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derrière de l'oreille デリエールドゥロレイユ/ 耳の後ろ




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耳の後ろもちゃんと洗った?

わたしは母親にこういわれた記憶がないのだが、
NHK でやっていたアメリカの番組「大草原の小さな家」の中で、
たらいにお湯をはって体を洗っているローラとメアリーのところに、
笑顔のすてきなお母さんがやって来て言うのだった。

耳の後ろもちゃんと洗った?

わたしの育った家では、テレビは夜の八時まで。
父親のいる時は、有無を言わさず父親にチャンネル権があり、
それは、正座まではしなくとも、少なくとも「集中して見る」ものだった。
家族でだらだらとテレビの前で過ごすことはありえなかった。

父親は NHK を好んだ。
単に「(父親にとっては)くだらない」コマーシャルがない、
という理由だったと思う。

そんな父親が好きだったのが「大草原の小さな家」だった。

素朴でまじめで勤勉なお父さん。
美しくてやさしいお母さん。
かわいい子どもたち。

生活はまずしいが充足した人生を送るこの一家が
父親は気に入っているらしかった。

父親のお墨付きで堂々と見れる番組はあまりなかったから、
わたしは嬉々として見た記憶がある。

その時もわたしたちは家族で見ていた。
わたしは母親に向かって聞いた。

なんで耳の後ろなの、と。

なんで耳の後ろのことだけをお母さんは確認したのか、
わたしには不思議だった。

なぜ足の間じゃなくて耳の後ろなのか。
よごれているだろう足の間のことだったらまだわかる。
わたしの母親は湯船の中でわたしの足の間にちょいと手の指を入れて、
ちゃんと洗ってあるか、確認したものだった。

しかし耳の後ろって、そんなによごれるものだろうか。
そしてそこをちゃんと洗ったかどうか、確認しなくちゃいけないのだろうか。

隣りで見ていた母親にたずねると母親は言った。

耳の後ろ、て自分では見えんけん、きれいになったかどうかわからんやろ。
そいけん、お母さんがちゃんと見てやらすとやろ。
そいに、耳の後ろのきれいになっとったら、まず他もちゃんと洗えとるってことやろう。

わたしはそれまで、そんなこと思ってもみなかったからびっくりした。
それでまた母親に聞いた。

でも、お母さん、いっぺんもそげんこと、言うたことなかよね。

ありゃ、そうじゃったかね。
キョータの耳の後ろはちゃんときれいになっとるよ。

母親はそんな風にいい、そのあとはつとめて
「耳の後ろは洗うたね」と言ったりもしたが、
それはわたしにはなんだか付け足しのように思えた。

ずっと、なぜ耳の後ろなのか、という思いは消えなかった。













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この季節、日中は日当たりのいい子ども部屋へ PC を移動して、
PC はもちろんのこと、洗濯物をたたんだり本を読んだりするのも、
なるべくその暖かい部屋でするのだが、
夫が部屋に入ってきたかと思うといきなり、言った。

うわっ(ここだけ日本語の感嘆詞)、耳が、、、、まっくろ!

いつもこの調子でわたしをからかうのが常な人なので、

あら、そう?昨日もちゃんと綿棒でそうじしたんだけど、

とクールに対応したのだが、
わたしの耳がまっくろ、なのは本当だったらしく、
夫は綿棒を水で湿らせてきて、かいがいしくわたしの耳そうじを始めた。

その綿棒の動きからすると、
耳のまわり、つまり、
耳の穴ではなくて、外側が、まっくろ、らしい。

茶色に染まった綿棒を見て、
お互いにもう答えはわかっていた。

わたしはその三日ほど前に、
髪を自分で染めた(もちろん白髪染め)。
そしてそのあと、染料が落ち着くまではと
シャンプーをがまんしていたのだった。

普通はその日か翌日にはかゆくなってシャンプーするのだが、
今回はなぜか、もう一日がまんできそう、と三日もたっていた。

もちろん体の方は毎日シャワーで流しているのだけど、
頭をぬらしたくないために、耳を洗うことなど正直思いつきもしなかった。

自分の顔だって、鏡を使わなければ自分で見ることはできない。
しかし、顔は鏡をのぞけばそこに映ってくれる。
耳の後ろは、鏡をのぞいただけでは映らない。

そう、わたしはこの年になってはじめて、
耳のまわりは自分の目では見えないから、
鏡をのぞいてもそこに簡単には映ってはくれないから、
だから、たとえば白髪染めの染料が残っているのに気がつかなかったりするから、
というより、耳がまっくろでも人に言われるまでそんなことを夢にも思わない状態になるから、
それだから、なにがなくとも、たとえシャンプーはしなくとも、特に念入りに洗わなくてはならない、
耳の後ろだけは。ついでに耳の前とか横とかも。ということを実感として知ったのだ。

もしかしたらローラとメアリーのお母さんは、
娘たちの将来をすでに憂えて、言ったのではなかったか。

耳の後ろもちゃんと洗った?

たらいの中で体を洗うあなたたちには想像もつかないだろうけど、
あなたたちもいずれ、白髪染めをする日が来るわ。
それはね、耳の周りに張り付いて気づきにくいものなのよ。
だからね、今のうちから、耳の後ろだけはしっかりと洗う習慣をつけておくの。
そうすれば、まっくろな耳になったりはしないから。

ぞっとした。

耳のまっくろな、
中年のおばさんに会った、
数人の人たちを思いながら。

その三日間の間に、
わたしは何人もの人と接触しているのだ。

ああ、耳のまっくろなやつだと思われたな。
実際、まっくろだったのだからしょうがない。

なんて耳のきたないやつなんだ。
これだけ耳がくろいってことはどこもかしこもくろいんだろうな、
たとえばそれは体だけじゃなくて、腹の中とかも?
そんな風に思われてしまったような気がする。

耳の後ろだけは、しっかり洗わなくちゃ、とこころに決めた。


























すみませんすみませんすみません。耳のまっくろなやつでどうもすみません。
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キョータもついに「老い」と戦うごとなったばい。永遠のオリーブ少女のつもりやったばってんねえ。>え?

恐れ入ります。
by kyotachan | 2011-01-26 04:30 | 喜 怒 哀 楽

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

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