printemps プランタン/ 春

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ニースにも桜の木がある。

日本みたいにかたまって植えられているところは少なくて、ぼつりぽつりと立っている。
ニースに来たばかりの頃は桜を見かけると、ああ、桜だ、春だなあと
なんだかしんみりしてしまっていたものだけれど、
友人に「あれはアーモンド!」と指摘されてビックリしてしまった。

アーモンドの木なるものが存在することさえ知らなかったし
それは何度教えられても、桜の木にしか見えないほど、桜とよく似ているのだった。

この写真はちょうど三年前の今ごろ。
今見ても、これが桜なのかアーモンドなのか、ちいともわからない。

梨の木、というのもあって、こちらは花びらが白っぽいのだけど
花びらが散るさまはまるで桜を見ている気分になる。

わからないわからないわからないなあと
わからないことをわからないままにしておく気性は昔からちいとも変わらない。

そんな風でもなんだかわかってしまう瞬間が来ることがあって
わかったとたんにつまらなく感じてしまうのも昔から同じ。

これって桜?アーモンド?
頭の中にクエスチョンマークが点滅するその感じが嫌いじゃないのだった。


















いつもにも増してどーでもいーことをあーた。
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でも押しとく?あは!






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# by kyotachan | 2017-03-28 16:54 | Comments(3)

dix ans ディゾン/ 十年





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運はいいほう?

と聞かれてとっさに、「悪い」と答えた。
宝くじに当たったことは一度もなく、とりたててドラマチックな出来事を経験したこともない。

そう答えてしまってから、いや待てよと思いなおした。

五十になる今まで大病と言える病気はしたことがなく
四人の子どもたちのも恵まれて夫はいまだにわたしのことを愛してくれている。

これってものすごーく運のいいことじゃないのか。









ブログをはじめたの、確か三月だったんだよなあと過去記事をたどってみたら
わたしがこのブログをはじめたのは十年前の今日、三月十六日のことだった。

長かったような気もすればあっちゅーまだったような気もする。

確かなのはわたしたちは相変わらず家族六人がみな健在で
今日も六人が同じ屋根の下で暮らしているということ。










FBやツィッター、インスタはわたしの性には合わないらしい。

これら三つのツールは文章主体、写真主体などの特徴はあるけれど、どれもこれも
超高層ビルの形をしたアパートの住民が同時に、彼らのことをわたしに向かって話しかけてくるみたいに思える。

そんなにいっぺんに話しかけられても、そんないっぺんに写真を見せられても、
どれに耳をかたむければいいのかわからないしどれを見ればいいのかわからない。
とたんに頭が混乱してしまう。

それに比べるとブログは田舎の町にぽつりぽつりと家が建っていて
わたしは好きなときに好きな家に勝手に遊びに行くことができる。

これがわたしにはあっている。これがわたしには楽しい。

次の十年へ向けて今日は再出発。
この先十年は今までの十年とはまた違う十年になるのだろうな。

わたしの家、これからもたまにはのぞきに来てちょうだいませね。

















写真は三年前。下ふたりと公園へ。
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# by kyotachan | 2017-03-16 17:25 | ハジメマシテ | Comments(10)



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在仏期間はとうに十年をこえてしまい
常識的に考えればわたしはフランス人並みにフランス語を話していて当然。

実際に日常生活で困ることはほとんどない。
目の前にいる人との会話は支障がないし、苦手だったグループでの会話だって平気になった。
レジ待ちのうんざりする時間に隣のマダムとおしゃべりだって!

うわ~!わたしってけっこうフランス語、うまいのかも~。
もう、フランス語に困るなんてことはないもんね~。
そんな風に思っていた。

それなのに、である。

子ども同士の会話が、あるいは夫と子どもたちの会話が、まったく耳に入らないことがある。
つまり、ちいとも理解できない瞬間がある。

あれ?
なんでわかんないの?

単純に、単語がわからないのだ。

そこでわたしは気づく。
夫や子どもたち、そしてわたしの周りの人たちはわたし向けにわたしにわかりやすいフランス語を使って話してくれているのだと。

実際の世の中は argot アルゴ/ 隠語と gros mot グホモ/ きたないことばであふれている。

夫や子どもたちは、彼らの間ではそれらを普通に使うくせに、わたしの前では極力それを避けているらしい。
親しい周りの人たちもしかり。

わたしって、いまだにガイコク人扱いなんだ!
いまさらだけど、かくん、と首が下に向いてしまう。

わたしにもきたないことば、おせーてよー。

タイトルの表現は、夫が長男に食事代を渡すときに言ったひとこと。
小さいお札がなくていつもより大きいお札をあげるけど、せいぜい気をつけてよ、ということらしい。

ギャフギャフ?ギャフン!





















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# by kyotachan | 2017-03-09 16:47 | Comments(6)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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