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遠いところにあるとき、近いところにあるとき(LBGTQ)。



たまたま無料動画サイトでみつけて、見た。

何の予備知識もなく、三十分くらい見たら寝よう、くらいの気持ちで見始めたのだが
結局は二時間くらいの映画を最後まで見てしまった。

LBGTQ や子育てに関する問題などをテーマにしている。

トランスジェンダーの役を生田斗真さんが、その母親を田中美佐子さんが演じる。
中学生の斗真さんにブラジャーを買ってきた田中美佐子母が、ニセ乳なるものを作るシーンがある。

「これはゼッタイにうそだ」

と感じた。

映画のウキペディアをのぞいたら
『我が子に「ニセ乳」を作ったというエピソードが載った新聞記事に着想を得た荻上直子監督が、母親に取材をしたのが映画制作のきっかけである』
とあってびっくりした。世の中にはほんとうにふところの深い母親がいるものだ。

この田中美佐子さん演じる母親はトランスジェンダーであるところの生田斗真さんをを「わたしの娘」という。
そして小学生に向かって「たとえあなたでもわたしの娘を傷つけたら承知しないからね」と言い放つ。

田中美佐子さんと逆の立場を演じるのが小池栄子さん。

生田斗真さんを「おかしい人」という。
そして小学生の息子がゲイであると知るや息子に「あなたは罪深い人」という。

映画の中ではわかりやすい悪役の小池栄子さん。
しかし世の中のほとんどの人は小池さん側にいるのだと思う。わたしも含めて。

この映画を見るまではわたしは LBGTQ に関して何の偏見は持たないと思っていた。
オトコだとかオンナだとかそれほどの違いはないのだし、と。






我が家の長男は自分は B だと公言している。
いまのところ彼が B であるところへの不満は何もない。

正直にいうと自分の息子が B であるところへの苦悩をわたしが理解しているとも思わない。
女性と男性の両方を好きになることになんの苦悩がともなうの?わたしは依然として無知のままだ。

B であることと統合失調症であることの相関性もわからない。
たまたまであるのかふたつが関わっているのかよくわからない。





おとといだったか。
夫が「長男のあたらしいオンナトモダチが来てるよ」という。
長男の部屋で一緒に寝ているという。

日本語にするとわざわざオンナトモダチなどどいう言い方になるが
フランス語には便利な女性名詞、男性名詞のシステムがあるから
普通に話すだけで最初からオンナであるかオトコであるかわかってしまう。

「あたらしいオンナトモダチ」とは一体なんぞや。

わたしはどこから来るのかわからない不快感におそわれた。
それを察したのかどうか夫が付け加える。

「オンナトモダチっつってもガールフレンドじゃないよ。友人のひとり、というオンナトモダチ」。

ますますわからない。
ガールフレンドじゃないオンナトモダチが長男の部屋に泊まる。

これってわたしの常識外。
かなり非常識なことだ。
つまりわたしの気には入らない。

「どういうこと?結(次女・17)や空(三女・16)がボーイフレンドじゃない
友人の中のひとりのオトコトモダチの家に泊まったら、それって普通のことなの」

夫に問いかけるも何かあいまいな答えがかえってくるだけ。

夫は自分の息子が B であることを受け入れがたく思っていて
だから息子の部屋で寝ているのがオトコトモダチじゃなくてオンナトモダチだった、
ということだけで安心しているように見える。

その日の夕方夫から電話がある。
「今日の晩ごはん、そのオンナトモダチと一緒にウチで食べてもいいかって風が聞いてるんだけど」。

は?
この不快感は何。

「それって風本人がわたしに問い合わせることじゃない?」。
「ああ、そうなんだけど、いま、どうしているか電話してみたらそんなことを言っていたから」。

夕方、風は家に戻る。
わたしに晩ごはんの打診をする。

「オンナトモダチと一緒でもいいかな。今日の晩ごはん」
「オンナトモダチって、ガールフレンド?」
「違う違う。友人、という意味のオンナトモダチ」。
「……、いいよ。普段どおり七時ね」
「ああ。……、ぼくたちだけ少しおそい時間に食べる」。

ああなんか、ものすごくいやな気分。
統合失調症の子どもはその行動を常に尊重されないといけないのだろうかほんとうに。

その日、というのは昨日なんだけど、大学の授業開始が一週間延びたせいで次女が帰省していた。
だから次女の好きなコロッケを揚げようと決めていた。

事情をすばやく理解してわたしのこころを代弁してくれるのはいつも長女。

「風が?何?後でふたりで食べる?コロッケはとっておくことないよ」。
「自分勝手に夕飯の時間に戻らないなら自分でつくろって食べるべき」。






晩ごはん。
長女のボーフレンドも加わって六人。

風には四個、取り分けて置いた。
久しぶりに作ったコロッケはおいしくて、食卓にのせた分は全部はけた。

「風の分はあるの?」

夫が聞く。あいまいにうなづくわたし。
長女がわたしにちらりと視線を送ってくる。







風がオンナトモダチと帰宅したのは夜の八時半ごろ。
ひと目でオンナトモダチとは元オトコだったことがわかった。

夫は寝姿を見て女の子と見間違ったようだ。
そして長男にとってみたらその子は間違いなくオンナトモダチなのだ。

金髪でスレンダー。
赤いミニのワンピースを着て足のつめも赤くぬっている。

バンダナを巻いた頭。夜だからなのかひげがうっすらとのびている。
それよりも何よりも男の匂いがする。

「オトコじゃん!」

とっさに思った。
小池栄子の言った「おかしな人」「罪深い」ということばがよみがえる。

そしてこの人は生田斗真なんだよと自分にいいかせる自分。

頭では理解しているつもりなのにそれが近くにあると感じてしまう違和感。
ごめん。わたしは田中美佐子にはなれない。

わたしは一瞬で、自分にはぬぐいきれない偏見があるのをはっきりと自覚した。







楽観主義でいうと「でもこれって慣れの問題では?」とも思う。
わたしはまだ慣れていないのだ。

だってわたしにとってはまったく未知の世界なんだもの!

頭の中では理解したつもりになっている。
これからはそれを実生活で体験して慣れていくしかない。

からだとこころが不一致だったら
それこそ不便なことだらけだ。

一致させて当然なのだもの。

がんばれ。
Tの人たち。そしてその周りの人たち。















こんな長いの誰が読むの。読んでくださってありがとうありがとうありがとう。
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もうね、色々と面白がって生きていくしかないことばかり。がんばれわたし。








Commented by さなえ at 2020-09-09 06:19 x
そうそう、ガンバレワタシと自分を叱咤激励して生きていくしかないのよね。
それにしても驚く事って次々にわき出てきますね。
Commented by kyotachan at 2020-09-09 22:18
> さなえさん
コメントしずら~い記事にコメントありがとうございます。
さなえさんのブログを読むとわたしってまだまだひよっこだったということを思い出させてくれます。元気がでる~。
驚くこと。いちばん驚くのは自分のことを田中美佐子側だと信じていたことです。問題が遠くにあるときにはわたしはものすごく寛大でものわかりがよい。近くにくるととたんに偏見に満ちた自分を思い知らされる。がくっ。オレってこんなんだったんだ!驚きです。
でもここからがはじまり。LBGTQ なんて名前がつく前からその悩みを抱えていた人たちはニンゲンが存在してからこちら、ずっといたはずですよね。どんなにつらかっただろうと思う。わたしはその人たちを認めることはできる。ただ慣れてないだけ。慣れる。慣れてやるー。一緒にふつうに生きていきたい。
Commented by helebore at 2020-09-09 23:35
うわー、わたしも実は似た体験があって。。きょーたちゃんと色々話してみたいわー。
もうなんだかわからない世界だから、どう理解していいのかさえも分からずずっと佇んだまま来てしまっていて。

そうそう、別の話だけど私も
人種差別とか絶対ないと思っていたのに、韓国にいるときに通った語学教室でベトナムの人と一緒になったとき、あ、自分はすごい差別の心がある、と気づいたことがあります。。。自分にショックでした。でもそのあとベトナムに旅行に行ったら、その気持ちは払しょくされて、人も文化も大好きになったのだけど。。。

人生って本当に不思議だよねえ。
わたしもいつかは心から納得したいと思いつつ、まだ府に落としきれてないです。この気持ちをどうしたらいいんだろうね。。
Commented by tchiguma at 2020-09-10 06:23
読んでいてすごく面白かったです!と言うと語弊があるかもしれないけれど、きょうたちゃんさんの心の揺れとか・・・。オトコじゃん!のところでは思わず吹きだしてしまいました。ほんとうに正直な方で読んでいて気持ちがいいです。私も自分で自分を田中美佐子側だと思っているけど確かに息子の部屋からひげ生えたブロンドが出てきたらまだ美佐子でいれるかな・・・
Commented by TAKU at 2020-09-10 19:11 x
自分もLGBTQは若い時から気になっているワードです。
実際に自分がどう反応するのか全く想像がつかないです。
島国で育っているし、昭和の人だからなぁ。

社会人になって、会社の先輩にゲイバーに連れて行ってもらったことがあるのを思い出しました。
入り口はオドオドしましたが、席についてくれた方と話していて、男性とか女性とかあまり感じない印象の良い方だったのは覚えています。外見はとても格好いい男性でしたが、女性に興味がないのもあり、すぐ打ち解けて話したと記憶しています。

映画の予告を見て、本編が見たくなりました。
今週末日本で封切られる「窮鼠はチーズの夢を見る」も気になってます。
Commented by esiko1837 at 2020-09-10 20:17
こんばんは。
本当に正直すぎる人ですね、kyotachanって。
こういう風に心の内面を書いて表に出すことで、少しは整理できたのでしょうか。
映画は他人ごとだから見終えたら切り替えは出来るけれど、目の前の現実は簡単に切り替えは出来ないですよね。
子供たちの個性を尊重して受け入れるしかないと頭では思っていても、そう簡単なことではないですよね。
しかも、自分は理解している方だと思っていたでしょうから、ことさらだと思います。
長い時間で見れば、子供たちはそれぞれ巣立っていくのですから、巣立っていった時点で親の責任はほぼ終わり、自分で考えて無事に暮らしていってくれと、割り切るのが理想かもしれません。
とはいっても、そう簡単ではないし時間がかかるでしょうが、ファイト!です。
Commented by kyotachan at 2020-09-10 22:33
> heleboreさん
いつも共感のコメントをいただく気がする。ものすごく励まされます。どうもありがとう。
ここのところ、この出来事がなかったらわたしは自分のごう慢さに気づかなかっただろうな、と思うことばかり。長男の病気しかり、友人たちの姿しかり。
人種差別なんてわたしがするわけない!と思い込んでいるけど、ほんとうはものすごく蔑視していたりしてね。うわー、わたし、なに?てびっくりしたりして。
もっともっと色んな人たちに出会うことが必要なのかもしれない。もっともと色んな人たちに慣れていくことが必要なのかもしれない。いやあほんとほんと、色々、話してみたいです。
Commented by kyotachan at 2020-09-10 22:42
> tchigumaさん
面白かった、といわれてめちゃくちゃうれしい。ちぐまさんて、わたしの中ではハイレベルな読書オリーブ少女なんですよねー。インスタで見かけた本がわたしには難解レベルだったので。そして雑誌のオリーブも愛読しているような。あはは、勝手にすみません。
あ、そうでしょう?自分は田中美佐子だと思うでしょう?この映画の中ではこの母親の葛藤しただろう時期が気持ちいいくらいに割愛されているんです。息子に生まれた子どもが娘だったとわかったとしてそれを簡単に受け入れる母親なんていないと思うんです。楽しそうにブラジャー買ってくるかい!てつっこんでしまいました。この映画、おすすめですよー。機会があったら見てくださいね。
Commented by kyotachan at 2020-09-10 22:47
> TAKUさん
ゲイバー。わたしも新宿二丁目の一軒に連れて行ってもらったことがあります。はげたおっさんがそのお店のママでした。完全に女性なんだなと思ったことを覚えています。何人か働いていた人たち、みんなほんとうに気持ちのいい人たちばかりで居心地がよかったなあ。でもわたしにとてはゲイバーの体験はまったく別物。
この映画、おすすめです。生田斗真ってきれいな顔した男の子っていうイメージだったけどこれを見て評価がめちゃくちゃ上がりました。いい役者さんなんだなあって。かもめ食堂と同じ監督さんです。流れている空気がいいんです。
Commented by kyotachan at 2020-09-10 22:56
> esiko1837さん
小学生のころ母親に「正直正直って正直すぎたら社会で生きていかれん」と言われたことがあります。五年生のときに担任の先生への作文をクラスの代表で書くことになったんですが「いつも頭にふけがあって鼻の横に黒いラインを入れています」と書いたんです。おかげでこの先生にはにらまれて「きょうたさんは性格が悪いのでクラスのみんなで無視することにしました」と母親のところに電話があったそうで。母親は「あほらし」とわたしには黙っていて聞かされたのが大学生になってから。人生おもしろいことが色々とあります。
おっしゃるとおり、わたしは自分の気持ちを文字にするとすっきりするみたいなんです。それを読んでもらってコメントまでもらえるとはここはわたしにとってはセラピーの場所のようなものです。
巣立つ子どもたち。うわー。待ち遠しいような待ち遠しくないような。ファイトですね。ありがとうございます。
Commented by kandamyojin at 2020-09-12 20:43 x
昔、kyotachanに「常識」って何?という意味のようなことを訊かれたのを思い出しました。common senseだよとわかったようなわからぬような、いい加減な返答をしたのがずっと気に懸かっています。いまは価値観の違ういろんな社会があり、その社会ごとにcommonがあってしかるべきなのではないかとうっすら感じています。日本は同質化といったことを求める空気のとても強い社会なので、現実の日本では田中美佐子のあり様はあまり考えられないように思ってしまいますが、そちらは多様性こそよしとする社会のようなので、またいい加減に聞こえてしまうかもしれませんが、ひとつのcommonとして見守られたらいかがでしょうか、と思いました。
Commented by kyotachan at 2020-09-13 19:43
> kandamyojinさん
東京大学の池谷祐二先生。監修された絵本を取り寄せたくらい大好きな先生です。この先生が常識は好き嫌いのこと、と明言されています。これを読んだときの胸のつかえがとれたような気持ち。下にリンクを貼っておきます。よかったら一読ください。
https://www.1101.com/n/s/rethink_ikegaya

これってわたしの常識外。
かなり非常識なことだ。
つまりわたしの気には入らない。

文中でしつこいくらいに書いたのも常識とはわたしの好き嫌いのことだという考えがあってのことです。二十代のころ自分には常識がないと悩み続けた自分を思い出します。いい思い出です。
>>>日本は同質化といったことを求める空気のとても強い社会>>>
女のこころを持って生まれたのに男のからだをしている自分を想像してみてください。苦しくて悲しくて死んでしまいたくなると思いませんか。この苦しみに同苦する社会。理解しようと努力する社会を作っていかないとと思います。

Commented by kotokoto at 2020-09-19 23:21 x
>こんな長いの誰が読むの。

あたし!あたし!あたしが読んでますよ。笑

私も自分は田中美佐子側だと思っている。
そして、きっと、世の中の人の多くは田中美佐子側と思いつつ、そうじゃないのかも知れないとkyotachanの文章を読んで思いました。映画見たくなりました。
Commented by kyotachan at 2020-09-20 19:16
> kotokotoさん
どうもありがとうございます。こころつよいー!
kotokotoさんはブログを作ってすぐくらいからずっとこうしてコメントをいただいてますよね。同年代の子どもがいる共通点でものすごく励まされたり共感してもらったり。ワインでも持ってお礼にうかがいたいくらい。
田中美佐子だと思うでしょやっぱり。でも家の中にほんとうに生田斗真がいたら「オトコじゃん!」て思ってしまったんですよねー。自分のこころの偏狭さを思い知らされました。この記事を書いてから同じ映画をもう一度見直しました。一度目には気づかないことに気づけたりして二度目も楽しかった。これおすすめですよ。ぜひぜひ。
by kyotachan | 2020-09-09 01:28 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(14)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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