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fumiko 史子。<14>







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「お母さん、お母さん、見て見てー!」

という恭太の甲高い声ではっとした。

純一が、食パンに、ハムとゆで卵をのせ、
さらにそこにバナナを薄切りをのせて
マヨネーズをぬっている。

「うわっ。なにこれ」

思わず出たわたしの
すっとんきょうな声に
四人で大笑いになった。

「これ、すごいでしょ。
でもね、これが結構いけるんだよ。
ほんとうは、
ジャムがあればもっといいんだけど」

わたしはその奇抜なサンドイッチの味を想像してみた。

「ハムのちょっと塩辛いのと、
バナナの甘さと、、、マヨネーズの、、、」

わたしがつぶやくように言うと純一が、

「ね、なんか悪くなさそうでしょ。
これね、あきおじのサンドイッチなんだよ」

「昭彦さん?」

「そう。まあ正確には、
こんな風なサンドイッチ、てことだけど」

純一はサンドイッチを二つ折りにしてほおばった。

「朝はね、セルフサービスなんだ。
パンは、食パンとバターロールが多いかな。
ごくたまーに、
クロワッサンが出るときもある。
たまごを自分でやけるように、
小さなコンロとフライパンを
自由に使えるようにしてあるんだ」

わたしはあの食堂にたまごの匂いの
立ち込めるのを想像した。

「マーガリンとか、ジャムとか、
そんなものが、ごちゃごちゃ、
と置いてあってさ、
好きなものを好きなだけ
とって食べるんだけど」

「なんか、楽しそうだなあ」

夫が口をはさむ。

「うん、朝ごはん、いいよお。
色んなやつの個性が出るし。
特に朝、配達に出たあとに食べる
朝ごはん、これ、最高」

四人で笑った。

「それでさ、あきおじが
出てきて、色々と言うんだよ。
ハムがあるとさ、それと食パンで
サンドイッチ作るやつなんかが
いるじゃん?」

「ウチみたいだね」

恭太が言う。

「そう、そんでさ、
その時に、いちごジャム、
一緒にはさむといいぞう、
とかって、いうのよ、あきおじが」

「ハムと、いちごジャム」

「最初はさ、冗談かと思ってたの」

「うん、冗談かと思った」

「でしょ?だけどね、
これがうまいんだな」

「マジで」

「マジマジ。
それでね、あきおじが言うにはね、
ピーナツバターと干しぶどうがあれば、
これはもっとうまくなるぞ、て言うんだ。
〝おまえたちは知らないだろうなあ。
昔、刑事コロンボ、ていう、
アメリカのテレビ番組があってね。
そのコロンボて刑事が、好きだったんだよ。
ピーナツバターと干しぶどうのサンドイッチ。
確か、あいつ、
犯人の家でこれ作って食べたんじゃあ
なかったかなあ〟って」

「なんか、胸焼けしそうだな」

夫が顔をしかめている。

「でしょう?だけどさ、
いけるのよ、これが。
翌朝、ちゃんと
ピーナツバターと干しぶどうが出ててさ。
おれ、やってみたの。
なんていうか、驚きの名コンビ、
て感じの味だったな。
だけどさ、
その刑事コロンボ、てテレビ、知ってる?
お父さんとお母さん」

「うん、知ってるよ。
お母さん、小学生だったかなあ。
当時ではおもしろい番組のひとつだったな。
家族みんなで見てたもん」

「おれも見てたなあ。
あれって、最初に犯人を明かして、
それでコロンボがあれやこれやと
捜査してくんだよね。
だけどピーナツバターと干しぶどう、
てのは初耳だなあ」

なんだか、昭彦さんらしいなあ、
わたしはふっと笑いながら、
あの時、質問したことを思い出した。

わたしは地球号寮のきまり、
〝人のうわさをしない〟
ということばが、ずっとひっかかっていたのだ。

由美子さんはずっと、
〝美代子さん〟という〝その場にいない人〟
の話を、えんえんとしていたのだ。

それも、地球号寮の、食堂で。

わたしは、由美子さんの話しに感動しながらも、
その矛盾した行為にちょっとした違和感を感じていた。

そしてわたしは、
こんなもやもやした気持ちのまま、
話を聞き続けるのはよくないと意を決して、
その場で質問したのだった。

「あの、話の腰を折るようで、
とっても言いにくいんですが、
わたしたちは今、
その、美代子さん、のうわさ話を
しているんじゃないんでしょうか」

空気が一瞬、止まったようだった。

ああしまった、やっぱりこんなこと、
言うべきではなかったのだ、
わたしが猛烈に後悔しはじめたとき、
昭彦さんが言った。

「そう、ここは、地球号寮の食堂ですから、
うわさ話はしちゃいけないことになってます。
ただし、この決まりには、但し書きがありましてね」

昭彦さんは、にっこり笑った。

「その話にウソがひとつもなく、
またその話が、
人に勇気と希望をあたえるものであればいい、
そういう但し書きです」

あっはっはっはっは、
と今度は高笑いした昭彦さんは、

「わたしもなかなかにずるいでしょう?」

そう言った。

この、美代子さんの話は、長いこと、
つまり、美代子さんが地球号寮へ遊びに来るまで、
昭彦さんの耳にははいらなかった。

由美子さんが、美代子さんと会ったあと、
確かに何かが変わった、と昭彦さんは思ったらしい。

なにか、ふっきれたような、
それでいて、明るくなった。

かと思えば、ふと何事かを
考え込んだようにもなる。

美代子さんと何を話したか、
聞いてみたかったが、
そのころ昭彦さんと由美子さんは
「その場にいない人の話をふたりでする」
ということにとても敏感になっていて、
自分から問いただすのは気が引けたのだと。

そしてはじめて美代子さんの訪問を受けて、
昭彦さんははじめて、
美代子さんがご主人を亡くした時の話を
聞くことになる。
そして昭彦さんは、それに至極、感動したのだと。
もっと早くこの話を聞いていれば、と後悔したくらいだと。

何ですぐに話してくれなかったのか、
と由美子さんに言うと
あら、自分だけは人のうわさ話はしたくない、
あなたはそういうのが口癖みたいになっていたから、
あえてしなかったのだ、という返事が帰って来た。

だから寮の決まりである〝ひとのうわさをしない〟
にも但し書きをつけたのだと。

「だって史子さん、この美代子さんの話、
なんだか勇気をもらったような気になりませんか」

昭彦さんにそういわれて、

「ええ、ほんとに。
さっきから背筋がぞくぞくするくらい、
感動してしまってます」

「そうでしょう?
わたしはね、もう、由美子がこの話をするのを、
何度となく、聞いているんだけど、
何度聞いても、感動しちまうんですよ。
これはね、うわさとは呼ばないんです。
これは、由美子の体験談なんです。
人に勇気と希望をあたえてくれる体験談は
できるだけみんなと共有したほうがいいんです。
そう思いませんか」

「ええ、ほんとうに。
いいお話を聞かせていただいて、
とても感謝しています。
これは、うわさ話ではなくて、体験談。
うふふ、よかった、
思い切って聞いてみて。
これでわたし、
安心して話の続きが聞けます」

わたしがそういうと、由美子さんはにっこりと笑った。
そして話を続けた。

由美子さんは美代子さんの話を聞いて、
自分の息子はもしかしたら、
自分の命を使って
わたしに何かを教えてくれようとしたのではないか、
そう思いはじめた。

息子は使命があって、
そのために、死んだのではないか。

その考えにとりつかれながらも、それと同時に、

自分を正当化しているだけかもしれない。
息子はやはり、わたしの落ち度で、
死にたくもないのに、死んでいったのかもしれない。

という思いも断ち切ることはできなかった。

いや、息子は死んでしまった。
それはもう、はっきりと、死んでしまったのだ。
そして、わたしは生きている。

ならば、わたしは、
わたしの、
生きやすい方を信じたらいいのではないか。

息子は、わたしに何かを教えるために、
自分の命を使ったのだ、
わたしに何かを教えるために死んでくれたのだ、
そう思うことの、なにが悪いだろう。

美代子さんは、ご主人がドイツに戻って亡くなった、
ということに答えを見つけようとして、
そして自分自身もドイツで生きることを決めたじゃないか。

わたしも息子の死に、
わたしなりの答えを
見つけよう。

息子が自分の命を使って、
わたしに教えようとしてくれたことが
なんなのか、自分で答えを見つけよう。

美代子さんと会ったことで、
こころが軽くなったのを
はっきりと感じていた。

そんな日々を送っているときに見たのが、
不動産やの店先に置いてあった
売りに出た寮のチラシだった。

今まで考えてみたこともなかったが、
ここを学生寮にして、
息子の年齢の人たちのお世話をしている自分と夫の姿が
そのちらしの写真の中にはっきりと見えた。

わたしは、この寮で、学生たちのお世話をするのだ。

それは単なる思いつきともいえたから、
自分ではどうすればいいのか、
皆目、見当もつかなかった。

ただ、その時から、その考えは自分の中で
どんどんと大きくなり、
知らぬ間に、まるで念じるように、
そのことを息子に語りかけているのだった。

お父さんは仕事を辞めてすぐに、
他の病院からいくつも仕事の打診が来ている。

外科医という職業に誇りをもっているお父さんだから、
そのうち、その中のひとつを引き受けてしまうに違いない。

お母さんは、学生寮をやってみたいと思っている。
不動産やの店頭で、ちらしを見ただけだけれど、
どうしてもやってみたいという気持ちが消えない。

ひとりではとても無理だから、お父さんに手伝ってもらうしかない。
お父さんも男だから、女のわたしがこんな話を持っていっても
いい顔をしないに決まっている。
それはあくまで、お父さんが、その気になった、
という話でなければならないのだ。

頼む。お母さんを助けてくれ。

こうやって、日に何度も何度も、
息子に向かって話しかけたのだという。

ばかでしょう?
由美子さんは笑った。
こころの中で、息子に念じるように
問いかけるなんて。
でもほんとに、もう、しょっちゅう、
息子に、話しかけてたんです。

そして数日たったある日、
何気なく、そのちらしを夫に見せた。

夫は、たいして興味もなさそうなのに、
温泉町の近くなら、温泉に入りつつ
見に行ってみようか、と言う。

それが、すべての、はじまりだった。



























すみません、すみません、すみません。
全く関係ないカテゴリー「フランス語」で、上位につけております、詐欺師、キョータです。
もうこうなったら、詐欺師は詐欺師らしく、だまくらかして、逃げ切るぞ。おい、押しとけよ。>いや、あの、その。
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「フランス語・一位」からきてくださった方々。迷子にさせてすみません。
フランス語の勉強に疲れたら、こんなお話を読んでみるのも、悪くない、かも、知れないです。>おい!
フランス語の話、をするときもあるんです。ほんとです。信じてください。そいけん、押しとけよ。>え、ばってん、うれしかもん。


ああ、人って高台に立つと横柄になるものなのね。>え、わたしだけ?恐れ入ります。

Commented by candybowl2 at 2010-10-27 22:33
キョ―タさん♪
こんばんは。
もうすっごくすっごく毎回楽しみに読んでいますよ!
もう世界にどっぷりつかっています。
ちょっと息抜きしたいな~って時に
新しいお話がアップされていると わくわく。
改めて紅茶やコーヒーを淹れなおして、
さぁて と背を正して(?)食い入るように読んでいます。
相変わらずバタバタ女なので、毎回毎回気のきいたコメントは
できませんけれど、楽しみに読んでますというのを
時々伝えにやってまいります(笑)
Commented by tomatomatos at 2010-10-28 10:42 x
たまーに小さい「っ」が入るハズの箇所に入ってないのは
登場人物の話し方のクセってとらえるべきなのかなー
ハムたすジャムは本当?やってみても大丈夫?
Commented by four-de-lis at 2010-10-28 19:06
うちのパンカレンダーの6月にパン+ハム+いちごジャムのレシピをあるパン職人さんが書いてて、、、
一度やってみようと思いながらまだやっていないの。
↑出てきたから、読んでてびっくりしたよ~キョータちゃんと私、繋がってるね。笑
Commented by somashiona at 2010-10-29 21:08
世の中、ルールでがんじがらめだと生きられません。
英語の文法も必ず例外や但し書きがあって、そういう種類のものは理屈抜きで覚えないといけないのです。
人に勇気と希望を与える話し、そういうのはどんどんするべきですよねぇ。
いやぁ〜、毎回いろんな顔を見せてくれるなぁ、キョータちゃん。
Commented by kyotachan at 2010-10-29 22:04
☆candybowl さま

ひゃー!そんな気合いれて読んでくれると思うと頭が下がります。気の効いたコメントだなんてー!「読んだ」てそれだけでも充分うれしいです。ありがとう~。
Commented by kyotachan at 2010-10-29 22:06
☆とまとさん

っ、、、抜けてるかなあ。頭の中で入れて読んでー。汗汗
ハム、ジャム、チーズ、いけまっせー。辛いのと甘いのをはさむとぐーッ!
Commented by kyotachan at 2010-10-29 22:07
☆りすさん

確か銀座の裏通りに「カツ+いちごジャム」のサンドイッチが有名で行列できる店があったんだけど知らない?「塩辛い+甘い」はサンドイッチの王道。おいし~よ~。チーズもはさむともっとおいしいよ~。
Commented by kyotachan at 2010-10-29 22:16
☆somashiona さま

わっはっはっはっは!どうだ、すごいだろう。いやこれ、自分自身、途中で矛盾に気がついてあたふたしちまったんですが、なんだかみなさん、問題なく納得してくださったみたいでよかったです。>マジでほっとしてたりして。笑
Commented by MAKIAND at 2010-11-04 12:00
あの続きを読まなくちゃと、またまたやってきました。
しかし、実は毎日とっても疲れてて、じっくり読むにも時間がかかるのはわたしがかなり疲れているせいだと思いつつ。(昨日も久しぶりの薪割りをやって。^^)

ちょっと展開がわかりにくいのです。文章が。。
名前が似ている由美子さんと美代子さん。そして、いきなり回想っぽく息子さんへの問いかけの話しになって。
細かい微妙なシーンの詳細が省かれてて、疲れ気味のわたしのせいで申し訳ないです。^^;
実に感動しながら、だけど、何度も読み返しながら。。やっと。ああ、そういうことか。などと。。。
す、すみません。

Commented by kyotachan at 2010-11-04 22:05
☆マキさま

お疲れなのに読んでくださっているなんて、、、ほんとうに恐縮です。展開、とか、つじつま、とか、あまり気にせずに気ままに書きなぐっています。おそらくわかりにくい部分・誤字・言い間違い、色々とあると思います。「なんかようわからんなあ」と読み飛ばしていただければ、、、汗汗
確かに似てますね。由美子、美代子。その時の思いつきでつけた名まえなので。もうちょっとここは考えるべきだったなと反省。
by kyotachan | 2010-10-27 20:40 | なげーやつ | Comments(10)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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