f0136579_21395125.jpg

三女(九歳)は学校でギターの授業をとることができた。
オプション授業で、費用がかかるけれど、一般の教室よりも格安だ。

数年前からギターが習いたくてしょうがなかった三女にはうってつけで
早速ギターを買ってもらって毎週木曜日にはギターを抱えて通学している。

三週間目あたりから sur le pont d'avignon シュールポンダヴィニョン/ アヴィニョンの橋の上で が家の中に流れるようになった。

三女がギターを弾き始めるとばたんばたんとドアの閉まる音がする。
三女がギターを弾くとまわりに人が集まってくるにはもう少し時間がかかりそうだ。









長男(十三歳)は今年の夏、わたしの身長を追い越したと思っていたら
それからもひょろひょろと丈をのばし続けており
足首の出すぎたパジャマが見ていて気の毒なほどだ。

持ち物管理に関しての才能にはとんと恵まれなかったらしく
とにもかくにもしょっちゅうモノをなくしている。

去年は学校の食堂カードを、わたしの記憶では四回もなくした。
わたしの記憶では、と断るのは本人は「三回だ」と言い張るからだ。

食堂カードの再発行には十ユーロ(約千円?)かかるから
こちらはもう、阿修羅界に突入すんでのところまでいった。

今年は食堂カードの話は出ないなと思っていたら、なんと今度は学校のロッカーの鍵。

一度なくしたとき、学校のロッカー担当の職員が持っている合鍵(それを預けるシステムになっている)を出してもらえばよかったのに
なぜかそれを拒んで、あたらし鍵を勝手につけた。

それをいままた、なくしてしまったようなのだ。
……もうちょっと、……どうにかならないものだろうか、この男子は?

と思うことは多いけれど、ひとり息子、っちゅーのはなにをやってもかわいいのだ。








次女(十一歳)は長女の部屋で過ごす時間が増えた。

なにをくっちゃべっているのやら、女子の匂いがぷんぷんとする。
長女に比べて、手足が長いから、四歳の開きはあるものの、長女のお下がりを比較的すぐに着ることができる。

長女にはなれない、末っ子にもなれない、というむずかしいまん中をちゃんと理解しているように思う。
時にはおねえちゃんを、ときにはいもうとを、どちらもきちんと演じている。

まん中同士の長男にはむかつくことが多いらしく
ふたりのけんかの様子はを見ていると「なにもそこまで」と思う。

憎しみのとなりには愛があると信じて見守ることしかできない。

数日前には宿題がこなせなくて、寝る前に泣いていた。

顔も洗わず、歯もみがかず、パジャマに着替えてベッドにもぐりこむのを横目で見て
まあ、一日洗わなくても死なないか、と放っておいた。











長女(十五歳)の成長期は今も続いている。
毎朝、「また身長のびた?」というと、「そんなことないよ。ママが縮んだんだよ」とかわいらしいことを言う。

リセで日本語の通信教育がはじまったので
毎朝、「あいうえお」を順番に書かせている。

朝起きると
「おはようウミちゃん。今日は?」
「たちつてと」
「はい、じゃあ、『あ』からどうぞ」
と冷蔵庫に貼り付けたコピー用紙に「あ」から「と」まで書くのだ。
すんなりといくことはまずなくて、パズルみたいにあちこちが抜けている。
面白いことに「ぬ」や「ね」など複雑と思える字ははすぐにでてきて簡単そうな「に」が最後まで出なかったりする。

五歳まで日本で育ち、幼稚園にも通っていたのに
にほんごの「に」の字も覚えていないとはこれいかに。

五歳当時も、「に」の棒が右側にきたり
「し」や「つ」のはねが逆側にきたりという失敗が多かったのだが
今もまた同じ失敗を重ねていて、つくづく成長のないやつだと思う。

今日は日曜日で、今日の朝、「ロリスと一緒にお昼ごはん食べてもいい」と言ってきた。
ロリスとは小学校時代の男の子の級友で、夏に街で偶然再会したらしい。

ボーイフレンドじゃない男の子とふたりきりで食事など道理に反するのではないか
と反論してみたのだが、「もてないオンナのほざき」とでもみなされたのか、勝手に出かけてしまった。

もう、母親は完全に捨てられてしまっている。









夫は相変わらず。

一週間ほど前、学校に出かけた長女が、すぐにもどってきた。
気持ちが悪い、吐き気がする、と訴える。

なぜかこういう場面には必ず居合わせる夫はその日もいて、顔が真っ青になっている。

「……吐き気が、するらしい」(注。フランス語の「吐き気」と「つわり」は同語)

「キミ、ちょっと様子を見てきて。やんわりと、聞くんだよ。直截的なことは言わないでさ……」

長女のことより夫のことが心配になりつつも長女のそばへいき
「吐き気だって?」
「うん。おとといくらいから、便のほうもゆるかったから、嘔吐下痢症だと思う」
「ああ、そう。生理は?」
「今朝、はじまった」

その会話を伝えると、青かった夫の顔にみるみる安堵の色が広がる。
この先、父親の心配事を数えたら、こちらのほうがどうにかなりそうだ。

今朝だってロリスと出かけることに頭ごなしに反対したかったのはむしろ夫のほうで、
夫は無言でわたしに圧力をかけ、その役をわたしに押し付けてきた。

出かけた後も「これってぜったいおかしいと思うんだけど」と愚痴っている。

「わたしたちはわたしたちの考えを言ったのだから(実際はわたしひとりが言わされたのだけど)あとはもう、彼女がいいと思うことをするしかないじゃない」。

お昼の十二時前に出かけ、二時前にはもうもどってきた長女に、「どうだった~?」とにこやかに話している夫。
わたしは完全に無視されているっつーのに!

ま、今のうちにせいぜい父親に花を持たせておこう。








わたしは相変わらず老いと戦い続けている。

数日前、シャンプーがなくなりそうだったので近所にできたシャンプーやさんへ。
イタリア人の女の子が対応してくれ、「わたしのような髪の毛にいいシャンプーとリンスを」というと
「髪の毛が元気になるシャンプー」と「髪の毛全体がグレーになるグロス」をすすめてくれた。

素直なわたしはこのふたつを購入。
わたしはもう、髪の毛を黒くすることを目指したらだめなんだなと思った。

日曜日のお昼は久しぶりのラーメン。
シブレットという小ねぎに似た野菜をみじん切りにして作った。

最近人気なのは韓国の辛いラーメンに日清のラーメンをブレンドしたもの。
三女だけは日清ラーメンだけど、夫・長男・次女はこの「ちょい辛ラーメン」。

わたしは大根があったので、大根おろしをたっぷり入れたかけそば。

今日は夕食の時間にわたしだけが出かける用事があるので、これからブランケット・ヴォー(子牛と野菜の煮込み)を作る。
わたしがいなくても五人で食べれるもの、といえばやっぱり煮込み料理が便利だ。

お昼も夜も「適当に食べなさいよ」と言うことはまだできず、
それでもそんな日がいつかはやって来るのかなあとぼちぼち思いはじめてもいる。

ごはんの準備だけで一日が暮れるこんな時代が花なのねきっと。












久しぶりに六人で車に乗って買い物へ。
狭い空間に四人の子どもたちが乗ると、騒がしいことこの上ない。

夫はすぐに堪忍袋が切れるたちで、子どもたちに何度もどなりちらす。
「うるさい。だまれ。おまえたちは手のつけようがない」。
夫のどなり声のほうがよっぱど騒がしい。

「あらあ、こんなにかわいい子どもたちはいないわあ」とわたし。
わたしはうるさい音楽は苦手だけど、子どもたちが騒々しいのは平気なのだ。

騒がしいうちが花なのよ、きっと。
と夫にいうのはやめておいた。



























にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-24 22:52 | 六 人 家 族 | Comments(17)









f0136579_4342064.jpg

今年は夫が近所のスーパーで調達してきました。

丸いシールにある「sans soufre ajouté ソン スーフル アジュテ/ 硫黄無添加」を見ると
「んっ?!普通は硫黄を添加してあるわけっ???」とびっくりしてしまう。
だいたい、硫黄、って……???

ぱっと見たとき soufre が soucre シュークル/ 砂糖 に見えて
「えっ?!ボジョレヌーボーって普通は砂糖が混ぜてあるのっ?」
て一瞬、びっくりしました……。はい、ばかです……。

ヌーボー特有の酸っぱさがなくて、おいしかったです。































にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-23 04:49 | お い し い | Comments(3)









f0136579_3164144.jpg

エミーちゃんに会いに。
三ヶ月たつとこんなに大きくなるんだなあ。

赤ちゃんに話しかけるとき「エミーちゃ~ん、おおきくなりまちたでちゅね~」になってしまうのはなんでだろう?
きちんとした日本語を話したほうがいいのだろうけど、エミーちゃんは他人の子どもだからそういうこともしっかり無責任。

「エミーちゃん、笑ってまちゅねえ」
「ん?重たいでちゅねえエミーちゃん」
「ママでちゅかあ?ほら、あちょこにいまちゅよ~」

ちゅちゅ語を思いっきり話してしまう。











わたしの母が闘病中、長女はまだお誕生日前のこんな風な赤ちゃんだった。

死に向かう母親との生活は、それだけで暗くなりがちだったけれど、
「家の中に赤ちゃんがいる」というだけで、その場に笑いが生まれることが間々あった。

たまたま家を訪れた人が長女を見て「うわあ!赤ちゃんがいるー!」と言ったこともある。

その時はその意味がよくわからなかったけれど、人が赤ちゃんでいられる時間ってものすごく短いから
「赤ちゃんに遭遇する」って「うわあ!」なことなのかもしれないなあとも思う。

赤ちゃん、ってそれだけで、ものすごーく、しあわせ!
未来がものすごくたくさんつまっているからかな……。






























にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-20 03:41 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(13)






f0136579_1533676.jpg

パンケーキかクレープか、はクレープ。
おにぎりかサンドイッチか、はサンドイッチ。
目玉かオムレツか、は目玉。
やさしいかいじわるか、はいじわる。
赤か白か、は赤。
子どもか夫か、は夫(ここはあえて)。
夏か冬か、は夏。
海か山か、は海。
ワインか焼酎か、は、えーとえーとえーと。
肉か魚か、は魚。
魚か野菜かは、えーと、やっぱり野菜。

肉か野菜か、はぜったいに、野菜。

明治の文明開化ではじめて牛肉なるものを食べた日本人の、「基本的には野菜と穀物と少しの魚さえあればいい」をわたしの血の中にしっかりと感じる。

魚、食べたい!それも、刺し身で!
とカラダが叫ぶことはあれど、

肉、食べたい!それも牛肉の、真っ赤なやつ!
とカラダの叫ぶことはほとんど、ない。

肉という肉ではないにしても、ワインのつまみにシャキュットリ(ハム類)をつまむことも多いから
それで充分「肉類を欲する部分」は満たされてしまっているのだと思う。

フランス人にしてみれば、シャキュットリを肉類に分類することは
かまぼこを刺し身にカウントしているようなものなんだろうな。








今日は、野菜カレー。

お気に入りの topinambour トピナンブー 入り。
きんぴらは誰も食べないけど、これは誰からも文句なし。



























にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-12 02:15 | お い し い | Comments(6)









f0136579_1582836.jpg

十一月四日、朝の七時七分。

朝焼けの出る日は必ず雨。
今日の雨は冷たかった~。




























にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-05 02:02 | 日 常 空 間 | Comments(5)








f0136579_052022.jpg

コロッケ、はウチの場合わざわざ作るおかずではなくてリサイクルされるものだった。
ピューレがあまったから、とか、ふかしたじゃがいもを食べ切れなかったから、とかの。

作り方もちゃんと知っているわけではなくて、衣をつけて揚げりゃあいいんでしょ、的。

ピューレをリサイクルするときにはすでにかなりの量の牛乳とバターが投入されているし
ふかしたじゃがいもを使うときにもたぶん、「じゃがいもをゆるくするために」牛乳等を入れていた、気がする。

具はたまねぎ・ひき肉のときもあれば、ハムのみじん切りだけだったり色々。
それらを混ぜこんだじゃがいもの扱いにくいことといったら、こんなもん二度と作るもんかと毎度再決心するほど。
タネを冷蔵庫に入れて冷やしてみたりもするけれど、劇的に扱いやすくなるものでもない。

しかし家族みんなはコロッケが大好きで、たまにしか登場しないのもあって、こちらがびっくりするくらいに喜んでくれる。

















熟練フランス人シェフとコロッケの話になったとき、
「ピューレをコロッケになんかできないよ」
とおっしゃる。

「えっ?」
「だって、ピューレをコロッケにしようとしたら、クソッタレ( merde )みたいになるでしょ」

ええええええええ。
まさにおっしゃる通りです。
わたしはじゃがいもという名のクソッタレと格闘して、コロッケを作っているんでございます。

いや、フランス語を話す方のためにちょいと補足すると、正確にはクソッタレみたいになるでしょ、ではなく、
クソッタレな状況になるでしょ、という意味だったかなと。
しかしこう言われたわたしは、クソッタレと格闘している自分が脳裏に浮かんでしまったので。

その熟練フランス人シェフ、続けてこうおっしゃった。
「コロッケを作るんだったら、じゃがいもをふかしてつぶしたら、黄卵を一個か二個、入れるんだよ。牛乳やバターは一切、入れてはだめ」

そんな話、聞いたことのなかったこちらはただただビックリ。
「え!そうなんですか!で?具は?」

「そんなの、なんだっていいよ」

















f0136579_053214.jpg

今日はコロッケを作るためにじゃがいもゆでた。

夫に買い物を頼んだら、何につけてもこちらの期待の倍以上の量のものを持ち帰って来てくださる。
じゃがいももしかりで、野菜かごに入りきれないじゃがいもをなんとしても消費する作戦に出たしだいである。

具は、これまた夫が買いすぎたイタリアハム、モータデル。
こんなの、一枚、二枚を食べるからおいしいのに、薄くスライスしたのが二十枚はあった(ぐちが続きますな)。

これにあわせて昨晩の残り物のシポラタソーセージ。
ふたつをフードプロセッサーで細かくしたもの。
たまねぎのみじん切り一個分。

言われたとおり、ゆでたじゃがいもに黄卵を一個。

うそ。
なにこれ。
まじっすか。

全然手がよごれない。
つるつるとタネがまとまる。

コロッケには黄卵。家訓にします。




























にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-03 00:45 | お い し い | Comments(15)

rêve レーヴ/ 夢







f0136579_372771.jpg

ごくたまに夢を見る。

朝起きたとき「あ、見たな夢」と思う。

そんな時はできるだけ早いうちに見た夢をメモする。
そうしないと忘れてしまうことはわかっているから。

もう、むかーしのこと、といってもニースにいた頃のことだから
ここ十年くらいの、むかーしのこと。

色鮮やかな、衝撃的な映像の夢を見た。
はっきりくっきりの最新型映像で、内容も申し分ない夢だった。

久しぶりに見た夢だったこともあって、わたしはひとり、朝から感動に浸っていた。
ああ、なんていい夢を見ちゃったんだろう……。

ほんとうにいい夢だったな、ああ、なんてすてきな夢だったんだろう、
わたしは午前中のほとんどを、その夢のことを思って過ごしたといっても過言ではないほどだった。

ところが、こともあろうに、お昼近くになって、その夢を思い出そうとしてもどうしても思い出せないのだ。

え……っ。
え、ええ……っ。
ええ、えええ……っっっ。

この時の驚き、というか、悲しみ、というか、後悔、というか、あほらしさ、というか、を、
どれだけの人がわかってくださろうのだろう。

とにかくわたしはもう、ぐじゃぐじゃの感情に、のたうちまわるほどだった(こころの中で)。

うそっ

えっ?あれっ?

どどど、どんな夢、だったんだっけっ?

あせればあせるほど、思いだそうとすればするほど、遠ざかる夢。

あんなに鮮明だったじゃんっ
あんだけ感動してたじゃっ
ななな、なんでっ
なんで忘れることができるわけっわわわわっわたしっっっ!!!!!

この時、「夢うつつ」、ということばをはっきりと理解した(つもり)。

夢は、消えるもの。

それ以来、夢を見たらとにかく冷めないうちに(消えないうちに)メモメモメモ、というのが何よりの習慣になった。

わたしは二冊目の十年日記をつけている。

最近はずいぶんとつけない日が増えてはきてきるけれども
その日にあったことを日記に書き付けるとき、あるいは生理日に丸をつけたりするときに
去年とか二年前、あるいは三年前、四年前ににメモった夢がふと目に飛び込んでくることがある。

えええええええ~~~~~っっっっっっっっ!!!!!
こんな夢、見たんっ?!?!?!オレが?ワタシが?マジでええええ?????

と思うこと多し。

メモっても忘れているわたしってこれ、「夢ははかなし」な話なのか「たんなる老い」の話なのか。




































にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


[PR]
by kyotachan | 2013-11-01 03:58 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30