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aventure アヴァンチュール/ 冒険






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十才の長女を見てドキッとする
十年経てばゼロ才だった赤ちゃんはこんなにも成長してしまうのだ

十年前の今日母が死んだこの日のことを
わたしは今でも昨日のことのように思い出す





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その三日ほど前から母の意識は混濁した

モルフィネの注射を打ち始めてからどれくらい経っていたのだろう
眠れないほどの痛みを抑えるにはもはやモルフィネを打つしかなく
しかし量が増えるごとに母の意識は朦朧とし始めた

一日一日確実に混濁していく時間が増えていたのだが最後にはもう
まるで残っている生命力をすべて使い切ってしまおうとでもいうような
苦しそうに呼吸をし続ける物体と成り果てていた




昨年末フジテレビ開局二十周年記念番組『風のガーデン』という連ドラを見た
緒方拳演じる在宅医療専門医師白鳥先生がいまここ臨終の患者を看取るとき

「いま旅立たれるところです」と言う

横たわっている白鳥先生が言うところのいま旅たとうとする患者は
ふうともくうともつかない息をひとつもらす

「たったいま旅立たれました」緒方拳演じる白鳥先生が患者の手首を触りながらふたたびこう言う

死んだ患者さんを囲んだ家族たちがそれぞれに泣き始める

マ~ジィ~?
同じ在宅で家族を失った者として
そうつぶやかずにはいられなかった

それはわたしの経験した死とはあまりにもかけ離れていて
なんと言うかそう・・・絵に描いたように美しすぎた

いやもっと正確に言うと
わたしは母がまさに死ぬというその瞬間
母のそばにいてあげることができなかった

意識がなくなってからの母は
ただ呼吸をするだけの腐りかけた魚のようでもあり
見ている者をただ苦しめるだけの物体と化していたた

今晩こそは死んでしまうだろうという夜が二晩過ぎた
そうあの時のわたしは母が一刻も早く死んでくれることを心から願ってさえいた

母が死んだ日
ヘルパーさんが呼びに来たのは確か夜の十一時半くらいだったと思うが
その日に限ってわたしはぐっすりと眠っていた

母の部屋へ降りていくと
母はもう苦しそうな呼吸はしておらず
真っ赤だった顔は白すぎるほどに白く
鼻にはすでに詰め物がされ

口が開いてしまうことがあるからと
白い布で顔をしばってあった

その顔を見てわたしは心底ほっとした
ああようやっと死んでくれたんだなという気持ちだった
そして死ぬというその時に母のそばにいてあげられなかったことを少しだけ悔やんだ
いやもしかしたら悔やんだというよりも
生から死へと移行する瞬間を見たかったという単なる好奇心が働いただけかもしれない

ヘルパーさんは今夜こそは今夜こそはと言って
もう二晩もろくに眠らず母のことを看てくれていたのだ
母がまさに死のうとしている時にうとうとしたからといって
彼女を責める気にもならなかった

わたしはただただほっとした気持ちで母を見た
苦しんでいない母を見るのは本当に久しぶりだったのだ

お棺に納まった母は本当に美しかった
すべての苦しみから解き放たれて満ち足りた顔をしていた

あの顔を見たのがもう十年も前のことだなんてとても信じられない




昨年末に
ああもうすぐ十年経つんだなあということに気がついてから
やたらと母を思う時間が増えた
ことあるごとに母のことを思い出す

こんなことを言っていたな
あんなことがあったな

わたしはけして親思いの子どもではなかったし
母の言いつけなど守らないことの方が多かった
たくさんウソをついたしむしろ親不孝の典型のような娘だった

ごめんねーほんとうにごめんね
そう話しかけるととたんに涙があふれそうになる




昨年
長女に贈られた日本語の本「ハリー・ポッター」を借りて読んだ

ハリー・ポッターは生まれてすぐに両親を亡くしているのだが
母親の愛がどれほど強いかということをハリーの通う魔法学校の校長先生が話して聞かせるシーンがある

「(前略)・・・・・目に見える印ではない
・・・それほどまでに深く愛を注いだということが、
たとえ愛したその人がいなくなっても、
永久に愛されたものを守る力になるのじゃ。」

わたしは自分自身が励まされている気持ちになった
母はいなくなったけれども
母の愛は永久にわたしを守る力になっているのだろうな
確かにそれは真実なのだろうなと思った
そのことばそのものに歓喜しそれを一瞬にして信じられる自分をもまたうれしかった




大学の心理学の授業で
授乳期間が長いほど人は甘えん坊になる
という説を教わった

わたしは小学校へ上がってからも
ランドセルを捨てるようにして母のおっぱいを求めて走り寄っていたらしい

今でもふと
六才のわたしがそうしたように
なにもかもを投げ捨てて
ただただ母親の胸に飛び込んで行きたいと思うことがある
わたしは世界最強の甘えん坊なのだものそう思うのは当然なのだ

それはもうかなわないのだと気がついたとき
いやそれはもうかなわないのだと知っているくせにそれでもそう思ってしまうわたしに気がついたとき
とてつもない悲しみに襲われる

しかし母親を失った自分の福運のなさを嘆くよりも
かつてわたしにはこれほどまでにわたしを愛してくれた母親がいたという強運にこころから感謝したい

わたしはダーリンと子どもたちのいる場所に
今日もこうして帰ることができるのだ
いま・ここでわたしの家族と生きていることが今は何よりもうれしい




前述と同じく「ハリー・ポッター」の校長先生のことば

「(前略)・・・死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものだ。
結局、きちんと整理された心を持つ者ににとっては、
死は次なる大いなる冒険にすぎないのじゃ。・・・(後略)」

十年前の今日
死という大いなる冒険へ旅立った母は今ごろどこを旅していることだろう

おそらくはコートダジュール周辺ををうろついているのだろうか
あるいはもう死の冒険を終えてもう一度生の冒険を始めただろうか

















母のことを書くたびに自分で書いたものを読んでは自分で泣いているバカはわたしですアーなんて安上がりなやつ!


日本語でアヴァンチュールと言えば恋の情事的意味に使いますが本来は単なる冒険の意味
生きるって冒険そのものですよね。。。死ぬのも冒険。。

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恐れ入ります
Commented at 2009-01-21 02:26
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Commented by tabikiti at 2009-01-21 09:55
人は2度死ぬそうです。
預かりものの体が死ぬ時
忘れさられた時

私は親父が他界して見えなくなって
初めて親父の愛情を感じる事ができました。
今も見えなくても親父の愛情を感じ続けています。
Commented at 2009-01-21 10:29 x
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Commented by amazing-charko at 2009-01-21 10:37
ハリーポッター読んだのね。
映画じゃ波平さんの声だからダンぶるドアは波平?てイメージ。
この前、ガンで親を亡くしてしまったお友達とモルヒネの話になったの。
朦朧としてると根底にある意識が出てくるんだって?
それをみるのがみんなすごく辛かったって。
Commented by coco at 2009-01-21 10:38 x
イヤだ! 私はまだ元気な両親がいつか逝ってしまうだなんて
想像も出来ないし受け入れたくもない。考えただけでも現実に
なるんじゃなかと怖くなって途中でやめてしまう。。。
同じ体験をした人には思うところがあるかもしれない今日の内容。
私はますます悲しくなった。。
昔、教会の神父様が家族や大切な人が死ぬことを恐れては
いけない、苦しみから解放されて毎日がパーティーの素晴しい
世界へ行くのだからって言ってた。(苦笑)
でもまだ受け入れられない、そんな事。大切な人を失っても
まだ自分が生きられるのかとさえ疑うほど。
Commented at 2009-01-21 10:51 x
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Commented by コーディまま at 2009-01-21 16:06 x
母親の愛情って偉大ですね...。子供はいつになっても母親のことを慕い、思うものですよね。将来私は子供たちにどんな風に思い出してもらうのだろう...と、考えさせられました。”お母さん、いつもおこってたよな~”じゃ、悲しいですよね...。反省!
Commented at 2009-01-21 16:10
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Commented by africa at 2009-01-21 17:16 x
じゃあ、孫の顔は見られなかったの??
見られて死んだなら、いいなぁ。。。

身近な人の本当の死に付き添ったことないの。私。
両親は健在です。
でも、誰にも平等に死は来るものだから、私にとって日本に戻った一番の理由は、それよ。
Commented by sironekosan at 2009-01-21 20:19 x
ワタシのおばあちゃんは、孫の中で一番最後に結婚した私の出産2ヶ月前に病院で他界しました。
同居していた伯母は、おばあちゃんが入院していよいよ・・・って時にも面会程度で、ワタシの母と父が何日も泊まり込みで最後の時を看取ったそうです。

あまり実家に帰る母ではなかったですが、最後を看取れて良かった・・・と言っていました。

妊娠していたからもあると思いますが、あまり交流がなかったおばあちゃんでも、亡くなったと知った途端、激しい悲しみ襲われて・・・

ワタシは壮絶な看病などしたこともなく、テレビで見て知る程度ですが、自分の親がどんな形であれ死ぬ時、ちゃんと気持ちの整理を付けて看取ることが出来るか・・・とても不安に思うことがあります。
まだ、自分の死にはあまり考えが至りません。

Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:18
@ at 2009-01-21 02:26 かぎこめさま

「生も歓喜死もまた歓喜」ということばが大好きです残されたわたしたちは悲しい気持ちになりますが生をまっとうして死んでいく人たちや動物たちが生きているわたしたちに力を注いでくれていると信じてさらによく生きて行きたいと思います
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:23
@ tabikiti さま

真実って目に見えないことが多いですよね。。大好きな本「星の王子さま」も「たいせつなことはめにみえない」と言っていました。。母が二度目に死ぬのはわたしが母親を忘れたとき。。そんなときが来るとは想像も出来ないけど。。ボケて母のことを忘れるときがくるのかしら。。なんだか悲しい
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:28
@ at 2009-01-21 10:29 かぎこめさま

行ってきますと朝職場に出かけて交通事故で死んでしまう生もありますわたしたちは朝目覚めて夜おやすみなさいということのできる日常の奇跡に毎日感謝しなければなりませんね。。母が死んだ時もしわたしが母より先に死んだらこれは大惨事としかいいようがないけれどわたしが母の死を看取るのはごく自然で当たり前のことなんだと言い聞かせました父はそのちょうど五年後に亡くなったのですがわたしはニースに来たばかりで出産間近なこともありなにもしませんでした正直母がやっと呼んでくれたなという気持ちしかありませんでした
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:31
@ amazing-charko さま

読んだ読んだやっと一巻目を読んだよーでも行列して買いたいと思うほどにはのめりこめなかったなあ。。校長先生のこのふたつのセリフがやったらめったらいいなあと思っただけで。。波平さん?そりゃあいけるかやあ!いつだったか洋画の吹き替えを百恵ちゃんと友和がやってふたりの顔がちらついてこりゃあいけるかやあ!だったのと似てるな笑
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:35
@ coco ちゃん

うふふかわいいなあここちゃん大好きだよわたしだってここちゃんと同じだったよ。。いやでいやでしょうがないよね。。大好きな人が死んでしまうなんて想像もしたくないしだいたい想像できないよね?それでいいんだと思うそれが普通なのだと思う。。でも人に平等に与えられているものだからね死というものは。。。
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:38
@ at 2009-01-21 10:51 かぎこめさま

それはものすごい体験をしてしまったね。。。わたしは二十九の時大学時代の友人を病気で亡くしたんだけどそれはそれは悲しかったよ。。いまだに「いまあの子がここにいたらなんと言うだろう?」て思うことがあるんだよ。。とても聡明で気持ちのいい子だった。。自分で命を絶ったのならなおさらのこと残された者の傷は深いよね。。ファザコン!そっかーわたしってマザコンなんだねーなんだか言われて府に落ちることばだなー笑
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:41
@ コーデイままさま

わたしはおそらく授乳期間が長かったせいで爆。。特別に甘えん坊なんだと思うんですよ。。母も「キョータちゃんだけはちょっとかわいそうだけどこればっかしはどうにもならん」と言って死んで行きました。。。わたしは母ほどの愛情で子どもたちを包み込んであげることはとてもできません。。まあそれはそれで子どもたちの運だと思うんですけどね笑
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:45
@ at 2009-01-21 16:10 かぎこめさま

そんなそんなキョータでいいからキョータで。。。今日は本当に楽しかったねー!なによりお料理がとってもおいしかった!かぎこめさんも黒目がちの目がとってもキュートでした。。。次回は豆腐やね!企画しましょう!。。。おばあちゃんだったのねー!大往生だったんだねみんながハッピーになれる死。。っていいね。。わたしも苦しまずに死にたいなあ。。。
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:48
@ africa さま

わたしには兄が二人いてそれぞれ子どもが三人ずついたの当時。。わが家の長女はだから七人目の孫。。七ヶ月の時に死んだよ。。わたしの子どもを一人でも見てもらえたことはやっぱりとてもうれしい。。そっかー!それでものすごーく納得!くーまくんの学校のためだけに日本へ行く決心をしたご両親ってすごいなー!孟母三遷そのままじゃん!て感動していたんだけどいつくるかわからない死に備えて。。ていう理由だったらすごくわかる。。やっぱりそばにいたいものね。。それにしてもしわひとつないお母さん!africa さんも相当な強運の持ち主だよーーー!
Commented by kyotachan at 2009-01-22 00:53
@ sironekosan さま

親の死を気持ちの整理をつけて迎える人。。。なんて本当にいるんだろうか???わたしは毎朝「おはよう」と言いながら今日もまた苦しむ母を見るんだと言い毎晩「おやすみ」と言いながら今晩こそ母は死ぬかもしれないと思いながら。。つまり死への準備をしながら母と共に死への道を歩いていたわけだけどそしてそれは交通事故でいきなり死んでしまう場合よりはずっとましなんだからと自分を納得させる理由にもなったんだけどそれでも死んでしまった後に気持ちの整理なんてなんにもついてないことに気づいたような気がする。。
Commented by ババ姫 at 2009-01-22 05:14 x
この中に本物のきょうたちゃんがいるのかな。
美人の大人の女性はお母様かしら。
かわいい少女はkyotachanかな、この写真はいろいろ想像してしまいますね。
Commented by clearmine at 2009-01-22 11:43
いつの世も、生まれてそして死んでいくのが、自然の決まりごとなんですよね。
わかっちゃいるけど、やっぱり悲しい。
遺す者、残されるもの。 どちらも、悲しみはつきないけれど、
そう、kyotaちゃんには、帰るところがアル!!
最近思うの。 親は先に逝くもの。 だから、やっぱりコドモは自分の
帰る場所を一生懸命作って欲しいって。
親の一番の願いだと思うな。
Commented by bebecat at 2009-01-22 12:38
さよなら、、が言える死、それが今日本では好みとされているとこっちで読むジャパンニュースでしりました。
脳溢血のような、ころっと逝く死より、癌のほうがいいと。
私はまだその結論に納得できてるわけじゃないけど、確かに見送る側にはたっぷりと別れを告げる時間がある。

いってきますといって、仕事に出かけるスイス男の背中を見ながら、無事にまた帰ってきてくれますように、また会えます様に、、って。

親には生んでもらって、もうそれだけで、一生恩に着るってかんじなんだけど、人生は親とは歩けないね。一緒に歩くのは自分の伴侶。自分のかえる家もこの伴侶。死なれて一番いやなのも、やっぱりこの伴侶。

Kyotachanがだんなさんを大事に、子供を大事に育ててる、その姿こそが、お母さんへの親孝行だね。ちゃんとやってるじゃん、親孝行。それでいいんだよ。
Commented by お気楽ママ at 2009-01-22 15:45 x
私の両親は、健在ですから、まだまだ親の死には遭遇してません。
でも夫の父親が亡くなったのが、20年前。
長男の娘、いわゆる内孫であるうちの長女を抱いてた姿が目に浮かびます。
そして、最近、とみに亡くなった父をしのぶ夫です。
Commented by sa-li-maman at 2009-01-22 16:39 x
家は両親とも健在で、彼らの死など考えたこともありませんでしたが、
フランスに住むことが決まったとき、
ああ、もう両親の死に目には会えないのだな・・・
と覚悟しました。
まあ、同居の兄がいるので心配はしていませんが、寂しさはあります。
母は太陽のような人で、母のお陰で家族がどれだけ救われているか・・・といつも考えます。
母がいなくなった実家にはもう、帰らないだろうな、とさえ思ってしまう。
私は足元にも及びませんが、母のような存在に近づけるよう努力しなければ!
Commented at 2009-01-22 18:20
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kyotachan at 2009-01-22 19:20
@ ババ姫さま

うふふふふ。。。わたしどれでしょうねえ?
Commented by kyotachan at 2009-01-22 19:22
@ clearmine さま

わたしも子どもたちの将来子どもたちが築く彼らの家庭のことを考えます。。特にこの国はシングルマザーがやたらと多いし簡単に離婚してしまうカップルが多いし。。一つの家庭を単純な一つの家庭を築いてくれればいいなーと思います。。
Commented by kyotachan at 2009-01-22 19:27
@ bebecat さま

高校生の時にお母さまを亡くされた女性と話をする機会があったんだけど彼女に「わたしはまだ母のことを思い出して泣いてしまうんです」と言うと「わかる。。わかるけどでもあなたのお母さんは泣いているあなたを見ても喜ばないよね強く生きているあなたの姿を見てきっと安心なさるよね」と言われてなんだかつき物が落ちたようになったの。。母を安心させるためにも強くしあわせに生きなきゃなーって思うよ
Commented by kyotachan at 2009-01-22 19:29
@ お気楽ママさま

親の存在って不思議なんですよねーもしまだ健在だったら疎ましく思っていたかもしれないなーて思うんです亡くなってしまってからその存在の重要さに気付かされたという部分はとても大きいんです年を追うごとに親を思う気持ちが増すような気がします
Commented by kyotachan at 2009-01-22 19:33
@ sa-li-maman さま

太陽のお母さん!すばらしいですねー!母親業って本当に太陽のようなものだと思うんです毎日毎日一日も欠かすことなく朝になると起きだしてみんなを照らしてあげないといけないでしょう?もちろん曇りの日もありますけどそれは雲に隠れているだけで太陽が上っていることには変わりありませんもんね。。。わたしも太陽のようなお母さんになりたいなーて気持ちはあるんですけど。。ねえ。。。
Commented by kyotachan at 2009-01-22 19:38
@ at 2009-01-22 18:20 かぎこめさま

そうだったんだ===!それはたいへんだったねー離れている分状況が届きにくくて不安だっただろうね。。家族のみんなもきっとかぎこめさんには心配かけまいとしたんだろうね。。でもこっちにしてみたらなんで黙ってたんだー!と思っちゃうかな。。今年は帰るんだよねー!楽しみだねー!お母さんもきっと大喜びしていらっしゃるんだろうなあ。。今はいい薬があるから用心して生活すればもっともっと長生きされるさー!これからの人生をもっと穏やかに過ごすためのプレゼントをもらったんだなあと思ってさ!ね!
Commented by たまちゃんのお母さん at 2009-01-22 20:26 x
メールの件了解しました。
プロバイダにきいてみます。
たぶんセキュリティの問題。

なつかしい、長女ちゃんの写真が!
おうちで見せてもらった写真もあるね。

公園のアイドルだったね~。
うちのお兄ちゃんがついて回っていたね~。
お母さんお手製の、
カラフルな色糸で縫った服を着てたのを思い出します。

子だくさんでうらやましー
Commented by babyface at 2009-01-23 05:12 x

私は母を4年前に亡くしました
兄ふたりの末娘でしたからとても可愛がられて
亡くなってから半年くらいは喪失感に襲われ情緒不安定でした
その時支えてくれたのは、現在21歳になる娘です

母と娘って、特別な絆があるように思えます
同性だからこその諍いや、あるいは共感など・・・

kyotachanのお蔭でいろいろ考え直すことができました
【aventure アヴァンチュール/ 冒険】
本来の意味を教えてくださりありがとう^^





Commented by kyotachan at 2009-01-23 20:41
@ たまちゃんのお母さん

携帯からメールをくださった方でこちらから送信できなかった方がいるんだけどその人は設定が「pcからのメールの受信を拒否」になっていたんだって。。でもたまちゃんのお母さんはpcからメールくれているんだよね?。。。どうしてなんだろう。。。くやしいなあ。。
いつの間にかわが家も子だくさんといわれる家になってたよ。。海が十才になったからだんだんとちいちゃい子どもでなくなってきたけどね。。。
Commented by kyotachan at 2009-01-23 20:44
@ babyface さま

四年前ですかあ。。わたしは母が亡くなって二年間くらいはそれこそ夜中に突然母が恋しくなってわんわん泣いてしまってました。。「会いたい会いたい」て泣くんです幽霊でもいいからでてきてほしいと真剣に思ってましたね。。夢にでもいいから出てきておくれって。。そう思っているうちは夢で会うことはなかったのに最近ちょこちょこ登場してくれるようになりました。。。
Commented at 2009-01-24 15:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kandamyojin at 2009-01-25 11:00 x
なんと書いたらいいのかわかりません。
亡妻と重なりました。自宅療養していましたが、混濁に気が付いて救急車で入院してから3日目に亡くなってしまいました。二人の娘と泊り込んでいました。酸素吸入しながら苦しそうな呼吸で体が波打っていましたが、気付くと平らな呼吸、いやすでに呼吸は停止していたのかもしれませんが、あっけなく消え入ってしまいました。みんなが枕元に取り付いて泣き叫ぶといういとまというかシーンはありませんでした。

夜がさびしく無性に大声を出したくなったり、急にこみ上げてきて涙が止まらなくなったりしています。そうなんです。それなのに夢には出てきてくれませんでした。でも最近になってようやく昔の姿で現れてくれるようになってきたように思っています。
Commented by kyotachan at 2009-01-26 17:25
@ かぎこめさま

母への思いはまだ克服されていないんだろうね。。書くと癒されてちょっとだけ強くなるような気がするんだよ。。こんな身勝手なこと誰も読んでくれないよーといつも思うんだけどたくさんコメントをもらってとってもうれしいよ。。みんな親に対する思いは熱いものをもっているんだねー。。。そうだよそうだよ子だくさんだよ!あせらないで急げ!爆
Commented by kyotachan at 2009-01-26 17:28
@ kandamyojin さま

まだまだ新しい経験だから悲しみも深いでしょうね。。わたしも夜中に突然母に会いたくなってよく泣いていました。。隣には子どもたちが寝ていましたから大声を出すことは出来ませんでしたが。。最近はその回数がだいぶ減りました「命」そのものはどこへも消えておらず冒険を続けているのだなあとやっと思えるようになったのでしょうか
Commented by melissa-aroma at 2009-01-27 00:22
そんなことがあったんですね・・・涙がでました。
私の母も今現在病気と闘っていて、良くなってくれればと案じているところです。病気を知らされた時から、夜ベットに入るとタラーっと涙がでる日が続きました。隣に夫がいてくれて・・・良かった・・・と。母は頑張ってくれているのでまだまだ今は大丈夫ですが、死は誰もが通る道。少しずつ覚悟をして行くんでしょうかね^^;
母の有り難さを感じるし、母がいないと私・・・困る><なんて思ってますよ。
苦しそうな姿を見るのは辛いですよね~だから、私は元気にポックリ行きたいって笑って言ってますが、いざ自分の番になると子供のいない私達ってどうなるの?という不安も・・・
そして、3年前に亡くした友達に会いたい、話がしたいって泣いてました。
今書きながらも・・・鼻がーこの辺でやめときます(笑)
Commented by kyotachan at 2009-01-27 22:34
@ melissa-aroma さま

それがいつなのかはわからないけど親の死ぬことは至極自然で当然なことなんですものね。。小学校のときお母さんのいない子のことなんかをよく思いましたね。。あああの子はあの年でもうお母さんがいなかったんだ。。わたしはこの年までお母さんがいて甘えるだけ甘えさせてもらったんだから運がいいよ。。って。。。お母さまきっと melissa さんを残していけるものかーって生命力たくましくされているんでしょうねーまだまだ生の冒険を楽しんでほしいですよね
by kyotachan | 2009-01-21 00:10 | 吐 き 出 す | Comments(42)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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