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fumiko 史子。<8>







fumiko 史子。<8>_f0136579_2354548.jpg


「家はおやじの代から医者でね、
わたしも外科医をやっていました。
自分で言うのもなんだけど、
かなり腕のいい医者だったんです、これでも」

わたしたちを笑わそうとしているのか、
昭彦さんはちょっと笑った。

「ひとり息子がやっと医大に入って、
自分も仕事にのりにのってるときだった。
人を手術する、てのは、そりゃあもう、
気力・体力・はったり・エネルギー、
自分の持ってる能力すべてを出し切る、
そのくらいの仕事ですからね。
そしてそれで人の命を少しばかり延ばすことが、
まあ、わたしの仕事だったわけです」

明彦さんはふと由美子さんを見て、
「何か間違ったことを言ったら
訂正してくれよ」
と言った。

「いい気になってたんでしょうなあ。
わたしはずいぶんと、ごうまんだったなあ、
最近になってね、やっと自分のことを、
冷静に見れるようになったんです。
わたしはほんとうに、ずいぶんとごうまんな人間でした」

昭彦さんは下を向いて、
ほんとうにおかしい、
という風に笑った。

「今もね、充分ごうまんですよ。
〝人のうわさ話をするな〟なんて、
寮に入る連中に言うくらいですから。
でも今は自分がごうまんだ、てことを
知りましたから。それだけでも
ちょっとはましになったのかなあ、てね」

由美子さんが、
とても静かに、にっこりと微笑まれた。

「そんなことがありましたから」

明彦さんの表情が、
とたんに厳しくなった。

「そんなことがありましたから、
そりゃあもう、わたしたちの家は、
街中のうわさのタネになったわけです。
文字どおり、かっこうの、うわさのタネ、です」

「医者の息子が、
酒飲んで帰って来て、
風呂桶で死んだんですから。
こんなにおもしろい話はとんと聞いたことがない、
てなくらいでね」

そうでしょう?とでも言うように
昭彦さんはわたしたちの方へ
首を向けた。

「うわさばなし、てのはね、
膨張するんですよ。
最初は小さな球なんだけど、
転がっていくうちにね、
色んなものがくっついて、
どんどんどんどん、大きな球になっていく」

「そして、それは、ウソになる」

突然、由美子さんが口を開いたので
わたしはちょっとびっくりした。

「そう、まるで違う話になっちまう。
それがまた、くやしいやら、情けないやら」

昭彦さんはそこまで言うと、
ついに口をつぐんでしまった。

そして、言った。

「そういうわけでね、
ウチでは、まあ、正確には
この〝地球号寮〟内では、
うわさ話はしない、というきまりを
作りました」

わたしたちはただ、
大きくうなづくことしかできなかった。

「〝地球号寮〟の名まえの由来、
あと外国人学生たちを受け入れるようになった理由、
お知りになりたいことはまだまだおありになるでしょうが、
それらはおいおい、てことでいいですかな?」

昭彦さんは立ち上がりながら言った。

「今日はちょっとしゃべりすぎたようです」

わたしたちは申し訳ない気持ちになって、
ただ、昭彦さんを見つめることしかできなかった。

「先日、はじめて来ていただいた日、
とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
何か、こう、長いお付き合いになるような予感がして、
今度来てくださったら、この話をしようと決めておりました」

立ち上がった昭彦さんを、わたしたちは見上げていた。

「話す、ということはいいリハビリにになるんです。
今日は久しぶりに息子の話をしました。
まだ、胸が痛むんだなあって思いましたよ。
でも、話を、この話を人に、
することができるようにまでなったんです」

「話してくださって」

夫が口を開いた。

「話してくださって、どうも
ありがとうございました」

「いやあ、こちらこそ、
こっちのリハビリに付き合ってもらって」

昭彦さんはにっこりと笑って、
そして中庭に出て行こうとされて、
ふと、わたしたちの方に顔を向けた。

中庭と食堂の間を
出たり入ったりしていた恭太が、
いつの間にかわたしと夫の間に入って
ちょこん、と座っていたのだった。

恭太は、泣いていた。
そして昭彦さんに見つめられていることに気づくと、
ふと顔をあげて言った。

「おじさん、いもうとは?
いもうとが、いるんでしょう?
その、おじさんの」

「ああ!うん、いるよ。
いもうとの方はね、
誰に似たのか、絵心のあるやつでね、
美大を出たあと、まだ勉強したい、ていうから、
イタリアに行かせたんだ」

昭彦さんはしゃがんで、
恭太と同じ目線にくるようにした。

「そしてね、イタリア人と結婚しちまった。
子どもがふたりいるよ。
おじさんの孫とは思えないくらい、
とびきりかわいい子どもたちだよ」

わたしたちはそこで笑った。
なんだか、ほっとするような笑いだった。

「今年は帰ってこなかった。
来年の夏にはきっと会えると思う。
恭太くんは二年生だから、
そのふたりよりもお兄さんだな」

昭彦さんはそう言って、
今度はほんとうに立ち上がり、中庭へ出て行った。


























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じゃあさ、じゃあさ、ひとこと、残してく、てのはどう?コメント欄で、待ってるぜベイベー>清志郎なのかおまえは?

いいんです、いいんです、読んでくださるだけでオッケーなんです。恐れ入ります。

Commented by Ginger at 2010-10-22 02:07 x
2つポチして、「いいよ。Kyotachanさんらしい物語だよ。とーってもいい」とコメント残す。やっぱり私って良い人なんだなあって思う。
Commented by somashiona at 2010-10-22 08:02
「ウワサは転がって、大きな球になって、やがてウソになる」
いいストーリーには格言になるようなフレーズがあるもんだ。
キョータちゃん、いやいや、とってもいいよ、悲しさと希望と人間の成長がある。すごいなー、君は、ほんとにー。
でも、小さないちゃもんをつけるなら、子供の恭太くんが他人の身に起こった不幸な話を聞いて、こういうリアクションをするかなぁと微妙にひっかかってしまった。彼のリアクションは大人目線じゃないかなぁとちょっとだけ感じてしまった。「酒類は現金で」コメントへのリベンジ程度に思ってちょうだい。笑
さあ、つづき、つづき!
Commented by juliavonlea at 2010-10-22 13:07
この場合、うわさの種(=タネ)の方がしっくりするかも。うわさのネタっていうより。どうだろう?
Commented by tomatomatos at 2010-10-22 15:19 x
ふーん うんうん そしてホロリ イタリア人と結婚でにっこり
最後にポチッ
Commented by miho-1722 at 2010-10-22 17:03
たくさん素敵な言葉を持っていらっしゃるなぁ。
私ったら、日本にいて、毎日触れる言葉は日本語なのに、
何やっているんだろうって思っちゃいましたた。

そして、私もsomashionaさん同様、
読みながら、「あれっ、恭太ちゃん何で泣いているんだ?お腹すいたか?」と思い、読み進めて、「あっ、この話を聞いて泣いているのかぁ」とちょっと疑問に思いました。

それはさておき、早く続きが読みたい~です。
Commented by kyotachan at 2010-10-22 20:40
☆Ginger さま

ふたつポチにコメント、この三連パンチをわたしに食らわしてくれるのは Ginger さんだけです。その痛いやさしさが好きです。>あれ?マゾなのか、わたしは?あ、いえ、ほんとに、その、自信もっていいです。いい人です。マジで。ありがっとー!
Commented by kyotachan at 2010-10-22 20:47
☆somashiona さま

くー!相変わらずいいところついてくるなー。これね、最後の最後に迷いながら加えた部分なの。「いもうとはどうした?」て盛り込みたくて、恭太にその大役を渡したかったんだけど、アッキーさんが恭太に気づくためには泣いてもらうくらいしかなくて。「おや?わたしの話がこの子を泣かせちまったのかな?」てね。いやあ、まだ小二、されど小二、でしてね、話の端々にある悲しみを感じ取ってしまう子もいるのだよ、わっはっは、っーことで、いいかな?>く、くるしーなー。汗
Commented by kyotachan at 2010-10-22 20:49
☆ジュリアさま

うん!すごいね、このことばにも迷ったの。ちょっと前に「ネタ」てことばを友人が使ってメールをくれて、なんとなく「ネタ」なのかなあ、て思ってしまったんだけど、でもここは「タネ」がしっくりきますね。訂正させてもらいました。いやあ、すごいなあ。また、お願いしますね。ほんとですよ。>ちゅちゅ!
Commented by kyotachan at 2010-10-22 20:50
☆とまとさん

いやーん、、、こんな面倒なこと、とまとさん絶対しないってもってたー>ごめんごめん。じゃ、今日もお願いよん。>よく言うわ
Commented by kyotachan at 2010-10-22 20:52
☆miho さま

わはは、そっかー。お腹がすいて泣いた、と思っちゃいましたか。やっぱ小二では泣かないかなあ。書き直すか?とも思ったんだけど、今回はこのままで。人生の機微を感じ取っちゃう小二もいる、てことで。>汗
by kyotachan | 2010-10-21 23:35 | なげーやつ | Comments(10)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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