mayonnaise マヨネーズ







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恭太マヨネーズ好き?

好きだったらきっと大丈夫だと思うけど
健一はそう言ってぼくを新宿のうどん屋さん「三国一」へ連れて行った





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アルタそばにあるそのうどん屋さんには紺地ののれんがかかっていて白色で屋号が染め抜かれていた
なんでもないうどん屋に見えたけれど店内はかなり混雑していた

ぼくたち
その時ぼくたちふたりだけだったのか他の友人も一緒だったのかもう覚えていない
ぼくたちはそろって健一が言うところのそのお店の名物「サラダうどん」を食べた

なんてことない普通のうどんにサラダ菜とトマトがトッピングしてありそこにマヨネーズがかかっている

あっ、、へー

というちょっとしたおどろきとともに食してみたサラダうどんは
甘辛いうどんのつゆとマヨネーズがいい具合にからみあって確かにとてもおいしかった

「おいしいでしょマヨネーズ好きなやつには受けるんだこれ」

健一もうれしそうだ

東京の私大の文学部それもフランス文学という「女の都」のようなところにぼくたちは属していた
女子四十人対男子五人という世界だ

当然というか仕方がないというかぼくは数少ない男子組とつるむことが多かったけれど
健一はいつも女子組とつるんでいたそれもとても自然なかたちで

じゃあ男子を毛嫌いしているのかといえばそんなこともなく
ぼくとも仲がよかった今から思うと田舎から出てきたばかりのぼくを健一がかまってくれていた図が目に浮かぶ

健一にとってぼくは百万といる彼の友人の中のひとりであったかもしれないけれど
友人の少ないぼくにしてみたら彼は気の許せる貴重な友人でとてもありがたかったし一緒にいてほんとうに楽しかった

時間が合えば映画によく一緒に出かけたし
そのあとまだ大丈夫だよということになれば一緒に食事もした
ふたりだけのこともあれば他の友人も一緒のこともあった

健一はおいしいものを食べるためには徒労を惜しまなかった
たとえば横浜の中華街のおかゆが食べたくなると「どう一緒に?」と言って
大学のある渋谷からおかゆを食べに出かけたりした
そこは中国人の老夫婦がやっているとても清潔とはいいがたいお店なのだけど
おかゆの味は一流で昼時には行列を覚悟しなければならなかった
そのお店に向かう前に健一は必ず肉まんを買って並んでる間にこれを食べるのがまたうまいんだよと言った

だいたいぼくは学校へ行かない主義を押し通していて暇なことを信条としていたようなところがあるから
健一の誘いには忠実に乗っていたようなところがある
授業を受けるより健一と一緒の方が楽しかったしその時間を大切にしたかった

と言ってもぼくには高校時代から付き合っていた東京の別の私大に通うガールフレンドもいたし
週何度かの家庭教師のバイトと中華レストランのバイトもこなしていたから
四六時中べったりだったわけじゃない
健一は健一で数種類のバイトをこなしていていつも忙しそうだった

おいしいものには目がない健一だったけれど料理を作るのもとても上手だった
健一は横浜で両親と同居していてぼくは一人暮らしだった
なのに料理の腕前は健一にはとてもかなわなかった

健一の家で泊りがけで飲んだことがある
ご両親が一泊だけどこかへ出かけていて留守だったからだ

健一の家には何度か行ったことがあるけれど
行くたびに近所の友人が連絡も入れずに突然やって来た
たいていは高校時代の友人だったがバイト先で知り合ったという人もいた

健一が友人に向けていやな顔をしたのを見たことがない
突然の来訪でも予定外に大人数になったとしても

「じゃあポテトサラダでも追加して作る?たいして手間もかからないし」

とまるで田舎のおかあちゃんのようなせりふをはいた

その日健一は「とりからが食べたいなあ」と言って
とりのぶつ切りをしょうゆだとかしょうがだとかにんにくだとかにつけておいてそれをから揚げにしてくれた
まじかよと思った
それはまるで定食屋で食べる「おふくろの味」級にうまかった

そしてもっと感動したのが翌朝

「二日酔いの時ってさみそ汁とかほしくなんない?」

そう言いながらちょちょちょ、、という感じでみそ汁を作ってふるまってくれたのだが
そのみそ汁がまた胃にしみわたって超がつくくらいにおいしかった
そしてお椀の半分より少ないくらいに盛られたそのみそ汁はとても上品だった

ぼくだってひとり暮らしをしていたのだから
みそ汁を一度や二度作ってみたことがないわけではなかった

だけどぼくが作るみそ汁はなんでもぶちめこのやろー!級な具たくさんのそれで
お椀に盛るときも多ければ多いだけいいのだという盛り方しかしたことがなかったから
健一の盛ってくれたそのみそ汁はなんだかとても女性的で深く印象に残った

三年生のときだ
ぼくは比較的学校のそばに住んでいたから週末は友人たちが集まるのが恒例のようになっていた
その日もだいたいいつものメンバーが集まって飲んだくれていた

「恭太ぁ、、おれさ同性愛者なんだよ」

確かそんな風なことばだったと思う健一がいきなりぼくに向かってつぶやいたんだ
もうしこたま飲んだあとだったしぼくたちの周りにはつぶれてすでに寝ころんだやつも何人かいた

たいてい早めにつぶれてしまうぼくがその日はまだ生きていてぼくのほかには健一そしてもうひとり大島さんという女子
大島さんはもうずいぶん前から知っていたらしい

「ずっと前から言いたかったんだけど恭太、、そういうのいやだって言ったことあったからさ」

酔っ払った頭でぼくはそうか、、そういうのいやだって言ったんだなと思った
そんなこと言ったのなんて覚えていなかったし本当にそんなことがいやなのかどうかその時点ではもうよくわからなくなっていた

健一が同性愛者、、ゲイだって聞いて色んなことがふに落ちたいやもうそれはふに落ちて落ちて落ちまくった
そうかそうかそうだったんんだ、、、だからあいつって、、、
いやあそうかそうかよかったよかった、、なんだか長年のナゾが一気に溶けていく気分だった

ナゾ、、、そうナゾだったんだ健一の存在は最初っからとっても

たとえばぼくたちはどんな授業をとっても常に大勢の女子組に囲まれた形になる
ぼくなんかはやっぱりどうしてたって身構えてしまうところがあったんだ
だってもしかしたら将来のガールフレンドがその中に含まれている可能性だってないわけじゃないのだもの
当時ぼくには付き合っているガールフレンドそれも高校からのおつきあい、、がいたんだけど
でも人生って何が起きるかわからないじゃないか
女子はやっぱり恋愛の対象として見てしまうものなんだだってぼくは男子なんだから

でも健一を見ているとそんなことまるでおかまいなしなんだ
どんな子とでもカラッと楽しそうにおしゃべりに興じてる
ぼくとは何かが違うんだじゃあ何が違うんだと聞かれてもうまく答えることができなかったけど
ぼくはやっとわかったんだ
だって健一にとって女子はまるで恋愛の対象じゃあなかったんだから
だからあんなにあっけらかんと誰とでも分け隔てなく対処することができたんだよ

そういうことだったんだよ!

ひざを打ちたくなるようなことはいっぱいあった、、健一の告白のおかげで

ひとりひざを打ちながらもぼくたちの付き合いは相変わらずで
時間が合えば一緒に映画に行くし食事もするしぼくのアパートで飲むことも多かった

変わったことといえば健一がぼくにゲイ仲間たちを紹介してくれたことだ
ぼくのアパートに飲みに来るようになったやつも何人かいる

どの人にも共通しているのは、、もちろんそれは健一の友人たちだったからかもしれないけれど
おそろしく気持ちのいいやつばっかりだったということだ

ぼくは同性愛者ではないから彼らの恋愛の対象にはならないけれど
そんなぼくに対しても彼らはとてもやさしかった
一緒にいてぼくのことを気遣ってくれているのが感じられるのだ
そしてそんな彼らと過ごす時間はとても楽しかった

健一の恋人にはついに会ったことがない
いつだったかアメリカに帰ってしまった恋人に健一が会いに行ったことがあった

戻ってきた健一はなんだかとてもつらそうだった

「彼とさ手をつないで歩くんだよ、、そんなことがさばかみたいにうれしいの」

そんなことを言った
ぼくがはじめて彼らの苦悩に触れた瞬間だった

そんなぼくらもやがて大学を卒業した
健一は外国人に日本語を教える教師になるためにそれこそ走り回っていた
当時日本語教師という職業には資格がなくどうしたらその仕事に就けるのか、、というところからはじめなければいけないらしかった
健一は持ち前のバイタリティで外国人に日本語を教える場所を見つけたようだった

「今まで考えてもみないことを質問されるんだこの前はさ‘どうして魚が水泳するとは言わないんですか’て聞かれちゃった」

そんな話をしてぼくたちを笑わせてくれた
健一は言語に強くて英語フランス語はもちろんどこからかアラビア語講座を見つけてきて数週間の講座を受けたりしていた

「まじめに受けたらさこれが終了する頃にはアラビア語を一応書いたり読んだりはできるようになるんだ」

そんなことを本当にうれしそうにそして誇らしげに言った

卒業してからもぼくたちはなんやかやと理由を見つけては友人たちに声をかけあい大人数で会っていた
タイのコ・サメットへ旅行したのもそのころだ
「コ」はタイ語で「島」という意味でコ・サメットつまりサメット島にぼくらは一週間くらい滞在した

行ったのは健一とぼくそしてもうひとりタカコちゃんという女の子
健一とタカコちゃんはどういう関係だったのかよく思い出せない
高校時代の友人とも違ったし大学の友人でもなかった
バイト先の友人かなんかそんなところだったと思う

ぼくはタカコちゃんにはそれまでにも何度か会ったことがあったけれど
色が白くておとなしくて無口な女の子という印象しかない
健一とはなぜかウマがあうようだった

どうしてこんなメンツで旅行することになったんだろう?
おそらく三人催行の安いツアーを見つけた健一が友人に声をかけまくり
それにひっかかったのがぼくとタカコちゃんだったのだろう

サメット島はなんの観光もないビーチしかないほんとうに小さな島で
それこそ一軒しかないというコテージに泊まったおばあちゃんがひとりで切り盛りしているようなコテージだった

行きにバンコクへ一泊したときには一部屋に三人一緒に寝たのだけど
サメット島ではタカコちゃんはひとりになりたいと言って別の部屋を取った

健一は「どうして?いいじゃん別に一緒でも」と言ってとても残念そうだった
タカコちゃんは「うんでもシャワーのときとかちょっと不都合だし」と言ってゆずらなかった

ビーチの端っこに掘っ立て小屋が立っていてタイ人の女の人がミシンを踏んで洋服を作っていた

この女の人がちょっと美人のインテリ風でそして感じがとてもよかったからぼくたちは日に何度も遊びに行ってはおしゃべりに興じていた
ひとり息子が彼女と一緒に働いていて健一はこの息子のことがかなり気になるようだった

一週間ぼくたちはそれこそビーチとビールのみの日々を過ごした
そして当時髪の毛の長かった健一とぼくはビーチで細かいみつ網を何本も作ってもらって帰ってきた
タカコちゃんは超がつくくらいのショートヘアでそんなぼくたちをあきれた顔をして見ていた

ぼくたちはみんな二十代の前半で
学生から社会人と呼ばれるようにはなってはいたけれど
自分の面倒さえみていればいいという気楽さがあった

いつ頃だったのだろう
健一が会うたびに痩せていくのに気がついたのは

病気らしいということは誰からともなく聞こえてきたけれど
それがなんという病気かというと誰も知らなかった

会うと必ず一緒に食事をしたが健一の食欲は旺盛なままで
これだけ食べればきっと大丈夫だなと思うと同時にこんなに食べてるのにどうして痩せるのか
という疑問がいつも頭をかすめたこわくてことばにはできなかったけれど

最後に会った健一の姿は忘れられない
じゃあまた、、早く元気になれよ
しらじらしく響きそうなぼくのセリフに健一ははじけるように笑ったんだ
そして後ろ姿を見てぼくははっとした
Gパンの上からでもはっきりとわかるように彼の足は鳥のようにやせこけていたから

風の便りで
看護婦さんをしていた彼のお母さんが定年を待たずに退職して健一の世話をしているらしいと聞いた
世話をしているというのか健一の旅行に付き添っているらしかった

もともと旅行好きなやつだった
そして旅行先から必ず絵葉書を送ってくれていた
そのころにはブータンやネパールから送られてきた
健一のお母さんは旅行カバンに点滴のビンを何本も入れて出かけるのだと聞いた

きっとどこかでわかっていたのだと思う
でもどうしてもそれを認めたくなかった
健一が死んでしまうということを

ぼくに電話してくれたのは健一の高校時代の友人だった

「恭太?健一のことで電話いってるかな?」

その数日前ぼくは健一に電話していた留守電だったからメッセージを残していたのだった
時間があったらちょっと会わないかと

そしてその少し前健一に約束をすっぽかされていたそんなことは学生時代から数えても初めてのことだった
新横浜で待ち合わせたのはぼくと大学時代の友人よっちゃんそしてぼくのガールフレンド
三十分だか一時間だか三人で健一のことを待ってみたがとうとう彼は現れなかった
自宅へ電話しても留守電だった
仕方がなくその日は三人でなにかを食べて解散したのだったそして連絡がつかないまま月日が流れていた

きっとその件だ、、きっと高校の友人なんかも一緒に会おうってことんだなと早とちりしたぼくは

「来てない来てない」

はしゃいだ声で答えた

「健一死んだんだ昨日」
















ぼくたち人間はこの世に生まれたその瞬間から
だれひとりとして例外なく死への旅を歩みはじめる

その旅は数時間のこともあれば
一世紀にもわたる長い旅のこともある

しかし生まれてきた命はその長短にかかわらず
まったく同じ重さのはず

健一は彼の旅を二十八年で終えた

あまりにも短い人生だとかどうしてそんなに早く逝ってしまったのだとか
ぼくはもうそんなことは思わない

健一の旅はきっちり二十八年
そこで終わるのが正しかったんだぼくはやっとそう思えるようになった

健一は二十八年でちゃんと自分の人生に落とし前をつけたんだもうこれで充分だって

ねえ健一そうだろう?それともぼくは間違ってる?

健一が死んでもう十四年も経つのに
ぼくの中では健一は死んでないぼくの中では健一は生きたままなんだ

健一サラダうどん食ったんだよ今日トマトがなかったからワカメをのせてみたよ
健一これってちょっと、、どう思う?
健一だったらこんなときどうするんだろう?
健一、、、
健一、、、

健一に出会ってなかったらぼくの人生は今よりずっと薄っぺらいはずだ
ただ知らないことなだけなのにそれに嫌悪感を抱いてしまうようなイヤなやつのままだったかもしれない

知らないことは知らないこと
だけど知らないことを知らないまま判断するのは卑怯なんだ
そうだろう?健一?

サラダうどんを食べながらぼくは健一に話しかける


























フィクション、、て虚構ってことです、、つまりは作り話、、ウソのかたまり、、、そういうことです
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それでもちょっとだけ真実がまざってしまうものです

恐れ入ります
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Commented by raizo at 2009-08-31 20:04 x
すっごく久しぶりに来て・・・
これ、読んで、泣いた・・・。

サラダうどん、一緒に食べたの・・・たぶんraizo。
鶏の唐揚げも。そして、みそスープも。

料理好きの会社の先輩にさー、食べさせたの「サラダうどん」
そしたら「raizoちゃん、このスープには卵黄が隠し味で入ってるわねっ」て断言してたけど・・・どない思う?

あ、水戸黄門が始まる・・・ また後で。
Commented by kyotachan at 2009-08-31 21:35
大島さん、、、めっちゃタイムリーにご訪問ありがとう、、そっか三国一キミも一緒だったのね、、スープに卵黄?!そんな濃厚だったっけ?結構あっさり風味だったような、、だからマヨネーズとマッチするようなそんな気がしてた、、、
告白されたときの記憶があいまいで、、でもたしか大島さんは横にいて「わたしゃもうずーっと前からしっとたんよ」って顔してたような記憶が、、、でっ?水戸黄門、、、どだったん?
Commented by よっちゃん at 2009-08-31 22:40 x
私もひさしぶりに来たら・・・。胸が苦しいよ。
新横浜ですっぽかされたの、私も一緒だった。
最後に健一に会ったときのショックは私も同じ。
あんなにいっぱい食べてたのに、ガリガリに痩せてたよね。

今、私は彼がやりたかった仕事をしてるんだなーと思い出した。
ときどき、「健一だったら、どうしたかなー」って思ってたけど、
最近はちょっと忘れてた。
思い出させてくれて、ありがと。kyotachan。
大学時代より、健一が死んだ14年前より、少しは成長してる
といいな、自分。
Commented by kyotachan at 2009-08-31 23:12
うそっ、、、まさかフィクションの登場人物が勢ぞろいするなんて思ってなかった、、、フィクションなのにこれ、、、涙涙涙
よっちゃんを思うときそれは健一と一直線の道を歩く姿だよーものすごーく尊敬してるよ、、商社辞めるとき連日夜中まで残業してるって言ってたよっちゃん、、バンコクでホモのフランス人ばっかりー!て言ってたよちゃん、、頼もしいよ、、めちゃくちゃ成長しまくってるよ、、、
Commented by somashiona at 2009-08-31 23:38
キョータちゃん、これ君が書いた話?
すごいよ、すごいよ!
綺麗で、甘くて、切なくて、最初から最後まで引き込まれっぱなし。
会ったことのない健一君の笑顔を見た気がします。
Commented by tabikiti at 2009-09-01 15:19
ご無沙汰です。
私実は小説家になりたくて成れなくて
シナリオライターになりたくて成れなかった

キョータさんの才能に嫉妬してしまいました^^
まじで感動しました!




 
Commented by kyotachan at 2009-09-01 17:16
+ somashiona さま

タスマニアおねえちゃんをはげまして大いに盛りあがろう会会長さんいつもありがとうございますおかげさまでいつも勇気と希望をいただいています
サラダうどん久しぶりに食べたら健一のことがぶわ~ってカラダからふきだしそうになったんです、、書かずにはいられなくてこどもたちがテレビを見ている間に書きましたただところどころおかしい部分がかなりあってそのあとちょっとだけ加筆訂正しました
健一とはタイへ旅行もしてるんですよねーもうひとりの男の子と三人で、、ああ書ききれてねーよ、、、
Commented by kyotachan at 2009-09-01 17:22
+ tabikiti さま

どうもありがとうございますどうしても書きたくて書きました思いがけなく登場人物ふたりからすぐにコメントが入ったものの、、、これってもしかして当事者にしかわからない話になってしまってる、、、???とものすごーくあせりました、、、健一くん死ぬ前はもうとにかく「ありがとう」「ありがとうございます」を連呼していたそうです食事をする間に「ありがとうございますいただきます」食事が終わると「ありがとうございましたごちそうさまでした」、、、、
Commented by kandamyojin at 2009-09-02 00:46 x
そう、死んでない、生きているんだよね。
以前よりもずうっと会話しているように思います。昔は、話をろくに聞いていず、右から左に抜けていたからなあ。今日のご飯はおいしいだろうとか、涼しくて気持ちよく高原の朝のようだよなど、昔はこんな話をしただろうか。
オノマトペを思い出しました。
Commented by mvt25 at 2009-09-02 12:16
kyotachanさんはすてきなめぐり合いを積み重ねてみえますね。 健一さんはお亡くなりになってるのに、このお話はなんてあたたかく爽やかなんだろう。なによりもびっくりしたのは登場人物からコメが入ってるところ。繋がってるんだなぁ誰もの中に健一さんが今も住んでるんだなぁと。 ありがとうございます、雪のお話につづく心に残るお話です。
Commented by kyotachan at 2009-09-02 20:43
+ kandamyojin さま

!!!!!そうでした!卒論、、読んでくださったんでしたっけ?すっかり記憶から抜け落ちてました、、、、いやあ、、たとえ幼稚なフランス語だったとしても彼はちゃんとフランス語で卒論仕上げたんですよねーいまだってわたしあの程度のフランス語書ける自信まるでない、、、
奥さまちゃんと聞いてらっしゃいますよ、、、、わたしたちの命って生きていようが死んでいようが同じ命として宇宙に溶け込んでいる、、、実感としてそう思えるようになりました
Commented by kyotachan at 2009-09-02 20:51
+ mvt25 さま

うわあ、、、読んでくれたの???やったら長いしきっと当事者にしかわからない話になっちゃってるのかなーって思ってた、、、いや、、わたしもいきなり登場人物からコメント入ったのでものすごーくびっくりしました、、これ、、フィクション、、、なのに、、、
今日美男美女のプロマイド届きました~いやんもうっ おふたりお顔が似てはるわあ~仲良し夫婦って顔が似てくるんだってね!どうもありがとう~♪
by kyotachan | 2009-08-31 18:56 | なげーやつ | Comments(12)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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