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わたしたちがニースへ来て最初の車はルノー・エスパスだった。

六人家族だから車の車種もおのずと決まってくる。
エスパスは七人乗り。

運転免許を取ってからはわたしが学校の送り迎えを担当した。


はじめて子どもたち四人を乗せて学校へ行った日のことは忘れられない。

学校までの道は坂道の連続で急カーブが続く。
その学校へはほとんどの子どもたちが親の車で登校するから付近の交通量も多くなる。

その日、子どもたちは祈るような目でわたしを見つめ、ひと言もしゃべらなかった。

いや、何か言いかけてはお互いに「しーっ!」などと言いあっている。
わたしの運転への集中力をそいではたいへんだとでも思っていたのだろうか。

おそらくは子どもたちはわたし以上に緊張していたのだろうと思う。

なんたって前回、学校に来たときには運転席に座っていたのは父親の方で
わたしはそれを心細そうに眺めていたのだから。

あの、しーんとした車内の空気を、なんだかおかしく、そしてなつかしく思い出す。

そんなわたしも数年間毎朝毎夕運転を強いられていれば、
運転技術が向上したかどうかは別にして、どうにかこうにか、慣れてきてしまうもの。

ただ狭いスペースに車を入れ込む駐車技術だけはどうしても慣れることができない。
四方八方から運転中の人たちの視線にさらされている、というのも一因だと思う。
妙に緊張してしまってあちこちをぶつけながらぜーぜー言いながらの駐車になってしまう。

「またぶつけたー。パパには内緒ね」

と言うせりふを何度子どもたちに言ったことか。

そうして夫だけが運転していた間はそここそいい顔のエスパスちゃんが
わたしが運転しだして数年後には「ボクのかわいそうな車ちゃん (pauvre ma voitre)……」
と夫がつぶやいてしまうほどのぼこぼこ顔になってしまった。

いやほんと、前、後、右、左、まんべんなくこすって、すって、ぶつけて、
わたしの運転技術を宣言しているような様相になってしまったのだ。
そんな車を運転している人はけしてめずらしくはないけどね。

数年前に夫はトヨタの車を買った。
これももちろん七人乗り。

オートマなのだけど、わたしはけして運転させてくれない。
わたしの方もまたぼこぼこにしてしまう自信があるから何も言わない。

ちょうど夫が遠方の会社に行くことになり、
わたしはエスパスで学校の送り迎え、
夫はトヨタで会社へ、という生活が続いた。

そうこうしている内にエスパスが修理のできない故障をした。
いや、修理はできるのだが、大きな部品を丸ごと交換しなければならない故障で、
その修理代が技術料込みで 2000 € (≒ 262000 yen ) かかるのだった。

あとひと月で夏休みになり、わたしは車が必要でなくなる、という時期でもあった。

ほとんど十年、走り続けてくれたエスパス。
一度はわたしがだめにしたバンパーの部品を大きく代えてもらった。
だけどここで大金をはたいて修理に出すのが賢明か、夫とわたしは迷った。

送り迎えの必要なのはいつの間にか四人からふたりだけになってもいた。
そしてそのふたりとて、トラムと徒歩で充分に登下校できる年齢に達していた。

なかなか決断が下されず、しばらく放置していたエスパスだったが
夫の友人が譲り受けたいと申し出たらしく、それはあっさりと引き取られて行った。

こうして我が家の車はふたたび一台となり、
その車は夫によってしか動かすことのできないシロモノなのだ。

バカンス中の長旅もしかり。

わたしは運転をしたくてもさせてもらえず、
ねえ、疲れたでしょう?代わるよ、という申し出はけして受け付けられない。

それはわたしの運転する車の助手席に座っているのは
運転するストレスよりも勝る、という理由らしい。

最初の頃こそ、そんなあ!それは言いすぎでしょー!とすねてみたこともあったのだけど、
いまとなっては、そうだよねー、そうかもしれないねー、と開き直っている。

いやほんと、運転技術が未熟でたいへんに申し訳ありませんねえ、と申し訳がるわけでも、
夫が運転で疲れているから、助手席では常に秘書のなったつもりで常に気を張っている、ということもこれまたまーったくなくて、
いやもう、ほんっとに、そんなことはまーったくなくて、
首をかっくーん!と曲げて寝入ってしまい、いびきさえかいてしまっている(らしい)。

だって、しょうがないじゃん!
運転、させてくれないんだから!


















写真は高速道路から見えた空。混みあっている模様。
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寝ているばかりじゃなくて、起きているときもあるのよ。たまに。








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# by kyotachan | 2017-08-31 16:04 | vacances d'ete 2017 | Comments(2)

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出発は朝の五時。

起きてすぐに朝食をとる習慣のある夫はのぞいて、あとの五人は食べずに出発。
九時くらいだったか、高速道路のサービスエリアで朝ごはん。

それぞれにクロワッサンやパンオショコラ、温かい飲み物を注文。
オレンジジュースは一ユーロでサービスします、というのでそれも。

全部で二十ユーロ。

パンは焼きたてで温かかった。

わたしたちの後ろに一見、日本人かな?と思う女性たちが。
その中のひとりのご主人はヨーロッパの人らしい。

耳をすますと全く聞きなれないことばをしゃべっている。
よく見ると服装、とうか洋服の着方ががものすごく特徴のある感じがする。

日本人ではないですな、とひとりごち、どこからやって来た人なのかさえ想像するのもやめてしまう。

いずれにせよ、地球のどこかには住んでいるのだ。

以前は日本人らしき人を見かけるとつい話しかけたりしてものだけれど、
最近ははっきりと日本人とわかっていてもあえて話しかけたりしなくなった。

人って似ていたり全く似ていなかったり同質の匂いがしたり異質な匂いがしたりするけど、
けっきょくはわたしたちはみんな、地球に住む同じような人なんだよなあ、と思う。キョウコノゴロ。
















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# by kyotachan | 2017-08-29 18:44 | vacances d'ete 2017 | Comments(2)


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わたしは小学校の三年生か、四年生だった。

となりのクラスのみどりちゃん、という子がいた。
彼女の家は高級瀬戸物をつくる釜元さんだったと思う。

夏休みが明けて、みんなが宿題を提出する。
自由研究は後の壁に貼りだされたりした。

みどりちゃんは家族旅行で行った北海道のことを
きれいなアルバムにして展示していた。

となりのクラスのことだから、展示されとるとよ、と友だちに聞いたのだと思う。

ホッカイドウ。

わたしには外国の名前のように響いた。

そのアルバムにどんなことが書いてあるのか、見たくてたまらなかった。
みどりちゃんとは友だちではなかったから「見せて」ということもできなかった。

わたしが小さいころは家族旅行に出かける人、はものすごくめずらしかった。
わたしなどは家族で旅行した記憶さえないほどだ。

ひるがえって今、わたしたちは毎年、あるいは二年に一度は、必ず家族でどこかへ出かけている。

毎回貧乏旅行ではあるけれど、でも家族六人そろって出かけるだけでも幸運なことだとしみじみ思う。

来年は長女が二十歳になり、長男は十八、次女が十六、三女が十四歳……。

いつまで家族六人そろってでかけることができるのかな。

2009年の過去記事を見て、びっくりした。
きりんおじさん、と大笑いしていたことをすっかり忘れてしまっていたのだ。



忘れないうちに今回の旅行のことを記録しておこうと思う。


















写真は la Dune du Pilat ラ・デュン・ヂュ・ピラ。美しい砂丘!
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# by kyotachan | 2017-08-29 01:21 | vacances d'ete 2017 | Comments(0)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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