱんにはったおっぱいまだ覚えとるよー また来てねー コデラさん やったっけ? ご主人とその弟さん お元気? 懐かしくて ぷぷぷ 思わず 笑ってしまう
Commented by kyotachan at 2007-06-20 18:20
nami さま
お父さんの闘い まだ 続行中なんだよね 離れているから 気が気ではないでしょう 
お父さん まだまだ 生きたい て 闘っておられるのだろうね 祈っています
Commented by kyotachan at 2007-06-20 18:25
amazing-charko ちゃん
ちゃーこちゃんの おとうさん おかあさん の 幸せ て ちゃーこちゃんが 今のご家族と しあわせーに 暮らしている姿 そのもの だろうね ちゃーこちゃんが幸せなら ご両親 安心して 安らかにいられるでしょう
残されたわたしたちは うんでくれた 両親に感謝して いま ある 命を 精一杯 使い切ることで 悲しみを 乗り越えるのだろうか んー どうだろうか
Commented by kyotachan at 2007-06-21 18:22
みぃさん
みぃさん がきこめ だったのね 今 気がついた 名まえ ばりばり 出してしもーた よかったかな ? こりずに また 来てね
Commented by raizo at 2007-06-25 23:14 x
何度も どろぼうのごて帰って ごめん
初コメント 残すよ~
写真、懐かしかった・・・ お母さんの顔も覚えとるよ
一度だけ 佐世保の家に 遊びに行ったね
Commented by kyotachan at 2007-06-26 18:20
raizo さま
あはは やあやあ やっと 来てくれましたか いらっしゃーい 
そうそう アオキ と アオキの夫 なんだっけか ? と 一緒に泊まったんよねー あのふたり どがんしよーとやろか ?
Commented by raizo at 2007-06-26 21:40 x
おっ ちゃんと読めとるやん
えーと、 ヨハン ね
二人はまず唐津にやって来て、それから一緒にバス(今はもう廃止になった路線)で佐世保へ  博多駅に着いたアオキは駅員さんに「これから福岡までどうやって行けばいいんですか?」て聞いたとよね  ぷぷぷ・・・笑
そんなアオキも 2児の母~
Commented by kyotachan at 2007-06-27 17:38
raizo さま
なーに ばーさんみたいなことを あんた ほんま 現役会社員 ?
お ? アオキ たち こども つくったん ? そっかー そうよねー え ? ニッポン に いるん ? 
by kyotachan | 2007-06-18 20:54 | お い の り | Comments(13)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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