カテゴリ:喜 怒 哀 楽( 250 )

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「きょうたちゃん、あんた、すぐにあやまってしまうけん、お父さんのしかりにくかーっていいよらしたよ」
母親にこう言われたのはわたしが中学生くらいの頃か。

何かにつけ、わたしがすぐにあやまってしまうから、父親がわたしのことを叱りにくい、
と父親が母親にぐちったらしい。

「え!なんね。じゃあ、あやまらんほうがよかとやろか」
わたしが言うと、
「母ちゃんはよかと思うけどね。すぐにあやまるほうが」。

というわけで、わたしは何かにつけてすぐにあやまる。
あやまる、という行為に対して抵抗がない。

あら、ごめんなさい。あ、どうもすみません。たいへんに申し訳ありません。
色んな場面で深く考えることをせず、ただただあやまってきた。

場所が日本からフランスに移ってもその習慣はずっと同じ。
わたしは簡単に「ごめんなさい、すみません」を口にしてしまう。

ただ、フランスに来てから気をつけていることはある。
まったくわたしのせいではない、という状況でひとりで興奮してそれがわたしのせいかのように罵声を飛ばすひとがいるのだ。
いわゆる、逆切れ?

これ、ことばがわからないうちは本当にやっかいだった。
あれ?わたし、何かしたわけ?とかん違いしてあやまってしまいたくなる。

だって、相手がなんでこんなに怒っているのか、わかんないもの!
習慣でつい、あやまってしまいたくなるの!

でもことばがわかってくると、あらまあ、なんなのこの人?
ひとりで興奮してひとりでどなってひとりで激昂してらっしゃるの?

なんだか知らないけど、わたしはにこやかにやり過ごすわよ。
しかし、ここまで怒りのエネルギーが爆発するってすごくね?
と冷静に相手を観察することになる。








フランス人日本人どちらにも、世の中にはわたしとは逆で、なかなかあやまらない人、という方もいらっしゃる。
わたしの友人にもいて「ったくもー、なんでひと言、あやまらんかなー」と思うことがまま、あった。

ただ、こういう人があやまるときには「お!あいつがあやまりよったぞ!」とひどく感激するのも事実。

思い返せばわたしの方は、何の考慮も哲学もはたまた信念のかけらもなく、
ただただ、そうしとけばよかっちゃろもん、の精神で簡単にあやまってきたなと思うことがある。

今になってみて、時々、自問してしまうのだ。
わたしはほんとうに、心からあやまっているのだろうか。
ただその場をとりつくろうための方便になっているのじゃないだろうか。









こんなことを考えているのはただいまフーフゲンカの真っ最中でして。
もう、簡単にあやまるのは、まっぴらだもんね、と思っているわけである。
わたしには謝罪する理由はないし、そんな気持ちはまったくわいてこないのだ。

いやあ、こんなときこそ、簡単にあやまっちゃうほうがいいんだよ~。
ココロの奥底から聞こえてくる声は今回はぜったいに聞こえないの!

















写真は五月後半のニースの海。
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今のビーチはもっと混み混み……。








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by kyotachan | 2017-07-25 01:54 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(7)

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若い頃から日焼けに関しては完全に無頓着に徹してきた。
食用のオリーブオイルを塗りたくって実家のベランダに寝っころがっているときには
母親に「それだけはやめた方がいいのではないか」と心配された。

顔中、そばかすだらけだったのだが、いつしかそれはシミとなり、老斑と呼ばれるものになり、
まあそれでもそれを気にするわけでもなく今まで生きてきた。

たまに見かける日本人観光客の、その肌の白さに心底びーっくりし、
なになに、日本人の肌って、あれが普通なわけなの?とひとりごちる。

あるいはある女優さんのブログ記事に載ったお出かけ写真、
黒い幅広帽子にひじまである黒い手袋、もちろん全身どこも空気に触れてません!
キャプションは「あまりにも暑いからアイス~」
みたいのを見ては、
まじっまじっまじっまじっまじっ
とおののいていたんである。
もしこれが日本人の夏のお出かけスタンダード姿だとしたらすごすぎる。

この人ってさ、この人ってさ、死ぬときに、「ああ、わたしは顔にひとつもシミを作らなかったわ……」て
喜びに包まれて死んでいくんだろうか。
って、つまりはわたしはそういう人たちをばかにしていたのだ正直。

わたしの使っている化粧品は、といっても化粧品と呼ぶのはおこがましいほどのもので、
医者でくれる乾燥肌用のクリームをとても気に入って顔から全身まで塗りたくり、
それで充分に事足りていると満足していたのだった。

そんなある日、ひやかしで入ったはちみつ専門店で、キャンペーン中だという「しみ用のクリーム」をすすめられた。
「だってマダム、ここに、シミ、ありますよね」
若い店員の指差す先はわたしのみぎほっぺのちょうどまん中あたり。

ええええ、ありますともありますとも、そのへんにねえ、大きいのがべったりと。
それはほら、若い女優さんが老け役をやるときに、顔にシミをほどこして老け感を出す、
という手法があるでしょう?
あんな感じのシミなのよ。いや、もう、ほんとうに。
老け顔をつくりたいなら、シミ、ここ!な位置。

今だけキャンペーン中でほんとうの値段から二十ユーロも安いんだって!

あらやだ。じゃあ、試してみようかしら。

だってここ数年、クリーム代はほとんどゼロで来ているんだもの。
五十オンナがシミに効くらしいクリーム買ったって罰はあたんないよ。

若い店員さんは
「お使いになったあとの感想を、ぜひお聞かせくださいね。
だってこのクリームは発売されたばかりで、マダムが最初のお客さまなんですから」
などとのたまう。

これはもう、塗った瞬間にシミが消えてもおかしくないような言い草ではないか!

期待感に包まれつつ使い始めて、およそひと月半で使い切った。
結果は……、全くの変化なし。

なーんだよー。
あの言い方はないよなー。
ったくよー。

そう思いつつ、まあこんなものかと思ったのだが、
それがきっかけで、それまでなんともなかった顔のシミがにわかに気になりだした。
どうにか、消す、ことはできぬとも、薄くできぬものか。

そんな時、今度は日曜日の新聞におまけで付いてくる女性誌の中にこんな記事を見つけた。
ロングセラー商品をいくつかピックアップしてそれらを紹介してある。

「ほかの製品は肌を乾燥させることに重点をおいているのに対して、これは bouton ブトン を成熟させて速攻にはぎとることができる。
衝撃的、しかしおそろしいまでによく効く」

これは写真右の PAYOT という製品。
わたしはこの紹介文を読んで、わたしの右ほほにあるシミがとたんに吸い取られてなくなってしまうところを想像した。

そして間髪をいれずインターネットで探してその場で注文。

三日くらいで到着したそれは、まず、おそろしく小さな瓶に入っていた。
中はクリームというよりも、むかーし遊んだ、粘土、あの粘土にそっくり。
手ざわりといい、匂いといい、あの粘土を入れたのでは?と思うほど。

寝る前にシミの上にのせるように塗る。
粘土状だから、ふとんに付いたらふとんが汚れてししまう。

数回使ってみたものの、
シミには何の変化も見られない。

そこではじめて家族に相談するばか(ここにひとり)。
そして bouton ブトン とは「吹き出物、にきび」であって「シミ」ではないことが発覚するのだった。

えーっ!

驚くわたしに、いっそう驚く家族の顔。
長女にいたっては「ママ、ばかすぎ」と言ってはならないことまで言う始末。

これはにきびで悩む長女と次女へ払下げ。

おまけにずっと前に試供品でもらった
「ROLL ON COLLAGENE REGARD Anti-Poches Anti-Cernes」
というのを「これはシミ用だな」とシミのところに塗りこんでいた。
これは下に英語で
「Anti-Puffiness Anti-Dark Circles 」
とあって、Dark がわたしの頭の中では「シミ」に自動変換されたと思われる。

おわかりだとは思うがこれは「目の下のクマ消し」。










家族に散々にばかにされ、オレは人生五十にしてなにをやっちょるんじゃったく、
とちょこっとだけ落ち込み。

そんな折、夫が薬草やさんに用事があるというので付いて行った。
そこで「キミは?何か必要なもの、ある?」と聞いてくれたやさしい夫。

ここのところ、頭の中はシミのことに占領されているからもちろん、
「あの、シミに効く何か、あります?」
と聞いてみた。

そしてすすめられたのが写真左のオイル。
使いはじめて今日で一週間。
なーんの変化もありません。

シミ戦争、まだまだ続く模様。
















guerre ゲー が戦争、tâches タッシュ がシミ。造語です。
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by kyotachan | 2017-05-22 23:30 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)



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三女が十三歳になった翌日の日曜日は大統領選挙の投票日。
今年は長女にも選挙権があり、父親とふたりで出かけた。

出かける直前まで候補者たちの写真を居間のテーブルに並べて誰に投票するか迷っている様子。

なによ、まだ決まらないわけ?
パパの投票する人にすれば?

ちゃちゃを入れつつ、自分で決めたいらしい姿に笑ってしまう。










次女は早朝からダンスのコンクールへ出かけた。
通っているダンススクールが毎年挑戦しているコンクール。
いつも遠隔地であるのに今年は幸運なことにニース市内。

今年は次女がソロと団体のふたつに、長女は団体ひとつに参加。
二週間のバカンス中はほとんど毎日(!)練習だった。










長女はバカンス中に自動車教習所のコード試験に受かり、
それも間違いゼロという、快挙で受かり、運転教習をはじめた。

不幸なことに運動神経はわたしの血を引いてほどんどゼロに近いから
どうなることかと思っていたけど、今ののところ順調に進んでいるらしい。
なんとなんと、モナコまで運転したのだって!

まじでっ?あんたの後、渋滞してなかった?

……、さすがにちょっとね。

はははっ。









もうひとつ、笑えるところでは
長男が偏平足なことが発覚した。

まじっ???

かっちょわるー笑
















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by kyotachan | 2017-04-23 22:23 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(3)

bises (bisous, biz) ビズ

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子どもたちが出かけるときにはビズがお決まりのごあいさつ。




うえの三人は省略して口頭で「ビズ、マモーン!」と言ってでかけてしまうことも多い。
そんな中、三女だけは今も律儀にわたしのところへ来てくれてビズしてくれる。

くちびる、鼻、おでこ、と三段階方式も相変わらず。
ちょっと老婆心が働いて「くちびるに、五回して」と言ってみたら
これもまた素直に「チュ・チュ・チュ・チュ・チュ」とやってくれた。

そのくちびるのやわらかさに知らずうちに顔がゆるんでしまったらしい。

「ママったらなんて顔しているの!」

そう言いながら、三女もなんだかうれしそう。




















三年前の(多いな三年前)次女(手前)と三女。
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双子に間違われることがあるらしく、「ええーっ!」と思っていたけど似ているかも。






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by kyotachan | 2017-03-29 16:19 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(0)




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東京の会社で働いていたとき、Bさんという先輩がいた。

一見、ものすごく派手。
実際、ものすごく派手好き。
化粧が、けばい。
ヘビースモーカー。

当時のわたしと言えばまるこちゃんカットに生まれたままのまゆ毛。
ファンデーションのファの字も知らないいなかっぺ丸出しの女の子。

わたしとは正反対な人だったけれど
話をするのは楽しい人ではあった。

社員旅行があって、はじめて彼女のスッピンを見たときには、どきん、とするほど驚いた。

まゆ毛はほとんどなし。
肌はニコチンに焼けてくすんでいる。
目はほとんど一重で白目さえにごって見える。
口紅をぬらないくちびはどす黒く、同じくちびるとは思えない。

一瞬にして色んな情報が脳を刺激してきた。

本人にしてみたら年に一度、自分のスッピンを披露することを楽しみにしていのか、あっけらかんと笑っている。

わたしは同一人物とは思えないほどの彼女の豹変ぶりが恐ろしかった。

ほんとうの顔が、これっ?
まじでっ?まじでっ?まじでっ???
うっぞ======!!!!!

翌朝、いつもの厚化粧Bさんを再発見したときには心底ほっとしたのを覚えている。
ああ、よかったあ。
ほんとうにそう思った。
彼女のスッピンを見るのはわたしにはあまりにも辛すぎた。

あれからもう、三十年ほどが経とうとしている。
時々、Bさんのことを思い出す。
どうされているのかなあと。

不倫のはてに結婚されたと風のうわさに聞いた。
相手はわたしも知っている会社の設計部にいた人だ。

いや、わたしの気になるのはそんなことじゃなく、
Bさんは今もあの厚い化粧を自分にほどこしているのだろうか、ということなのだ。

当時はずいぶんと年上に感じたけれど今思えば年の差は数年だったはず。
つまり彼女は今、わたしと同じ五十代を生きているはず。










はがれる、ということがわたしはものすごく苦手なのだと最近気づいた。
化粧がはがれるのが苦手だから最初からそんなものはしないほうがいい。

口紅さえも、ぬれば少しは明るい顔になると思いながら
それのはがれたときのことを想像して、それさえも面倒くさい。

髪の毛を染めるのをやめてしまったのだって、それがはがれるときのみにくさに耐えられなくなったからだ。

髪の毛さえ白くなければもっと若く見えるのに、
長女にそういわれてどきん、とした。

そうなんだよね。
でもいつかははがれてしまうものだから。
わたしはこのままがいいの。

言い方を変えれば美に対する努力をまったくしない人だとも言えるかもしれない。
いや、きれいでありたいとは思うけど、はがれてしまうものを塗りたくるのは苦手なだけ。

ストッキングをはこうとしてささくれだった指に引っかかり電線させたことがある。
新品だったけれど、すでにやぶれてしまったそれをはく気にはなれず当惑した。
ストッキングが苦手なのも、同じような理由かもしれない。









若い人に圧倒的に多いのだけど電線したストッキングを平気ではいていたり
はげた口紅をさらして明るい笑顔をふりまいている人を見ると
こんな感じでいいんじゃないのお、という思いになることがある。
その一瞬先に、いや、わたしには無理、とも思う。

母親の生前、母親とBさんのことが話題になったことがある。

母親の友人にもBさんタイプがいるらしく、
「そん人、化粧しちょったら、びっくいするくらい美人やろもん」
と言う。

「そうそう、もうね、めちゃくちゃ美人なんよ。髪の毛も長くてさらさらで」
母親が即、共感してくれたのがうれしい。

「化粧、ったあ、言うたもんよね。化ける道具やもん」。

いやほんと、その道具を駆使できないわたしはある意味、人生の中でものすごく損をしているのかもしれない。

















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久しぶりに記事を書いたら、すっかり環境が変わってしまっている。
テンプレートの変更さえままならない。
使いにくい。慣れることはできるのか?





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by kyotachan | 2017-03-05 20:37 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(2)

malade マラッド/ 病気









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風邪をひいた。

去年の今ごろは咳がひどくてひと月くらい咳き込んでいた、
ことを思えば、今回はそれがないだけでもましと思おう。

頭ではそう自分に言い聞かすも、カラダが弱るとココロもとたんに弱ってくる。
去年から引きずっている悩みが、それも自分では決着をつけたと思っていた悩みが
もくもくもくと頭を占領してはそのことがぐるぐると際限なくまわり始める。

そうなるとこれまた決まったように出てくるのが母親で
ああ、お母さん、今度こそはお母さんのおそばに行かせてください、お願いですからお母さん、
と自殺願望の十代の少女に化けてしまう。

五十になってもこれ、やっとるんかおめーは!

もう一人の自分は自分を叱咤するも、お母さんお母さん、おっばいが飲みたい……
もう一人の自分とは真逆にどんどん精神が幼稚化する。

はーあ!

これだから病気するとだめなんだよ!











おかげさまでというかなんというのか、
母親が待っている、と思うと、死ぬのがこわくないのは確か。

やっと会える、と思ってのぼっていったら、
母親はとうに生まれ変わっていて、そこにはいなかった、てこともあるかもしれないけどね。

どっちにしても楽しみなこと。
あと三十年はこっちでがんばらないとねー。

















そう思えるようになるってことは風邪ももう回復期。
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みなさまもくれぐれもご自愛ください。



ニースの危険情報とか。



フランスの習慣ビズについての考察とか。


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by kyotachan | 2017-01-25 17:41 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(11)









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はじめてかかったオメオパチーの医者に
「ストレス発散法方はなんですか」と聞かれた。

思いがけない質問で、答えにつまっていると
「大声で叫びますか」「モノを投げたりしますか」
と畳みかけてくる。

……、いや、叫びません。モノも投げません。

そう答えながら、そうか、人は叫んだりモノを投げてストレスを発散させるものなのか
みたいなことをぼんやりと考えていた。

にこやかにわたしの答を待つ医者に
「没頭できる本を読んだり、映画を見たり……あと、お裁縫」
とぼそりと答えた。

「じゃあ、ウチにためこむタイプなんですね」

瞬時にそう断言されてしまい、あれえ?そうなのかなあと自問した。
外に発散しないストレス発散法方を持たない人はストレスをためこんでいるんだろうか。










あ!
アルコールで流しているんです!

と後で思ったけど、これは言えなかった。

だって彼女(医者)にはアルコール類は赤ワインならグラス二杯までと言われているのだ。
依存症ではないのははっきりしているのだから、そのくらいコントロールできるでしょ、と。

……、これも言えないのだけど、言いつけを全く守れていないのだった。

星の王子さまの中に悲しみだか苦しみを忘れたくてお酒を飲む人が出てくる。
そんなの、ただの思い込みだよ、とかなんとか。

わたしもストレスをお酒で流していると思っているけど
これもやっぱり思い込みで、自分の中にためこんでいるんだろうか。


















写真は友人宅へ持っていったケーキを、ちょっとずつ食べてみたいよね!と切り分けてくれているところ。
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わたしは甘党か辛党か、でいえばはっきりと辛党です。

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by kyotachan | 2017-01-06 16:13 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(6)










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わたしの十代は真綿に包まれていた。
上を向いても下を向いても、どこもかしこもふわふわとしていた。

そう思うのは今になってからで
当時のわたしは自分の状況をそう思っていたわけではない。

なぜつまらない学校に毎日通うのか、
なぜ思いを寄せる人には思いが伝わらず
気に入らない人にばかり思われるのか。

足首はちいともくびれておらず
まん丸の顔はほっぺたが赤くて気に入らなかった。

わたしの願いはけして叶うことはなく
なりたい自分にはけしてなることはできず
わたしはどこまで行っても不幸なままだった。

父親の吸っていた峰というタバコをこっそり吸った。
頭がくらくらして、それはなにがしかのことをやりとげたような錯覚を与えてくれた。

吸殻はココアの缶に入れて、オルガンの足(中が空洞になっていた)に隠した。










長男の部屋のゴミ箱からタバコの吸殻が出て来ようが、
長男がベランダでタバコを吸っているのを夫が目撃しようが、
はたまた長男の部屋の引き出しからウォッカの空瓶が出て来ようがだから、

わたしは自分がその年齢だった頃のことをなつかしく思い出すだけで
それが、大事でドラマチックなことにはちいとも思えない。

あらまあ、長男がもうそんな年になりましたか。

わたしの正直な、ほんとうにまっさらに正直な気持ちはそれだけで
それはなんというか、子どもの成長の一端を垣間見るくらいの出来事だった。

夫の反応はその真逆で、それは心から憂えることで危惧すべきことでつまりは長男を叱りつけずにはいられないらしいのだった。

あの時、わたしが親にこんな風にされてたら、たまんないな。
夫と長男の姿を見て、わたしは長男に同情している。

そんなわたしを見て、夫の怒りの炎はますます勢いを増して燃え上がる。
「キミは自分の子どものことに、どうしてそんなにまで無関心でいられるんだっ?!」

無関心ではない。
ただ、わたしはそっとしておいてもらって助かったから、自分の子どもにもそうしたいだけ。

わたしには確信があるのだ。
わたしが母親から「この子は大丈夫」と信じてもらった分だけ、
わたしも自分の子どもたちをどこまでも信じていてかまわないと。
何も心配していないし、心配する必要を感じない。

母親が死んでからずっと母親は生きていた頃よりもわたしのそばにいる。




















毎年恒例のアレです。ログイン面倒くさいからなあ。

でもちょっと、いっとく?いやあもう、お世話になります。

写真は約四年前。かわいい!
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by kyotachan | 2016-12-06 17:23 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(8)








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かれこれ四年ほど前のこと。
六十をわずかにすぎた日本人女性がおっしゃった。

健康診断をして、幸いどこにも悪いところは見つからなかった。
ただ、血圧だけが高めだった。

知り合いのヴェトナム人のなんとかさんも血圧だけが高くて、
このゴーヤ茶を飲んでいるらしいが、これを飲むと血圧が正常値に落ち着くらしい。
飲まないと、上がってしまうらしい。

その時はわたしは四十代で、いや、もうとっくに四捨五入では五十の域に入っているにはしても
それでもやっぱり四十代で、

まあ、わたしとは全く関係のない話だわ、と上の空の聞いていたわけなのだけど、
今回、高血圧症と診断されて、この時の会話が頭のすみっこにぼんやりと浮かび上がった。

そうだ、ゴーヤ茶だ!









シノワ(アジア食材を売る店をこう呼ぶ)で二十五パック入りで三ユーロちょっと。

けして高いお茶ではなく、効用に高血圧症がうたってあるわけでもないけれど
たしかにこれを飲むと、それも一日一パックで充分、血圧がもとに、というか、それ以上に、下がった。
そのあと、わたしのいつもの数値に落ち着いた。

味のほうはゴーヤの苦味はまったくなく、ほうじ茶に似た香ばしさがあり、おいしい。

二日ほど飲まないでいると、また上がりだした。

日本人女性とヴェトナム人のおじさんと、わたしの三人だけの証明だけど、
これはほんとうに高血圧症の方にはいいお茶なのだという気がする。

ヴェトナム人がいう、ヴェトナムのお茶だし!











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日本語表記もあるから、日本でも手に入るかしら。
ヴェトナムからしたらフランスより日本のほうがよっぽど近いのだから。










五十を過ぎて、よく思い出すのがローリングストーンズンのメンバーたちが還暦を迎えたころのこと。
それまではドラッグとお酒におぼれていた彼らが毎朝ジョギングをするようなった、と笑い話のように報じられた。

のん兵衛が代名詞だったわたしも酒を飲まなくなり
今日、飲んだくれる快楽よりも、明日一日、快適に過ごせることをより強く願うようになった。

年をとるっておもしろーい!

















手前の桜餅は夫が最近はまっているお弁当屋さんのデザート。あるところにはあるもんなんだな。いやあ、おいしかった!
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ちなみにお弁当のほうは牛丼だったらしい。わたしのいない時にだけ、お弁当屋さんのお弁当、て!!!

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by kyotachan | 2016-11-16 16:12 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(7)









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Toussaint トゥサン のバカンスが開けた。

ついこの前夏のバカンスが開けて学校が再開したばかりだったのに。
学校に行く期間が二ヶ月もないってこれって一体どういうこと。

カレンダーを見れば、二ヶ月もしないうちにまたクリスマスのバカンス。
なにか、まちがってませんかフランスの学校。いまさらだけど。









今年の夏に五十をむかえて、今月の頭に人生初の高血圧症状におちいった。
血圧は人生はじまって以来、ず~っと正常だったからちょっとショック。

でもそのショックした頭で立ち止まってみたら、母親がよく言っていたのだった。
「父ちゃんも母ちゃんも血圧の高かとやけん、あんたも気をつけんばいかんばい」。

もちろん当時は血圧は低いから、「なんば言いよっとね。ウチの血圧はむしろ低めとけ」
と応酬したら「ま、若かうちはね」と鼻で笑われた。

脳のスキャン、心臓の検査、血液の検査、何をしても異常は見つからないのだけど
わたしを困らせるのは突然おそいかかる頭痛。

ああ、これも、母親が時々寝込んでいたのと同じか……。

なぜ高血圧症になるのか、なぜ頭痛が起こるのか、
フランスの医者は「遺伝」ということばで片付けようとする。

そげんことはわかっちょるけん、おいらの頭痛を治める薬をくれ。
いや、もうまじで、何を飲んでも効かない。悪化さえする気がする。

ものすごいスピードで発達しているように見える医学なのにさ!
五十女の頭痛ひとつ、解決できない医学なんてさ!















おそまつな写真はフランスによく売っている「かたっ!」な豆腐をうす~く切って、大目の油で揚げ焼きしたものの。あら。こうすればおいしいじゃん?
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写真でかすぎ。小さくする?と思いつつその気が起きない。五十の怠慢期。豆腐の向こうは型紙(らしい)。覚えてない。

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by kyotachan | 2016-11-03 16:39 | 喜 怒 哀 楽 | Comments(13)

南仏・ニース在住。フランス人夫・一男三女の六人家族
S M T W T F S
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