2012年 10月 07日
avenir アヴニール/ 未来
洗濯物を片付けてくれている次女が聞く。
・ママ、これママの?ウミの?
・ああ、それはママの。ありがとね。
下着のパンツが長女のものかわたしのか判断できないのだ。
長女とわたしの下着の、というより衣服全般のサイズがおおむね同じになった。
下着こそ共有はしないけれど、長女はわたしのG パンを借り、わたしは彼女のカーディガンを拝借する。
・ママ、これはカゼ?それともパパ?
手には白色のアンダーシャツ。
長男はまだまだ夫のサイズにはほど遠いものの、もうはっきりと「男物」のサイズになってしまった。
休日に家族でプールに出かけたい夫が、
午後からデートの約束のある長女が来たがらないと腹を立てている。
・ああそうかいそうかい。おまえにとっては家族よりボーイフレンドの方が大事だっていうんだな!
それを当然「怒るべきもの」としてどなりちらす夫に、胸の中でつっこむわたし。
......当たり前だろうがそんなもん!
十四才のわたしがだって、くそくらえ家族のことなんかどうでもよくて、好きな男の子が命だったよ。
夫よ。おまえさんだってそうだったはず。自分の十四才を一瞬でも思い出してみれば?
子どもたちはどんどこ成長し
わたしたち親はどんどこ年をとる。
子どもたちもわたしたち親もひたすらに「死に向かっている」点では平等なはずなのに
子どもたちの向かう先には輝ける未来があり、わたしたちの向かう先には「死」があると思うのはどういうわけか。
いやいやまだまだ死ねないよ。
わたしはこの四人の人たちがどんな人生を送るのか見なくちゃ死ねない。
それは楽しみのようでもあり、苦しみのようでもある。
何があっても生きつづけてくれることをただただ祈ろう。
その後、痛みからは解放されましたか?
早い完治をお祈りしていますよ。
若かった頃、「死ぬこと」を思うと答えのない恐怖に捕らわれて
生きた心地がしないような泥沼でもがきました。
歳をとって、なぜかその恐怖は薄れて深く死を考えなくなりました。
代わりに、まだやり遂げなくてはいけないことがある
そして、この先みんなの足かせにならないように
死ぬまで元気でいたいという思いが心の中に。
遠い死は思索でありそこには大きな恐怖を伴いましたが、
少しずつ現実なものとなりつつある今
折り合いをつけて出来るだけお近づきにならぬよう
今よりもっともっと恐怖から開放されるときまで
先延ばしにしたいものだと思っています。
こんな不安な時代を切り開いて生きていかなくてはいけない
私の大切な若い人たちがどんな道を歩いていくのか
見守っていきたい、幸せを見とどけたいという思いは
「楽しみのようでもあり、苦しみのようでもある。」
おっしゃるとおりです。
事件、事故、病気、老衰・・・
とりわけ、新聞紙上を騒がせるような死に至っては、本当に胸が痛みます。
私は幼児に関わる仕事をしていますが、今まで関わってきた全ての子供達をはじめ、自分の子供達、友達、家族、親族・・・
どうか、健やかに、穏やかに、普通の幸せな毎日を送ってほしいと願って止みません。
私の大好きな友人が、死ぬ直前でも、周りを笑わせていたい、と言っていました。(彼女はいたって、元気です)
私も彼女に習って、死ぬ直前だけでなく、毎日、毎日、周りが笑いでいっぱいになるよう、無い引き出しをひっくり返しつつ、私みたいな人でなしでも、あの人と居ると、なんとなく楽しいくらい言ってもらえるような、そういう人間目指して、日々努力(おおげさ!)しております。
でも私、努力という言葉は、この世で一番嫌いですけど(笑)
ご心配ありがとうございます。幸い傷みからはすっかり解放されました。酒など見たくないとまで思わされた痛みでしたがその記憶さえ薄くなりかけていて「もの忘れがひどい」にもほどがあると自分にあきれているところです。わたしはある方のことば「生も歓喜、死もまた歓喜」ということばが大好きです。生も死も命のひとつの形にすぎないという考えから来ています。歓喜に満ちた人生を生ききり、歓喜に満ちた死を迎えたいものです。
ほくろの魔女さん、
わたしたちが世界を平和にすることができるとしたら、何ができるのしょうね。わたしたち一人一人が隣にいる人に平和をもたらせば、世界が平和になるのじゃないでしょうか。ほくろの魔女さんはそれを実践されているんですね。わたしも、わたしに縁する人たちがどうか今日も無事で安全な一日をすごしますようにと祈っています。どうか、今日もご無事で!
うはは!旅吉さん、それ具体的過ぎてすばらしいです!そうそう。お嫁さんには自分よりちょっとだけ長生きしてもらって、余生を楽しむ時間をプレゼントしましょうね。ご主人を失くしてとたんに生き生きときれいになる女性ってけっこう多いような?爆。それにしてもやなせたかしです。花が咲いたの、五十代だったんだ!わたしの病気なんて、まるで子どもだましのようなものだったんだ!