<   2010年 12月 ( 24 )   > この月の画像一覧






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お母さん、覚えちょる?

わたしは小学校の二年生やった。

学校から帰ったらめずらしくお母さんがいて、
「どら、見せてんね」
てランドセルばのぞいてくれた。

その日に書いた作文の出てきた。

原稿用紙に、一枚か、二枚。
昔は作文、ていうと原稿用紙やったね。
今もそうなんかな。

お母さんは、何も言わんで読んだ。
最後に先生からのことばが赤ペンで書いてあった。

「よく書けているけど、
いちばん言いたかったことはなにかな?」

確か、そんなことばだった。

わたしはだから、
この作文はよく書けていないんだろうと思っていた。
「わたしの言いたかったこと」って何やろなあ?
それも、わからんやった。

そしたらお母さん、

「そりゃあ、お母さんと一緒にお昼ご飯を食べた
てことに決まっとるやろばい」

先生のことばを読んで、
つぶやくようにそう言うたんよね。

その作文には
ある日の一日のことをずらずらと書いて、最後に
「そしてお母さんとふたりで、おひるごはんをたべました」
とくくっていたのだった。

「えっ?」

つぶやくように言ったお母さんのことばを
もう一度聞きたくて、そう言った。

「そうじゃろう?
キョータはお母さんと、
一緒にお昼ごはんば食べた、
てそいばいちばん言いたかったとやろもん」

「、、、、うん、そうかもしれん」

わたしは自信がなかった。

「でもさ、先生は、何をいちばん言いたかったのかな、
て書いとらすけん、この作文、だめとやろう?」

「うんにゃあ!だめじゃなかあ!上手かよお。
キョータの作文は、よう書けとるよお!」

お母さんは、びっくりするくらい、
力強い声でそう言った。

「ほんと?上手?上手に書けとっと?」

「う~ん!こんだけ書けたら上等たい!」

お母さんの、このことばを思い出すとき、
わたしはそれと一緒に、
お母さんの着とった白い看護婦さんの制服が見えるとよ。
そしてそこからただよってくる消毒液の匂いのしてくるんよ。

お母さんやったんやね。

わたしの作文を上手ねえ、てほめてくれたんは、
お母さんやったんよ。

忘れてしもうとった。

お母さんはいつも、わたしの書くものがおもしろい、
そう言うてくれとったとけ。

わたしは東京で働きだした。

そこは建設業関係のメーカーで、
わたしは「書く」ことに何の関係もない仕事をするようなっとった。

わたしはいつも書くことが好きやったとに。
自分の気持ちが、きちんと文字になったときの快感を
ちゃんと知っとったとけ。

もっと書く訓練をする道は
いくらでもあったとけ。

わたしはあまりにも怠け者やった。

自分の気持ちに向き合うことに対しても、
自分の持つ可能性を信じることに対しても。

お母さんはその頃、NHK の朝の連ドラが好きで、
主役の女の子のかわいかかわいか、て言いよったね。

そしてそのテレビの脚本を書いた人が、
もともとはOL やった人で、
シナリオを書く学校へ通って、シナリオライターになったことを知ったら、

「キョータ、お金は出してやるけん。
あんたも仕事帰りに学校に行かんね。
東京やったら、シナリオの学校はいっくらでもあるやろもん」

て言うてくれたんやったね。

わたしは笑うだけで、うてあわんやった。
ほんとに、あの時、行ってみればよかったかもしれんね。

そしたらわたしはもうちょっと、
ましな文章ば書けるごとなっとったかもしれん。

もし、や、かも、は、
ただのぐちになってしまうけん、言わんどこう。

わたしはやっぱり、
この年齢になってはじめて、
書く楽しみを、書く喜びを、
再確認することができたんよ。

わたしはわたしが、今まで生きてきた道を通ってしか、
この気持ちを持つことはできんやったんよ。

ここから、スタートするしか、できないんよ。

「上手よ。よう書けとるよ。こんだけ書けたら上等!」

お母さんは、上から見ながら、そげん言うてくれよっとやろう?

お母さん、ごめんね。

わたしはお母さんの言うこと、なあんも聞かんで、
ほんとうのばか娘やったんやね。

お母さん、ありがとう。

























今年ももうすぐおしまい。母の思い出話もこれでおしまい。>いやまたきっと書いてしまうと思う。一応、中締めです。
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来年はうさぎ年かあ。ぴょんぴょん跳躍の年になればいいな。よい年の暮れを!

ポチおさめ、恐れ入ります。
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by kyotachan | 2010-12-31 21:58 | なげーやつ | Comments(8)

revue ルヴュ/ 雑誌





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今年の春
日本の、ある雑誌のお手伝いをしていた時、
かつて仙台の地方雑誌の校正をしていた友人から、

「へー!
キョータちゃんてどっちかっていうと
〝くーねる〟とか、そっち系ぽいけどね」

と言われた。

わたしは〝くーねる〟なる雑誌を知らなかったので

ほー!〝くーねる〟ですか、
とずっと思い続けていた。

気がつけば、年末になると毎年、
段ボールをいっぱいにして
色んなものを送ってくれている別の友人がいる。

今年はなんといっても
「十年日記」をお願いして、
そして〝くーねる〟も入れてもらった。

「ふるーくていいから」

と言ってあったのだけど、
送られてきたのは本当に古くて笑、

2004年の創刊二号と2005年の年末のものだった。

これしか家になかった、という理由なのか、
これがなかなかおもしろい号だったから、という理由なのか、
はたまたいちばんつまらなかったから、という理由なのかは知らないが、

この雑誌、ほんとうに気に入ってしまった。

あらかた目を通してしまったのに
パラパラとめくってはまた読んでしまう。

どこのページを開いても、
どのページもそこそこにおもしろくて、
なんとなく読んでしまう、
これがいい雑誌なのだあと思う。

そして登場する人たちがこれまた、
いい感じで生きている人たちばかりなのだ。

うーむ。

〝くーねる〟ぽい、と言われたことが
なんだかとってもうれしい。










いやほんとにありがとう。
吉田修一もお初でしたが、おもしろかったです。
これは好きかどうか、と聞かれるとちょと答えに困りますが。






















今気がついたけどフランス語の「雑誌」て「また見る」という意味だ。
そう、ついついまた見ちゃうもの、それが雑誌なのかもしれない。


表紙がまた、いいでしょう?くーねる。食う寝る、なんだろうな、これきっと。>わたしだ!
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by kyotachan | 2010-12-30 22:37 | 喜 怒 哀 楽

décade デカッドゥ/ 十年





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「ねえママ、どうしてわたし、ブログしちゃいけないの?」

長女はもうずっと前からブログの存在を知っていて、
そして友人にもブログを持っている人がいて、
興味津々なのだった。

おそらく夫の了承はとれているのだろう、
わたしにだけにしつこく聞いてくる。

「ねえ、どうして?」

「若すぎるから」

この答えは彼女には気に入らないらしい。

ブログランキングのページで
「小学生ブログ」というカテゴリーを見つけたのは
ほんの最近のことだ。

あ、へえ、と思いつつ
あえてのぞいて見もしなかった。

ブログ、つまりインターネットの世界に、
子どもたちには浸かってほしくないと思うのは、
それはやはり、危険なドアを、
クリックひとつで開けしてまう世界
なのだからと思う。

わたしは人並みに助べえな人だけれど、
それでもこちらの意思を全く無視し、
いきなりエロチックな場所へ誘導されたときの不快感といったらない。

わたしは四十五で(もうすぐね)
長女は十二だ。

わたしはいきなりそんな場所に連れて行かれても
まじっすかー!
とはきすてて、戻ってくることができる。

でも十二のわたしが
そこへ行ったら、そこにのめりこむかもしれない。

長女はわたしとは違う。
それでもわたしは、
わたしだったら、と思うことでしか、
子どものことを考えることはできないのだ。

十年前、
長女は二歳だった。

長男は生まれたばかりだった。

わたしはインターネット、というより、
メールの送着信のためだけに
pcを使っていた。

ブログの存在は知らなかった。
ネット検索、ということも知らなかった。

十年たった今、
わたしにとってはインターネットはもう、
生活の一部、というよりは
これがなくては生きていけないかも
くらいの存在になってしまった。

わたしはクリックひとつで、
世界中のあらゆる場所と、
一瞬にしてつながることができる。

ブログはわたしに書くことの楽しみを
再確認させたくれた場所でもある。

それでも、
十二歳の子どもに、それに
浸ってほしくないと思う気持ちがある。

わたし達の住む地球の
テクノロジーは、
この先どこまで進むのだろうか。

それはほんとうに
わたしたちをしあわせにするテクノロジーなのだろうか。

わたしは、
わたしが百年前に生きていたら、
もっとしあわせだったかも、
と思うことがある。

百年前、
というと1910年。

日本は日露戦争をしている頃だ。

戦争の時代に戻りたいという意味ではない。
そうではなくて、その時代はわたしたちはもっと
人らしい暮らしをしていたのではいか、
という気がするのだった。

わたしたちはこのまま、
テクノロジー天国に住んだ気になって
一体どこへ行こうとしているのだろう?

違う。

違う違う違う。

時代にせいにしたって何もはじまらない。
時は刻々と時を刻み続け、
人はもっともっと便利な世界を求め続ける。

その時代の中で、
わたしはどう生きるのか、
ただそれだけなのだ。

わたしは毎日のようにインターネットのお世話になりながら、
矛盾を矛盾とも意識せず、
今の時代に嫌悪感を抱いている。

進む人は進めばいい。

わたしはもう、このへんでいい。
ここいらで、ちょっと、
昔の生活を、あえて実践してみたいな、
などと思っている。

なんだかそれは
とてつもなくむずかしいことのように思えるけど。













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十年日記、
が今年で終わる。

次の十年日記が
来年から始まる。

わたしの過去の十年は、どんな十年だった?
パラパラとめくると、後悔ばかりが募る気がする。
いや、わたしはこう生きるしか、できなかったのだ、
と自分をなぐさめてみる。

わたしはわたしなりに、
一生懸命、生きてきたさ。

未来の十年が、
もうすぐはじまる。

わたしは時代にぐちをこぼさず
わたしの思うとおりに生きればいい。

merci!merci!merci!

























シッ、、、シ リ メ ツ レ ツ ???


いや、あのその、友だちにただ、ありがとう、て言いたかっただけなんですほんとは。
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by kyotachan | 2010-12-29 20:51 | 喜 怒 哀 楽






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夜の九時ごろ。

最近雨続きで久々に外にでたような。

子どもたち、走る走る。

ほんとにねー、
体、なまっちゃってたよね。

え、わたし?
わたしは走りません。>走れよ。

去年のこの時期も同じように
お出かけしてたんでした。

子どもたち、
でかくなったなあと。

今年はなんだか、
「ニース市、光の競演」?
的な夜でございました。

同じ場所に立っていると
刻々とその場所の色が変わってきます。

噴水わきのツリーも
何本も立っているわけではなく、
一本のツリーの色が次々に変わるんでした。

日本って、二十五日を過ぎると同時に
クリスマス色がゼロになって
お正月へ向けてレッツゴー!みたいなところがあるけど、
こちらはクリスマス過ぎても、年が明けても、
一月が終わろうとしてても、
ずーっとこのクリスマス色のまま、なんですよね。
ほんっとに「お正月」のない国なんだな、と。

ま、一粒で二度おいしい、て感じ、ですか?>違うと思う。

写真だけ、どうぞ。












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すげーなーニース。年々派手になるマセナ広場のイルミネーション。
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去年のブログ見たらやっぱりこの時期雨が多かったみたい。すっかり忘れてましたが。

恐れ入ります。
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by kyotachan | 2010-12-29 05:01 | 日 常 空 間




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うわ!
感動…!

アットマークの位置など
キーボードもかなり正確。

いいねえ、三女。

そうだよね。
こうして段ボールのコンピュータで未来を夢見てた頃が
きっといちばんしあわせだったんじゃないかと思うよね。

キミはわたしに似てきっとアナログ人間なのかもね。
よしよし。

「百年前に生きてたらもっとしあわせだったかも」

なんてふたりで言いあえるのもそう遠くはないのかもしれない。












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なんてほんわか夢を見ていたのはほんの数秒間。

ちゃかちゃかちゃちゃか!
と二本の指で早打ちを楽しんだあとは
DS を取り出して遊びだす三女。

う……っ 裏切ったな、おぬし…!

























ていうか、、、DS で終わりだと思っていたこの手のゲーム機。
長男がもっとすごいの(それがなんなのかよくわからん)をもらって、自然と DS が下ふたりのものに、、、、これって、、、、これって、、、、


長女は i のつく機械。これももうお手上げです。i の世界にはきっと入れないと思う。
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by kyotachan | 2010-12-28 03:23 | ソ ラ 画 伯




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わが家の台所の窓のそばには最初、
プラスチックのエプロン掛けがあった。

わたしが雑貨屋で見つけてつけたもので、
付属のシールではなかなかくっつかず、
強力な接着剤を使ってつけたものだった。

うすっぺらなプラスチックだったせいか
わたしの手荒な動作のせいか、
みっつあったフックがひとつずつかけていき、
とうとうみっつもとかけて、使い物にならなくなった。

しばらく不便をしていたのだが
夫が余った木の端に釘を打ち込んで、
電動穴あけ機(というのでしょうか)で
壁に穴をあけてそれを取り付けてくれた。

なあんだもう、
そんなことできるんだったら、
最初っからやってくれりゃあいいのに。

というぐちをぐっと飲み込んで、

「うわあ!助かるわあ!
うん、これなら丈夫だし、すごくいい!
どうもありがとうありがとうありがとう!」

と大げさにお礼を言ったのだったが、
それも数ヶ月の後に、
ネジがゆるんできて、
とうとう数日前、完全に落ちてしまった。

夫にすぐに「直し」を頼んだのだが、

「そこの壁は厚いからなあ」

などといって腰が重い。

なによ、前回は黙っててもやってくれたくせに、
というぐちをやはりぐっと飲み込む。

わたしもせかさられると気がそがれるタイプだから
なるべくこんな風に夫をせかしたくないのだ。

それにしても頑丈だと思い込んでいたから
エプロン三枚に帽子に(!)吸水性の高いふきんなど
結構な仕事量をこなしてくれていたエプロン掛けなだけに
それまでしっかりとぶらさがっていてくれたエプロンたちが
一瞬にして住みかをなくしたようなもので
それらが今や台所の色んなところに仮住まいしている様子は
なんとも雑然としていて落ち着かない。

というかもう
エプロンなんて掛けるところがあるから使うようなもので
掛けるところを失ったエプロンの邪魔なことったらこの上ない。

昨日、ちと知恵をしぼったつもりで夫に言ってみた。

「いやあ、ありがとうねえ!
何にも言わないのに、早速エプロン掛け、つけてくれて。
すごく助かったわあ!
ほんとにこころからお礼を言いますね。
もう千ぺんくらい言わなくちゃね!
ほんとうにどうもありがとう!ありがとう!ありがとう!」

夫は、きょとん、としている。

「未来のあなたに、お礼を言ってみた」









非常に受けて大笑いしたあと、

「わかったわかった、やるよ」

と笑顔で返ってきた。

おお!これこそかしこい妻の鑑!
えらいぞ!わたし!
とほくそえんでいたのに、

それから二日たった今もまだ、
そのまま放置状態。

なかなかに険しいぞ夫婦道。

























じゃあ自分でやれば?と思うんですが、あの電動穴あけ機、使ったことがなくて恐いのです。>音がもう、工事現場やけん。
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年内にはどうにかしてほしい。>だから自分でどうにかしろよ。、、、く!

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by kyotachan | 2010-12-27 06:02








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なんだか食べ過ぎの日が続いてるし
雨が続いて外出だってしてないし
お腹だってすいてるかすいてないかって感じだし
こんな日はお茶漬けなんかでさらさらっとすませたいねえ。

日本にいたらおそらく
こんな風に言うのだろう。

こちらでは「お茶漬け」なんてぜいたく品、
めったに食べれるものじゃない。

それはおごそかに、超高級料理として
食卓に運ばれるべきものになってしまった。

「さらさらっとすませる」食事といえば
パン・バター・チーズ。

冷蔵庫にあるハム類を全部出して、
残りもののタッパーもすべて出す。

これではあまりにも野菜不足なので
冷凍庫にあった野菜スープを溶かして、
トマト三個をオリーブオイルで炒める。

ま、これがニース版「お茶漬け」だと思うことにしよう。
ほんとうは、全然、違うんだけどね。



























いやあそれにしてもこちら、雨が。いまだに降り続いております。それも結構な雨足で。


家の中の空気が、だんだん薄くなってきてるとさえ感じる今日この頃。明日は雨でも出かけよう。
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by kyotachan | 2010-12-27 04:59 | 六 人 家 族





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二十四日の夜、長女が言った。

「ママ、レヴェイヨンの飾りつけ、してもいい?」

家にあった風船をふくらませて
居間の色んなところにそれをぶら下げていく。

そんなことはどうでもいいらしい三女は
風船を放り投げては遊んでいる。

ん?
レヴェイヨン?

その日の夕食時、夫に聞く。

「レヴェイヨン、て、イヴのこと?」
「そうだよ」

なによ、今の今までそんなこと知らなかったの?
そういう顔をされてしまう。

いや、まてよ。

先週会った友人に、言われたよ確か。

「十二月三十一日、レヴェイヨン、するから」

「え?三十一日?
わたしはでも、家族と一緒だから」

「知ってるわよ。
ひとり者のあの子とするの。
他にもあの子(離婚した子)とか、あの子とか。
去年も、そうだったからさあ」

「ああ」

「ただ、お知らせまで」

レヴェイヨン、はだから、大晦日にも使うのだ。
つまりこれは「前夜祭」のことらしい。
祝日の前日に夜通し行われる祝宴。

大晦日、といって、十二月三十一日を一年のいちばん最後の日とするわたしたち。
新年のはじまる前日、という言い方をするフランス人。

確かに楽しいこと、て、その前日がいちばんうれしいかも。
旅行に出かけるときも、出かける前がいちばんわくわくする。












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この日の夜はこの後、
待ちきれなかった子どもたちと
待ちきれなかったサンタクロース(夫です)が
とうとうプレゼントを開けてしまった。

そうそう、クリスマスに関して、
サンタさんにプレゼントをもらってびっくり!
という経験が一度もなければ、

サンタさんになりすまして子どもたちをびっくりさせる
という体験も
ついに一度もなかったなあ。






















孫のとき、思いっきり楽しむぞ。サンタクロース。>わは。


réveillon レヴェイヨン はだから正確には「前夜祭」です。
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by kyotachan | 2010-12-26 05:48 | 六 人 家 族






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お母さん、覚えちょる?

わたしに長女が生まれたとき
「育児書ほどあてにならんもんはない」
て言うたよね。

「育児書ほど言うことの
ころころかわるもんはなかばい」って。

「上の兄ちゃんの生まれたときは
体中にシッカロールばふりつけんしゃい、
て書いてあったとよ。
そりゃあもうお母さん、
兄ちゃんばお風呂に入れるたびに、
真っ白になるごと、シッカロールばふりかけよった」

全身粉だらけの赤ちゃんだった上の兄ちゃん。
わたしはそれを想像してちょっと笑った。

「そしたらよ、キョータちゃんの生まれた頃にはあーた、
シッカロールは絶対に使わんがよかて、
そげん書いてあるとやもん」

「あら、なんで?」

「シッカロールにはダニのつきやすかとげな」

「あ、マジ?」

「お母さん、もうなんかあほらしゅうなってさ。
育児書なんかに振り回されて、やっとられんて思うたさ。
そいがさ、ちょこーっと変わる、ていうとやったらまだわかる。
そいじゃなかとやけん。
いうことの、もう、なんつーか、
百八十度、全く違うことになってしまうとやけん」

なるほど。
育児書のいうことは、
変化するっちゃね。

「おしゃぶりなんか、その代表ばい」

「おしゃぶり」

「よか、てなったり、だめ、てなったり
まあ、言う人によって違うとやろうけどね」

「ああ、へえ」

「そいけん、あんたも、
いい加減に読んだ方がよかよ、育児書は。
結局好いたごとするが一番よかとよ」

わたしが選んだ育児書は、
母が愛読していた「暮らしの手帖」にのっていた
「スポック博士の育児書」だった。

アメリカの小児科医だったスポック先生の書いた本で、
育児書というか「読み物」としておもしろい本だ。

この本を好きだなあと思うのは、
スポック先生自身が、母と同じことを言っている点だった。

「ぼくはこんな風に赤ちゃんのことを書いているけれど、
でも、お母さんがいいと思ったことが、実はいちばんいいのです。
お母さんが正しいと思うことが一番正しいのですから、
それを信じて子どもの世話をするのがいい」

言い方は違うかもしれないが、そんなことが書いてある。

わたしは、母と、そしてスポック先生のおかげで、
育児書をあまり頼りにしないでいられたと思う。

長女は離乳食をほとんど食べなかったけれど、
それもあまり気にならなかった。

やせ細っているわけではなかったし、
機嫌もよくて、外で遊ぶのが大好きな子だった。

食べないことが
それほどの問題とは思えなかった。

今年十二歳になった長女は食べ盛りに突入して、
まだ食べるの?というほどに食べるようになった。
人は生まれてすぐの頃は、
食べることよりももっと興味のあることが
他にたくさんあるのだと思う。

長女が赤ちゃんの頃、
離乳食作りに熱心なお母さんがいた。

長女と同い年の男の子のお母さんで、
昨日はこれを食べさせた、
これをこんな風にしたらよく食べた、
とそれはそれは熱心だった。

ある日、彼女はどうしても
「納豆」
を自分の息子に食べさせたくて、
でも思うように食べてくれないので悩んでいた。

そして翌日、お水で少し洗ってぬめりをとってあげたら
よく食べてくれたと言ってよろこんでいた。

わたしはそれを聞いて、
その離乳食にかける彼女のパッションに
面食らった気持ちになったものだった。

いや、もっと正直に言えば
わたしはその人を軽蔑さえしていた。

生まれて一年にもならない人に、
そこまでして「納豆」を食べさせる理由があるのか、
わたしにはどうしても理解できなかった。

離乳食に関しては
それほどまでに熱心なそのお母さんは、
彼女の息子が
「本を読んで」
とせがんで来るといつも
「うるさいからあっちに行ってて」
と追い払っていた。

「一回読んであげるとしつこく言ってくるから頭にくる。
買ってあげた本も押入れに片付けてある」
と言っていた。

そのギャップが、わたしには鼻についたのだと思う。
離乳食にかける情熱を、どうして、ほんの少しでも
本を読んであげることに、向けてあげられないのだろう。

わたしは、その全く逆だった。
離乳食作りにはまるで熱くなれなかったが、
長女が本を読んでとせがんで来たときには、
彼女があきるまで、それこそ十冊も二十冊も読んであげた。

おそらく、そのお母さんは、
わたしが思うのと全く逆の理由で、
わたしを奇異な目で見ていただろう。

離乳食作りにまったく関心を示さない怠慢な母親。
あるいは軽蔑さえされていたかもしれない。
わたしがそうだったのだから別段驚くこともない。

子育ては人それぞれ、
自分がいいと思う方法で、
自分勝手にやればそれでいいのだと思う。

またそうでなければ、
人を育てるなんてことできっこないとも思う。

わたしが大学を卒業して会社員になった時、
営業部長さんから
「キョータさんは世間知らず。常識がなさすぎる」
と言われてショックを受けたことがあった。

電話でお母さんに話して聞かせると
お母さんはちょっと困ったように、
「わたしはキョータを常識にある人に育てたわけじゃないから」
と言った。

その時はわたしはそれを聞いて
へなへなへな~となりそうだった。

今はそんなお母さんに育ててもらってよかったなあと思う。

常識、て今でもよくわからん。

常識のある大人になりたいけど、
一生かけてもなりきるのやろか、
わたしにはとんと自信がない。

お母さん、
お母さんが育てた子どもは、
ちゃんと育ったやろうか?

わたしがちゃんと育ったかどうか、
自信はないけど、でも、
わたしはお母さんに育ててもらってよかったよ。

お母さん、どうもありがとう。

























今年の宿題、のような気がして、あせって書いとります。今年もあと一週間、かあ。>え、もうきった?
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クリスマスが終わると同時に「お正月」モードに切り替わる日本と違ってこちらは一月の末あたりまでクリスマスモード続行。>だらしなかとよ。

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by kyotachan | 2010-12-25 07:03 | なげーやつ | Comments(22)







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大げさでも冗談でもなく
わたしの育った家では
クリスマスを祝ったことは
たったの一度も、なかった。

高校生のとき
友人がため息まじりに言った。

「最近はクリスマスに目を覚ましても
枕元にプレゼントが置いてなくて残念」

こう言うのを聞いて
心臓がぴくんとするほど驚いた。

よその家では「クリスマス」を祝っているのだ
ということすら高校生になるまで知らなかった。

きっとこの子は特別な家庭なのだと思い、
周りの友人に聞いてまわったら
ほとんどの人たちが

「あったあった、小さい頃は
クリスマスに起きたら枕元にプレゼントが置いてあった」

というのでさらにびっくりした。

親にその話をして聞かせても
「よそはよそ。ウチはウチ。
おまけにウチはキリスト教でもないし」
と言われて軽くあしらわれ、
ついに最後まで「クリスマス」という行事は
わが家にはやってくることはなかった。

一度だけ、わたしが小学校のころ、
線路の向こうにあるケーキやさんのデコレーションケーキがおいしい
と聞いた母親が、クリスマスのホールケーキを買ってきたことがあった。

白いクリームをはさんであるケーキの上には
やはり白いクリームがかかっていて、
薄く切ったメロンとイチゴが、
交互に並んでいた。

それはほんとうにおいしいケーキだった。
これが唯一のクリスマスの思い出のようなものだが、
これとて、おいしいケーキを、たまたまたクリスマスの日に食べた、
というだけのことで、クリスマスとはあまり関係なかった。
なにせこれが翌年も、とはならなかったのだから。

大学生になったら
クリスマスは
友人と飲んだくれる言い訳に使われるようになり、

恋人ができたら今度は
プレゼントを交換しあい、
レストランでおいしいディナーを食べる行事になった。

結婚して子どもができると
「サンタクロースはボク」という夫が
子どもたちにプレゼントをするのを楽しむ行事になった。

ニースへ来てからは
フランス人の「ノエル(=クリスマス)」への思いは
「血に組み込まれてる」
くらいに熱心で、それにも圧倒されるのだった。

そんな人たちを見ても
わたしの中ではクリスマスは
なんだか宙ぶらりんの行事で、
なんだかなあ、という気持ちがずっと続いていた。

いた、
というのは今年はそれがちょっと、
変わってきた気がするからだ。

まあまあ、
そんなにむずかしく考えることはないのじゃないの?

一年の、一番最後の最後に、
普段は食べないものを食べながら、
普段よりちょっといいワインを飲みながら、
今年も家族そろって、
この日を向かえられるということに感謝する、
そんな一日だと思えば。

ありふれた奇跡(山田太一さんです)に乾杯。

メリークリスマス!












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クリスマスなので雪、降らせてみたりして。>え?なんか、うるさい?
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明日まで降り続く予定。ニースは残念ながら、雨・雨・雨。>そして温かい。く。

恐れ入ります。
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by kyotachan | 2010-12-24 02:31 | 六 人 家 族

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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