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fumiko 史子。<11>







fumiko 史子。<11>_f0136579_233639.jpg


温泉町のはずれに、
独身寮が売りに出ている、
という不動産やの広告を持ってきたのは、
由美子さんだった。

特に由美子さんが何かを言ったわけではなかったが
昭彦さんはその広告を見て、
温泉につかりつつ、その寮を見てみようかな、
と思ったらしい。

別に何をしようと思ったわけではない。
ただ、「ほんの好奇心が動いて」、
見に行ったのだ、と。

そこはある企業の独身寮だったのだが、
企業の緊縮行政で閉められていた。

バブル期に建てられたらしく、
素材ひとつひとつがぜいたくなのが見て取れた。
個人の部屋もしっかりと造られていて、
女子寮、男子寮とふたつに分かれて建っていた。

中央にある食堂棟は、
台所が広々と使いやすそうで、
食堂の明るさが印象的だった。

「ここで、学生たちの寮をやってみるのはどうか、
突然、由美子がそういうんですよ」

昭彦さんは、話しを続けた。

「いやあ、そんなつもりで、
来たわけじゃなかったから、わたしは。
だけどね、そんな寮なんかを、
なんとなく見に来る、てこと自体、
なんかおかしくないですか」

わたしたちは、「はあ」、と相づちをうった。

「そこではた、と思いましてね。
わたしはなんでこんな、寮なんてところに
来ちゃったのかなあってね」

由美子さんがとなりで
おかしくてたまらない、
という風に笑った。

「アッキー、その前にわたし、
美千代さんの話をしなくちゃいけないわ」

由美子さんは昭彦さんのことを、
今ではアッキーと呼んでいる。

最初は学生たちにそう呼ばれる昭彦さんを
からかって、そう呼んだりすることがあったらしいのだが、
今ではそれがすっかり定着してしまったらしい。

「ああ、そうだそうだ、
美代ちゃんの話をしなくちゃあ、
いけないな」

昭彦さんはそう言って、
由美子さんに話すようにうながした。

由美子さんの話はこうだった。

高校の同級生で、友子さんという友人がいる。
高校時代はそう仲がよかったわけではない。

大学時代はほとんど会わなかったくらいだ。
息子を亡くしたあと、家に何度か来てくれた。
友子さんは何も言わず、何も聞かず、
ただ、自分の背中をさすってくれた。

その友子さんがある日、
美代子さんという、大学の先輩を紹介したいと言った。

美代子さんという先輩は今
ドイツで、ドイツ人を相手に日本語を教える仕事をしているのだが、
彼女はご主人を病気で亡くしたのだと。

ずっと誰にも会いたくない日々を送っていたのだが、
友子さんの提案にはなぜかすぐに首をたてにふってしまった。
ご主人を亡くした、ということがはやりこころに響いたのかもしれない。

東京のホテルのロビーで、ふたりだけで会った。
向こうはご主人を亡くしたと聞いていたので
夫を伴うより、ひとりのほうがいいと思ったからだ。

そして、初対面の由美子さんに、
美代子さんは自分の体験したことを、
すべて語ってくれた。

亡くなった美代子さんのご主人は、
ドイツで日本食レストランを経営していた。
経営は順調で、子どもふたりにも恵まれて
何不自由なく暮らしていた。

そしてご主人は、ドイツの日本領事館の専属シェフに
抜擢されることになった。

これは料理人としては願ってもない出世なのだ。

なぜなら、レストランの経営といっても
やはりそれは「みずもの」の商売で
いい時もあればよくない時もあるからだ。

しかし領事館つきのシェフになれば、
収入の面ではそれまでよりぐっと安定する。
料理人としても、よけいな雑事に追われることなく、
その腕を思いっきりふるうことができるようになるのだ。

基本的には領事館職員の毎日のメニューをこなすこと。
頻繁に催される食事会についても、
あからじめ案を練っておくことができる。

ご主人はその仕事に生きがいを感じ、
美代子さん自身も、こうやって人生の階段を
ひとつひとつ上がっていくのだろう、
ということに何一つ疑問を抱いたことはなかった。

ご主人はもともと、腰痛もちだったのだが、
それは料理人としての職業病とでもいえるものだったし、
それを気にしては仕事もできないと
ずっと不満を訴えながらも長い間ほうっておいた。

美代子さんが一度医者に行くようにすすめても
大丈夫だからの一言で一蹴された。

実際、ご主人の仕事に打ち込むあまり
そのほかのすべてのことをあとまわしにする
という傾向が強くなっていた。

ある日、この痛みはちょっと尋常ではないと
やっとご主人が病院に行く気になってくれ、
診察を受けてくれた。

検査の結果、

ご主人は、

すい臓がんと

診断された。

それも末期がんで、
余命三ヶ月だと宣告されたのだと。

腰が痛むと思い込んでいたのは実は
すい臓が痛んでいたのだった。























日曜日ですが。子どもたちはバカンスに入りましたが。キョータは今日も書いてます。
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とりあえず、読んでくれてる人が、いればいいな、と。読んでるぜ、とポチ、といってみるとか。

恐れ入ります。
Commented by kabemam at 2010-10-25 02:39
心配するじゃないの、膵臓がんって。
読者がドラマに入り込みすぎ?笑

アハハ〜 読んでるぜ、とポチ、と。
Commented by somashiona at 2010-10-25 08:04
おお、またまた新たな登場人物!
かき回すねぇ〜。
ということは、この話はかなりの長編になるということ?
この際です、じっくり腰を据えて、なが〜いやつを書いてください。
Commented at 2010-10-25 10:59
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by tomatomatos at 2010-10-25 12:17 x
読みモノがあるのは嬉しいんだけど子供たちのゴハンもちゃんと作ってあげてよね!
Commented by kyotachan at 2010-10-25 23:21
☆ババ姫さま

いや、、、ほんとにいきなりすい臓がんだなんて、、、ねえ?心配になっちゃいますよね。お手数おかけして、すみませんです。なんか、急に順位が上がっていて、びっくりしました。ありがとうございます!
Commented by kyotachan at 2010-10-25 23:23
☆somashiona さま

いやほんとに「ああ、もうこんなん投げ出していっそのこと逃げ出してしまいたい」という本音とは裏腹に手が、、、手が、、、この手が勝手に、、、もううどこへ行ってどこへたどり着くのか、、、今日の分だけに全力投球、あとは野となれ花となれ、でございます。汗
Commented by kyotachan at 2010-10-25 23:25
☆かぎさま

おうっ!がってんだ!全然知らなかった。訂正しますわ。次はかぎでないのでお願いねん。読者は全員、キョータの豪腕編集者になったつもりで多数の訂正コメントをお待ちしております。ペコリ
Commented by kyotachan at 2010-10-25 23:29
☆とまとさま

あ、子どもたち?いやあお世話なんてとてもできないからとっくの昔に窓から外に投げ捨てときました。>うそうそ。
実はこのなげーやつ書き出してからpcに向かう時間がぐっと減ったの。画面に向かってあれこれ策を練るともう頭がんがん、胃の調子まで悪くなってきちゃって。策を練り、話を頭で作ってから、pcの前で打つ。送信したらあとはもうスパッと離れる。pcの前でぼんやりするのはできるけど、集中するのって結構疲れるんだなーて発見した。いつもより熱心にお菓子も作ってる。そんな時間にあれこれ考えるのがいいみたい。クッキー、ガトーショコラ、今日はアップルパイだよ。あ、そうそう、だから誤字・脱字、多くない?指摘してー!
by kyotachan | 2010-10-24 23:52 | なげーやつ | Comments(8)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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