ゆっくりとつきあう。

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「聴力検査をするのに医者を予約したよ」
と夫が言う。

補聴器をつけることを考えているらしい。

むかしから「耳は遠いほう」ではあった。

隣の部屋で鳴っている電話の音が聞こえなかったり
ドアのピンポンが聞こえなかったり。

それでも日常会話は普通にできるし、
耳の遠い人特有の「大声をだしてしまう」こともない。

今の職場が若い人ばかりらしく
相手のことばを聞きなおすことが増えたのだという。

「年寄りに何度も聞きなおされるのって、若い人は嫌うでしょ」
そう静かにいう夫。

夫はいつの間にか自分を年寄りあつかいする年齢になってしまっていた。

そういうわたしとて、食事のときには近視用のめがねをはずさないと何を食べているのかわからない始末。
まだ老眼鏡は必要ではないのだからと自分をなぐさめている。

聞きおよんだ情報によると目と耳に障害を覚えるのはまだまだ老いの初期症状。
これから色んな不都合が出てくるのだろう。

ゆっくりとつきあっていこう。夫とも老いとも。



















子どもの成長記録から夫婦の老いの記録へ?!恐れ入ります。
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Ginger さん、ありがとうございました!さっそく!


写真は長女が行ったイタリアの島、サルデーヌ。






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# by kyotachan | 2018-07-28 01:12 | 日 常 空 間 | Comments(8)

そしてはたちになる。

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去年の失敗を繰り返してはならないから
今年は何週間も前から本人にお伺いを立てており。

「日曜日だから昼間にみんなでイタリアとか、行くー?」
とか言い出すから、
「日曜にやってるレストランってろくなところないよ」
「ほんとうに行くならリサーチして予約しないと。六人なんだから!」

とこちらはあせってせっつくも
何日たっても「いま考えているからちょっと待って」の一点張り。

友人たちとは前日の土曜日にレストランに行くことが早々に決まっており、
まあ、ねえ、重要度としては「友人たちと」が「家族と」よりも何十倍も高いのはこちらも重々承知の上。

子どもがはたち、という年齢はわたしにとってはやはり
大きな仕事をひとつやり遂げたような達成感や充実感を感じずにはいられない。

長女にしてみたら大切なのは「ボーイフレンド」と「友人たち」なのは百も承知で
それでも彼女の家族は家族として、精一杯のお祝いをしたいと思ってしまう。

家族でイタリアに出かけてレストランで食事
というのも、最近はてんでばらばらのわたしたちには
いいイベントになるかも、という思いがなかったわけではない。

ただかなりの出費をしたところで食べるものの中身はなんとなく想像できるし
無理をしてレストランへ行くことはないのじゃない?
という気持ちのほうが大きかった。

むかしはこんなこと思わなかったのだが、
最近はレストランで見も知らぬ人の作るものを無邪気に食べることができなくなってきている。
「どんな環境で作られたものか」「厨房の衛生面はどうなっているのか」
テーブルについているわたしたちには知る由はないのだ。

おいしいものを食べたいなら家で食べるのがいちばんまちがいがない。

金曜日になってもはっきりとした答えの出ない長女に
「日曜日のお昼、ウチでお祝い。そうしよ。それでいい?」

そう言うと
何も言わずに素直に首をたてにおろした。









当日は朝起きてすぐにお米を洗い、
まず取りかかったのがチョコレート・ケーキ。

お米をしこんだら、海老の皮むき、衣づけ。
ごはんが炊き上がり、酢飯作り。

魚をスライスしてにぎりに。

冷蔵庫にあったゆで卵できゅうりのタルタル風サラダもできた。












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ケーキにろうそくを立てるのは次女。

「十一本?じゃあ、六と三を足して二十、これでぱっちりじゃん?」

てこのいいかげんさは誰に似たの?












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家族六人に長女のボーイフレンドを入れて総勢七人、
にぎやかで楽しい食卓だった。

いつの間にか長女の耳にはピアスの穴だらけになっている。
聞いてみれば右に五つ、左に四つ、あいているらしい。
若い頃のオレにそっくりじゃないか!

両親からはピアスを、友人たちからは数えきれないほどのプレゼントを。

夕飯はスパゲティ・ボロネーズ。
ボーイフレンドも一緒に。

食事が終わって彼が帰ると、今度はふたりの友人が現れた。

翌日朝五時出発で、空港へ。
イタリアのサルデーヌへバカンスだって!

いい旅になりますように、そして
いい二十代を過ごしますようにとただただ祈りつつ。

長女はたち、おめでとう!
母業はたち、ありがとう!


















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# by kyotachan | 2018-06-25 19:55 | 六 人 家 族 | Comments(12)

なにもかもがばらばら。

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これが終わると、ああ学年末だなあと思う。
gala ガラ、と呼ばれるダンス発表会。

長女と次女が数年前からダンスをしていて、
最近はふたり一緒に踊ることも増えた。

自分の子どもが踊るのを見るのは楽しい。
そりゃあもう、おうおう、がんばっとるなー。
とうれしくなっちゃうものである。

同じダンススクールにずっと在籍しているから
年々踊るダンスも増えてきて、
ふたりで十いくつ、踊ることになる。

最初はひとつ、ふたつ、という感じだったから
それを思えば出番が増えてたいへんにうれしい。

同時に我が家のむすめたちが出ていないダンスは
これはもう申し訳ないがつまらないどころじゃないほどつまらない。

特にこの数年、ブレイクだかイーポップだかよくわからないのだが
Tシャツ・Gパン、バスケットのいでたちで踊るダンスの時間が圧倒的に増えた。

そのダンスの授業をとっている子どもの数が増えてきて
必然的にそういう結果になっているのはわかるのだが、
これはもう、見ていて、つまらないを通りこして苦痛でさえある。

十代後半のかっちょいい系の男子が
すごい技を連発して見せてくれるのならまだしも

幼稚園児と思われる子どもたちが、もうなんの見せる技も持ってないのに
左右に飛ぶステップを踏んでいるのやら、横転やら、なんちゃらや、を、順番こに、ひとりひとり
繰り返し繰り返ししているのを見せられると

「どんなに地獄な時間でも必ず終わりは来る」
と自分を励ましにかかるほどだ。

そんなのさー路上でさーダンスの超うまい人たちが
代わりばんこにダンスの見せ合いする形式じゃん?
舞台の上でやったって、なーんの意味もないんじゃーん?
と毒づきたくもなる。

そしてこれも年々感じることなのだが、
「みんな一緒の振り付け」が減ってきている。

クラシックにしろモダンにしろコンテンポランにしろ、
大人数で踊る場面で誰ともそろっていない。
みんなてんでばらばらな振り付けばかりが目立つ。

クラシックなんて、何十人ものポワントがさ~っといっせいに動いて
指先なんかがみごとに同じ方向に向く、あの呼吸さえそろえている感じに
ぞぞぞぞ~っと感動してしまうものなのに。

なにもかもがばらばら。
これはきっとブレイクとイーポップが
ダンスの主流になってきているのと大いに関係しているのだろうな。

ここまで書いて、
我が家の現状もなにもかもがばらばら?なことに気がついた。

長女はあと一回、学校へ行ってバカンス突入。
長男はただいまバカロレア真っ盛り。今週一杯。
次女は先週からさっそくバカンスに突入している。
三女は来週の中ほどまで学校。そのあとバカンス。

夫は今のところ順調に仕事に通い、
わたしもアルバイトに家の雑用こちらは相変わらず。

朝、四人とも車に乗せて学校へ。
夕方、四人とも車に乗せて帰宅。

そんな「なにもかもが一緒」の時期はけっこう一瞬の時間だったな。








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写真は四年前のビーチ。笑っていると思えば!三女作。
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# by kyotachan | 2018-06-18 23:32 | 文 化 教 育 | Comments(2)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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