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fumiko 史子。<16>







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「はじまった、なんて由美子はいうけど、
わたしにとっちゃあ、なんにもはじまってなんか、
いやしなかったんだ」

ふと昭彦さんが口を開いた。

「わたしは外科医であることに誇りを持ってた。
仕事が好きだったし、人を蘇生させる、
ということに、生きがいさえ感じていた。
それなのに、わたしはあっさりと、
仕事を辞めてしまった。
あれは、一体どういうんでしょうなあ。
大きく振れていた針が、びゅん、と大きく、
反対側に振れたような、そんな感じでした。
とにかく、ふぬけのように、
なっちまってたんだから」

昭彦さんは苦笑いした。

「でもまあ、なんていうか、
世間知らずだったなあ。
わたしはほんとうに、
はずかしいほどの、
世間知らずだった。
そんなことは
ちいとも思ったことがなかったけれど」

昭彦さんはつぶやくように続けた。

学校ではいつもいちばんだった。
父親が医者だったせいで、
医者になることになんの疑問も持たなかった。
医者になったことを両親も喜んでくれたし、
自分自身も誇らしかった。
どんなむずかしい手術も自分が率先して執刀した。

いってみれば自分は、
世の中のことに通じるより
人の腹の中に通じている方が
よっぽどましだとさえ思っていたのだ。

腹の中を切ったりはったりすることを
上手にこなすことができるというだけで
自分は一介の常識人であると勘違いしていた。

薬もできるだけたくさん使った。
ストマイという薬で、
ばたばたと死んでいった結核患者が
次々に退院していくのをこの目で見たからだと思う。

自分も風邪をひけば薬を五種類も六種類も飲んだ。
患者にも多すぎるくらいの薬を出した。

製薬会社からは重宝がられていたのだろう。
年に何度も「こころづけ」が届いた。

息子が高校生三年の時だった。
由美子が息子の部屋をそうじしたら、
タンスの中から、一升瓶がごろごろ、
十本以上も出てきたことがあった。

見つけた由美子はただおろおろするばかりで
どうしましょうどうしましょう、とあわてていた。

おそらく受験勉強のストレスで、
それを発散するのに
酒を飲むことを覚えたのだろうと
あえて何も言わずに放っておいた。

ただ、由美子には小言を言った。
納戸から一升瓶が十本以上なくなって、
何も気がつかないとはどういうことだと。

由美子は困惑顔で、
ほんとうにすみません、
でもほんとうにまさか、
一升瓶の数が減っているとは
思いもしなかった、
を繰り返すだけだった。

それほど、
一升瓶が十本以上なくなっても
それに気がつかないほど、
次から次に家の中には酒が、
持ち込まれていたのだった。

「ああ、なんでこんな話をするんだ、
とお思いでしょう?
いやね、医者の世界、てのは結局、
世間からちょっとずれたところにある、
そんなことを言いたかったんです」

昭彦さんと由美子さんは、
ふたりで売り出し中の寮を訪問し、
そして由美子さんは「ここで学生寮をしたい」
といった。

寝耳に水、でびっくりしたのだが
不動産やで売り出し価格を聞いてほっとした。

法人向けに売り出されたその寮の価格は、
まるで手の届かないものだったからだ。

「不動産やで、売り出し価格を聞いたとき、
ああ、これで由美子のばかな夢は終わったな、
わたしはそう胸をなでおろしたんです」

ところが、由美子さんは家に帰りつくなり
医師会名簿を引っ張り出してきて
ひとりひとりに連絡を取り始めた。

「佐々木の妻です。
風呂桶の中で息子を死なせてしまった
あの、佐々木の妻です」

由美子さんが電話で自分をそう呼んでいるのを聞いて
一体なにがどうなったのかと自分の耳を疑った。
由美子さんは医者の一人一人に電話をかけて

「このたび学生寮を営むことにしたのだが、
どうしても資金が足りないので寄付を募りたい」

そう言っているのだった。
昭彦さんは怒った。
なにを物乞いみたいなことをしているのだ、
そう言って怒鳴った。
由美子さんは動じずに答えた。

「お父さん、これは物乞いではないですよ。
わたしたちは、学生寮を経営するんです。
でも、資金が足りないから、
お金のあまっている人たちに寄付をお願いしているだけです。
大学生、といえば、この先、この二十一世紀を
しょって立つ、つまり、担っていく、
有能な人材じゃないですか。
その人たちのお世話をするなんて、
尊い仕事じゃないですか。
協力してくれる人はきっとたくさんいます」

昭彦さんはその答えに面食らった。

二十一世紀?
有能な人材?
尊い仕事?

まるではとが豆鉄砲を食らったような気分だった。

由美子さんはそれで終わらなかった。
なんと売りに出している企業の社長へ
じきじきに話をしに言ったのだ。

「コメディ、うん、あれはなんていうか、
コメディそのもの、でしたなあ」

昭彦さんは、楽しそうに笑った。

「それにしても強かったなあ、由美子は。
いやあ、自分の奥さんのことを
はじめてそう知ったのもあの頃でした。
由美子はほんとうに強かった。
もう、自分の中で、
決めていたからなんでしょう。
学生寮の経営をする、てね」



























短めなのはおそらく「週末バージョン」のためです。>汗。
汗かきつつ、書きよっとばい。えらそーに。ポチ、てしとって。>日本語、みだれちょるー!
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あら、気がつけば、十月も限りなく最終日。>ああ、一生に一度しかない2010年が残り二ヶ月だなんて。

ぽちっと、恐れ入ります。
Commented by 訪問者 at 2010-10-30 10:07 x
つまらん
Commented by somashiona at 2010-10-30 11:04
「佐々木の妻です。
風呂桶の中で息子を死なせてしまった
あの、佐々木の妻です」のところで泣きそうになりました。
由美子さんの行動力に女性の強さを感じます。
いやぁ〜、いい話だ、ほんとに〜。
Commented by スロー at 2010-10-30 13:07 x
はじめまして。
フランス関連から、偶然、ここに飛んできました。
(今日は、PVがすごく増えていると思います。それ、おそらく私です)

とっても、素敵なお話、涙が、ほろり。
子供の自立、使命、・・・胸が熱くなります。
こだわりの写真も、いい味わいです。

これから先も楽しみにしています。
Commented by gudigudi at 2010-10-30 21:21
ちょっと詰まってきた?笑
毎日書くのは大変だよねー!
どのくらいの厚さの本なのか見当がつかないんで何とも言えないけど
今回また昭彦さん話かと、初めてちょっと飽きたかとなと思った
でも、なげーのってこういうタイミングで感想言うもんじゃないと思うんで気にしないでほしいんだけど。。。あ、いっそコメントなくしたら?笑

これが最初からぶ厚い本で読み出していたならまだ気にならない程度
または短編で昭彦さん話で終わるのが予測できるならまた違うんでしょうか

医者の話はひと世代ズレテル感有りかも
結核、、、1950年代の話じゃない?
昭彦さんは勝手ながら1950〜60年代生まれあたりかと想像。

訪問者のみなさんの暖かくて愛情あるコメント、そしてオチャラケ筆者のそれに対するずーずーしいやりとりがこのblogの魅力やね〜

オモシロイね〜。。。
Commented by kyotachan at 2010-10-31 00:14
☆訪問者さま

いやあほんとにもうつまらない話をいつまで書いておるんでしょうわたしは、、、、言われてはっといたしました。特にこの回は自分でも反吐がでそうです。ああ、いやだいやだ、、、お恥ずかしいやらなにやらで今すぐにでも穴を掘ってそこに入って、自分で自分を埋め立ててやりたいです。つまらないのに読んでくださっておまけにコメントまで、、、まことに恐縮です。またつまらない、というコメント、残してくださいませね。
Commented by kyotachan at 2010-10-31 00:16
☆somashiona さま

いやあんもうそんな涙の出そうなコメントくれちゃってー!絶対泣いてなんかいないくせにー!>え、マジで泣いた?
もう煮詰まって焦げて真っ黒になりそう。でも書いて書いて書きまくる、が目的だから今回は。>後は野となれ山となれ。
Commented by kちゃん at 2010-10-31 00:21 x
毎日、読んでるよ!今の唯一の生きがいなので続けてね(笑)

いつも思うけど、キョータちゃんとgudiお姉さんの友情は、私の理想です!
Commented by kyotachan at 2010-10-31 00:21
☆スローさま

しゃ、、、、っ しゃーっ!なんだかわたしのことをえらく持ち上げて書いててくれておりますが、、、そそそ、、、、そんなー!これ、いくらなんでも持ち上げすぎですってばー!>いや、にんまりしちまってますが。なんだかもう、こんなおほめのおことばをいただくのは久しぶりで胸がどきんどきんいたしました。ほんとうにうれしいです。ありがとうございます。ああもうがんばって書いていこう!て思ってしまいました。
Commented by kyotachan at 2010-10-31 00:31
☆gudigudi さま

ああgudigudi さまにこんなすてきなコメントもらっちゃったらわたしもう何があっても勇気百倍です!サンクスです!
煮詰まっても書きたくなくてもとにもかくにも書いて書いて書きまくる、が史子。の趣旨だから。煮詰まって焦げてるし、結核、てことばを持ち出した時点で自分で自分にありえねー!てつっこみ入れてるしもう、、、なんか、、、助けてー!て感じ。だいたいなんで今ごろ昭彦さんがこんな告白しなくちゃいけないのよ、だよね。>泣いてるキョータ
コメント欄は閉じられないよー!記事書くよりコメント返す方がよっぽど楽しいもん。
また、あたたかーくていじわるーで笑っちゃうー!なコメントよろしくねん。>ぶっちゅう(はーと)
Commented by kyotachan at 2010-10-31 00:35
☆kちゃん

うしし、読んでくれてるのん?生きがいだなんてもう、、、、>涙涙涙
いやだわあキョータとgudigudiさまの間にあるのは友情なんてものじゃないのよ。強く固く永遠に結ばれた契り、とでも呼ばれるべきものなのよ。>あ、gudigudi さん、そこでそんなに強く首を横にふって否定しなくても。
Commented by taka at 2010-10-31 15:20 x
そうかなぁ・・
私はこの回ではじめて「うん?おもしろいかも・・」と思ったけど・・。
医者の世界だけじゃないかもしれませんが、
世間からちょっとずれたところにある、っていう認識は
彼を変えるとても大事な鍵だと思います。
Commented by kyotachan at 2010-11-01 04:30
☆taka さま

おお、、、っ!マジで!そうっすか、、、、この回で「はじめて」おもしろいとおもっていただけましたか。
てことは今回まで「イマイチやなあ」と思いながらも読み続けてくださったわけで、、、いやはや恐縮です。
うんうん、ちょっとわたしはずれてるのかもしれないなあって、気づくことのできる人、はいいですよね。
でもどんな人でもひとつの道をきわめている、ていうのはそれだけですてきなことでもあると思います。
ああ、、、、なにいってんだか。うれしいコメント、ありがとうございました。また寄ってくださいねー!
Commented at 2010-11-04 12:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kyotachan at 2010-11-04 22:06
☆かぎさま

いやあ、かぎさん、現役ばりばりの奥さま、ですものねえ。こんな医者の妻、ありえんだろう、て感じですかね。汗
いやあ、なんかしっかり読んでくださっていてこちらが汗かきますわ。
Commented at 2010-11-05 12:31
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kyotachan at 2010-11-06 01:41
☆かぎさま

かっちょいーなー。医者の奥さん、しないでしょ、それ。ていうかきっとご主人がすてきな人なんだなー。あ、かぎさんもすてきだけど。
by kyotachan | 2010-10-30 01:05 | なげーやつ | Comments(16)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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