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fumiko 史子。<7>







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「人のうわさを、しない?」

わたしは聞き返した。

「ええ、この寮に入ると、
まず、そのことを言われます。
人のうわさをしない、です。
ここにいない人の話をしちゃけないんです」

わたしは思わず、夫と顔を見合わせた。

「メールやお電話で、
色んな質問をいただいて、
ぼくがどうしても答えられなかった理由は、
実はそこにあるんです」

まだよく事情が飲み込めずに、
わたしたちは福地さんの次のことばを待った。

「その寮を経営している人は、
どのような経路でその仕事をされているのか、
て質問がありましたよね」

わたしたちはうなづく。

「その質問に答えるには、
ぼくはあきおじ、
あ、ぼくはさすがにアッキーとは呼びにくくて
あきおじ、て呼んでるんですが、
あきおじのことを話さなくてはいけませんよね。
それはつまりぼくはあきおじのうわさ話を
してしまうことになるんです」

福地さんは昭彦さんの方を見て、
これでよかったかな、という風に
目くばせした。

「ぼくは新聞記者なんですけど、
この訓練が、とても役に立っています。
この場所にいない人の話をしない、
て、結構たいへんなことなんです。
ぼくたちはつい、人のうわさをしてしまっている。
意識しないで、その場にいない人のことを、
ああだこうだとしゃべっちまってるんです」

福地さんは、買ってきたビールを
おいしそうに飲んだ。

「新聞には、事実しか書けないですから。
うわさ、はつまるところ、事実かどうか、
なにも確証はないんんです。
それを活字にするわけにはいかない」

そして、にっこりと笑ってみせた。

「たいへんなんですよ、
これをやつらにわからせるのは」

そう言って、留学生の方を見やった。

恭太のためになのだろうか、
誰かが花火を持ってきてくれたらしく、
みんなで固まって花火を楽しんでいた。

純一はすみっこに椅子を寄せて、
留学生と思われる男の子と
なにやら身振り手振りで話し込んでいる。

「ヨースケー!」

向こうの方で呼ばれた福地さんは、
缶ビールを持って席を立っていった。

入れ替わるように昭彦さんが
わたしたちのそばにやって来た。

「ぼくはね、何がきらいかって、
人のうわさ話をすることくらい、
きらいなことはないんですよ。
だからここに入る人たちにも、
それを強要してるんです」

そう言って笑った。

昭彦さんは、何かを言おうか言うまいか、
何度か迷ったようにして、
そして「今日はこのくらいにしときましょうか」
そう言って、由美子さんの座っているテーブルに
移ってしまった。

わたしたちはこの日、
もうすぐ日付が変わる、
という時間に家に帰って来た。

思いがけず、長い時間を
「地球号寮」で過ごしたのだった。

そして、〝人のうわさをしない〟ことについて、
わたしたちは考えることになった。

それはまるで、久しぶりにもらった宿題のようなもので、
わたしたちはそのことに考えをめぐらせることとなったのである。

「夏休みの間に、もう一回行ってみようか」

と夫が言ったとき、
わたしにはそれが「地球号寮」のことだと
すぐにわかった。

「わたしもそう思ってた」

〝人のうわさをしない〟ということを、
もっとくわしく知りたかった。

そしてわたしたちはその夏休み中に
合計四回も「地球号寮」へ行くことになる。

二回目にお邪魔したとき、
昭彦さんがわたしたちのそばにいらしたと思ったら、
少し唐突すぎるくらいに、
突然、話をされた。

「ぼくたちにはふたり、子どもがいたんです。
上が男で、下が女の子。
年は三つ、離れてました」

わたしは「過去形」で語られることに
すでにかすかな胸の痛みを感じていた。

「上の、男の子の方が、大学の二年の時でした。
地方の、大学の、医学部、だったんですが」

そこで、長すぎるほどの間があった。

「二月、に、帰省したんです。
試験休みってやつですな。
久しぶりに帰ってくると、
高校時代の友人と会うのを楽しみにしていたようです。
その日も、酒を飲んで帰って来たらしいんです。
らしい、というのは、
いや、ほんとにお恥ずかしいんですが、
わたしは子どものことにはまるで無関心な親だったものですから」

昭彦さんは、お茶をゆっくりと飲んだ。

「帰ってきたのは、十一時ごろ、だったらしいんですが、
由美子がまだ起きていて、
それで、〝体が冷えたから、風呂に入るよ〟
て由美子に声をかえて、風呂に入った。
そしてまあ、由美子はそのあとすぐに寝たんですよ。
息子が帰ってきたんで、安心してね。
まあ十一時、過ぎれば寝ますよね、普通は」

わたしはなんだか嫌な予感がしてきて、
その先を聞くのが恐かった。

「由美子はいったん、ふとんに入ったんだけど、
なんだか目が冴えて、風呂場に見にいったんです。
もう、一時近くになってたらしいですが。
息子は、死んでました。風呂桶の中で」

しん、とした空気が、わたしたちの横をつっきっていった。

「いやあ、これはもう、なんていうか」

と言ったっきり、昭彦さんは大きく息を吸った。

「つらい、ということばなんかでは言い表せないほど、
つらい、できごと、でしたねえ。
どうして。なんで。ばかな。
それのくり返しですよ」

いつの間にか由美子さんが、
わたしたちのテーブルに来て座っていた。

「由美子を、どれだけ責めたか知れません。
その時はもう」

空を仰ぎ見る。

「自分のことしか頭になかった。
自分の息子が。なぜ。
自分の、自分の、てね。
子どものことは、由美子に全部、
おしつけていたくせに、ですよ」

明彦さんはそこでちょっと笑った。

「でも気づいたからまだよかった。
気づいたんです、いや、
すぐじゃなかった。ずいぶん、
時間がたってからだった。
わたしじゃない、わたしじゃないんだ、
つらいのはわたしじゃなくて、
由美子なんだ、てね」

由美子さんはコトン、と首を曲げた。

「だってこいつが、最後に、息子に会ったんですから。
声を聞いて、風呂場に、行くのを、見てるんですから。
なんで、自分が、助けてやれなかったか、て、
そりゃあ、苦しんでた。でも、それがわたしには、
まるで、見えてなかった。長い間」

その時間を思い出されているのか、
長い長い沈黙があった。

わたしは、純一が、酒を飲んで帰って来て、
お風呂に入り、そのまま死んでしまう、
という想像をしてみた。
そんな想像などできっこない。
これは想像をはるかに超えたできごとだ。


























アッキーの話、もう少し続きます。
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自分でも思いがけず思いっきり「なげーやつ」になりそうな予感。読んでくださって感謝です。

ペコリ。恐れ入ります。
Commented by at 2010-10-20 20:18 x
オモシロイよ〜段々面白くなってきた!!!
Commented by kyotachan at 2010-10-20 20:38
ぐー、まじまじまじまじまじ===?????キョータ、がんばるぅぅぅぅぅぅ>まじでサンクスっす涙
Commented by リス at 2010-10-20 22:32 x
うるうるきちゃった。
引き込まれたよ~^^
Commented by somashiona at 2010-10-20 23:05
お〜、すげ〜、すげ〜、6と7、完全に引き込まれてる、なにか乗り移っているぞキョータ!
頑張れキョータ!
引っ張れキョータ!
休むなキョータ!
ふれ〜ふれ〜キョータ!
Commented by lisaleoc at 2010-10-21 10:47 x
勇気を出して初めてコメントします!ずいぶんと前からひっそりとnice!nice!nice!大好きです。写真も文章も。
「なげーやつ」どんどん読みたくなってきました。毎日楽しみにしています!
Commented by tamasan at 2010-10-21 14:47 x
おぉーちょっと来なかったら、第7話になってましたか~
面白くなってきましたね。楽しみです。
特に「しん、とした空気が、わたしたちの横をつっきっていった。」良い描写ですね~
Commented by miho-1722 at 2010-10-21 15:04
どうなるの?と思いながら一気に読んだら、思わぬ展開!!
ちょと次は??どうなるの~??早く~!って感じです。
Commented by kyotachan at 2010-10-21 23:16
☆リスさん

ひゃあー!ほんとにー???わたしもうるうる、、、>自分で書いて自分でうるうる?
Commented by kyotachan at 2010-10-21 23:17
☆somashiona さま

ご声援に深く感謝いたします。今日も何かに乗り移られたことを祈るばかり。
Commented by kyotachan at 2010-10-21 23:19
☆lisaleoc さま

勇気を出してくださってありがとう!わたしこそ勇気をいただきました。がんばりますねー!>ぶちゅ。あ、いらなかった?
Commented by kyotachan at 2010-10-21 23:20
☆tamasan さま

いつも読んでくださってありがとうございます!びっくりしたとき、ひゅうっ!て風が通るような気が、しますよね?
Commented by kyotachan at 2010-10-21 23:21
☆miho さま

忙しいの、落ち着きましたかー?ほんとに、時間のあるときにゆっくり読んでねー!
by kyotachan | 2010-10-20 19:50 | なげーやつ | Comments(12)

南仏・ニース在住。フランス人元夫の間に一男三女。

by kyotachan
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