カテゴリ:喜 怒 哀 楽( 248 )

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「勝ち組」「負け組」ということばをはじめて聞いたとき、
ものすごーくいやな気がした。

わたしは負け組だろうなととっさに思った。








気がついた。
「勝ち」「負け」の相手は自分なんだなって。

自分に勝つか負けるか。
そう思ったら自分には勝とうと強気になった。

今年をいい一年にしようね、と友人に言われて、
今年じゃない、今日をいい一日にしようと思いなおした。

今日一日、わたしは自分に勝った?

















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by kyotachan | 2018-01-09 01:51 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(4)

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わたしは今年五十二になるのだけど、
この年になるとさすがに、
自分の好き・嫌いくらいははっきりとわかるようになる。

なにをいまさら
とお思いかしら。

わたしはほんとうにお恥ずかしいことなのだけれど
この年になるまで「自分がほんとうに好きなこと」がはっきりしていなかった。

いつも「今は好きじゃないけど、この先好きになるかもしれない」という気持ち、
「今は興味が持てないけど、いつかはきっと興味が持てるんだろうな」という気持ち。

そんな気持ちを宙ぶらりんに抱えていて、だから、
自分がほんとうに好きなことってずっとわからないままだったような気がする。

十代の頃、母親や友人から、「スカートをはきなよ。きょうたにはスカートのほうが似合うよ」
とよく言われた。

短足なわたしがしょっちゅうGパンでいる姿を見て気の毒がり、
ほんとうにわたしのためを思ってのアドバイスだったのだろう。

はいてはみるのだ。
はいてはみるしそれを鏡に映して悪くないとは思うのに
出かける段階になっていつものGパンに着替えてしまう。

そしてわたしは思う。
今はスカートって気分じゃない。
でもきっとそのうちスカートな気分になるはず。
スカートを嫌いなわけじゃないもの。

大学生になった春休み、わたしは母親に頼んで化粧品一式を買ってもらった。

実家の近所にあったSフィーナの専門店で、基礎化粧品一式と、口紅、頬紅、アイシャドー。
お店のおばさんに化粧の仕方を教えてもらい、こてこての化粧顔で帰宅した記憶がある。

東京の大学生になるのだし、化粧くらいはしなくては。

そういう気持ちはあったのだわたしにも。
ただ、肌がそれを許さなかった。

三日後、大荒れの肌を発見。

そこからは、Kネボウ、S生堂、Kセー。
大手のものはほとんど試して、決まった法則があるかのように三日めに肌が荒れた。

あれれ。
お化粧、あわないの?わたし?

たいした後悔もなくわたしは化粧というものから遠ざかった。

それでも帰省のときに母親が周りの大人たちに「きょうたはお化粧とか興味のなかごたっとですよね」
などと言うのを聞くたびに

「いやいや、それは違うから。興味はあるから。ただ今は肌荒れしちゃうからしたくないだけで」
と思っていた。

東京で就職した。

ジュリアナ東京、と聞いてどのくらいの人がわかるだろう。
記録をたどってみたらそれは1991年から1994年までのたった三年間しか存在しなかったらしい。

ディスコ。
いま現在、この単語が生きているかどうかさえ自信がない。

その当時、あまりにも有名だったジュリアナ東京というディスコにはついに、一度も足を運ばずに終わってしまった。
いま思えば、東京というあの小さな空間に、あの時代にせっかく居合わせたのだから、一度くらいは行ってみてもよかったなと思う。

お立ち台、と呼ばれる場所に派手なセンスを振り回す、ボディコンドレス着こんだ女性たち。
何度もテレビや雑誌で見たあの光景。
全く、ほんとうに全く、そこへ行きたいという気持ちはわかなかった。

楽しかったディスコの思い出はある。
博多で過ごした浪人生時代に女子寮を抜け出して行ったディスコだ。

確か入り口で二千円だかを払うと飲み放題、食べ放題だった。

十種類以上のカクテルが並んでいた。
わたしははしから順番に飲んでいって、そして途中で気持ちが悪くなった。

博多で専門学校へ通っていた友人宅のトイレではいた。

大学時代に行ったディスコの思い出はまったくない。
行ったのに覚えていないのか本当に行かなかったのかさえわからない。

就職してからも相変わらずで、仲のいい友人とはバーで待ち合わせ。
そのあと居酒屋かすし屋、たまにフレンチかイタリアン、が定番だった。

でもこころのどこかでは思っていたのだ。
いまはこのスタイルが好きだけどそのうちにわたしにもディスコの時代が来るかもしれない、と。

結婚して子どもができた。

同時期に子どもを生んだ大学時代の友人が、
「最近はスカートをはく機会が増えてきてそれがうれしい」
というようなことを言った。

ああ、そうなんだあ。スカートねえ。ふんふん。

説明のできない不可解さがそこにはあったのだけど、
それが何なのか、わたしにはまるでわかっていなかった。

ずっと後になって、ああ、そうかあと気がついた。

わたしのその友人は確かに大学時代からスカートをよくはいていた。
下北沢に実家があって、高校は六本木。

絵に描いたようなお嬢さまだった。
ひらひらっとしたスカートがよく似合うのだ。

わたしは大学時代からずっとTシャツあるいはトレーナー、下はGパンに足元はバスケット。
一年を通じてそれがユニフォームのようなものだった。

就職してからもそのスタイルは維持したまま。
制服のある会社だったのから、通勤時の服装は自由だった。
あるいは自由だ、と思い込んでいただけのことかもしれない。

いい先輩に恵まれて「制服があるんだからどんな格好で出勤してきてもいいよ」と言われた。

夏など、会社に入る前にビルの入り口で部長にばったり会って
「きょうたさん、ビーチにでも行くんですか」
と言われたことがある。

いま思えば部長さんは最大級の皮肉をわたしに投げかけていたのだ。
それを「え、やだあ。ビーチなんて行かないですよお」と笑って返していた。
……もうしわけないです。あまりにもおそすぎる気づきですが。

いま思い返すと、わたしのスタイルは十代の頃から一貫していて、
それはつまり、子育てにものすごく適した格好をしていたことになる。

十代のわたしに「あんた、五十になっても今と同じ格好しちょるよ」と教えたら
きっとどんびきしよるやろな。

わたしはけっきょく、顔に色々と塗るのは性にあわず、
スカートをひらひらさせることも何か面倒で、
大音響の音楽の鳴る場所がついには好きにはなれなかったらしい。

あーあ。っもー、なんだかなー。

わたしって自分の好きなこと、十代ですでに知ってしまっていたんだなあ、ということを五十を過ぎて気づいた。

いやいや待てよ、
今後、びっくりメークにスカートが定番アイテムのディスコ好きのマダムに変身するかもよ。>まだあがく?



















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by kyotachan | 2018-01-05 05:28 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

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昨日の夜から降り出した雨。
今朝になっても降りやまず、午後からは雨足が強くなった。

十一月から十二月のクリスマス辺りまでは雨なことも多いのだが、今年は晴れの天気が続いた。

雨よりも晴れているほうが気分的には楽だ。

ただ、どこかで読んだ一節、
「雨が降ると『天気が悪い』というのはおかしい。ただ、雨が降っている天気というだけのこと」
という一文(うろ覚え)が、頭のどこかにひっかかって妙に納得させられしまった。

雨だからって悪いことは何もない。
雨が降るのは、特に雨量の少ないこの辺りでは、ありがたいことなのだ。

足先が冷えるたちで、だから雨の日には雨靴が欠かせない。
数年前にひざ下までもある雨靴を買ってからは雨の日の外出ががぜん、気楽になった。
靴底にはぽわぽわの温かいソールを入れて快適快適。

普通の靴をはいているときには気がつかなかったことなのだが、
雨靴をはいていると、ひざの辺りまで水しぶきがかかってくるのがよくわかるようになった。
ビニールだと雨粒がよく見えるのだ。

そうなると、上着とひざまでの部分、つまり太ももの部分がぬれてしまうのが気になってくる。
丈の長い上着を着ればいいのだが、あいにく雨の日に着たくなる上着を持ち合わせていない。

雨しぶきを受ける太ももを見つつ、こりゃあ次は漁師用のつなぎでも買うしかないな、とひとりで笑った。

















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by kyotachan | 2017-12-27 03:00 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(0)

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「きょうたちゃん、あんた、すぐにあやまってしまうけん、お父さんのしかりにくかーっていいよらしたよ」
母親にこう言われたのはわたしが中学生くらいの頃か。

何かにつけ、わたしがすぐにあやまってしまうから、父親がわたしのことを叱りにくい、
と父親が母親にぐちったらしい。

「え!なんね。じゃあ、あやまらんほうがよかとやろか」
わたしが言うと、
「母ちゃんはよかと思うけどね。すぐにあやまるほうが」。

というわけで、わたしは何かにつけてすぐにあやまる。
あやまる、という行為に対して抵抗がない。

あら、ごめんなさい。あ、どうもすみません。たいへんに申し訳ありません。
色んな場面で深く考えることをせず、ただただあやまってきた。

場所が日本からフランスに移ってもその習慣はずっと同じ。
わたしは簡単に「ごめんなさい、すみません」を口にしてしまう。

ただ、フランスに来てから気をつけていることはある。
まったくわたしのせいではない、という状況でひとりで興奮してそれがわたしのせいかのように罵声を飛ばすひとがいるのだ。
いわゆる、逆切れ?

これ、ことばがわからないうちは本当にやっかいだった。
あれ?わたし、何かしたわけ?とかん違いしてあやまってしまいたくなる。

だって、相手がなんでこんなに怒っているのか、わかんないもの!
習慣でつい、あやまってしまいたくなるの!

でもことばがわかってくると、あらまあ、なんなのこの人?
ひとりで興奮してひとりでどなってひとりで激昂してらっしゃるの?

なんだか知らないけど、わたしはにこやかにやり過ごすわよ。
しかし、ここまで怒りのエネルギーが爆発するってすごくね?
と冷静に相手を観察することになる。








フランス人日本人どちらにも、世の中にはわたしとは逆で、なかなかあやまらない人、という方もいらっしゃる。
わたしの友人にもいて「ったくもー、なんでひと言、あやまらんかなー」と思うことがまま、あった。

ただ、こういう人があやまるときには「お!あいつがあやまりよったぞ!」とひどく感激するのも事実。

思い返せばわたしの方は、何の考慮も哲学もはたまた信念のかけらもなく、
ただただ、そうしとけばよかっちゃろもん、の精神で簡単にあやまってきたなと思うことがある。

今になってみて、時々、自問してしまうのだ。
わたしはほんとうに、心からあやまっているのだろうか。
ただその場をとりつくろうための方便になっているのじゃないだろうか。









こんなことを考えているのはただいまフーフゲンカの真っ最中でして。
もう、簡単にあやまるのは、まっぴらだもんね、と思っているわけである。
わたしには謝罪する理由はないし、そんな気持ちはまったくわいてこないのだ。

いやあ、こんなときこそ、簡単にあやまっちゃうほうがいいんだよ~。
ココロの奥底から聞こえてくる声は今回はぜったいに聞こえないの!

















写真は五月後半のニースの海。
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今のビーチはもっと混み混み……。








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by kyotachan | 2017-07-25 01:54 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(7)

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若い頃から日焼けに関しては完全に無頓着に徹してきた。
食用のオリーブオイルを塗りたくって実家のベランダに寝っころがっているときには
母親に「それだけはやめた方がいいのではないか」と心配された。

顔中、そばかすだらけだったのだが、いつしかそれはシミとなり、老斑と呼ばれるものになり、
まあそれでもそれを気にするわけでもなく今まで生きてきた。

たまに見かける日本人観光客の、その肌の白さに心底びーっくりし、
なになに、日本人の肌って、あれが普通なわけなの?とひとりごちる。

あるいはある女優さんのブログ記事に載ったお出かけ写真、
黒い幅広帽子にひじまである黒い手袋、もちろん全身どこも空気に触れてません!
キャプションは「あまりにも暑いからアイス~」
みたいのを見ては、
まじっまじっまじっまじっまじっ
とおののいていたんである。
もしこれが日本人の夏のお出かけスタンダード姿だとしたらすごすぎる。

この人ってさ、この人ってさ、死ぬときに、「ああ、わたしは顔にひとつもシミを作らなかったわ……」て
喜びに包まれて死んでいくんだろうか。
って、つまりはわたしはそういう人たちをばかにしていたのだ正直。

わたしの使っている化粧品は、といっても化粧品と呼ぶのはおこがましいほどのもので、
医者でくれる乾燥肌用のクリームをとても気に入って顔から全身まで塗りたくり、
それで充分に事足りていると満足していたのだった。

そんなある日、ひやかしで入ったはちみつ専門店で、キャンペーン中だという「しみ用のクリーム」をすすめられた。
「だってマダム、ここに、シミ、ありますよね」
若い店員の指差す先はわたしのみぎほっぺのちょうどまん中あたり。

ええええ、ありますともありますとも、そのへんにねえ、大きいのがべったりと。
それはほら、若い女優さんが老け役をやるときに、顔にシミをほどこして老け感を出す、
という手法があるでしょう?
あんな感じのシミなのよ。いや、もう、ほんとうに。
老け顔をつくりたいなら、シミ、ここ!な位置。

今だけキャンペーン中でほんとうの値段から二十ユーロも安いんだって!

あらやだ。じゃあ、試してみようかしら。

だってここ数年、クリーム代はほとんどゼロで来ているんだもの。
五十オンナがシミに効くらしいクリーム買ったって罰はあたんないよ。

若い店員さんは
「お使いになったあとの感想を、ぜひお聞かせくださいね。
だってこのクリームは発売されたばかりで、マダムが最初のお客さまなんですから」
などとのたまう。

これはもう、塗った瞬間にシミが消えてもおかしくないような言い草ではないか!

期待感に包まれつつ使い始めて、およそひと月半で使い切った。
結果は……、全くの変化なし。

なーんだよー。
あの言い方はないよなー。
ったくよー。

そう思いつつ、まあこんなものかと思ったのだが、
それがきっかけで、それまでなんともなかった顔のシミがにわかに気になりだした。
どうにか、消す、ことはできぬとも、薄くできぬものか。

そんな時、今度は日曜日の新聞におまけで付いてくる女性誌の中にこんな記事を見つけた。
ロングセラー商品をいくつかピックアップしてそれらを紹介してある。

「ほかの製品は肌を乾燥させることに重点をおいているのに対して、これは bouton ブトン を成熟させて速攻にはぎとることができる。
衝撃的、しかしおそろしいまでによく効く」

これは写真右の PAYOT という製品。
わたしはこの紹介文を読んで、わたしの右ほほにあるシミがとたんに吸い取られてなくなってしまうところを想像した。

そして間髪をいれずインターネットで探してその場で注文。

三日くらいで到着したそれは、まず、おそろしく小さな瓶に入っていた。
中はクリームというよりも、むかーし遊んだ、粘土、あの粘土にそっくり。
手ざわりといい、匂いといい、あの粘土を入れたのでは?と思うほど。

寝る前にシミの上にのせるように塗る。
粘土状だから、ふとんに付いたらふとんが汚れてししまう。

数回使ってみたものの、
シミには何の変化も見られない。

そこではじめて家族に相談するばか(ここにひとり)。
そして bouton ブトン とは「吹き出物、にきび」であって「シミ」ではないことが発覚するのだった。

えーっ!

驚くわたしに、いっそう驚く家族の顔。
長女にいたっては「ママ、ばかすぎ」と言ってはならないことまで言う始末。

これはにきびで悩む長女と次女へ払下げ。

おまけにずっと前に試供品でもらった
「ROLL ON COLLAGENE REGARD Anti-Poches Anti-Cernes」
というのを「これはシミ用だな」とシミのところに塗りこんでいた。
これは下に英語で
「Anti-Puffiness Anti-Dark Circles 」
とあって、Dark がわたしの頭の中では「シミ」に自動変換されたと思われる。

おわかりだとは思うがこれは「目の下のクマ消し」。










家族に散々にばかにされ、オレは人生五十にしてなにをやっちょるんじゃったく、
とちょこっとだけ落ち込み。

そんな折、夫が薬草やさんに用事があるというので付いて行った。
そこで「キミは?何か必要なもの、ある?」と聞いてくれたやさしい夫。

ここのところ、頭の中はシミのことに占領されているからもちろん、
「あの、シミに効く何か、あります?」
と聞いてみた。

そしてすすめられたのが写真左のオイル。
使いはじめて今日で一週間。
なーんの変化もありません。

シミ戦争、まだまだ続く模様。
















guerre ゲー が戦争、tâches タッシュ がシミ。造語です。
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by kyotachan | 2017-05-22 23:30 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)



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三女が十三歳になった翌日の日曜日は大統領選挙の投票日。
今年は長女にも選挙権があり、父親とふたりで出かけた。

出かける直前まで候補者たちの写真を居間のテーブルに並べて誰に投票するか迷っている様子。

なによ、まだ決まらないわけ?
パパの投票する人にすれば?

ちゃちゃを入れつつ、自分で決めたいらしい姿に笑ってしまう。










次女は早朝からダンスのコンクールへ出かけた。
通っているダンススクールが毎年挑戦しているコンクール。
いつも遠隔地であるのに今年は幸運なことにニース市内。

今年は次女がソロと団体のふたつに、長女は団体ひとつに参加。
二週間のバカンス中はほとんど毎日(!)練習だった。










長女はバカンス中に自動車教習所のコード試験に受かり、
それも間違いゼロという、快挙で受かり、運転教習をはじめた。

不幸なことに運動神経はわたしの血を引いてほどんどゼロに近いから
どうなることかと思っていたけど、今ののところ順調に進んでいるらしい。
なんとなんと、モナコまで運転したのだって!

まじでっ?あんたの後、渋滞してなかった?

……、さすがにちょっとね。

はははっ。









もうひとつ、笑えるところでは
長男が偏平足なことが発覚した。

まじっ???

かっちょわるー笑
















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by kyotachan | 2017-04-23 22:23 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(3)

bises (bisous, biz) ビズ

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子どもたちが出かけるときにはビズがお決まりのごあいさつ。




うえの三人は省略して口頭で「ビズ、マモーン!」と言ってでかけてしまうことも多い。
そんな中、三女だけは今も律儀にわたしのところへ来てくれてビズしてくれる。

くちびる、鼻、おでこ、と三段階方式も相変わらず。
ちょっと老婆心が働いて「くちびるに、五回して」と言ってみたら
これもまた素直に「チュ・チュ・チュ・チュ・チュ」とやってくれた。

そのくちびるのやわらかさに知らずうちに顔がゆるんでしまったらしい。

「ママったらなんて顔しているの!」

そう言いながら、三女もなんだかうれしそう。




















三年前の(多いな三年前)次女(手前)と三女。
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双子に間違われることがあるらしく、「ええーっ!」と思っていたけど似ているかも。






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by kyotachan | 2017-03-29 16:19 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(0)




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東京の会社で働いていたとき、Bさんという先輩がいた。

一見、ものすごく派手。
実際、ものすごく派手好き。
化粧が、けばい。
ヘビースモーカー。

当時のわたしと言えばまるこちゃんカットに生まれたままのまゆ毛。
ファンデーションのファの字も知らないいなかっぺ丸出しの女の子。

わたしとは正反対な人だったけれど
話をするのは楽しい人ではあった。

社員旅行があって、はじめて彼女のスッピンを見たときには、どきん、とするほど驚いた。

まゆ毛はほとんどなし。
肌はニコチンに焼けてくすんでいる。
目はほとんど一重で白目さえにごって見える。
口紅をぬらないくちびはどす黒く、同じくちびるとは思えない。

一瞬にして色んな情報が脳を刺激してきた。

本人にしてみたら年に一度、自分のスッピンを披露することを楽しみにしていのか、あっけらかんと笑っている。

わたしは同一人物とは思えないほどの彼女の豹変ぶりが恐ろしかった。

ほんとうの顔が、これっ?
まじでっ?まじでっ?まじでっ???
うっぞ======!!!!!

翌朝、いつもの厚化粧Bさんを再発見したときには心底ほっとしたのを覚えている。
ああ、よかったあ。
ほんとうにそう思った。
彼女のスッピンを見るのはわたしにはあまりにも辛すぎた。

あれからもう、三十年ほどが経とうとしている。
時々、Bさんのことを思い出す。
どうされているのかなあと。

不倫のはてに結婚されたと風のうわさに聞いた。
相手はわたしも知っている会社の設計部にいた人だ。

いや、わたしの気になるのはそんなことじゃなく、
Bさんは今もあの厚い化粧を自分にほどこしているのだろうか、ということなのだ。

当時はずいぶんと年上に感じたけれど今思えば年の差は数年だったはず。
つまり彼女は今、わたしと同じ五十代を生きているはず。










はがれる、ということがわたしはものすごく苦手なのだと最近気づいた。
化粧がはがれるのが苦手だから最初からそんなものはしないほうがいい。

口紅さえも、ぬれば少しは明るい顔になると思いながら
それのはがれたときのことを想像して、それさえも面倒くさい。

髪の毛を染めるのをやめてしまったのだって、それがはがれるときのみにくさに耐えられなくなったからだ。

髪の毛さえ白くなければもっと若く見えるのに、
長女にそういわれてどきん、とした。

そうなんだよね。
でもいつかははがれてしまうものだから。
わたしはこのままがいいの。

言い方を変えれば美に対する努力をまったくしない人だとも言えるかもしれない。
いや、きれいでありたいとは思うけど、はがれてしまうものを塗りたくるのは苦手なだけ。

ストッキングをはこうとしてささくれだった指に引っかかり電線させたことがある。
新品だったけれど、すでにやぶれてしまったそれをはく気にはなれず当惑した。
ストッキングが苦手なのも、同じような理由かもしれない。









若い人に圧倒的に多いのだけど電線したストッキングを平気ではいていたり
はげた口紅をさらして明るい笑顔をふりまいている人を見ると
こんな感じでいいんじゃないのお、という思いになることがある。
その一瞬先に、いや、わたしには無理、とも思う。

母親の生前、母親とBさんのことが話題になったことがある。

母親の友人にもBさんタイプがいるらしく、
「そん人、化粧しちょったら、びっくいするくらい美人やろもん」
と言う。

「そうそう、もうね、めちゃくちゃ美人なんよ。髪の毛も長くてさらさらで」
母親が即、共感してくれたのがうれしい。

「化粧、ったあ、言うたもんよね。化ける道具やもん」。

いやほんと、その道具を駆使できないわたしはある意味、人生の中でものすごく損をしているのかもしれない。

















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久しぶりに記事を書いたら、すっかり環境が変わってしまっている。
テンプレートの変更さえままならない。
使いにくい。慣れることはできるのか?





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by kyotachan | 2017-03-05 20:37 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

malade マラッド/ 病気









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風邪をひいた。

去年の今ごろは咳がひどくてひと月くらい咳き込んでいた、
ことを思えば、今回はそれがないだけでもましと思おう。

頭ではそう自分に言い聞かすも、カラダが弱るとココロもとたんに弱ってくる。
去年から引きずっている悩みが、それも自分では決着をつけたと思っていた悩みが
もくもくもくと頭を占領してはそのことがぐるぐると際限なくまわり始める。

そうなるとこれまた決まったように出てくるのが母親で
ああ、お母さん、今度こそはお母さんのおそばに行かせてください、お願いですからお母さん、
と自殺願望の十代の少女に化けてしまう。

五十になってもこれ、やっとるんかおめーは!

もう一人の自分は自分を叱咤するも、お母さんお母さん、おっばいが飲みたい……
もう一人の自分とは真逆にどんどん精神が幼稚化する。

はーあ!

これだから病気するとだめなんだよ!











おかげさまでというかなんというのか、
母親が待っている、と思うと、死ぬのがこわくないのは確か。

やっと会える、と思ってのぼっていったら、
母親はとうに生まれ変わっていて、そこにはいなかった、てこともあるかもしれないけどね。

どっちにしても楽しみなこと。
あと三十年はこっちでがんばらないとねー。

















そう思えるようになるってことは風邪ももう回復期。
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みなさまもくれぐれもご自愛ください。



ニースの危険情報とか。



フランスの習慣ビズについての考察とか。


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by kyotachan | 2017-01-25 17:41 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(11)









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はじめてかかったオメオパチーの医者に
「ストレス発散法方はなんですか」と聞かれた。

思いがけない質問で、答えにつまっていると
「大声で叫びますか」「モノを投げたりしますか」
と畳みかけてくる。

……、いや、叫びません。モノも投げません。

そう答えながら、そうか、人は叫んだりモノを投げてストレスを発散させるものなのか
みたいなことをぼんやりと考えていた。

にこやかにわたしの答を待つ医者に
「没頭できる本を読んだり、映画を見たり……あと、お裁縫」
とぼそりと答えた。

「じゃあ、ウチにためこむタイプなんですね」

瞬時にそう断言されてしまい、あれえ?そうなのかなあと自問した。
外に発散しないストレス発散法方を持たない人はストレスをためこんでいるんだろうか。










あ!
アルコールで流しているんです!

と後で思ったけど、これは言えなかった。

だって彼女(医者)にはアルコール類は赤ワインならグラス二杯までと言われているのだ。
依存症ではないのははっきりしているのだから、そのくらいコントロールできるでしょ、と。

……、これも言えないのだけど、言いつけを全く守れていないのだった。

星の王子さまの中に悲しみだか苦しみを忘れたくてお酒を飲む人が出てくる。
そんなの、ただの思い込みだよ、とかなんとか。

わたしもストレスをお酒で流していると思っているけど
これもやっぱり思い込みで、自分の中にためこんでいるんだろうか。


















写真は友人宅へ持っていったケーキを、ちょっとずつ食べてみたいよね!と切り分けてくれているところ。
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わたしは甘党か辛党か、でいえばはっきりと辛党です。

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by kyotachan | 2017-01-06 16:13 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(6)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族