タグ:育児は育自 ( 83 ) タグの人気記事

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ウチの家族はみんな、りんごはしゃきしゃき派。

この季節は Fuji フジ がいちばんのお気に入り。
日本のフジりんごが入ってきたのはここ数年のことだと思う。

Pink Lady という皮がピンク色のりんごもおいしい。
フジがあま~いりんごなら、こちらは酸っぱいりんご。

どちらもしゃきしゃきしておいしい。

(写真のりんごはこのどちらでもない。すみませーん。)

どちらも皮をむいたほうがおいしいので
三女が「むいて~」と言ってくる。

「自分でもやってみる?」

四分の一の皮をむいたところで三女にとナイフを渡したら、皮をむく、というより実ばかりをむくことになってしまった。

「ママのやり方、全然よくないよ!」

だんだんと機嫌の悪くなる三女。

うわー。わたしもそうだったなあ。
母親みたいにりんごの皮がうまくむけなくて自分に腹を立てたことがあった。

「母ちゃんだって最初からうまかったわけやないよ。しょっちゅうむきよったらいつの間にか上手になるったい」。

ほんとうだった。
わたしはいつの間にこんな風に上手にりんごの皮がむけるようになったんだろう。

思いにふけっていたのは一瞬のことだったのに、
同じことを言ってあげようとおう、と顔をあげたら、三女はもうどこかへ行ってしまっていた。
自分でむいたぶかっこうなりんごを入れたお皿を持って。


















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by kyotachan | 2018-01-06 00:56 | お い し い | Comments(0)

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毎週水曜日は長女と次女がダンス教室で帰りが遅くて
そして夫の帰りも遅いことが多い。

食事の時間にはだからわたしと長男と三女の三人だけ、なことが多くなる。

そんな水曜日の夜の食事中に長男がぽつりと言った。
「クリスマスのプレゼント、ボクは何にもほしくない。かわりに、シャルロットに会いに行きたい」。

シャルロットは長男がコレージュに通っていたとき、一年間だけクラスメートだった子。
何度か、下校時間に見かけたことがあるのだけど、まっすぐの髪の毛がみごとなブロンドで肌もまーっ白のかわいい子だ。

両親が Lille リル 出身の人たちらしく、今はそちらに引っ越してしまった。

Lille リル といえばフランス最北端の街。

シャルロットにはバカンスのたびにコレージュのクラスメートだった子のところに一週間、二週間と滞在することがあるらしい。

そんなときには長男はまめに出かけてはシャルロットに会っている。

ただ、長男が言うには、

Je sors avec Charlotte, mais je sors pas avec elle.
「シャルロットと出かけることはあるけど、付き合っているわけではない」。

それでもスペインに旅行中に
「シャルロットにメールしたけど返信がない」
とさみしそうに言ったりするところを見ると、友情以上の感情があるようにも思える。

母の胸は、きゅーん、としてしまう。

わたしの時代には、というか、わたしの育った家では、この手の話題はタブーだった。
わたしは好きな子の話を両親にしたことはないし、両親も「どうなのよ、そこのところは」と聞いてくることはなかった。

ただ、バレンタインデーに粉まみれになりながらシュークリームを焼く、という経験をしたことはある。
昭和ひとけた生まれの親だって、それがどういうことなのかは察しがついていたはず。

そんな時でも母親は「誰にあげるの」とは聞いてこなかったし、
わたしも自分から「これはねえ、ダレダレくんにあげるとよ~」
と言ったこともなかった。

母親は粉だらけの台所に入ってきて、
「あら。シュークリーム?じゃあさ、お父さんにも作ってよ。お父さん、シュークリーム、好いとうしゃーけん」
と言ったりした。

自分自身が五十歳を過ぎて思うのは、
十代のころの、ひとりの人を思って胸がきゅーん!としめつけられた気持ちとか、
もう好きで好きで相手が死んでしまったらどうしよう!と思って泣いちゃうような気持ちって、
割と覚えているのだなあということ。

ということは、わたしが十代のころ、そんなわたしを見て、
当時の親は、昔の自分を思い出したりしていたかもしれない。

十代の頃は親とそんな気持ちを共有するなんて、思いつきもしなかった。
わたしはもっと、親と、色んなことを話せばよかったのかもしれない。










その夜、わたしは即座に長男の考えに賛成した。
「いいねえいいねえ、それはいいねえ」。

「シャルロットのご両親はキミが来ることに賛成なの?」
「ウン……」。

「じゃあ、パパには成績表と Lettre de motivation (履歴書に添付する動機理由を述べた書類)とリルへの交通費等々、ばしっと書類にして提出するように」

わたしはそう長男をはげまし、三女とも笑いあって食事を終えたのだけど、
問題は長男は学校の勉強にまるで熱心ではなく、成績表の結果にまるで無頓着なことだった。

父親はそれに熱心でなくはいられないし、無頓着になることもできないのだ。
ばかだねー長男。楽してほしいものだけ手に入れようとしてるだろ。

さてこのお話、どういう結末を迎えますやら。



















写真はこれまた五年前のクリスマス風景。
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この彼がプレゼントはいらない、という時が来るとは!








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by kyotachan | 2017-12-23 05:13 | Comments(2)








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若いママが言った。
エミーちゃん、シノワ(中国人)、て言われちゃうんですよ。もう、ものすごーく腹が立つんですよねっ」

わたしもそうだった。
三女を幼稚園に連れて行くと、
「あのちっこいシノワ、かわいーじゃん」
という言い方をされて、むかっとした。

「腹、立つよね~。言われたら、訂正、するの?」
「しますします」

若い女性だったユリコちゃんが、今では若いママ。

「わたしはもう、訂正しなくなっちゃった」
「あ、そうなんですか」
「うんまあ、だいたいその辺り、て言う」

腹を立てたその腹で、自分の腹の中をのぞいてみると、自分だって似たようなものだと思うから。
フランス人とイタリア人とスペイン人なんてだいたい似たようなものだと思っている節があるし。
デンマーク人とフィンランド人とノルウェー人を区別するなんてできないし。

小学生のころはガイジンといえば百パーセント、アメリカ人だった。
地球人、て言い方がもっと広まればこんな面倒はなくなるな。
○○人、というエゴはかなり大きい。

















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by kyotachan | 2016-05-13 16:00 | お い の り | Comments(5)

bébé ベベ/ 赤ちゃん


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わたしは小さいころ母によく、
あんたは恭太ちゃんが死んだから生まれたんよ
といわれた。

恭太ちゃん、というのはわたしより二年前に生まれた、両親にとっては三人目の子どもで、
未熟児だったために生後一日で死んでしまったのだった。

その頃のわたしは、「赤ちゃんは神さまがつれてくるものだ」と信じこまされていた。
年のころは幼稚園生か、小学校の一年生か。

「恭太兄ちゃんが死んだからわたしが生まれた」のであれば、
「神さまはどうやって恭太兄ちゃんが死んだのを知ったのだろうか」、
というのが当時のわたしの大いなる疑問だった。

なんでだろうなんでだろう、とずっと疑問だったのだが、
それは聞いてはいけないことのような気がして、どうしても聞くことができなかった。

ある日、母親が例のごとく「恭太ちゃんが…」と話をはじめたので、
思い切って聞いてみた。

恭太兄ちゃんが死んだけん、うちが生まれたとやろう?
でも赤ちゃんは神さまがつれてこらすとやろう?
じゃあどげんして神さまは恭太兄ちゃんが死んだってわからしたと?

一瞬、か、二瞬、くらいの間があり、
となりで聞いていた父親の、

お、キョータのむずかしかことばいいよるばい。

で一座は笑いに包まれ、それでおしまいになってしまった。

わたしは、ああ、やっぱりこれは聞いてはいけないことだったのだ、
と、父のいうところの「むずかしい」質問をしてしまった自分を恥じた。

思えばわたしが小さいころはたくさんの「タブー」があり、
わたしの両親はなんとかそれらをごまかして子どもに伝えていた。

確かにわたしは、そのようにしてうまくごまかされていたのだけれど、
あとになって真実を知ったときも、
やはりこれはごまかすしかなかったのだろうなと妙に納得もした。

わたしはどうだろうか。

少なくとも赤ちゃんの問題については、
わたしたち両親が愛し合い
その結果赤ちゃんがわたしのお腹に宿り
子どもたちはわたしの足の間から出てきたことになっている。

長女が、長男の出産に立ち会ったことも大きい。

愛し合う、がどういう行為なのかも、
おそらくこどもたちはあらゆるところで映像を目にしているはずだ。

正しい性教育を、などという高尚な気持ちからではなく、
神さまだのという単語を持ち出すのが面倒くさいから、というのが正直なところだ。

神さま、の話はわたしにはとてもむずかしい。































友人とビーチでピクニック。寿司になる具がなく、おにぎり。のり、うけたよ。ありがとう!
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酢飯だったのでしょうゆも持参。こちらではおにぎりも「寿司」扱い。



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by kyotachan | 2011-08-29 21:49 | kyotachan 名前の由来 | Comments(13)







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暑さが戻り連日ビーチ。
ニースのビーチはコンドルよー。















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それでもビーチを見たとたん走りだす。

そうよねえ。
海はやっぱ、うれしいもんねえ。
お母ちゃんの血、ひいとるねえ。




















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やたらお腹がすくビーチ。

とけないチョコに、カットしたメロン、オレンジ、りんご、レモン。
ポテトチップッスも欠かせませんて。
なーんにもない時は塩おにぎり握るまででさ。



















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今日は長女も一緒。

・ニースは波が高いからやだ。わたしは行かないよ。
・オッケーよ。ぜんっぜん、問題なしよ。

・ベッド、片付けといてよ。悪いけど。
・お鍋、さっき火いれたばかりだから、時計の針が四十分になったら止めてくれる?悪いけど。
・あ、もしさ、パパから電話入ったら、ネグレスコの前あたりにいるって言ってくれる?悪いけど。仕事、はやく終わったら、よってくれるかもしれないし。


平気な顔しているくせに、やっぱりひとり家に残していくのはちょっと心配、という気持ちがある。
ひとり、ウチに閉じこもってるより、一緒に来ればいいのに、という思いもある。
そんなことをすべて飲み込みやたら「悪いけど」を連発し、家の中の用事を頼みまくる青い母。
どっちでもいいよほんとにそんなこと、と思いながら、長女が一緒に来ることを切に願っていた。

四人の支度が終わって、まさにでかけー!という時。

・ママ、わたし、行くことにしたわ。五分、待ってくれる?




















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長女の今日の爪は黄色ベースに先っぽがグレー(今や日替わり)。

あと五年もしたら、飛び立つだろう長女。
今は、どんだけ家族と同じ空間を過ごさせるか。
母は知恵をしぼってがんばっちゃうもんね。

えーなんでー一緒に行こうよーねーねー行こうよー

というせりふは避ける。

とりあえず、親の言うことに逆らう。
ティーン時代はそういう時代だもの。
わたしだってそうだったのだから。

あ、一緒に来ない?もーぜーんぜん、平気ー!
ひとりの時間を楽しんでねー!

そう言いつつ、長女が来ることを必死で念じる。

こんなこともあと数年。

長女が、長女自身の人生を生きていくまで、もう少しの時間を存分に楽しむことにしよう。






































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by kyotachan | 2011-08-14 05:36 | 六 人 家 族 | Comments(5)




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なんだかいつまでも風が冷たい気がしてビーチへ出る気にならず、
この時期にはめずらしく自転車をもって公園へ。ガラガラ!






















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長女が少し前から見つけたいといっていた四葉のクローバーを発見。
手前のものは、四葉を通り越して葉っぱが五枚もある。

数ヶ月前にレディになった長女は今日はお腹が痛くて自宅待機。
わたしも中学生、高校生のころは学校を休むほど月のものが重たかった。
就職してからも、それを理由に会社を休むことがあった。
正直にいうと二日酔いで休むときにもこの理由を使った。

いつから楽になったのだろう?
出産を繰り返すうちに、いつの間にか気にならない痛みになってしまった。
気持ち同様からだの方も、だんだんと横着になっているのかもしれない。

近い将来、三人のレディがあれやこれやとぐちをこぼすようになるのかと思うと
ちょっとぞぞぞ、としてしまった。











四葉と五葉のクローバーは、水でぬらしたティッシュに包んで持ち帰った。
長女のもつしあわせの種が、四倍、五倍になって咲きほこりますように。




























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by kyotachan | 2011-07-23 00:13 | 六 人 家 族 | Comments(4)





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今日子ども部屋のそうじをしたら、
三女の小物入れの中から
むき出しの生理用タンポンが出てきた。

一瞬、それが何かわからず、わかった瞬間にゴミ箱行き。
ったくもーこんなもん、いつから持ってたの?

そうじを続けながら思う。
そういえば、久しくこういうこともなかったな。
子どもの行動なんて「なんでそーゆーことするの!」が基本形な時代もそろそろ終わりかなあ。

思えば長男が赤ちゃんの頃、
自分がたった今「排出」した自分のウンチを
味見しようとしたときの衝撃といったら!

ちょちょちょちょちょ!
これ、ウンチだよ?
ばっちーんだよ?
なんでそれを口にいれるよー!

公園で先輩ママに相談。

「だってさ!ウンチを汚い、て思うの、本能じゃないの?」
「違うんだよ~。これは汚いもものだからさわっちゃダメ!てそりゃーもう何回も何回もそれこそ百万回くらい教えないとダメなんだよー!」

マ、、、、マジッ?!

少し大きくなって、
長男がまだ幼稚園に通っていたころ。
トイレから呼ぶ声がするので行ってみると、
ウンチをしている途中らしく便器に座っている。
手にタンポンをにぎりしめて、「これな~に」と無邪気に問う。

あまりにもとっさのことでことばが出ず、
しょうがないので頭をひっぱたいて、言った。

「よけいなことすんじゃないの!」

















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長男はビックリして目をしばたいていた。
わたしは一瞬後には後悔していた。
たたくのは「緊急な危険が迫っていときに限る」のはずだったのに。

きれいな、手にすっぽり入るものが、トイレの引き出しに入っていて、
ウンチをしている間にそれを見つけたからといって、
なんで頭をたたかれなくちゃいけないのさ。

わたしは長男のこころの中を想像し、
それでも、タンポンを何に使うのか、説明する勇気も気力も能力もなくて、
とうとうそのままにしてしまった。

子育ては「わかっちゃいるけどできない」ことが多い。

いやほんとに。
わかっちゃいんるんだけどさあ。

「よく育っている」「よく育ってない」という言い方があるが、
わたしの子どもたちがはたしてどちらなのかはわからない。

わたしの子どもたちにしちゃあ、上等上等。
そう自分を甘やかして感情にまかせてどなりまくる日々。

















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日曜日は fête des maman フェッデマモン だった。
一般に「母の日」と訳されると思うのだが、直訳すると「お母さんたちのお祭り」だ。

金曜日の夜に友人と別れるとき、
「bonne fête des maman pour dimanche ! ボンフェッデマモンプーディモンシュ/ 日曜日にはいい ‘お母さんたちのお祭り’ をね!といわれた。
そういう彼女も、四人の子どもたちのお母さんだ。

下三人から学校の工作で作った色んなプレゼントをもらった。

ハート型にボタンを縫い付けたのは長男から。
「あら!これでもう、ボタン付けは自分でできるね」
といったら、頭をぶるんぶるん、左右にふっていた。
クラス中でいちばんおそく仕上がったらしい。

次女はハート型の小物入れ。














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カードの中にはたくさんのハートと
たくさんの je t'aime maman ジュテームマモン/ お母さん好き。

つづり方にまちがいだらけの三女のカード。
去年までは絵だけのカードだったのにね。
もうこんなに書けるようになったんだね。

長女からは「世界でいちばんいいお母さん」の称号と
お小遣いで買ったらしい、ブレスレット。

きみたちにとったらわたしが世界でいちばんいいお母さん。

いやあもうほんとに。
もっとやさしくなろう。
なるべく、どならないようにしよう。
なーんてことを思う日なのだった。















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長男のカードには感動。
わたしたち六人家族がきのこになっている。

かんむりをつけたお父さんきのことお母さんきのこ。
その下にはよっつのきのこたち。
女の子にはちゃんとまつ毛げ描かれている。

長男たらきのこ、きらいなはずなのに!





























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by kyotachan | 2011-05-30 22:53 | 六 人 家 族 | Comments(15)





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わたしたちがニースに来たとき、
次女は一才になったばかりで、
三女はまだお腹の中にいた。

しばらくして三女が生まれてからは
どこへ行くにもふたりの赤ちゃんと一緒だった。

「赤ちゃん、抱っこしていいですか」

とよく聞かれた。
聞かれるたびに、そんなていねいに聞かなくても
抱っこしたけりゃすりゃあいいじゃん、と思った。

でもここでは赤ちゃんを抱っこするときには
必ず母親の了解を得てから、というのが常識らしく
どの人もていねいすぎるくらいに断ってから赤ちゃんを抱いた。

赤ちゃんに触られるのを嫌う人がいる、
と聞かされたのはずっと後になったからで、
わたしは、あ、へー!くらいには驚いた。

わたしにとっては赤ちゃんを抱っこしてくれもらうことは
その間だけは赤ちゃんから解放されるし、とてもありがたいと思っていたから。

場所が変われば常識もかわる、
と思ったことは他にもある。

たとえば、近くにいた人が何かを落としたとき、
つい拾ってあげて、嫌な顔をされたことがある。

え?

わたし何か気にさわることでもしました?
嫌な顔をされてついそう思ったのだが、
その場にいた夫に、「持ってかれちゃうと思うんだよ」といわれた。

だから今はものを拾ってあげるときも充分に注意する。
なにもわたしは「持っていくつもり」で拾うわけじゃない、
とまずおおように構える。

そうするとたいていは落とした人が拾うものだ。
「小さな親切大きなお世話」を実践する気はない。
















昨日だったか、
ブログを開設したいと主張する長女に再度、
「わたしは反対です。その問題をこれ以上話題にしたくない」というと、
「わたしのしたいことにはすべて反対するんだから」
と半ば叫ぶように居間を出行った。

いや、そうでもないよ。
わたしが反対しているのは、
今のところブログだけだよ、
とこころの中で言ってみた。

わたしが長女のブログの開設に反対しているのは
こういう理由だけど、それを彼女に伝えてはいない。

エロチックなサイトなんか全く興味がないわ。
そんな理由で反対しないで、と反撃されるのは目に見えているから。

わたしは子どもたちが DS をすることも反対なのに
いまやそれに反対していたことも忘れられているし、
長女は i pad で好きな音楽を聞き、ゲームを楽しみ、メールの送着信さえ楽しんでいる。
なんだかわたしの知らない世界のことばかりで、
一体この先、この子たちはどんな「デジタルの世界」を生きるのだろう、などと思う。

わたしは親に、
あまりテレビを見るとバカになるよ、といわれて育った。

テレビを見る時間は決まっていたし、
子ども向けの番組がしょっちゅう流れていたわけでもない。

今はどうだろう。
テレビは二十四時間子ども向けの番組を流し、
あまりテレビを見るとバカになるよ、とも言ったことがない。

テレビなどかわいいもので、
DS や PSP などよりましか、とさえ思っている。
そんな自分にうんざりする。

国が違えば常識も変わるように
時代が変わればものの見方も変わるのだなあと思ってみる。

わたしが育った時代と今子どもたちが生きている時代は
あまりにも違いすぎてしまったからと自分をなぐさめてみる。

きっとわたしの親だってそう思っていたのだ。
ああ、自分たちの育った時代にはテレビなんてものはなかったのにねえと。

わたしはもう、どうあがいてみても、この場所からも時代からも
「いーちぬーけたー」といって抜け出すことはできない。















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昨晩、三女の、二本目の歯がぐらぐらしていて、
その歯を抜いてほしい、とわたしに言ってきた。

長男の奥歯が抜けたのを見て、
自分のぐらぐらしている歯も早く抜けてほしいとあせったらしい。

ああ!

わたしもそうだったなあと思った。
歯がぐらぐらしだすとうれしかった。
それが抜けそうで抜けないとくやしかった。

次々に順調に歯の抜けていく友人を見て、
自分だけが遅れをとったように感じたものだった。

歯に糸をつけて引っぱってもらう、という級友もいた。
驚いたことに、現代のニースでも、全く同じ話があるのだ。

クラスのなになにクンはね、歯に糸をつけて引っぱってもらったんだって!

三女が目をまんまるにして話すのを聞きながら、
変わらないものはいつまでたっても変わらないのだなと思った。
わたしはこんな風にいつまでも変わらないことが好きらしい。
三女の話を聞きながら思わず胸が熱くなった。

わたしは三女にこわれるままに、
わたしの人差し指を三女の、まさにぐらぐらしている歯に強く押し付けた。

ほんとにいいの?強く押すよ。
待ってたらどうせ抜けるんだから急がなくてだいじょうぶよ、
といいながら何度か押しているうちに、歯がぽろりと抜けた。

カゼー!カゼー!カゼー!

長男の名まえを呼びながらかけだす三女。
















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長男の歯は今三本抜けていて、
それは自分で作ったデコッパッチのお皿に入れてあった。































「こんな風にしたらよく見えるよ!」て抜けたばかりのところを長男がみせて見れました。笑えます。
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だからあの何が言いたいんですかっ?ていやああのうそのうすみませんなんか年寄り的発言多発してますよね最近。

恐れ入ります。
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by kyotachan | 2011-03-02 01:46 | 六 人 家 族




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・お菓子焼いていい?
半分、お友だちの家に持っていけるし。


小学校時代からのお友だちの家に泊まりに行く日、長女が言う。

・お好きにどうぞ。片付けまでやってくれたら助かります。

・わかってる。

今年十三歳になる長女。
日本で幼稚園に通っていたせいなのか、
はたまたもともとの性格のせいなのか、
わたしの「わかりにくーい」冗談にも
けらけらと笑ってくれる貴重な存在。

だったのだけれど、

最近は少し事情が変わってきて
わたしの言うことなんでもかんでも「かんにさわる」らしい。

一緒に笑うつもりで飛ばした冗談で、
わたしにとっては貴重な存在の長女をプリップリに怒らせてしまい、
何度か後悔の井戸にまっさかさまに落ちてしまっている母。は?は?は?

えーーーっ!
ななな、なんなのよーーー!

っもー、前はここで大笑いしてくれてたのになあ、
としゃくぜんとしないものを感じつつ、
まあ、これがお年頃、てやつなのかしらん、と思ったり。

わたしにも親のことがもう何にもましてうざったい、
と思っていた時期はあった、よなあ、うん、あったあった。

てなわけで、
長女の前で口を開くとき、
ちょっとだけ「気をつかっている」母。ははは。
井戸に落ちるのも何度も重なると痛いもんね。

長女がインターネットで検索したレシピはタルト・タタン。
りんごをバターとお砂糖でじっくりに煮詰めたあとオーブンで焼くお菓子。

わたしは「わざと」いっぺんも台所をのぞかず、放っておく。
見たら口出ししたくなるってもんで、それは地雷を踏むことにもなる。

クッキー生地から、りんごの皮をむいて煮ることまですべてひとりでこなしたらしく、
「あれはどこにある」「これはどうするの」「ガス台の火をつけて」などとは一度も聞いてこなかった。
そういえばこの前はマドレーヌをやっぱり全くのひとりで作ったんだったっけ。

ああ、洗い物は大目に見てやらにゃあ、と覚悟していたら、
なんと、使ったボール類はすべて洗ってあった。

味見したりんごの「焼き」が足りないから
再びオーブンに戻したいという。

熱くてできないというので
わたしがタルトを耐熱皿にもどした。

オーブンシートを「けちって」そのまま移したせいで、
クッキー生地がお皿にはりついてしまった。

















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お友だちの家に持っていくタルトをタッパーに入れながら、

・〝ぼろぼろくずれるくずお菓子です〟て言わなくちゃ

・あはは、タルト・タタンにちょっと似てます、て?

クッキー生地はキャラメルのせいで歯にくっつくし、
りんごも「煮」が足りないのか水っぽくてイマイチ。

ということはもちろん、死んでも言わない。
おいしいおいしいといただきました。



























ひとりでこんだけできたんだからりっぱりっぱ。実はすごいなあと感嘆してます。母。ははは。


夫が耐熱皿からこそげとるようにして食べてました。わはは!
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恐れ入ります。
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by kyotachan | 2011-02-24 20:03 | 六 人 家 族







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好きだからー!
一緒にやりたいのー!













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ふたごがほしいなあと思ってた。
こうして見ると、ふたご。

正確には十六ヶ月違い。













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クックー!
呼んでみたりして。













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蜜月、て短いものなのよね。
きょうだいだって同じこと。

























くっついちゃーけんかしーくっついちゃーけんかしー。あーもーいそがしいやらさわがしいやら。>うるさいともいう。
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*男の子同士のふたごは jumeaux ジュモ。男の子と女の子でも jumeaux ジュモ。

恐れ入ります。
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by kyotachan | 2011-02-18 19:49 | 六 人 家 族

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族