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fumiko 史子。<12>







fumiko 史子。<12>_f0136579_23101075.jpg


奈落の底に落ちる
とはあの時のことをいうのだろう、
美代子さんはそう言った。

ドイツ人の医者は
なぜこんなにガンが進むまで放っておいたのか
と美代子さんのご主人にどなりつけた。

相当痛かったはずだ。
腰痛のほかにも
腹痛や吐き気や色んな症状が
出ていたはずなのだ、
どうしてこんなになるまで放っておいたのか。
日本人は我慢強いと聞いてはいたけれど
こんなに我慢強いとはあきれるしかない。

美代子さんのご主人は何も言わず、
ただ日本へ帰るといった。

美代子さん家族はとるものもとりあえず、
おさないふたりの子どもを連れて日本へ帰った。

その足で大学病院で受診し、
ドイツから持ち帰ったカルテを見せると
即刻入院を言い渡された。

再度検査。

誤診であってほしい、
という美代子さんの願いもむなしく、
検査結果は、ドイツで得られたものと全く同じだった。
いやむしろ、その数日間で、
がんはさらに広がってもいるようだった。

治療、といっても
この状態で手術をすることのメリットを訴える医者はいなかった。

ご主人はその時三十九歳で、
その若さゆえにガンの進行は早く、
がんはもう手のつけようもないほどに
広がっているのが検査ではっきりと
わかってしまったからだった。

ご主人は毅然としていた。
そして、美代子さんに言ったのだった。

「ぼくは、シメイのあるドイツへ戻る」と。

由美子さんはそこまで話して、
わたしたちをぐるりと見回した。

「シメイ、ておわかりになります?」

「え、えーと、使う、命、ですか」

夫が答える。

「ああ、そう、やっぱり。
シメイ、といえば、使命、ですわよね」

由美子さんはそう言って、
もうおかしくておかしくて仕方がない、
といった風に笑った。

「わたしね、シメイがあるドイツに、
て聞いたときに、あら、シメイって
ドイツのビールだったかしら、
て思ってしまったんですよ」

「えっ?」

わたしたちは同時に声が出てしまった。

「っもう、ばかでしょう?
わたし、シメイ、ていうビール、
好きなんですよ。
めったには飲めませんけど。
丸くて大きなグラスについで、
香りがふわ~んとのぼってきて。
わたし、それがベルギー・ビールだってことは
知ってたんですけどね。
美代子さんのご主人たら、シメイビールが好きで、
それでドイツに戻りたいっておっしゃったのかなあって」

昭彦さんがひっそりと苦笑いをしている。

「それで、聞いたんです、美代子さんに。
シメイ、ですか?って」

ふいに由美子さんの顔が厳しくなった。

「そして美代子さんが、おっしゃったんですよ。
ええ、そうです、命を使う、の使命です、って」

その使命、ということばは、
由美子さんにとってはビールの名まえにしか
聞こえないほど、なじみのないことばだった。

それだけに、そのとき美代子さんがいった

「命を使う」

ということばに、電気の走るほどの衝撃を受けたのだという。

「それはまた後で話すとして、
まずは美代子さんの話を終わらせますね」

そう言って由美子さんは、話を続けた。

美代子さんは、言った。
あとになって考えると、
どうしてそんなことが可能だったのか、
まったくもってわからないのだ、と。

美代子さんのご主人はそのあと、
希望通りに、ドイツに戻ることになる。

タンカーに乗せられたまま、
点滴をうけたまま、
ひとりの医者をわきに付き添わせたまま、
美代子さんのご主人は飛行機に乗り、
ベッドに横になったまま、ドイツに戻ってきたのだと。

ありえないでしょう?そんなこと、と
美代子さんは言ったそうだ。

何も世界の要人、でもないひとりの民間人が、
そんな扱いを受けてドイツに戻ったなんてこと、と。

間もなく、ドイツの病院でご主人は亡くなった。
覚悟していたこととはいえ、
ご主人の死で、再び美代子さんは、
奈落の底へ、落とされた。

学生時代にプロポーズされて、
卒業と同時に結婚をしたから、
美代子さんは働いた経験がなかった。

ふたりのこどもたちは、
小学校の中学年、低学年だった。

もちろん日本へ帰るのが当然だと思っていたし、
そうするつもりだった。

ドイツ語だって、おぼつかない自分が、
ドイツで生きていくことはできないと。

ご主人が働いていた領事館から、
ドイツ人職員に、日本語のレッスンをしてくれないか、
と話がきたのはそんなある日だった。

日本語教師、にはもともと興味があったから
なんとなく、引き受けた。

これが、思いのほか、評判がよかった。
美代子さんにも欲が出て、
ある大学の通信教育で、
日本語教師の資格をとることにした。

領事館からは領事館の職員のほかにも、
日本語教育をしてほしいという企業を
紹介されるようにもなった。

そのころから美代子さんは、
なぜご主人はわざわざ
ドイツに戻ってから死んだのだろう
ということを考えるようになった。

どう考えても、日本で死んでいたほうが
自然で、また納得もいくではないか。
なぜドイツに戻ってきたのか。
そして思い返してもなぜあんなことが可能だったのか
まるで理解できないほどの方法で。

その不思議な思いはやがて、
美代子さんに
「自分の使命もドイツにあるのかもしれない」
という思いを抱かせるようになる。

「夫はわたしのために、ドイツに戻ったのではないか」

その思いはほんの思いつきだったけれど、
いつのまにか確信に近いものとなった。

子どもたちは現地校に通っていたから
今さら日本の学校へ、というのもどうか、
という思いもあった。

収入は微々たるもので、
日本語教師ではたして
ふたりの子どもたちを養っていけるのか、
という不安ももちろんあった。

しかし、自分の使命がここにあるのだったら、
ドイツで生きてみようか、本気でそう考え始めたのだと。























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Commented by somashiona at 2010-10-26 00:46
ええぞ、ええぞ!
使命があるからそこへ戻る、いいねぇ。
そうだよね、「使命がある」なんていつも一緒に暮らしている人から突然言われても「使命」という言葉のことだとは思わないかもね。
いいとこ突いてるなぁ。
話がキレイにつながってるよー、キョータちゃん!
すごいぞ、すごいぞ!
ところで「タンカー」って、ひょっとしたら「担架」のこと?
んなわけないか!?
Commented by miho-1722 at 2010-10-26 08:20
「使命」って、命を使うって事。
実は、とても重い言葉なんですよね。
ドラマやアニメでたまに出てくるけど、実際に私達が
クチにする事ってそんなにない。
Commented by tomatomatos at 2010-10-26 10:50 x
スィーツ作りながら策を練るなんて
作家な生活だねー
かっこいいねー



















Commented by four-de-lis at 2010-10-26 15:42
私の使命って何だろう・・・って考えてしまった^^

あ、ポラロイド加工いいねぇ~私もしてみよう~
Commented by MAKIAND at 2010-10-26 16:43
好き。
まったく、たまに寄ってみるとこんな気持ちが熱くなる話を聞かしてくれる。うれしいね~
わたしもあったのよ。そんなたいへんなことではないけれど。
世の中ほんとうにいろいろあるね~

ねっ。ちょっと読んでみてくれますか?
http://whatcanido-maki.blogspot.com/
これですが、
http://whatcanido-maki.blogspot.com/search/label/Ozawa_komin
ここで。ちょっとごちゃごちゃしてるけど。
人の運命って偶然から?それとも誰かの意思から?
と思わせることなんです。
http://whatcanido-maki.blogspot.com/search/label/about_me
それとこれもですが。結局全部?^^;
すみません。
Commented by kyotachan at 2010-10-27 01:01
☆somashiona さま

つつつ、つながってまっかー???いやあのその、うれしいコメント、たくさんもらって、でもそれってマナブさんが奇特な人だからなんだろうなあって思ってたんですけど>あは。でもなんか、ランキングの順位が、ぐぐぐー!てありえないほどに上がってきてるんですよ。いやーけっこう奇特な人、多いんだなあって、、、
たたたたたたた、、、、担架?って、、、、たたたたたたた、、、、タンカー?じゃないのん?
Commented by kyotachan at 2010-10-27 01:02
☆miho さま

ほんとにねー「この子は使命のある子だよ~」なんてセリフ、聞くけどね。じゃあ自分の使命は?となると???。
いや、今のわたしの使命はこの話を書くこと。>もージョーダンなく!
Commented by kyotachan at 2010-10-27 01:03
☆とまとさん

いや~んも~なんでもかんでもかっちょよく言い換えるんだからー!とまとさんこそ作家かもー!
Commented by kyotachan at 2010-10-27 01:04
☆リスさん

リスさんの使命のひとつはですね、ひのえうまの会でみなさんにニースのフルーツをふんだんに使ったタルトを食べてもらうことです。覚えておいてくださいよ!>マジよん。
Commented by kyotachan at 2010-10-27 01:06
☆まきさま

あ、このおじいさん>失礼!、昭彦さんのイメージにぴったりだなあ。もうちょっと若いときだったらほんとうにこんな感じ!
わたしも「感じる」のを信じてしまう人で、それが人の意思なのか、偶然なのか。どうなんでしょうね。わたしは偶然はない、と思っているんですよ。どんなことも必然で意味のあることなんだって。
by kyotachan | 2010-10-25 23:40 | なげーやつ | Comments(10)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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