カテゴリ:なげーやつ( 67 )






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「わたしのお母さん、こんなことを言ったことがあるんですよ」
ユイは食事のすんだ久子さんとおじさんのために熱いお茶を入れている。

「わたしのお父さんのことは、一生愛するって決めた、でもともさんのことはそんなこと決めなくても一生愛してる、って」
久子さんとおじさんは顔を見合わせた。

「そうだねえ。夫婦って、決意しないと続かないかもね。わたしたちもふる~い家族になれたのは、一生こいつで行くぞ、て決めてやってきたからかもしれない」

久子さんが言うと、おじさんも口を開く。

「そうだそうだ。一に忍耐二に忍耐、三四がなくて五に忍耐。これが夫婦」

「こりゃまたべたなことをおっしゃるねえおじさんは」
久子さんのことばで三人が爆笑に包まれる。

「友人には、この年になると、友人にはただただ、ぼくよりは長生きしておくれよ、て思っちゃうよ」
おじさんのひと言で、今度は三人が黙りこくる。

「わたしのお母さん、そんな友人がひとりいるってことがうれしくてしょうがないって」
ユイが言うと久子さんがなんどもうなづく。
「うんうん、ほんとうにそうよね」

「十年前にともさんがキュマンを開いて、それは自分の道をも開いてくれたような気がするって言ってました」
「へえ~!そうなんだ~!」
久子さんが言う。

「ええ、だから、わたしのお母さん、ともさんを愛しているだけじゃなくて、ものすごく感謝もしているんだって」

その時、大きな音がして引き戸が開いた。
ユイはそちらに笑顔を向ける。

「いらっしゃいませ!」(了)











今日のお昼はカレーにしませんか。それもとびきりおいしいやつ。テイクアウトオッケーだって!
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わたしたち家族六人で行ったらわたしはカウンターの中に入れてちょ?
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カレーはその日のおススメにいたしまする。

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by kyotachan | 2016-05-31 16:33 | なげーやつ | Comments(0)









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「ウチにともさんがひとりで写っている写真があるんです」
ユイは久子さんに出すチキンカレーを盛りながら言う。

「わたしのお母さんとふたりで旅行したときの写真。たぶんトンガ王国のホテルかなにか」
ユイが言うとおじさんが反応する。
「トンガ王国?!」

「ええ、ご存知ですか?フィジーのそばにある、小さな島なんですが」
「名前は知ってるけど、でも、トンガに行った人なんて知らないよぼく」

久子さんは楽しそうに笑ってカレーの皿を受け取る。
「ほんとだよね。トンガに行く人、そうそういないわ」。

「わたしのお母さんとともさん、確か、ヴェトナムにも行ったみたいです」
ユイが言うと、おじさんが小さくうなづく。
「へ~え~」

「それで、その、ともさんがひとりで写っている写真を見て、妹がわたしのお母さんに聞いたんです。この写真、誰が撮ったのって」
おじさんと久子さんは黙ってユイの話しを聞いている。

「当然、ふたり旅で、ともさんの写真はわたしのお母さんが撮ったはずだから、わたしのお母さんは『わたしよ』って答えたんですが、妹にはそれが通じなくて」
カウンターの向こう側でふたりは話の行き先を見守る。

「あの、つまり、妹には、わたしのお母さんに見えていたらしいんです。ともさんが」
「ああ、うんうん、似てるよね」
久子さんがカレーをほおばったまま言う。

「そうですか?似てますか?」
「う~ん。なんていうんだろう?似てる瞬間がある、ていうほうが当たってるかな」
久子さんがいうとユイがうなずく。
「そうか。そうですね。似てる瞬間は、あるかもしれないです確かに」















詩の写真もあるよ!
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今回で終了のつもりだったけど、「9」まで行くことにした。きゅー。きゅまんー。らっきーなんばーのきゅー。
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だらだらとほんとにもう。

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by kyotachan | 2016-05-30 21:11 | なげーやつ | Comments(0)









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引き戸がガラがラッと開いて、ひょっこり、顔がのぞいた。
「こんにちは~」

「あっ。いらっしゃいませっ」
ユイは大声であいさつをする。

「あらやだ。あなた、携帯、忘れたでしょ」
女の人はおじさんを見るなりいきなり言う。

「あれ?そうだった?」
おじさんはズボンのポケットをまさぐるようなしぐさをしてみせる。

「ユイちゃーん、こんにちわー。早速来たわ」
女の人はユイのほうを見て言う。

「こんにちは。久子さんの、ご家族だったんですね」
ユイが言うと、久子は答える。
「そうよん。ご家族もご家族、ふる~いご家族」

「なんだそりゃ」
おじさんは言って苦笑い。

「久子、このおじょうさんのこと、知ってるんだ」
「知ってるよ~。ほら。ユイちゃんのお母さんが、あの、ひのえうまの会の人なのよ」
久子が言うと、おじさんはきょとん、とした。

「はっ?はっはー。ついこの間、ホテルのスイーツ借り切ってどんちゃん騒ぎやった、あの会?」
「どんちゃん騒ぎじゃないでしょ。ひのえうまの会でしょ」
「へえ。それって、あの、頭まーっしろだった、あの人でしょ?」
久子さんはユイと顔を見合わせて笑う。
「そうだねー。恭太さんは髪の毛、みごとに真っ白だね」
久子さんがそう返すと、おじさんが言う。
「うわー。そうだったんだー。ぼく、なんか、六十女の集まりに圧倒されて、すぐに退散しちゃったからなー。なんだ、あの人とともちゃんが、仲良し、なわけなの?」

「なんだよね?」
久子がユイに向かって言う。ユイはこっくりとうなずく。

そして、おじさんの前に空のお皿があるのを見て叫ぶ。
「あらやだ!あなた、もう、食べちゃったの?」













今日のカレーもおいしいです。
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2026年といえばあーた!ひのえうまの会開催の年ですよ。
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え?開催地、東京になったのかって?安心してください。ニースでもやります。

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by kyotachan | 2016-05-26 16:33 | なげーやつ | Comments(0)









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「ともさんと一緒に働かせてもらって」
ユイが言う。

「お母さんとともさん、似ているなあっていうところもあるんですけど、決定的に違うところもあるんです」。
「ああ、そう」
とおじさん。

「ぼくはあなたのお母さんは存じ上げないからなんとも言えないけど」
「そうですよね」
「ともちゃんのことだって、まあ、そんなには知らないけどね」
おじさんはそう言って付け合せのピクルスをカリッとかむ。

「決定的に違うところは、」
ユイはそう言って一呼吸おいた。

「お母さんは変わっているんですけど、ともさんは変わってない、てところかな」
「……、何?あなたのお母さん、て、変わってるの?」
「もう、ものすごーく」。

あまりにも力を入れて言うユイの姿におじさんはふきだしてしまう。
「あーっはっはっはっはっは!」

「それなのに、わたしのことを変わってるって言うんですよ!」
そう続けるユイにおじさんは笑いが止まらない。

















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子どもたちに「変わってる」と言われる母親って一体全体なんなのよ。
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でもね、次女のユイもヘンなのよ。なんかこう、ヘン。あれ?わたしに似た?

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by kyotachan | 2016-05-24 16:30 | なげーやつ | Comments(0)









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博多にあるその大手予備校にともさんとお母さんは一年間通った。
おおむね真面目な浪人生活だったらしい。
夏の間、ほんの数回だけ、寮を抜け出してディスコと居酒屋に行ったことをのぞけば。

ユイは打ち明け話をするように言って楽しそうに笑う。
おじさんは早速カレーを食べ始めている。

「浪人生活で何が楽しみだったかというと、食べること、だったらしいんです」
「うんうん、そうだね。ぼくも経験があるからわかるよ」

おじさんはそう言っておいしそうにカレーをほうばる。

「ともさんとお母さんにとってはそれはカレーのお店に行くことだったらしいんです」
「ああ!へえ。そうなの?」

ええ、と言ってユイはおじさんのコップに水を足す。

「なんでも博多中にあるカレー屋さんはほとんど行った、ということです」
「そりゃあ、すごいな」

おじさんはそう言って、あ、でも、と言う。
「博多って割りと小さな地方都市なんだよな。一年もあれば、それも可能だったのかも」
「ええ、お母さんもそう言っていました。都会なんだけど、小さくて動きやすい街だったって」

「それでね、これはお母さんが後から思ってひとりで笑ったことらしいんですけど」
ユイは言う。

一年後に晴れて、ともさんもお母さんも東京の別々の大学に進学した。

そしてはじめて山手線に乗ったときの感動は今も忘れない。
「代々木」、は予備校生の自分にとっては特別な名前だった。

「代々木ゼミナール」はとても有名な予備校として知られていたから。
そしてそれが「山手線の代々木駅前」にあることは聞き知っていた。

しかしそれが「新宿駅」と「原宿駅」にはさまれていることは知らなかった。

大学生になって代々木駅から予備校生と思われる軍団が降りて行くとき、訳のわからない感動を覚えた。
「新宿」と「原宿」にはさまれて一年間という限られた時間の中で受験勉強にまい進する浪人生。

大学生になったお母さんは代々木を通るたびに、
「がんばれーがんばれー新宿や原宿に負けるなー」
と胸の中で言っていた。誰にあてるともなく。

そしてね、とユイは笑う。
「ともさんが十年前にキュマンを開いたとき、それが代々木、だったことが、ものすごくおもしろかったんですって」。










だから、キュマン、てなんなのさ?
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オープンに間に合わなかった……。もうちょっと続いちゃう。ごめん!
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by kyotachan | 2016-05-23 18:00 | なげーやつ | Comments(0)







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「あざーっす!」
引き戸が開くと当時に大きな声がし、野球帽をかぶった顔がちょこんとのぞいた。

「あっ!おはようございます!」
ユイが答える。

「チャリ便、お届けにあがりましたー!」
「はいっ。ありがとうございますっ」

ユイは言いながらカウンターから出る。

表にはチャリ便、という名前の通り、前面に大きな箱を取り付けた自転車が停まっている。
「鍋、中まで運びますか?」
野球帽の、少年、と呼ぶのがふさわしい少年がユイに向かって尋ねる。

「……、そうしてもらって、いいですか?」
ユイがおそるおそる言うと、
「もちろんです!」

野球帽の少年は鍋を抱えて店の中に入ってきた。
ユイは彼を誘導して、コンロのところまで鍋を運んでもらう。

「これでよろしいですか?」
少年に聞かれてユイは、
「はいっ!よろしいですっ!」

少年とおじさんが思わず顔を見合わせたのを見て、今のはヘンな日本語だったんだなとちらりと思う。
「今夜また指定の時間に引き取りに参りますっ」
少年はそう言って出て行った。

ユイは届いたカレーを早速小鍋に少しだけとって温めはじめる。
おじさんがそれを見ながら言う。
「へーえー。カレーが、こうやって届くんだ」

ユイは鍋を掻き回しながら答える。
「そうなんです。代々木から谷中までカレーを届ける方法についてはけっこう最近まで問題だったんです」
「ふん、だろうねえ」
おじさんが言う。

「今日はチキンカレーです。よろしいですか?」
ユイが言うとおじさんは間髪入れずに答える。
「よろしいですよよろしいですよ」

ユイはからかわれているらしいのを感じながら、それのどこがヘンなのか聞かない。
そしてカレーをかき混ぜながら言う。

「お母さんとともさんが出会ったの、河合塾という学校なんです」
「河合塾?……って予備校だよね?」
「はい、大学へ行くための学校だって」
「へえ、そうなんだ」

ユイはちょっと考えてからまた言う。
「正確には河合塾、の寮、ということらしいです。お母さんの部屋とともさんの部屋、向かい合わせだったらしいです」。


















こうなったらもう、書きたいことだけ書くー!>あ!それはいつものことか!
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おもしろくない?ごめんねー。

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by kyotachan | 2016-05-20 15:53 | なげーやつ | Comments(1)









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「ちょうど、今から十年前のことなんです」
「ああ、あなたの、お母さんが詩を書いたのが?」

おじさんは結局、もう一本のビールを注文した。

「はい、わたしは十三歳だったんですけど、ものすごくよく覚えているんです」
「へえ、そう」

ユイは楽しそうに笑う。

「だって、もう、それが、詩、というか、文字を覚えたての赤ちゃんが、うれしくてただただ知っている単語を並べただけのような詩で」

おじさんはおいしそうにビールを飲んでいる。

「太郎、次郎、キュマン、
太郎は船のキャプテン、
次郎はタムタムの奏者、
キュマンは三男」

ユイは詩を口ずさんだ。

「なんだかもう、とにかく何を言いたいのかさっぱりわからなくて、家族で大笑いしたんです」

おじさんは黙って耳をかたむけている。

ユイは遠いことを思い出すような顔をする。
「わたしのお姉さんが、手伝って、それからなんとなく、詩、みたいな形になったんです」
「お姉さんが、いるんだ」
「はい、わたしの四つ上の」
「そう」
「でも、最後までお姉さんも『どうしてスリッパなの』て言ってたんですよねえ」
「えっ?」
おじさんがすっとんきょうな声をだすとユイはまた笑った。

「なんか、カレーのお鍋に、スリッパが入ってる、て一節があるんですよ」
「ほう。それは、どうして?」
「韻、というんですか?最後の音を、そろえる」
「ああ、韻。うん、韻を踏む、だね」
「そう、とにかく、韻を踏めば、それでいい、みたいな」
「……ふ~ん。スリッパ、ねえ」

おじさんにはそれがどんな詩か、想像もできないようだ。

「お姉さんは最後には『お母さんの詩なんだからお母さんがいいと思えばそれでいいんじゃない』って」
「うん、そりゃあ、そうだ。あなたのお母さんの詩、なんだもの」

おじさんが簡単に同意すると、ユイは困ったように言った。

「だけど、やっぱり、それってものすごくヘンな詩なんです」。
「なんだか、読みたくなっちゃったな。あ、と言っても、ぼくはフランス語は読めないだよなあ」
おじさんは残念そうに言う。

「大丈夫です。お母さんが日本語にしたのもあるし」
「ほんとう?じゃあ今度は代々木の本家に行かないとなあ」

ユイはにっこり笑って答える。
「はい、ぜひ」。


















どのくらいの人たちに伝わっているんでしょうかこの話。
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もうちょっと続く……。

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by kyotachan | 2016-05-19 16:34 | なげーやつ | Comments(0)








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「キュマンのお店に鏡、ありますよね?」
ユイがおじさんに聞く。

「ああ、うん、あるねえ。鏡」。
おじさんが答える。

「その鏡に、フランス語の詩が書いてあるんです」
ユイが言うと、おじさんは何かを思い出そうとする表情になった。

「……、ああ、へえ。そうなの?英語じゃないなあ、読めないなあ、とは思ったことがあったんだ」。
「そうですか」。

ユイはなんだかもう、どうしてもこらえることができなくて、大笑いした。

そんなユイを見て、おじさんはちょっとびっくりした。
「あれあれ。どうしちゃったの。あの詩、なんかそんなに楽しいことが書いてあるの」

ひとしきり笑ったあと、ユイが言う。
「ごめんなさい。ひとりで笑うのは悪いですよね。いえ、あの詩、わたしのお母さんが書いたんです」
「へえ!そうなの?ってことはお母さん、……、フランス人?」
おじさんが聞く。

「あっ、えーと、わたしのお母さんは、日本人。わたしのお父さんは、フランス人」。
ユイが言うと、おじさんは納得した顔になった。

「そうかあ。どうりで日本人にしちゃあかわいいなあと思ったんだ。フランス人が混ざっているんだね、おじょうさんは」
「はあ、まあ、ええ」

少しの間、沈黙があった。
ユイは迷った。もう一本ビールをすすめるべきか、それとも冷たいお水を出すべきか。
結局ユイは小さい水用のコップをカウンターに置いた。

それに水差しの水を注ぎいれているときにおじさんが言う。

「いや、なんか、オレ、ばかだったなあって今、後悔してるのよ」
「えっ?なんですか?」
ユイはことばの意味をよく理解できなかった。

「あ、だからね、なんか、書いてあるなーとは思ったんだけど、何が書いてあるかはたずねてみたことがなかったから」
「ああ、はい。きっと、そんなものですね」

「一度くらい、聞いてみたらよかったよ。ともちゃんに。ごめんね」。
「え?いえいえ、そんな、ごめん、とか、言わないでください」
ユイが恐縮して答える。

「それで?」
「え?は、……はい?」
「その詩、あなたの、お母さんが書いた詩、あれ、なんて書いてあるの?」

うふふふふ、ユイはまた、おかしくてたまらないといった風に笑った。



















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by kyotachan | 2016-05-18 15:31 | なげーやつ | Comments(4)





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引き戸がガラッと開いて小さな顔がひょっこりのぞいた。
「いらっしゃいませ!」

ユイはカウンターを拭いているところだった。
反射的に声が出たが、こちらの準備はまだできていない。
壁には小さな日めくりカレンダーがかかっていて、日付は2026年の五月十七日になっている。

「……、えーと、まだ……」

ユイははじめてのお客さんに胸をはずませながら、申し訳なさそうに言った。
のぞいた小さな顔は齢五十から六十、と言ったと感じのおじさんだ。

「だよね。まだ、十時だもんね。こっちに用があって、寄ってみたんだけど。キミが店長さん?」

テンチョーサン、が何のことか、わからなかった。
「えっとー、はい、あの、テン、チョー、サン?」

向こうもユイの日本語能力のことを瞬時に理解したらしく、
「ああ、えーっと、キミがここで働いているの?」
と言い直した。

「はいっ!」

ユイは元気に返事をする。
「あのっ。カレーはまだですが。飲み物はあります」

お客さんは入ってくれるのか、それだけを心配していたユイはお客を逃してはならない気持ちで一杯だった。

「おっ。いいの?入っても?」
顔だけのぞかせていたおじさんが、引き戸をいっきに開けながら言った。

「もちろんです!」

ユイはカウンターを端まで拭きおえ、おじさんに言う。
「どうぞ、どこでも」。

おじさんは店内をぐるりと見回して、カウンターのちょうど真ん中に腰を下ろす。
「ここも、カウンターだけなんだ」
「そう。ここは前はバーでした。わたしのお母さん、来たことがあります」
「へえ。あなたの、お母さんが」。

「はい。あ、あの、飲みものは?」
ユイが聞くと、おじさんは言った。
「そうだなあ。ビール、もらおうかなあ。実は上野から歩いてきたからのどが渇いているんだよね」
「はい、ビール、ですね!」
ユイが答えると、おじさんがおかしそうに笑う。
「元気だねえ」。

「あっ、はいっ、すみません。いま、どきどき、しているのでっ。お客さんがはじめてのお客さん?あれ?なので」
「そっかそっか。ぼく、キュマン二号のお客さん一号なんだ。光栄だなあ」
おじさんはそう言ってうれしそうに笑った。

細いビールグラスにビールを注いで、グラスの半分ほどをいっきに飲み干した。
ユイはつき出し様に準備しておいたもやしのナムルを小鉢に入れて出す。

「あれ。これ、ともちゃんの?」
「はい、ともさんの、です」

おじさんはもやしをつまみ、残りのビールをいっきにたいらげた。
「やっべえ。のど渇いてたからいっきに飲んじゃった」

ユイもその飲みっぷりがなんだかおかしくて一緒に笑った。

「あなた、ともちゃんと親しいの?」
おじさんが聞く。

「……、親しい、親しい?えーと、ともさんはわたしの先生。三ヶ月、一緒に働きました」
「あ、へえ」

ユイはおじさんを相手になぜ自分がここで働くことになったのかを説明しだした。
時にはしどろもどろになりながらだったけれど、おじさんは辛抱強くユイの話に耳をかたむけた。


















わーっ!いきなりはじまった十年後の世界。なげーやつにするつもなんか全然なかったんだけどー!
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一回で書けそうにないので、次回に続きます。行き先?不明よ。

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by kyotachan | 2016-05-17 04:47 | なげーやつ | Comments(3)









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「クレモン、今年はもうそろそろ終わりね」
マモンは夕食のあと、ワイングラスを片手に言った。

「今年はちいとも寒くないからなんだかそんな気が全くしないけど」
ジャッドは食後のデザートのチョコレートムースを食べながら言う。

「あたらしい年はどんな年になるかしら」
マモンはぼくに言うともジャッドに言うともなく言う。

「今年だって来年だって同じ日の続きでしょ?何も変わりっこないよ」
ぼくが言うと、マモンの顔がちょっときびしくなった気がした。

「そうね、クレモン。あなたの言うとおりだわ。年が変わるって言ったって、それは今日から明日になることなのよね」
マモンが言うとジャッドがそれに続いた。
「でもさ、でもさ、やっぱり、年が変わる、てちょっと違わない?だって来年わたしは十七歳になるしクレモンは十六歳になるわ」
マモンがにやりとして言う。
「わたしは五十三歳になる」

うふふ、とジャッドが笑い、ぼくも笑った。

「わたしは今年中に無駄毛の処理をするわ」
突然マモンが言うからぼくはふきだした。
「なにそれ!」

「数日前に自分のすね毛を見て、ぎょっとなっちゃった。ビーチに行かなくなるとつい無精になっちゃって。これじゃあ恋人ができないはずだわ」
「え、マモン、恋人、ほしいの」
ジャッドがびっくりした声を出す。

「う~ん。ほしい、というわけではないけど、クレモンにはサラがいるし、ジャッドにだっていつボーイフレンドができるかわからないし。わたしに恋人がいてもいいかなって思ってるだけ」

ふ~ん。
ぼくたちはしばらく黙りこんだ。

「来年は今年より少しだけいい年になればいいわ」
マモンが言う。

「たくさん、じゃなくて、少しだけなの?」
ジャッドが言うとマモンが答える。

「そう。少しだけ。毎年少しずつ、前の年よりいい年になるように。十年たてばそれがいつの間にかたくさん、になっているように」
マモンはおいしそうに赤ワインを飲み干した。(了)






















だらだらとおつきあいいただきまことにありがとうございます。

無駄毛の処理をしなくちゃいけないのはわたしでございます。

年の瀬になると「今年中に!」ということがちらほらと……。けっこーくだらないことなんですが!
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by kyotachan | 2015-12-30 17:28 | なげーやつ | Comments(0)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
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